『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は、日本政策研究センター発行の『明日への選択』4月号より、「修身」について書かれた論文を引用します。「
戦前の学校教育では、「修身」という科目があり、古今東西の偉人たちのエピソードを通じて、正直、謙虚、礼儀、勤勉、公益、勇気といった徳目を子供たちに教えていました。例えば「勤勉」に生きよ、と言われても抽象的でよく分かりません。しかし、「修身」で使われていた教科書の「勤勉」の項目では、二宮金次郎のエピソードが記され、具体的な人物像を通じて血の通った形で道徳教育をしていました。
戦後修身は廃止され、現在では修身は否定的な固定観念でみられるようになっていますが、素晴らしい面もあったことを理解して下さればと思います。


■「修身」とは何だったのか
立派な人生観と志を育んだ日本の「教育文化の伝統」

道徳教育の充実・強化を求める国民の期待に反して、中教審と文科省は徳育の教科化を見送りとした。一体、わが国文教当局が、徳育の教科化に踏み切れないのはなぜなのか。

元国立市教育長の石井昌浩氏は、そこには戦後の修身否定論に根ざした「反徳目主義」の影響があることを示唆している。「徳目とは、『礼儀』『親切』『正直』などの行為の価値を定めた道徳の細目であり、戦前の『修身科』が『徳目主義』の典型である。修身科に対する否定から出発した戦後道徳教育の通奏低音は徳目反対主義だった」(産経新聞平成十九年八月二十二日付)と。要するに、戦前の修身科に対するある種のトラウマが「反徳目主義」と化し、道徳教育の充実(教科化)という課題の実現を阻んでいるわけだ。

事実、教育再生会議が徳育の教科化を提案した昨年、東京新聞は「『修身』復活はごめんだ」との見出しを付けた社説を掲載し、「徳育が昔の『修身』のような授業として復活を目指すのなら、批判は相次ぐだろう」(六月二日)と警告した。この社説は、それでいながら「修身」の何が問題なのかには一言も触れていない。今の日本の社会に、修身否定の固定観念が牢固として存在することの何よりの証左だと言える。

とはいえ、その一方では最近、「修身」の再評価とも言うべき動きも起きつつあるように見受けられる。例えばここ数年の間だけでも、『親子で読みたい精撰尋常小学修身書』『修身の教科書』『「修身授業録」一日一言』『「修身学」のすすめ」等の本が相次いで出版されている。

『親子で読みたい精撰尋常小学修身書』を監修した八木秀次氏は、国定修身教科書について、「『尊敬すべき人格』『優れた人格』というものの『かたちと内容』を具体的に示した『物語』の集大成」と指摘した上でこう述べている。「古今東西の偉人・賢人の具体的なエピソードを綴ったもので、今日の目から読んでみても違和感のないものが多い。ここに軍国主義や極端な国家主義を読み取り、全面否定するには惜しい『物語』の”宝庫”なのである」と。
徳育の教科化には踏み切らなかった先の中教審の答申も、「道徳教育の充実・強化」の必要性を強調し、「教材の充実」などの具体策を提言している。だが、道徳教育を真に充実・強化し、子供たちの心に響く教材を創るためには、ドグマ化した「反徳目主義」の克服が大前提となるはずだ。そのためにも今日、固定観念に囚われない素直な心で、「修身」とは何だったのかを改めて見直してみる必要があるのではなかろうか。

以下ではその一環として、先ずは明治期の修身科成立から国定教科書が作られるに至った経緯や修身教育の特徴などを概観してみたい(本稿では主に勝部真長『道徳教育の歴史』を参考にした。また歴史的史料の引用は、読みやすいよう、送りがなをひらがなに改めるなどの修正を施した)。

■道徳教育重視の伝統と教育勅語

道徳を教える教科である修身科の成立は明治五年の「学制」にさかのぼる。修身科と言えば、国定修身教科書を思い出す向きも多いことだろうが、最初から国定教科書が使われたわけではない。学制の具体的な実施方法を説いた小学教則は、修身を「修身口授(ぎょうぎのさとし)」として、下等小学一、二年で教えることとした。つまり、口授形式をとったため、教科書は教師の資料にとどまったわけである。教科書の内容も多種多様で、特に明治になって翻訳された外国の道徳書などが多かった。当時の教育関係者はほぼ異口同音に、「西欧模倣の傾向が強かったことを語り、さらに文部省の徳育方針も確固としたものではなかった」ことへの憂慮の念を吐露している。(『道徳教育の歴史』)

とはいえ、学制は欧米諸国の教育制度をモデルとして作られたが、「英・米・独・仏・蘭等の諸国のうち、当時小学校の教科目の中に道徳教育の時間を設けていたのはフランスだけであった」(前掲書)。しかも、国民皆教育をめざした学制は欧米諸国の知識水準に追いつくことを最大の課題とした。それ故、わが国が近代的教育制度の導入に際し、修身科を設けたことは実に注目すべきことだったのだ。言い換えれば、修身科の成立は、江戸期以来の「道徳教育重視の伝統」の結実とも言える。

修身教育の根本方針が定まるのは明治二十三年十月三十日に渙発された教育勅語による。全文三一五文字の短文から成る勅語は、三つの部分から成り立っているが、修身教育との関連で重要なのは、臣民(国民)が守るべき徳目を説いた中段である。そこには周知のように、「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信し、恭倹己を持し、博愛衆に及ほし、学を修め、業を習ひ以て智能を啓発し、徳器を成就し、進て公益を広め、世務を開き、常に国憲を重し、国法に遵い、一旦緩急あれは義勇公に奉し以て天壌無窮の皇運を扶翼すへし」とする十四の徳目が挙げられている。このように、教育勅語は、自己・家族・友人・社会・国家に対する道徳に広く公平に触れているわけである。

教育勅語は当時の道徳教育の混乱に対する明治天皇の深いご憂慮に端を発している。そして、勅語原案を起草した井上毅が、全ての国民が受容できるような包括的な内容をめざし、その原案に修正を加えた儒学者の元田永孚が自説に固執せず、井上の意見をほとんど受け入れた結果、勅語は儒教の形式主義に堕することなく、人間性に根ざした包括的な徳目が説かれることになったのだ。その意味において、教育勅語は、当時の為政者の並々ならぬ苦心の賜にほかならない。

教育勅語の成立については、以前拙ブログの記事でも紹介したのでご覧下さい。
★今こそ教育勅語に学ぶとき

以降、修身教育は教育勅語の趣旨に基づいて行われることとなる。例えば翌二十四年に公布された小学校教則大綱は第一条で、「徳性の涵養は教育上最も意を用うべきなり」との方針を打ち出す一方、第二条で、「修身は教育に関する勅語の旨趣に基き児童の良心を啓培して其徳性を涵養し人道実践の方法を授くるを以て要旨とす」とした。「大綱」は、さらに具体的な徳目を挙げて入念に指導方法まで規定している。

ちなみに、教育勅語の渙発以降、修身科の教科書政策も何度か大きく変わることになる。まず、修身科の教科書は教師の口授資料にとどまり、検定制度の枠外に置かれていたが、二十四年以降は教育勅語の趣旨を徹底させるべく、子供たちも教科書を用いることとなったため、修身教科書も検定の対象となった。

ところが、検定教科書には内容上の不統一や不備などの問題とともに、品質・価格上の問題や採択をめぐる贈収賄の横行といった問題が付随した。こうした諸問題を解決するために、明治政府は三十六年に小学校令を改正し、修身のほか五教科の教科書国定化を決定したのである。

■国定教科書が説いた「近代的市民倫理」

では、国定修身教科書とはいかなるものであったのか。冒頭で取り上げた八木氏の指摘にもあるように、戦後の教育関係者の多くは、そこに「軍国主義や極端な国家主義」を読み取り、前面否定してきたと言える。

しかし、そもそも国定修身教科書は大きな改訂が四度なされており、その内容や性格は時代相応に変わっている。つまり「軍国主義」や「極端な国家主義」といった言葉では一括し得ない多面的な性格があるということだ。尋常小学修身教科書を例に取れば、一期は明治三十七年から、二期は明治四十三年から、三期は大正七年から、四期は昭和九年から、五期は昭和十六年(ここからは国民学校と称する)からとされている。

例えば第一期教科書の編集方針は、教育勅語の趣旨に基づき、「児童の徳性を涵養し、道徳の実践を指導し、健全なる日本国民たるに必須なる要旨を授くる」ことが第一の目的とされたが、内容的には「国民の権利義務、公益興産、公民の心得といった近代的市民倫理を強調する進歩的なものが多く、国家道徳に関するものは僅少であった」(『道徳教育の研究<改訂版>』)と解説されている。

具体的に第一期の巻二(尋常小学校二年用)に示された二十七の項目を挙げてみよう。(原文はひらがな)。「親子」「お母さん」「お父さん」「自分のこと」「教師」「年寄り」「兄弟」「食べ物」「清潔」「正直」「決まりよくせよ」「言葉遣い」「約束」「人の過ち」「悪い勧め」「友達」「物を粗末に扱うな」「過ち」「拾い物」「生き物」「日の丸の旗」「規則」「天皇陛下」「勇気」「勇気(続き)」「人に迷惑をかけるな」「良い子供」

これらの項目で扱われているのは「親孝行」「自立」「兄弟愛」「友情」「博愛」「勤勉」「愛国心」などの徳目だが、今でも通用する普遍的なものばかりと言ってよかろう。

ちなみに、第一期教科書に対しては当時、個人・市民道徳に偏り、家族・国家道徳が弱いという趣旨の意見書が元元老員議官らから文部省に提出された。第一期教科書の普遍的な性格を裏付ける話とも言える。

注目すべきは、こうした普遍的な徳目のほぼ全てが、第一期教科書ばかりか第四期までを通して扱われていることだ。特に大正デモクラシーを背景に作られた第三期教科書は、「近代市民倫理・国際協調の性格」(『道徳の研究』)を持つものだったことが指摘されている。

一方、戦時下に使われた第五期の教科書(二年生用『よいこども 下』)には、確かに国家道徳に関する項目が増えている。例えば「兵たいさんへ」という項目が新設され、「戦地の兵士へ送る慰問の手紙の形式をとりながら、戦時下、子供たちがどう心得、何をなすべきかを教えることになっていた」(『道徳教育の歴史』)と言う。

だが、こうした教育は、恐らくどこの国の戦時下にも見られたことだろうし、後ほど紹介するように、第五期の教科書にも普遍的な徳目は説かれている。第五期の教科書を以て、「天皇のために死を求めた軍国教科書」(中村紀久二)などと規定付けるのは、その普遍的な側面を無視した不当な糾弾と言わざるを得ない。



・・・まだこの続きがあるのですが、毎夏恒例の夏バテになりまして、続きは次回とさせて頂きます。暑い折、皆様も体調管理にはお気をつけ下さい。

spiral 拝


■「修身」とは何だったのか(後編)へ


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コメント
この記事へのコメント
>あっちゃん
ポール・クローデルという、フランス駐日大使が、昭和十八年、日本の敗戦が濃厚となっていた頃に残した言葉があります。
「私が決して滅ぼされることのないように希(ねが)う一つの民族がある。それは日本民族だ。
彼らは貧乏だが、しかし彼らは高貴だ」

今の私たちが外国人からこのような尊敬を受けられるでしょうか。修身や教育勅語を廃止し、徳目教育をしてこなかったツケは大きいと思います。
今行われている似非道徳教育は即刻やめ、戦前の修身のようなまともな教育をしてもらいたいですね。

>翡翠さん
翡翠さんの言われるように、私も今こそ「修身」のような教育が必要だと思います。
2008/07/26(土) 21:56 | URL | spiral(管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
やはり、目指すべき理想を文章化するのが必要なのでしょう。戦後まもなくは、其々修身が身についた世代がまだ多くいて、家庭や社会が
それとなく教え諭すことが出来た。
しかし、今日この頃ともなると
判然と文章にし、それに依拠し
教えないと、もうわからなくなっているのでしょう。
今だからこそ、「修身」は
必要ですね。
2008/07/25(金) 18:29 | URL | 翡翠(ひすい) #flPMGraQ[ 編集]
初耳情報有難うございます
修身って徳育があったこと初めて知りました。

今の子供たちは誰を目標に(尊敬して)生きていけば良いのか解らない……という事をニュースか何かで見た記憶がありますが、具体的に人物に焦点を当て伝え聞かせるのは非常に有意義だと思います。

『この人はこんなところが素晴らしい人なんだ』と具体化して教えれば、自分の進むべき道も見えてくるだろうと思います。

今の子供たちは在りもしない部落差別を植え付けられ、人種差別や民族差別を植え付けられ……道徳と呼べない似非道徳教育をさせられているのが現状です。

私たちの時代も、道徳教育は部落差別が中心でしたが 部落自体の存在を知らない子供に叩き込む教育では無いですよね。

差別を具現化させる今の似非道徳教育は即刻やめるべきだと思います。
2008/07/25(金) 11:14 | URL | あっちゃん #TT0fzUCU[ 編集]
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