『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
前回紹介した講演会(誇りある国つくりは教育改革から)に関連しての話ですが、主催されているメンバーの中に、西川晃夫さんという方がおられます。この方が以前パネル展を開催され、それが産経新聞(岡山版)に載りました。靖国に眠る英霊の思いを知る手がかりになると思うので、その記事を引用します。

■「後を頼む」 戦友の声今も

終戦から六十年の節目を迎えた今年、公正な目で戦争の時代を見つめ直す「歴史の真実を学ぶパネル展」が開かれている。中心となって取り組んだのは、自らも海軍の特攻隊に身を置いた経験を持つ運営委員長の西川晃夫さん(77)。

「今の日本を、あの戦いで亡くなった方々に誇れる国にしなければ」

自らの戦争体験を踏まえ、そう力を込める西川さんに話を聞いた。


◆パネル展を開催しようと思った動機は


明治以来、先人たちが築いてきた民族の誇りに対して、認識を深めてほしい、という思いから。自分で資料用のパネルを購入するなどして始めた。戦争という言葉に拒否反応を示す若者もいることも考え、「歴史の真実を学ぶ・・・」というタイトルをつけた。
パネル展では、戦中や戦後を中心に東京裁判、満州事変といった歴史的事件を当時の新聞報道を交えながら紹介して、その実態を伝えている。


◆パネル展で注目して欲しい点は


占領軍司令官、マッカーサー元帥の言葉だ。彼は昭和二十六年五月、米国上院軍事外交合同委員会の席上で「日本の戦争は自衛のためのものだった」と、侵略戦争ではなかったことを明言している。いまの学校教育やマスコミでは、こうした事実が伝えられていないのが現状ではないか。


◆自身の戦争体験で印象に残る出来事は


戦時中は山口県の海軍潜水学校柳井分校にいて、二人乗り特殊潜航艇「海竜」の訓練を続けていた。その際、魚雷に操縦席のついた「人間魚雷 回天」に乗って出撃する戦友たちを見送ったことがある。彼らは敵艦に体当たりし、帰ってくることはない。夕日の逆光で、その表情を見ることはできなかったが、

「後を頼むぞ!」

と叫んだ彼らの声は、今でも耳から離れない。


◆一連の活動に駆り立てる原動力は


日本人としての責任感だと思う。海軍に身を置いていたときも、命を投げ出してでも国を守るという思いがあった。見送った戦友たちがその後どうなったかは知らない。しかし、彼らのような尊い犠牲の上に今の平和は成り立っている。祖国のため、戦いで散った方々に誇れるような日本にしていくことが、今の時代に求められている。
(引用終わり)


私は西川さんと実際に会ってお話をさせて頂きました。
「後を頼む」と言われて出撃した、戦友の思いに答えなければならないという使命感を持って頑張っておられる話を聞き、私たちの世代も、命を賭けて戦い、亡くなられた先人の思いを学び、それを伝えていかなけらばならいないと思いました。

「後を頼む」と言われた特攻隊員の方々の願いとは、具体的にどういうものか、自身も特攻隊の生き残りである田形竹尾氏は、著書の中でこのように書いておられます。

第1に
祖国日本が美しい国であって欲しい

第2に
世界から尊敬される立派な国であって欲しい

第3に
日本が戦争を放棄しても、自衛心がなければ戦争は日本を放棄しない

第4に
人類が戦争を滅ぼさねば戦争が人類を滅ぼすであろう

特攻隊の方々は、これらを願いながら戦争という修羅の世界で何も求めず、「後を頼む」「笑って送って下さい」と、ニッコリ笑って、淡々とした表情で、出撃していかれたそうです。

自分の命を投げ打って訴えた尊い願いに、後世を生きる私たちは答えなければならないと思います。
特攻隊の方々は、多くの遺書や手記などを遺しておられます。その中の幾つかを紹介します。

最初に林市造海軍少尉の遺書です。
少尉は昭和二十年四月十二日、沖縄にて戦死されました。
享年二十三歳。

お母さん、とうとう悲しい便りを出さねばならないときがきました。
「親思う 心にまさる親心 今日のおとずれ なんときくらん」
この歌がしみじみと思われます。私は本当に幸福だったのです。わがままばかり通しましたね。けれど、あれも私の甘え心だと思って笑って許してくださいね。

晴れて特攻隊と選ばれて、出陣するのはうれしいですが、お母さんのことを思うと泣けてきます。母チャンが私をたのみと必死で育ててくれたことを思うと、何もよろこばせることができずに、安心されることもできずに死んでいくのがつらいです。
私はいたらぬ者ですが、私のことを母チャンにあきらめてくれと言うことは、立派に死んだとよろこんでくださいと言うことはとてもできません。けど、あまりこんなことは言いますまい。母チャンは私の気持ちをよく知っていられるのですから。

この手紙は、出撃を明日にひかえて書いています。ひょっとすると、博多の上を通るかもしれないので、楽しみにしています。かげながら、お別れしようと思って。

でも、私は技量抜群として選ばれるのですから、よろこんでください。私たちぐらいの飛行時間で第一線に出るなんかほんとはできないのです。

ともすれば、ずるい考えに、お母さんのそばに帰りたいという考えにさそわれるのですけど、これはいけないことなのです。「許してください」とこれはお母さんに言わねばなりませんが、お母さんはなんでも私のしたことを許してくださいますから安心です。

私は、お母さんに祈ってつっこみます。お母さんの祈りはいつも神様はみそなわしてくださいますから。この手紙、絶対に他人にみせないでくださいネ。やっぱり恥ですからね。もう死ぬということが、なんだか人ごとのように感じられます。いつでもまた、お母さんにあえる気がするのです。
あえないなんて考えると、ほんとに悲しいですから。
(終わり)


次に、かの三島由紀夫氏が、昭和45年の10月に江田島の教育参考館を訪れ、声を挙げて泣いたという、古谷眞二少佐の遺書を紹介します。

ご両親はもとより小生が大なる武勇を為すより身体を毀傷(きしょう)せずして無事帰還の誉(ほまれ)を担はんこと、朝な夕なに神仏に懇願すべくは之親子の情にして当然也。然し時局は全てを超越せる如く重大にして徒(いたずら)に一命を計らん事を望むを許されざる現状に在り。
大君に対し奉り忠義の誠を至さんことこそ、正にそれ孝なりと決しすべて一身上の事を忘れ、後顧の憂いなく干戈(かんか:武器のこと)を執らんの覚悟なり。
(終わり)


このご遺書を読んで三島氏は、「すごい名文だ、命がかかっているのだからかなわない。俺は命をかけて書いていない」と述懐したそうです。

最後に、植村眞久大尉が、愛するわが子へ遺した手紙を紹介します。

素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入つたこともありました。素子が大きくなつて私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。

私の写真帳もお前の為に家に残してあります。素子といふ名前は私がつけたのです。素直な、心の優しい、思ひやりの深い人になるやうにと思つて、お父様が考へたのです。

私はお前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになつたのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまま死んでしまつても、決して悲しんではなりません。

お前が大きくなって、父に会ひたい時は九段へいらつしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。父はお前は幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会つてゐる様な気がするとよく申されてゐた。またお前の伯父様伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がつて下さるしお母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福のみを念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあつても親なし児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護つて居ります。優しくて人に可愛がられる人になつて下さい。

お前が大きくなって私の事を考へ始めた時に、この便りを読んで貰いなさい。

昭和19年○月吉日           父

植村素子へ

追伸、素子が生まれた時おもちゃにしてゐた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りして居ります。だから素子はお父さんと一緒にゐたわけです。素子が知らずにゐると困りますから教へて上げます。
(終わり)


長くなりましたが、もうひとつだけ、鳥浜トメさんという特攻隊員のお世話をされていた方の言葉を記します。

「あの人たちはお国のために尊い命を犠牲にしたんだよ。たった一つしかない命を投げ打って死んだんだよ。それを忘れたら罰が当たるよ。日本人なら忘れてはいけないことなんだよ」

靖国神社参拝に反対する方々(特に政治家の皆さん)に問いたい。

「後を頼む」と言って家族や故郷、国を守るために尊い命を投げ打って逝かれた英霊が眠る靖国神社に、本当に参拝しなくてもいいのですか?

※拙ブログの記事に賛同して頂ける方は
↓のリンクバナーをクリックして下さい。励みになります。

人気ブログランキング
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
日本人が決して忘れてはならないもの。
若い世代の日本人の貴方がたにこそ先の戦争で、一命を投げ打って祖国の安泰を願って散華された方があっての今日であることを心より後世に伝えていってもらいたい。 学校で教えられた歴史認識では、真実は語れない。 かの特攻隊員たちが生きた時代、それは戦争が現実であり、戦争が青春そのものであった。 
2009/01/09(金) 23:29 | URL | yoshinogari champloo #-[ 編集]
我が子を守り抜くように
祖国を守り抜いた方々、私よりずっと若い方の遺書を読んで、「自分はまだまだ親として甘い。命がけで子供を守り育てていかねば!」と気付かされました。涙無しでは読めない遺書ばかりでした。私も「外国を植民地にしようという目的の侵略戦争ではなく、日本を植民地にしようと攻め込んでくる国から祖国を守るための戦争であり、正当防衛だった」ことを、今年の終戦記念日で声高に伝えてもらいたいです!年々まるで日本は戦争好きで、自ら外国へ攻め入って他国・自国に多大な被害をもたらしたかのような戦争番組ばかりで本当にびっくりします!「え?原爆を落としたのも日本?」と錯覚するくらい日本だけが悪い、ということを訴えているからです。

ところで、前回の中国関連の記事に続き、実はこのブログの記事も表示がありません。最近の記事にもカレンダーにもないので、前回のことがなければ更新されているとは全く思わなかったでしょう。しかし、最近のコメント欄だけはちゃんと表示されていたので、そこを手がかりにこのページにやってきました。タイは基本的に言論の自由が法律で認められている筈なのに...皇室に対してはチェックは厳しくて、発言の内容によっては王様に対する不敬罪になるようですが。


2006/06/29(木) 12:38 | URL | ゆう #-[ 編集]
>かっぱやろうさん
後世を生きる我々一人一人が、ご英霊の志を学び、忘れないよう胸に留めていれば、日本の未来は安泰だと思います。
逆に、かっぱやろうさんが言われるように、その志を忘れてしまったら、日本の未来はありませんよね。
2006/06/28(水) 22:23 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
涙が
出ます。

>特攻隊の方々は、これらを願いながら戦争という修羅の世界で何も求めず、「後を頼む」「笑って送って下さい」と、ニッコリ笑って、淡々とした表情で、出撃していかれたそうです。

こういう方々の志を忘れては、
日本の未来がないと思うです。
2006/06/28(水) 10:18 | URL | かっぱやろう #-[ 編集]
>Mergeさん

コメントありがとうございます。
TBが出来なかったそうで、ご迷惑をおかけしてすいません。
他の方からもそういう声が聞かれましたので、先ほどFCブログの方へ問い合わせのメールを出しました。
何とか解決できるようにしてみます。
本当にすいません。
2005/11/08(火) 23:07 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
spiralさん、こんにちは。Mergeです。

こちらの記事に感動しましたので、今回の記事でリンクを張らせていただきました。

それとトラックバックありがとうございました。私も昨晩からトラックバックしているのですがなぜかうまくいかないので、後でまたやってみます。

『散る桜、残る桜も散る桜』

素晴らしい!
2005/11/08(火) 14:58 | URL | Merge #-[ 編集]
>田舎の神主さん

どういたしまして。
拙ブログのトップに『散る桜、残る桜も散る桜』という、戦地に赴く特攻隊の思いを記しているのですけど、私が一番伝えたかった、書きたかったことが、この先人の思いなんです。
思いのほか反応がなくて、少しがっかりしてるんですけど。(苦笑)

歴史を学ぶ意義とは、様々な困難、苦難に直面した時、どのような思いで、これらを乗り越えてきたのか、その思いを知ることだと思っています。

ですから、これからもこういう話は書いていこうと思っています。
2005/10/22(土) 21:22 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
こんにちは。
TB有難うございました。
この記事を読ませていただいて九州の知覧の特攻平和資料館を思い出しました。
本当にこういった先人の方々の苦労を知ると涙が出てきますね。
有難うございました。
2005/10/22(土) 15:21 | URL | 田舎の神主 #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://hepoko.blog23.fc2.com/tb.php/37-e11afc6f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
前に書いたっけな?書いたような気もするし。書いてないような気もするし。まあいいや。書くでス。昔でスね。高校生の頃。バイクに乗って遊んでたでスよ。バイト逝くまで、ちょっとバイクでフラフラ。
2006/06/28(水) 10:18:11 | ふまじめざんス
小泉総理が、10月17日(月)靖国神社、秋の慰霊祭に合わせて参拝をしました。私は、公的であろうが、私的であろうが、日本国総理大臣が、靖国に参拝する事は重要だと考えています。それに、大阪高裁、違憲の判決(判断)を報道機関は先に取り上げますが、その前日に、東
2005/11/27(日) 17:31:13 | 憂国、喝!
今日、日本に平和があるのは、大東亜戦争で沢山の若者達が、自らの命を捧げたからです。日本という祖国を守ろう、愛する家族、恋人を護ろう・・・と思って、命を投げ出して戦いに行ったそうです。大部分の若者達は、自分が命がけでやらなければ日本が危いと思って、勇んで戦
2005/11/27(日) 17:30:54 | 憂国、喝!
靖国神社問題については首相の靖国参拝は違憲――大阪高裁にも書いたように「個人的に好きだとは言えない」物なので、総理参拝についてもスルーしていたのですが、他の事は細かく書いてるくせに……と言われそうなので、あえて触れたいと思います。この問題は、結局、A....
2005/10/27(木) 20:12:54 | 時代のウェブ・ログ
小泉首相、靖国神社に参拝 http://headlines.yahoo.co.j
2005/10/22(土) 15:07:27 | 田舎の神主の学び舎