日本人である私たちは、普段その価値を意識することはありませんが、これが如何に価値のあるものなのか、御理解下さればと思います。
最初に、恐らく周知の方も多いかと思いますが、アルバート・アインシュタイン博士の言葉を紹介します。
近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いていることが今日の日本を在らしめている。
私は、この様な尊い国が世界上のどこか一ヶ所くらいなくてはならぬと考えていた。
世界の未来は、進むだけ進んで、その間幾度か争いが繰り返されて、戦争の争いに疲れる時が来る。
その時、世界の人類は必ず真の平和を求めて世界的な盟主をあげなければならないであろう。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き越えた最も古く、また最も尊い家柄でなければならない。
世界の文化はアジアから始まったが、アジアから始まった文化はアジアに帰るであろう。それは、アジアの最高峰、日本に立ち戻らねばならない。
我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国を造っておいてくださったことを・・・。
(終わり)
あの天才物理学者のアインシュタイン博士が、このように評価しているのです。
※この言葉については、後日アインシュタイン博士が直接言ったものではないではないか、とのご指摘を受けました。詳しくはこちらのHPをご覧下さい。
http://www.kumanolife.com/History/ain.html
しかし、Mergeさんより紹介して下さったサイトでは、博士が言ったのではないとする説を否定されています。
http://pride.arrow.jp/blog/2005/11/post_242.html
http://pride.arrow.jp/blog/2005/12/post_283.html
私も、Mergeさんが紹介して下さったサイトで書かれていることが正しいように思います。これについては、また何か新しい事柄が分かり次第、拙ブログにて発表します。
続いて、在日韓国人の方で、鄭時東(チョンシドン)氏の言葉を紹介します。鄭時東氏は「韓日人協会(日本向けには日韓人協会)の理事長をされていて、反日、嫌韓感情で反目しあう両国の関係を憂慮され、日本人と韓国人の心を結び、日韓の風通しを良くするために、前記の会を設立されました。
鄭氏の第二次大戦に関する発言も合わせて紹介しますので、お読み下さい。
※『終戦の詔書』についての詳細は、こちらをご覧下さい。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945EndWar.html
日本は国体護持を誓ってポツダム宣言を受諾した。当時の日本にとって、天皇は家長であり、霊的支柱だった。国体護持とは、天皇だけは助けてもらいたいということだった。それに対して天皇はマッカーサーと会見された。その時、自分はどうなってもよいから、国民を助けて貰いたい、と言った。天皇は亡命もせず、命乞いもせず、自ら全責任をとって国民を助けて欲しいと懇願した。マッカーサーも回想録の中で、天皇に会った時、体が震えるほど感動したと述べている。
昭和天皇はリーダーの責任のとり方を、身をもって示された。最近の日本の大臣が(汚職問題で)国会で追及されたら、『秘書が(やった)』と逃げているのとまったく違う。日本における敗戦の受け止め方の中に、日本的美が現れている。他国に見られない日本独特の姿をそこに見る。そういう意味で私は、終戦の詔書を暗誦している。戦後の日本の経済的繁栄の秘密も、この中に秘められている。
考えてみれば、日本の皇室の伝統は『仁』だ。歴代天皇の名前には、皆『仁』がつく。睦仁、嘉仁、裕仁、明仁、徳仁というように。日本が皇室の『仁』の徳を忘れなければ、世界から尊敬され、精神的な指導国家になれることは間違いない。
(終わり)
在日韓国人の方で、このように第二次大戦、及び皇室について評価して下さっている鄭氏のような方は、貴重な存在だと思います。
そして、皇室といえば『三種の神器』(古くから天皇の皇位のしるしとして代々伝えられている三つの宝物)があります。
八咫鏡(やたのかがみ)は伊勢神宮に、草薙剣(くさなぎのつるぎ)は熱田神宮、曲玉(まがたま)は皇居の宮中三殿に納められ、国民の信仰の対象になっています。これも大変貴重な価値のあることなのです。
明治二十年から翌年にかけて、明治憲法の制定に関係した丸山作楽(さくら)たちが、ウィーン大学のL・V・スタイン博士に憲法の講義を受けた時、スタイン博士は日本に「三種の神器」があることを知って、「人工的に作られたのではなく、開国以来の神器が今も日本にあることは、千古一系の皇統の証明である。このような例は西欧諸国にはない。これこそは日本帝国憲法(明治憲法)の原点であり、世界の宗主国としての資格を持つもの」(栗内寛『神器考証』)と絶賛したそうです。
他にも、ユダヤ系ドイツ人のK・シンガーという方は、戦前東京帝大で政治経済学を抗議し、戦後はシドニー大学で教えていましたが、その時『三種の神器』(形象社刊)を書きました。さらにヘブライ大学で「日本史」を講じているB・A・シロニー博士は、昭和五十七年に『天皇陛下の経済学』(光文社)を出しましたが、その結語の所で博士は、「三種の神器こそは、日本民族が世界に送るメッセージ」と結んでいます。
このように日本の場合は、高天原にあった三種の神器が今も信仰の対象となり、皇位を現す印となっている所から、世界の注目を浴びているのです。
現在、皇室典範を改正して、二千年以上続いてきた万世一系の皇室の伝統(皇統)を変えようとする動きがあります。これまで述べてきたように、この皇統は、世界的に見ても価値のある、大変貴重なものなのです。
この皇統を、じっくりと議論もしないまま、拙速に変えてしまおうというのは、あまりにも理不尽ですし、これまで皇統を繋ぐべく懸命の努力をしてきた先人にも申し訳が立ちません。
この皇室典範改悪を阻止すべく集会等も行われるので、ご参加下さればと思います。
◆集会の情報はこちらで
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-95.html
http://plaza.rakuten.co.jp/goaheadgo/diary/200601100004/
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- 関連記事
- 皇室典範改正に関する質問 (01/12)
- アインシュタイン博士の語る、日本の皇統の尊さ (01/07)
- 皇室典範改正に関するイベントのお知らせ (01/05)
共通してるのが「朝日新聞に掲載されてた説だから」とか
「この説を論じてるのが中沢教授という左寄り学者だから」とかで
斬り捨ててしまうサイトが多いってことです。
ほとんど、論理的反論なり反証なりしてる人がいずに、
「左寄り学者の言ってることだから信用できない」で終わりなんです。
左寄り学者が常に正しいなんて言いません。確かにトンデモ意見もあるでしょう。
しかし、少なくともこの件についての中沢教授の検証を読んでみる限りでは
非常に第三者敵で冷静かつ緻密で穴のない検証をしていると言わざるやおえないんですよね。
この説に反論したいのなら多いに結構だと思いますよ。
でも「左寄りだから怪しい」で終わりにせずに
論理的反証・反論をすべきです。
とかいう以前にこのアインシュタインの言葉自体が異常に怪しいんですけど・・・
私など20年くらい前に始めて読んだときからメッチャ怪しいと思ってました。
「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。」くらいなら、親日家の外国人が言っても全然おかしくないんですが、
そのあとの「世界の盟主」だの「尊い家柄でなくてはいけない」だの怪しすぎます。
だいたいなんで「私は社会主義者である」と言ってる。
アインシュタインが天皇制を賛美しなくていけないのかわからないです。
有益な情報を教えて下さり、ありがとうございます!
早速書き込みして下さったアドレスを本文の方に記載しておきます。
http://pride.arrow.jp/blog/2005/11/post_242.html
心配しないでください。いろいろな見方があります。
論を立てている中澤英雄さん…怪しいです。
初めまして、拙ブログにおいで下さり、ありがとうございました。
宜しければ、またおいで下さればと思います。
フラリと遊びに寄らせて頂きました。
朝日新聞のことを思えば、幾分気分が楽になりました。私も少し深刻に捉えすぎていたかもしれません。アドバイスありがとうございました。
いざりうおさんの博識さには遠く及ばない私ですので、これからも宜しくお願いいたします。
まして、朝日新聞などは南京大虐殺その他で確固たる典拠どころか捏造しても平気で居直っているのですから。
それよりも、「鄭時東氏」「スタイン博士」「K・シンガー氏」「シロニー博士」などを我々に紹介していただいたspiralさんの功績には大なるものがあります。
お体に充分留意されて共に歩みましょう。
私が今回取り上げた言葉は、アインシュタイン博士が言ったからというより、言葉の内容を読んで、そのとおりだと同意できるものだったので掲載しました。
皇室典範改悪がなされようとしている今、大切なことは、百式さんが言われるように、二六〇〇年続いてきた皇統を、あるいは日本の国体というものを、我々日本人が(先人の思い・願いも加味して)どう考えるかですよね。
決して拙速に決めて良いものではありません。
情報ありがとうございます。
この言葉は、私が信頼する複数の議員さん、及び識者の方が話しておられたので、真実だろうと判断して掲載しました。
この言葉の真偽については、自分なりに調べてみてみます。結果、偽であれば訂正とお詫びの文章を載せます。
http://www.yorozubp.com/0506/050626.htm
論拠は、
(1)どこにも確固たる典拠がない。
(2)内容がアインシュタインの思想と矛盾する。
検証可能な確たる情報に基づいていきましょう。
具合のお悪い中なのに、TB頂き申し訳ありません。有難うございました。記事は追加投稿させて頂きました。
ご回復お祈り致しております。
私は昨日より体調を崩しており、皆様のコメントに返事が書けないことをお許し下さい。
昭和天皇におかれる終戦前後の行動は、実に見事だったと私も敬服する思いです。戦後処理の収拾が遅々として進まないアメリカによるイラク戦争の戦後処理とは全然違います。
読ませて頂き胸がじ~んときました。
天皇陛下とマッカーサー元帥の会見の話は、子どもの頃に父から聞いて「有難いな」と思ったものです。命乞いをするのかと思い、机に足を乗せ座っていたマッカーサーが、陛下の「自分はどうなってもよいから、国民を助けてもらたい」のお言葉を聞き、途端に居住まいを正したと。そう語った父の顔は何故か誇らしげに嬉しそうで、私も子どもながらに感動しました。
日本は国も国民も天皇という存在を柱として、長い歴史を歩んできました。この世界に稀有の存在を、日本人として誇りに思います。安易な皇室典範改正は避けなければなりません。
お恥ずかしいような内容ですが、少しばかり思うところを書かせて頂きましたので、TBさせて頂きました。
アメリカでの地震やハリケーン被災時における略奪や暴動、自衛隊を始めとする外国からの救援に対して「足りない」だとかの不満を漏らすイラク国民たちの情報を耳にする度に「まだ日本は大丈夫だ」とほっとした気持ちになっていたのですが、新潟地震に際しての住民の対応が違ってきているように思えて少々不安に感じています。
また、「リーダーの責任のとり方」についても「フセイン」をその典型とする「無責任逃避型」に麻原彰晃のような者のみならず、おっしゃるように最近は大臣に選ばれる者まで染まりつつある現状は憂うるべき事態と言わなければなりません。
まだエントリーでは軽くしかふれてはいないのですが、まず建国時の唯一の憲法のトノヲシテ(詔勅)にサカホコを加えたのが6代アマカミ「オモタル」。これをカンタカラ(神宝)として、7代アマカミ「イサナギ」に賜りました。
8代アマカミ「アマテル」がトノヲシテをモノザネ(象徴になる物品)として、ヤサカニノマカリタマ(八尺瓊勾玉)に為し、ホコをヤエガキノツルギに変え、またヤタノ カガミ(八咫鏡)を追加され、三種の神器が定まったのです。
後に、ツルギはクサナギノツルギ(草薙剣)となりました。
大事なのはこの品々の持つ意味ですが、天皇としての精神的な規範となっていると記されています。
故にこれが帝位を受け継ぐ際に必要不可欠なものであった訳です。
ちなみにタカマノハラは、宇宙を指す言葉でしたが、同時に皇居の賢所をも意味し(アメをマツル場所)のちに、朝廷のこともタカマと言うようになったとのことです。
詳しくは摂ブログへお越し下さい。
やはり日本に長く滞在したイスラム教の指導者も「世界にイスラム教以外の宗教があるのは、神(アッラー)がその必要性を認めているからだ。」という考えに至ったそうです。
一神教の方々にこのような考え方をもたらす神道や日本の伝統のすばらしさを、もっと日本人自身が気づき大切にしていかなければならないと思いました。
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