『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は、月刊誌『致知』12月号より、渡部昇一氏の書かれた東京裁判についての論文を引用します。


■渡部昇一(わたなべ・しょういち)
評論家、英語学者、上智大学名誉教授。
渡部昇一先生
昭和5年山形県生まれ。
昭和30年上智大学文学部大学院修士課程修了。
ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学に留学。
ミュンスター大学哲学博士。同大学名誉哲学博士でもある。
昭和46年から上智大学教授。
平成13年から上智大学名誉教授。
該博な知識、識見にもとづいて文明・歴史批評・社会評論を展開して著名。
第24回エッセイストクラブ賞、第1回正論大賞受賞。



■歴史の教訓

重ねて言う
日本は東京裁判ではなく
その判決を受諾したのだ


「日本国といたしましては極東軍事裁判を受諾しているわけでございます」
―――昭和60年、政府委員によって
国会でなされたこの答弁が、
それからの日本を縛るきっかけだった。
だが、これはサンフランシスコ講和条約の条項を
ねじ曲げた見解である。



■日本は東京裁判を受諾した!?

戦争直後の日本というのは、何しろ戦争に負けたのだから、世界に対して肩身が狭かったはずである。ところが当時の首相や外相の言動を迫ってみると、案外に堂々としていて、卑屈なところがない。それがいつ頃からか、やたらにペコペコして、もっぱら謝罪ばかり、ひたすら卑屈に傾いていった。

そうなっていったのは一九八〇年代の半ば頃からだったと思う。その頃にどうして卑屈一辺倒になっていったのか、不思議な気がしていた。その時期になって東京裁判の毒がようやく回ってきたのだろうかと考えたりした。

だが、東京裁判の毒はじわりじわり効いてきたのではなく、急速に回り始めるきっかけがあったのだ。『WiLL』十一月号に谷沢永一さんの論考が掲載されているが、そこに引用されているものを読んで分かったのである。

昭和六十(一九八五)年十一月、衆議院外交委員会で社会党の土井たか子氏が、東京裁判における「平和に対する罪」について質問をした。これに外務省の、たぶん当時は条約局長だったと思うが、小和田恆(おわだひさし)氏が政府委員として答弁した。その中で小和田氏ははっきりと次のように述べている。

「日本国といたしましては極東軍事裁判を受諾しているわけでございます」

従って、日本は侵略戦争をやり、不戦条約などの条約や協定、保証を破ったことを認め、有罪の判決が出たのだ、という趣旨のことを述べている。

それで分かったことがある。麻生首相が安倍内閣で外相を務めていた時である。私はたまたまテレビで国会中継を観ていたのだが、麻生さんが答弁に立ち、日本は東京裁判を受諾して国際社会に復帰したのだ、と述べたのだ。私は、あれ? と思った。麻生さんとは以前に話したことがあるが、日本は東京裁判を受諾したのではない、と明確に認識されていたはずなのである。おかしなことを言うものだな、と思った。だが、小和田氏の答弁と重ね合わせると、そういうことかと分かる。

小和田氏は外務省を代表する政府委員として答弁したのである。これはつまり、日本政府の公式見解なのである。そこには政府と外務省の間に、日本は東京裁判を受諾して国際社会に復帰した、という意見の統一があったに違いない。
当時は中曾根内閣である。そう言えば、それ以前にも宮澤喜一さんが教科書の記述は近隣諸国の国民感情に配慮するというコメントを発表するなど、外交でのペコペコ姿勢が目についていた。外務省内では東京裁判を受諾したという小和田氏の答弁がすでに確立していたのだろう。

日本が東京裁判を受諾したというのは、国会で政府委員が答弁した日本政府の公式見解なのだから、以後の政府や外務省はこれに縛られることになった。麻生さんの答弁もその流れの中から出たものなのだろう。

■政府の公式見解は誤りである

日本は東京裁判を受諾したのではない―――本欄でも繰り返し述べてきた。だが、これは近現代史のポイントとなるものだから、まして誤った政府の公式見解がまかり通っているのだから、何度でも言わなければならない。

この問題はサンフランシスコ講和条約第十一項に関するものだが、そこには日本が東京裁判の判決(judgments)を受諾すると明記されている。日本は東京裁判ではなく、東京裁判の被告となった個々人への判決を受諾したのある。「判決」が複数になっているのはそのためだ。これは解釈や屁理屈ではなく、明解な英文法の文脈である。

裁判を受諾するのと判決を受諾するのはどう違うのか、同じことではないか、と言うかもしれない。だが、これはまったく違うのである。

古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、アテナイの国家が信じる神とは異なる神のことを説いて若者を堕落させたとして裁判にかけられ、死刑を宣告された。ソクラテスは身に覚えのないことで裁判は受け入れることができないが、判決がでた以上、アテナイは法治国家なのだから、これは受け入れて従わなくてはならないとして、毒をあおいで死んだ。裁判と判決は異なるということである。

そんな紀元前の話しではピンとこないというなら、裁判と判決を峻別した最近の例では、戸塚ヨットスクール事件の戸塚宏さんがある。戸塚さんは傷害致死・監禁致死の罪で裁判になった。しかし、戸塚さんは業務上過失致死であっても傷害致死や監禁致死では絶対にないとして裁判を認めなかった。だが、懲役六年の判決が出ると、法治国家なのだから判決には従うとして、服役した。戸塚さんは模範囚だった。だから、刑期の短縮が持ち上がった。だが、刑期短縮を受け入れれば、傷害致死とした裁判を認めなければならない。それはできないと戸塚さんは刑期短縮を拒否し、六年の刑期を満了して刑務所を出たのである。

裁判と判決とはこのようなものである。裁判そのものを受け入れるのとその結果である判決を受け入れるのは、まったく意味が違うのだ。

もっとも、サンフランシスコ講和条約第十一項を外務省は最初、日本は東京裁判を受諾する翻訳した。これは明らかな誤訳である。そして、英語の原文とその和訳とどちらが正しいかといえば、もちろん原文であることは言うまでもない。

そもそもこの誤訳がベースにあって、八〇年代半ばの「日本は東京裁判を受諾した」という政府の公式見解となり、政府委員としての小和田恆氏の答弁なったと思われる。しかし誤訳はしても、講和条約当時の日本政府は原文の真意、つまり東京裁判の判決を受諾する、ということを正確に理解していたのである。

第十一項の後半は、東京裁判の結果である刑の執行は日本が行うと規定し、さらに日本は刑の執行を裁量することができると定めている。死刑はすでに執行されているし、それを受諾しているのだから、受け入れる以外にどうしようもない。

だが、終身刑や有期刑はその刑の執行を裁量することができる。そこで日本は終身刑や有期刑で服役していた人の刑期を短縮し、釈放した。第十一項の定めのようにしたのである。当然ながら、このことには世界のどの国からも異論は出なかった。

このことを見ても、日本が受諾したのは「東京裁判」ではなく「東京裁判の判決」であることは明らかである。

そもそも東京裁判の根拠となったものはチャーター(charter)と言われ、「裁判条項」と訳される。要するに国際法にも何にもよらない、マッカーサーの意向だけで裁判の形を取り、裁判と称しただけである。いかなる法律にもよらない裁判などあり得るはずがない。まして受け入れられるわけがない。

このことは明確にしておかなければならない。

■東京裁判は国家ではなく個人を裁いたのである

さらに、言っておかなければならない。「日本は東京裁判を受諾して国際社会に復帰した」という言い方は、日本は裁判を受けて、悪うございましたと認めることで、国際社会に立ち交じることを許された、というニュアンスである。

だが、東京裁判はそういうものではない。東京裁判は日本という国家を裁いたのではないのだ。これは私が言うのではない。東京裁判で主席検事を務めたキーナンが、これは日本国や日本国民を裁くのではない、被告一人ひとりの罪を裁くのだ、と繰り返し述べているし、裁判記録にもそのように明記されている。東京裁判によって日本が断罪されたように言うのは、事実をねじ曲げるものに他ならない。

さらに言えば、東京裁判で被告とされた人たちの訴因は、侵略戦争を共同謀議したということにかかっている。それが平和に対する罪であり人道に対する罪である、というわけである。これに対して、たとえば首相であった東條英機大将は、日本はこちらから積極的に何かをしたことはなく、すべては受身に対応したのであって、共同謀議などあるはずがないと軍人らしく具体的に述べ、検事と渡り合っている。この論戦は明らかに東條の勝ちだと外人記者も認めたほどである。

そして東條大将は、しかし自分には敗戦の責任がある、この責任はいかようにも負う、と述べている。つまり、東條大将は敵国であった連合国から裁かれる謂(い)われはない、と言い、だが、敗戦の責任は自分にあると言うのである。とすれば彼を裁くなら、その権利を持つのは日本国民以外にはない。少なくとも、断じて連合国ではない。

東京裁判で被告とされた人たちは、A級戦犯と言われる。これは平和に対する罪とか人道に対する罪とか、A項目として括(くく)られた罪状で起訴されたのでそう呼ばれるのだが、東京裁判が法的に成り立たないものなのだから、A級戦犯などあるはずがないのだ。

さらにさらに言えば、これも何度も繰り返したことだが、なんの法的根拠もなく東京裁判を強行した張本人のマッカーサーが昭和二十六年に開かれたアメリカ上院の軍事・外交委員会で、日本が戦争に入っていった主たる理由はセキュリティのためである、と証言したことを挙げれば、すべては明瞭である。

被告とされた人たちが侵略戦争を共同謀議したということを核にして行われた東京裁判を、それは間違っていたと当の張本人が否定したのだ。そしてマッカーサーの証言は、日本がこちらから仕掛けたことはなく、すべて受身で対応したのだという東條英機大将の口述と合致する。

もはや紛れもない。東京裁判は間違いだったのだ。従って、A級戦犯などはあるはずがない。A級戦犯なる呼称は少なくともマッカーサー証言が出た時点で完全に消えたのだ。

にもかかわらず、A級戦犯という呼称は相変わらず使われている。敵国だった連合国が被せた呼び方を、それはなかったことが明確になったいまも、日本人が後生大事に使い続けていてどうするのか。これは非常に恥ずかしいことだと知らなければならない。

■ハンディキャップ国家と蛸壺史観

東京裁判が誤りであり、A級戦犯などはなかったことが明確になると、被告とされ、処刑された人たちはどういうことになるのか。

この人たちが逮捕された時、まだ平和条約は締結されていなかった。つまり、その時の日本は戦争状態で占領されていたということである。被告として逮捕された人たちは、敵国によって捕虜になったのだ。

昨年になるが、自民党の古賀誠氏が、「国のために戦って死んでいった人たちと、捕虜になって死刑になった人が、同じ國神社に祀られているのはいかがなものか」

という言い方で、A級戦犯分祀論を唱えた。この議論にはうっかりすると、なるほどとうなずいてしまうものがある。しかし、そうだろうか。

フィリピン方面軍の司令官だった山下奉文(ともゆき)大将は、敗戦後に降伏して捕虜になり、フィリピンの軍事法廷で死刑の判決を受け処刑された。この山下大将は國神社に祀られているが、捕虜になって死刑になったことを理由に、分祀すべきだといった議論は、まったく聞かれない。百歩譲って、東京裁判で被告とされた人たちは、戦場に出て戦い、死んでいったのではない、と言うかもしれない。だが、戦場に出ようと出まいと、国のために全力をつくし、捕虜となり敵の手によって殺されたことに変わりはない。

それを区別しようというのは、その底に、東京裁判は日本国を裁いたのであって、日本は侵略戦争をやり、条約、協定に違反したとする東京裁判を日本は受諾して国際社会に復帰したという誤った観念があるからである。それにA級戦犯という観念も生きているからだ。いや、日本政府の見解がそうなっているのだから、誤った観念が染みつくのは当然と言える。

だが、日本は東京裁判を受諾したという見解を打ち出した当事者たちは、それが誤りではなく、本当のことだと思っているふしがある。その一例として、政府委員として答弁した小和田恆氏にもう一度登場してもらおう。

小和田氏はあちこちで講演しておられる。そこでよく出てくる言葉に、「日本はハンディキャップ国家である」というのがある。日本は過去に侵略戦争をやり、条約違反や協定違反をやってきたという負の遺産、ハンディキャップを背負っているということらしい。日本は東京裁判を受諾したという認識から出てくるものである。

そして、日本はそういうハンディキャップ国家なのだから、徹底して国際貢献に励まなければならない、というのが、小和田氏お得意の講演のさわりになる。

こういう考えがどのような思想から出てくるのかについては、谷沢永一氏が『WiLL』十一月号で詳細に論じているのでそちらに譲るが、日本の外交がODAなどの名目で金を差し出し、それでも足りずにペコペコの卑屈一辺倒に終始しているのは、これで分かるというものである。日本はハンディキャップ国家なのだから仕方がない、ということなのだろう。

また、この観念を増長させる流れが最近は目につく。

月刊『文藝春秋』十月号が、「新・東京裁判」なる座談会を組んだ。この座談会に五十ページものボリュームを費やしているから、総力を結集した特集なのだろう。しかしメンバーの六人を見ると、半藤一利氏、保阪正康氏など、実によく資料を調べ、詳細なところまで知っている顔ぶれである。大いに期待して読み始めたのだが、率直に言って、読み通すのが苦痛だった。

戦争を論じるのである。当たり前のことだが、戦争は国内のあれこれだけで起こることは絶対にない。国際関係の極点で勃発するものなのだ。国際間でどういう軋轢(あつれき)があった、どういう圧力を受けた、といった国際関係を検証し、論じなければ、事実を捕まえることはできない。

ところが、この座談会にはその視点が見事なほどに欠落しているのだ。誰が頑固だった、誰の決断が遅かった、といった内輪の話に終始している。誰がいけなかった、誰が悪かったといった内輪の暴露に終始して、それを国際関係と関連づけようとしない歴史観を称して、漫画家の小林よしのり氏は、「蛸壺(たこつぼ)史観」と呼んだ。言い得て妙である。

蛸壺史観では、正確な事実を歴史に定着させることはできない。それどころか、日本はだめだったのだ、やはり悪かったのだ、東京裁判もやむを得ないし、それを受諾したのもやむを得ないことだ、と誤った観念を助長するだけである。蛸壺史観は打破しなければならない。

今度の座談会で唯一目新しかったのは、東京裁判がなぜ二・二六事件を取り上げなかったかに触れた箇所である。陸軍には統制派や皇道派などの派閥があった。二・二六事件はその派閥争いだったのだから、これを取り上げると、侵略戦争の共同謀議という理屈が通りにくくなる。それで取り上げなかったという指摘だけが参考になったものだった。

東京裁判を受諾するのと東京裁判の判決を受諾するのとは、まるで意味が違う。政治家を見回しても、その意味を曖昧(あいまい)にしか認識していないのが大半である。これではペコペコ外交がいつまでも続き、日本は毅然とした国家像を確立できない。

日本は東京裁判を受諾したのではない。東京裁判の被告個人の判決を受諾したのだ。このことは宣教師のように言い続けなければならない、と思っている。【引用終】


文中で渡部氏が指摘されていますが、私たち日本人が東京裁判で理解しておかなければならないポイントを今一度引用します。

■日本は東京裁判を受諾したのではなく、その判決を受け入れたに過ぎないということ。

■東京裁判では罪を裁く根拠となる法律がなかった。国際法にも何にもよらない、マッカーサーの意向だけで裁判の形を取り、裁判と称しただけであること。

■そのマッカーサー自身が、後にアメリカの上院の軍事外交合同委員会で、日本が戦争に入っていった主たる理由は、セキュリティーのためである、と証言していること。

※マッカーサー証言の要約
連合国はABCD包囲網をつくって日本に重要な工業資源を売らなかった。日本が持っていた天然資源は蚕だけであり、要するに日本の天然資源でできる近代産業は絹工業しかない。しかし、我々はすべてを持っていた。それをうらないことにしたのである。このままでいけば、日本は千万人ないし千五百万人が失業するような事態になる(当時の日本の人口は八千万人と言われているので、働く男性のあらかたが失業するわけである)。したがって、日本が戦争に入ったのは、主としてセキュリティのためであった。



■このマッカーサーの証言は、日本がこちらから仕掛けたことはなく、すべて受身で対応したのだという東條英機大将の口述と合致すること。

東條大将は東京裁判で、この戦争の直接の原因が、世界経済の構造的な変化によって起きた世界恐慌としました。そして、これによって、資源を持っているアメリカなどの国が、資源を持たない日本をいわゆるABCD(米、英、中、オランダ)ラインの武力包囲と経済封鎖、日本の資産の凍結、物資の禁輸などによって排除しようとしたために、窮地に追い込められた日本が、実力(武力)で資源獲得をしなければならなかった、と主張しました。

マッカーサーは東京裁判史観を公式の場で否定し、東條史観に公式に乗り換えたのです。

渡部氏は、これを「東條=マッカーサー史観」と呼ばれていますが、この東條=マッカーサー史観こそ世間に広め、私たち日本人は東京裁判は間違いであったことを理解しておかなければなりません。


※東京裁判については、以前にも拙ブログで取り上げたので、お読み下さればと思います。

■今こそ東京裁判史観からの脱却を!
■東京裁判は「文明の裁き」か?

渡部氏は、東京裁判に関する著書を出されています。平易で読みやすい文章で書かれており、東京裁判の誤りがよく分かる良書です。未読の方は是非お読み下さい。

「東京裁判」を裁判する「東京裁判」を裁判する
(2007/02)
渡部 昇一

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コメント
この記事へのコメント
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2013/01/02(水) 14:39 | URL | 村石太ダー&コピーマン&マイケル&ジョン&リバー #4Xo3N2w6[ 編集]
>つばささん
>今に日本中が沖縄のように国家を憎む珍しい国になりつつある悲劇に歯止めは無いのかと思う日々です。

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2009/01/04(日) 17:43 | URL | spiral (管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
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2008/12/13(土) 10:26 | URL | kmo #qNXjQhIg[ 編集]
田母神前(悔しいけど)空幕長の本
すみません、連投です。
一昨日本屋の前を何気なく通り過ぎようとしたら、田母神さんの「自らの身は顧みず」(タイトルがいい。)という本がうず高く積まれているのを見て、早速購入しました。
現在の日本が陥っている、自虐病の原因、経過、等々ことごとく暴いてくれています。
本エントリーの東京裁判のことも書かれていますが、とにかく現今のように酷い自虐思想が蔓延った決定的な一事が「村山談話」にあり、それを子供たちに刷り込んでいった日教組の反日ぶりも浮き彫りにしてくれています。
一家に必携の一冊です。
二日後の今日うず高く積まれていた本があと数冊になっている。
これが心ある我が国民の現実としたら、一体今の政治は何をやっているのかと慨嘆するほかない。
2008/12/12(金) 21:55 | URL | 諦観 #lDl7LvdI[ 編集]
非常に良く分かります
渡部先生は折に触れてこの主張を繰り返しておられます。日本国民はこれを読んでどう思うのでしょうか?
まだまだ知らない人が多すぎるのですね。
spiralさんがまとめて下さったことを大人から子どもまで全ての人に伝えたいです。
その上で日本は早く誇りを取り戻さないと大変なことになります。
だんだん子どもたちが壊れてきています。もう親も子どもに希望を持ってしっかり勉強せよと言えなくなっているのでしょうか?
本当に恐ろしくなります。
早く日本国民が目覚めるためにもこの記事を読んで欲しいと思います。

spiralさん 休養されていますか?不整脈はもう出ていませんか?どうかお大事になさってください。
2008/12/12(金) 20:08 | URL | さくらこ #-[ 編集]
>諦観さん
日本は今、東京裁判史観に覆われ、民族の真の歴史を見失い、どうしようもない状態になっていると思います。このままでは、戦争などによらずして、自ら滅びの道を進んでいくのではないかと大変危惧されます。
このままでは、先の大戦を始め幾多の戦争で身命を賭して戦い、日本を守って下さった英霊の方々に申し訳が立ちません。何としても、東京裁判史観から脱却し、真っ当な日本国になってくれればと思います。

>おいどんさん
「太平洋戦争」とは、GHQが強要した名称で、日本は「大東亜戦争」と呼んでいました。これは、ただ単に名称を変えたというだけでなく、その背後にあるアメリカが正義の国で、悪の枢軸国である日本をやっつけたというアメリカから見た歴史観をも強要されているんですよね。
こうしたことから変えていかないといけませんね。

>hello8611さん
情報ありがとうございます。hello8611 さんが書き込んで下さったことは、知らない方が多いと思います。
2008/12/11(木) 18:26 | URL | spiral (管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
判決執行の受諾
 サンフランシスコ講和条約は日本が占領体制から脱して国際社会に復帰することを目的とし
たものであり、戦争犯罪者への刑の執行を形式上引き継ぐ必要があったため、当該条文が盛
り込まれたのであって、本心から悔悟して刑に服した人は少なく仕方なく受刑したことをこれも仕方なく受諾したものであって、判決理由まで呑んだとされることには若干抵抗感がある。
2008/12/10(水) 21:14 | URL | hello8611 #-[ 編集]
抗日戦線三姉妹
 別記の宋美齢には、上に二人の姉がいて、長女宋靄齢、次女宋慶齢はともに中国革命の父と称される孫文の秘書を勤め、宋慶齢は彼の妻となっている。三人は、財閥の家に生まれ教育熱心な親の下で米国留学を果たしている。のち、ともに抗日運動に参加している。

2008/12/10(水) 20:38 | URL | hello8611 #-[ 編集]
二人のルーズベルト
 渡辺氏の論説は、確かに非常に明快である。正直なところ、日本を窮地に追い込んだ連合
国側のほうにこそ、戦争の共同謀議が歴然としており、終始、積極的であったと感じることが
ある。
 たとえば、二人のル-ズベルトは親戚であって、フランクリンの妻は、セオドアの兄弟の娘であり、両大統領とも理想論をいうも日本人に対してだけは人種差別主義者であったし、その妻は中国国民党の党首蒋介石の妻宋美齢と親しく、同女性は、戦争中の1943年米国議会でアジ演説を2度行っており、絶賛されている。
2008/12/10(水) 19:36 | URL | hello8611 #-[ 編集]
こんにちは。今の歴史教育ではすべて太平洋戦争と言っています。いまだに東京裁判史観から脱却できていませんね。
先日、宮崎、新田原基地航空祭へ行ってきました。第1空挺団の落下傘降下がありました。「空の神兵」の音楽が流れていました。http://oidon.blog.ocn.ne.jp/blog/
2008/12/10(水) 04:10 | URL | おいどん #KKRNujqE[ 編集]
あの小和田さんが、そんな政府答弁をしていたのですか。そして、日本国ハンデキャップ論なんて、自虐思想を撒き散らしていたとは。
自国をそんなにまでして貶める人が外交に携わっていたんじゃたまったもんじゃありませんね。
田母神前空幕長のように、自国を良い国だと言った人が更迭されて、こんな自国を悪しざまに言う国賊級の輩がなんのお咎めもなく生きながらえている。
まったく、我が国は、どうしようもない状態に陥ってしまいましたね。
こうなったら、もう自衛隊のクーデターしかないんじゃないのかと思うこの頃です。
故三島由紀夫氏の決起と自刃の意味がようやっとわかったような気がいたします。
2008/12/09(火) 19:44 | URL | 諦観 #HCs6CfLM[ 編集]
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2008/12/09(火) 23:44:29 | 米流時評