『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回はまず、月刊誌「致知」七月号より、山谷えり子氏(自民党参議院議員)中條高徳氏(朝日ビール名誉顧問)のインタビュー記事の一部を引用します。

■一票に込められた百万人の祈り

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山谷 福沢諭吉翁は「独立の気力なき者は国を思ふこと深切ならず」とおっしゃいましたが、いまの政権には、この「国を思ふこと深く切なり」という、国のリーダーとして本当に当たり前のことが感じられません。

中條 国会というんだから、国政に参加する人たちはなんといったって「国益」という概念が最重要であるのに、その課題を忘れているように見えてなりません。国益といったら、何か戦前のナショナリズムというような誤解をしている人たちがいるんですね。国益なんていつの時代でも最優先に考えるのが当たり前なんです。政治家というものは。

山谷 私はここへきて、一票の重さというものをまた別の感覚で抱きしめるようになりました。祖母からいつも言われていたんです。二十代前に遡(さかのぼ)るとご先祖様の数は百万人にもなる。その百万員のご先祖様がおまえのことを応援してくださっているんだから、いじけたり怠けたりしたらいけないと。

中條 その感覚を持つことはとても大切です。

山谷 そこから私は、そうなんだ、一票には百万人のご先祖様の愛と祈りがあるんだと気づいたんです。そのご先祖様たちは、国家解体とか家族解体なんか望んでいるわけがない。だから自民党も民主党も、本当にこの一票の重みというものをもう一度考えなければなりません。単なる自分の一票ではなく、ご先祖様たちの祈りのこもった一票ということを考えたら、自ずと自分たちがどういう行動を取るべきか分かると思うんです。

中條 ほら、見てごらん。いざ差し迫った時には必ずご先祖様への尊敬、崇拝の念が生じてくる。これこそが日本人の特質なんです。

山谷 日本はご皇室をいただいて君民一体の大きな家族のように睦(むつ)み和らぎ、徳を高め、勤め励んで文化の国、道義の国をつくってきて、今年は皇紀二六七〇年という世界で最も長い歴史を誇る国です。一票の重みというものをいま一度自覚して、この尊い歴史をなんとしても守らなければならない、と私は決意を新たにしているんです。

中條 今度の参議院選挙がまさに分水嶺(ぶんすいれい)になりますね。
(引用終わり)



私たち有権者が持つ一票は、今を生きる私たちだけのものではありません。山谷えり子氏が言われるように、「一票には百万人のご先祖様の愛と祈りがある」のですから、選挙の際には、自分の考えだけでなく、ご先祖様の思いに答えるにはどういう選択をすれば良いのかということも踏まえて投票して頂きたいです。そうすれば、前回拙ブログで取り上げたような、国家解体を着々と進めている政党に投票するという選択はありえないと思います。

山谷えり子氏は、今回の参院選では改選期を迎えて自民党から比例区で立候補されていますが、山谷氏のような真の保守の考えを持たれた方にこそ投票して頂きたいです。


次に、前回の記事(民主党が目指すものは日本国の解体です!)の補足をします。

まず、「市民」と「国民」の違いについてです。これについて、井尻千男氏(拓殖大学日本文化研究所顧問)が「月刊日本」平成二十二年七月号にて端的に書かれていたので引用します。

国民という概念には、国を形成してきた先人たち、これから受け継いでいく子孫たち全てが含まれている。それに対して、市民(あるいは人民)というという言葉は、歴史性からも伝統からも遊離した、ふわふわした西洋近代的個人概念なのです。


これに続けて、井尻氏はこう述べています。

菅直人新首相が「市民運動」から出発したことを大変危惧しています。わが国の総理が、わが国の歴史にも伝統にも無頓着に合理主義的政策を進めれば、まさにそれこそ国体の危機だからです。



菅首相は、「市民運動」から出発された方で、井尻氏の指摘は正にその通りだと思います。

これに関連して、渡部昇一氏(上智大学名誉教授)はメルマガで次のように述べています。

首相になってからの菅氏を注意してみると、時々は「国民」という言葉を使い、「国家」と言う。しかし以前は、「市民」「社会」で通していた。これは国家を否定して崩壊させる、左翼思想の根源となったルソーレーニンの思想に通じることは言うまでもない。これは鳩山前首相の「日本列島は日本人のためだけにあるのではない」という思想にも直結している。ある意味、鳩山前首相は率直であった。だが、菅首相は本音をオブラートに包み、鵺(ぬえ)的な言動がとれるだけに、かえって危険性が増したと言える。こういうリーダーではそれと気づいたときには日本が取り返しがつかないほどダメになっている可能性が高い。これは絶対に阻止しなければならない。



今、日本は「菅直人」という、日本の歴史や伝統に基づく考え方ではなく、西洋近代的な左翼思想に基づく考え方を持った方が首相になり、党を挙げて国家解体政策を進めているのです。この恐ろしさ、危険性というものを多くの方が理解して下さればと思います。

さらに菅直人首相について、渡部昇一氏は佐々淳行氏(評論家)から聞いた話を同メルマガに書かれていたので引用します。菅首相の本質がよく分かります。

評論家の佐々淳行さんは警視庁で要職を歩み、初代内閣安全保障室長を務めた危機管理の専門家である。その佐々さんから聞いた話である。市民運動家だった若いころの菅直人首相を、警察関係者は「第3列の男」と呼んでいたという。この言い方には若干の解説が必要だろう。戦前、「第5列」と呼ばれた人たちがいた。軍隊では行進でも整列でも原則は4列縦隊を組む。国家に貢献するこの4列の隊列から外れて反国家的言動をとる者、具体的にはスパイを指して「第5列」と呼んだのである。菅氏に対する「第3列」の呼び方は、反国家に転じるすれすれに位置していたことを意味する。

また、こういうこともある。戦後、左翼運動が激化し、デモ高度が過激になった。当然、警察は抑止する。その衝突で逮捕者が出ることがある。だが、警察は手当たり次第に逮捕したりはしない。過激の核となってデモを指導し煽動するリーダー層を逮捕すれば十分である。警察は過激派に目星をつけていて、リーダー層の第2列目あたりまでを逮捕する。このとき、菅氏は逮捕を免れるぎりぎりの「第3列」あたりについてアジっていた、ということも表している。

この「第3列」ほど、市民運動化から政治家に転じ、首相にまで昇り詰めた菅氏の本質を示すものはないと思う。本音を隠して妥協し、時には退いてみせる。だが、決して本音を手放したわけではない。その朝兆候はすでに現れている。首相としての所信表明演説は財政立て直しなどに多くを割いても、防衛については一言半句も触れなかった。国境問題などはきれいに消えてしまっていた。多くの関心を財政問題などに向け、本音が露呈しそうな問題は隠すのだ。



次に「地域主権」について、井尻千男氏が「月刊日本」平成二十一年七月号に論文を寄せているので引用します(井尻氏は「地方主権」と表現されていますが、「地域主権」と同意です)。そもそも「主権」とは何なのか、その根本を問われています。

■「地方主権」という国家解体の策謀を撃て!

「地方主権」という言葉を口にする政治家がふえている。気になってメディアを注視すると、与党、野党の別なく、国政に責任を負う政治家が「地方主権」と言っている。

私はかねて「主権回復記念日」を創設せよと主張してきた。国家主権を喪失していた被占領期レジームから脱却するためにはまずもって「国家主権」を回復した日を祝わねばならない、信ずるからである。

ところが驚いたことに、「国家主権」という言葉を一度たりとも口にしたことのない政治家たちが「地方主権」と言いだしたのである。しかも、「主権」という観念を、あたかも分割可能なものの如くに言うのである。このような粗雑な言語感覚の政治家は即刻、国政の場から退場してもらわねばならない。

そもそも「主権」という至高の観念は、政治学的にいえば国家固有のものであって、分割不可能な観念であり、それ故に国法というものの尊厳と正統性が担保されるのである。このことに関しては国家の大小にかかわりなく、いかなる小国といえども国家であるかぎり「主権」を有している。だが、いったん戦争に敗れて被占領状態に陥ると「主権」を喪失する。が、講和が成れば「主権」を回復する。

つまり国家固有の「至高の観念」を「国家主権」と名づけているのである。私はしばしば憲法九条に言及して、戦後の日本人は「国権の発動」たる戦争を放棄するとともに「国権」という至高の観念まで放棄してしまったと言ってきた。この場合の「国権」は「国家主権」にほかならない。

ところがである。近年の政治家たちは、「国家主権」については何ひとつ語らずに、いきなり「地方主権」と言い出したのである。畏れを知らぬとは、こういうことだ。国家を解体する覚悟あってのことなのか、と借問せざるをえない。なぜならば、「主権」という至高の観念は、そもそも分割不可能なものであるから、「地方主権」というかぎり、立法行為から安全保障、ひいては宣戦布告までの全責任を取らねばならない。その覚悟がないのであれば、言葉を弄んではいけない。国家というものを愚弄してはいけない。

政治的言語に無知な地方議員が知ったかぶりの勇み足で「地方主権」をよこせとでも言ったというなら、笑って見のがすこともできる。だが、国政に参画して一億二千万の国民の生命と財産を守るべき政治家が「国家主権」について語らずに、「地方主権」を主張するとは何事か。本末転倒もはなはだしい。

その本末転倒が、何故に、いつごろから始まったのか。その淵源をたどれば、被占領期の終焉した日のことを忘却したことに始まる。すなわち昭和二十七年四月二十八日、世界四十八カ国との講和条約が発効して、わが国が「主権」を回復した日を祝祭日にしなかったことに始まる。だが、そのころの日本人はいまの政治家よりはましだった。自主憲法を制定した暁(あかつき)のことを考えていた。そのときこそが実質的な「主権回復」の日になるのだ、と。

ところが今日盛んな「地方主権」論はそれまでとはまるで次元が異なる。一言で言えば、冷戦終焉後の無防備な国家観と、市場原理主義が合体したときから始まったと見るべきだろう。

「規制緩和」の大合唱を思い出してみれば分かるように、国家による秩序形成というものを悪しざまに言うことが流行した。一部の狂信的原理主義者がそう主張するなら笑い話ですむが、わが国においては国政をあずかる政治家までが、「規制緩和」を大合唱したのである。その雑駁(ざっぱく)きわまりない論理のゆきつく先が「国家主権」の放棄であり、「地方主権」の確立という迷妄だったのである。「主権」という観念の厳粛性は露ほどもない。ないどころか、厳粛性を笑いものにしているとしか言いようがない。

耳を澄ましてみるに、どうやらその「地方主権」という珍にして奇なる観念は「道州制」につながっている。

県市という行政単位だと荷が重すぎるが、道州という行政単位ならば成立するだろう、と考えている節がある。つまり「道州制」をまず実現し、そこに「地方主権」を付与し、州法国法を同格のもにしようということだろう。しかし、繰り返しいうが「主権」は分割不可能な至高の観念であり、それは国家のみが保有しうるものである。にもかかわらず、「地方主権」を確立しようというのであれば、「国家解体」を前提にせねばならない。

「中央集権国家」をアプリオリに悪ときめつけないと、そういう論理は出てこない。したがって「地方主権」をいうのであれば、まずもって「中央集権国家」が悪であることを論証せねばならない。そのうえに、わが国の場合、天皇と国民の関係を考えねばならない。「道州制」と「地方主権」を認めるということと、「立憲君主制」をどのように整合させるのか、その種の政体論が全く聞こえてこない。「道州制」と「地方主権」を前提にすれば、当然、天皇と国民の距離感が州によって異なるという事態が発生するだろう。ある州は共和政体、ある州は君主政体ということだって起こりうる。それが「主権」というものの恐ろしさである。

わが国は古来、万世一系の天皇を戴く君主国であり、一度として分裂国家になったことはない。江戸時代の幕藩体制とてユーラシア大陸に見られるような封建政体ではない。みごとな統一国家だったといわねばならない。

だが、そんな悠長な議論をしている暇はない。「道州制」と「地方主権」という国家解体の策謀を葬り去らねばならない。私には北京・中南海の高笑いが聞こえるのだ。

「道州制」と「地方主権」と「沖縄」を結びつけてみれば、これほどに攻めやすい政体はないからである。これまでも、これからも、中南海は「道州制」論者を徹底的に好遇するだろう。



マスコミでは、産経新聞を除いては菅首相の素性であるとか、民主党政権の進める国家解体政策についてほとんど報じないので、参院選で投票するにあたって是非知っておいて頂きたいことを記しました。
今回の参院選でもし民主党が過半数を取れば、これまで拙ブログで書いてきた民主党政権が進める国家解体政策を止めることが出来なくなります。正に日本の命運がかかった選挙です。有権者の方が賢明な判断をして下さることを切に願います。


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コメント
この記事へのコメント
悩ましいですね
>milestaさん
選挙が公示されてからの情勢は分からないのですが、公示前に日本政策研究センターから頂いた情報によると、今回はかなり厳しい選挙になるとのことでした。山谷氏は比例での出馬なので、milestaさんの言われるように、露出も少なく、今回改選を迎えていることを知らない方もいると思います。

山谷氏は、学校で行わているジェンダーフリー教育の問題に早くから気づいて精力的に取り組んで下さっています。拙ブログではずっと主張してきたことですが、ジェンダーフリー(男女共同参画)は国を滅ぼす大変危険な思想です。これに取り組んで下さっている稀有な国会議員である山谷氏には、何としても当選して頂きたいです。

たちあがれ日本の中山氏も、当選して頂きたいですよね。私も比例区では山谷氏や中山氏を始め応援したい方が多くいますが、その皆さんが様々な政党から出ているのがネックです。同じ政党ならその政党名を書いて投票すれば良いのですが。

milestaさんの言われるように、この状況は悩ましいです。
2010/07/08(木) 14:25 | URL | spiral (管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
山谷さん、大丈夫でしょうかね?
地方区の候補者は政見放送もあるけど、全国区だと露出も少なく、あまり報道でも話題になりませんね。
もしも山谷さんが安泰なら、たちあがれの中山さんも応援したいのですが、そういう余裕はないかな?
悩むところです。
2010/07/07(水) 08:43 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
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2010/07/06(火) 10:20:34 | 母さんによる徒然・・・