『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は、高橋史朗著検証・戦後教育―日本人も知らなかった戦後五十年の原点より、「(日本の)人々の天皇に対する温かい心情」と題した文章を紹介します。
天皇と日本国民との深い心の繋がりを知って頂ければと思います。

(本文を引用する前に)
「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである。その国民の図書、その文化、その歴史を消し去った上で、誰かに新しい本を書かせ、新しい歴史を発明させることだ。そうすれば間もなくその国民は国の現状についてもその過去についても忘れ始めることになるだろう」

これは、チェコ出身の作家、ミラン・クンデラ氏が著書の中で登場人物に語らせたセリフです。 

まさしくこのセリフ通りのことが、戦後の日本で行われたのです。

第二次大戦後、日本はGHQ(連合国最高司令官総司令部)の占領下にありました。その間、GHQは「ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム」(日本人の心に戦争に対する罪悪感を植え付ける情報宣伝計画)を実施しました。

このプログラムに基づく徹底した検閲政策によって、日本人はそれまでの固有の記憶を失い、日本は一方的に侵略戦争を行った悪い国だという戦争贖罪意識を植えつけられました。

このことが現在でも、教育界、マスコミ界、政界等に多大な影響を与えています。

天皇に関する記述も徹底的に削除処分を受け、特に昭和天皇が全国各地を御巡幸された折に、出迎えた国民が抱いた真情を吐露した文章が厳しい処分を受けています。

GHQとは1945年(昭和20年)アメリカ政府が設置した対日占領政策の実施機関。1952年講和条約発効とともに廃止されました。


-------(本文引用開始)-------
(削除処分された)具体例を示そう。まず、「天皇奉迎」と題する次のような和歌が「右翼的宣伝」であるという理由で削除を命じられている。

■群集の万歳いつまでもやまざれば 壇降りがてに帽しき振らす

■まのあたりに天皇を拝す群集の どよみは空にひびきてやまず

■目の前に天皇を仰ぎ敗戦を いかに苦しくおぼけしむと 思ひしときに涙いでたり

また、次のような子供の文章も「国家主義的宣伝」という理由で削除処分を受けている。

「天皇さまは、戦災者や、引揚者のところへ行って、なにか話しかけていられました。・・・・・天皇さまは胸がいっぱいで、なにを言ったらよいか、おわかりにならなかったのです。おばあさんがやっぱりおろおろ泣いていました。おぢいさんもおろおろ泣いていました。ぼくたちが天皇さまをとりまいているのを、ぼくたちの先祖の人が見ています。なくなったお父さんも見ています。にいさんも、先生も、赤ちゃんも、みんなぼくたちのなかにいっしょになって、天皇さまをむかえている。天皇さまの声をきいている。天皇さまは帽子を上げていなさる。あいさつをしていなさる。泣いていなさる。ぼくたちの父や先生や兄たちのきよめた道で、その大切な命で洗った道のうえで・・・・・」

このような敗戦直後の日本国民と天皇との深い心のつながりについて、戦後世代である私たちは全く知らず、そのような思いを共有する機会も殆どなかった。さらに、次の文章も厳しい検閲処分を受けている。

「”君が代”を歌い始めると、今度は岩を噛む怒涛のように万歳万歳を連呼した。いつまでも続く。それに答えられる陛下は左に右に体を向け変えられ高々と帽子を掲げ続けられる。万歳はいつまでも続いて私はそこに偽(いつわ)る事を知らぬ国民と天皇との直結された姿を見た」

この昭和天皇の地方御巡幸と切っても切れないのが「日の丸・君が代」である。「万歳と日の丸の四日間」と題する次のような文章も、厳しい検閲処分を受けている。

「君が代の大斉唱、万歳のどよめき、日の丸のちぎれるような乱舞、百六万県民(宮城県=筆者注)の感情が期せずして唯一点に集中した感激の四日間。・・・・・突如、最前列の一女性がわーっと泣き出した。陛下の眼がきらりと光った。おえつが続く。われらの天皇に寄せる親愛感の最高頂だ。・・・・・
祝祭日に国旗の掲揚されないことを識者は歎(なげ)いていた。日の丸は死んだと思っていた。ところが、今度の行幸でみんなが眼を見張った。日の丸一色に街も村も彩られた。・・・・・
田舎にゆくほど手製が多かった。夜遅くまでコンパスを使い、あるいは御飯茶碗をふせて濃く淡く色をつけた日の丸がちぎれるように振られた。私たちはこの感激を日常の生活に生かさなければならない。陛下に心からお誓いした日本再建の決意を実践に移そう。陛下のお言葉が、お姿が、日の丸の旗が、私たちの心の中に生きている」


さらに、作家の武者小路実篤が敗戦直後にマッカーサー元帥に寄せた次の一文も検閲を受けている。

「私は今の日本で、一番御自由のない、一番見ようによっては御人間ばなれの生活を強いられている方は、陛下だと前から思っておりました。ですから、陛下のことを思うと私はすぐに涙ぐんでしまうのです。
・・・・・私たちがあの※十二月八日の御宣言を聞いて涙を流したのも陛下がいかに平和を愛していられるかを知っていたからです。その陛下がかようにまで決心されたのだからと、私たちは命をささげる気になったのです」


また坂口安吾の「特攻隊に捧ぐ」と題する次の文章も「軍国主義的」という理由で全文掲載禁止処分を受けている。

「若者の胸に殉国の情熱というものが存在し、死にたくない本能と格闘しつつ、至情に散った尊厳を敬い愛す心を忘れてはならない。・・・・・死と必死に戦い、国に命をささげた苦悩と完結はなんで人形であるものか。
・・・・・かつて諸氏の胸に宿った『愛国殉国の情熱』が決して間違ったものではないことに最大の自信を持ってほしい」

-------(引用終わり)-------

※御宣言とは、昭和16年12月8日の「開戦の詔書」のこと。
これについては小野田寛郎氏が今年8月15日に靖国神社で行われた「終戦60周年国民の集い」にてスピーチをされた時に触れておられるので、拙ブログ「小野田寛郎氏のスピーチ」も合わせてお読み頂けれ
ばと思います。

開戦の詔書の全文は、こちらをご覧下さい。
http://www.chukai.ne.jp/~masago/kaisen.html


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コメント
この記事へのコメント
Mergeです。

実は、本気で本を読むようになったのはつい最近のことなのです。それ以前は自分の興味のある分野にしか目を向けてなくてとても偏った読書をしてました。サヨク思想にも無意識下で毒されていたように思います。猛烈に反省してます。

クンデラは「存在の耐えられない軽さ」という、彼の原作による映画に感動して読むようになりました。とにかく素晴らしい小説です。僕を現実に連れ戻してくれた書物でもあります。
2005/11/20(日) 00:55 | URL | Merge #-[ 編集]
>Mergeさん
Mergeさんはかなりの読書家なのですね。私は読書量が少ないのでお恥ずかしい限りです。

私もクンデラのこの言葉を知った時、あまりにも今の日本の現状にピタリと当てはまる言葉だったので驚きました。

>言論の自由が大切だからこそ、“選ぶ力”が必要なのだと思います。

私も全く同感です。

>かついちさん

現在学校では、日本が行った戦争は「侵略戦争」であり、日本が一方的に悪かったと教えられていますが、果たして私たちのご先祖が、侵略戦争をするような野蛮な人々だったのでしょうか。
そんなはずはありません。戦わざるをえない状況に追い込まれ、止むに止まれず戦ったのです。「開戦の詔書」を見れば、それがよく分かります。
そして、陛下ご自身も決して望んでいなかった戦いだというのも分かりますよね。

>どんなにその国を占領下においても、その国の伝統や宗教、精神を破壊していいなんていう取り決めはあり得ません。

かついちさんの言われるとおりです。例えばイラク戦争で米国はイラクを占領下におきましたが、宗教には一切口出ししていません。ところが日本に対しては宗教まで破壊しようとしました。これは非難されるべきことだと思います。

>田舎の神主さん

お陰さまで体調の方は快方に向かっております。
田舎の神主さんの御祖父は素晴らしい方だったのですね。
胸を打つ御祖父のお言葉を書き込んで下さり、ありがとうございます。長文になっても全然構いませんので、またこのようなお話を教えて下されば幸いです。
2005/11/20(日) 00:01 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
こんにちは。
お体の調子は如何ですか?
明治生まれの私の祖父が昔よく言っていたものです。
「自由と勝手を履き違えるな!」
そして或る時、こんな事を申しておりました。
「今の日本人はアメリカが持ってきた『自由主義』という毒に犯されてきている。本当の意味での『自由』とアメリカが持ってきた『勝手な自由』とは違うんだ!己の周りにいる多くの人々や家族に感謝を忘れてはいけないのは当たり前なのに、お互いに良くなっていこうという気持が欠片も感じられなくなってしまった。日本人はこのままでは滅びる以外にない!お前が大人になる頃、この国は果たしてまだ『経済大国』と呼ばれるような国でいられるだろうか・・・。それは私はないと思う。だからお前はしっかりとした志を持って、決して人が生きているということに対しての本道、日本人としての本分を忘れてはならないぞ!」
昭和55年に祖父は亡くなりました。
私が祖父の言葉を聞いたのは子供の頃でこの言葉の意味を理解できませんでした。
しかし大人になった今、この言葉の意味が心に沁みます。
今の政治家や物書きの方々はこういった祖先が残された遺訓をどのように思い、感じるのでしょうか・・・。
正しい歴史の認識と理解をこの国に根付かせねば、私も祖父同様この国は滅んでしまう、そう思います。
教育現場に居られる方々、外交の現場で日本の国益を追求されている方々、そして政治家の皆さん、どうか本当のこの国の姿をしっかりと認識し、日本という大変歴史の深い国を心から「愛」してください。
私はそう、切に願っております。
長文で失礼いたしました。
2005/11/19(土) 12:11 | URL | 田舎の神主 #-[ 編集]
開戦詔書
開戦の詔書を拝見させていただきました。文語体で書かれていましたが、昭和天皇のご苦労とお悩みになられたご様子がにじみ出ています。
「朕ハ汝有衆(ゆうしゅう)ノ忠誠勇武ニ信倚(しんい)シ、祖宗(そそう)ノ遺業ヲ恢弘(かいこう)シ、速(すみやか)ニ禍根ヲ芟除(さんじょ)シテ、東亜永遠ノ平和ヲ確立シ、以テ帝国ノ光栄ヲ保全セムコトヲ期ス。」
開戦はするけれども、速やかに禍根を取り除いて東アジアの永遠の平和を確立すべし、というあたりはやはり陛下が平和を愛され、この戦争はすべきではないと思われていたのだと思います。
陛下と国民の間には、諸外国にはない深いつながりがあることを私は誇りに思います。戦後日本で、GHQの指令のもと、軍国主義につながるあらゆる文書が発禁処分になり、天皇と国民の心のつながりを示すものが社会に出てこなくなってから、日本人の思想の改造が行われるようになったんですね。私も実はそうだったのかもしれません。ここに示されている文章も、つい最近、それも社会人になってずいぶん経ってからそういう文章が残されていることに気がつきました。そこまでして表に出さないようにして日本人の精神の破壊を画策した連合国(アメリカ)もそれに毒された日本人も、その間違いに早く気づくべきでしたね。他国の精神の破壊は人道上の罪と言わざるを得ません。どんなにその国を占領下においても、その国の伝統や宗教、精神を破壊していいなんていう取り決めはあり得ません。そういうことを平気で行ったアメリカこそ裁判にかけるべきだと思います。
2005/11/19(土) 08:33 | URL | かついち #xtsQx3EI[ 編集]
クンデラは好きでほとんどの著作を読んでいるのですけど、現代の日本人としてこの言葉にはグサッときました。まさしく日本はこの状態です。

祖国を無くした人の言葉ですから真実味が感じられます。僕はクンデラのような小説家こそ本物の小説家だと思います。

それにくらべて昨今の日本の小説家は、“説”というものを持って書いているのかと疑問に思います。たとえそれを持っていたとしても、幼稚で陳腐な味噌汁の具にもならない説か、伝統の破壊を誘発する革命思想を時代の先端という皮で巧妙に誤魔化している説、そんな身勝手な説を自慢げに吹聴して町を闊歩している小説家ばかりで、非常に危険を感じています。   
そのような非常に危険な人物たちに保守系もコロッと騙されているように思うのですけど、どうでしょうか。

小説が好きな日本人は、こんなところからじわじわと二重に洗脳されてしまうということに、あまりにも無防備すぎます。

言論の自由が大切だからこそ、“選ぶ力”が必要なのだと思います。
2005/11/18(金) 23:22 | URL | Merge #-[ 編集]
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