『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は月刊誌『致知』二月号より、大島謙氏(三重県立白子高等学校校長)と八木秀次氏(日本教育再生機構理事長)の対談記事を引用します。

※大島謙(おおしま けん)
昭和23年長崎県生まれ。
電気通信大学卒業、同大学大学院修了、東京芝浦電気入社。ソフトウェア開発、商品開発、東芝ヨーロッパ(ロンドン)での欧州市場開拓等を経て、平成11年東芝アメリカ・ベンチャーキャピタル社(ボストン)社長。15年同社を退職し、三重県初の民間人校長として白子(しろこ)高校に勤務。著書に『高校を変えたい!』、訳書に『神風特攻隊員になった日系二世』がある。


※八木秀次(やぎ ひでつぐ)
昭和37年広島県生まれ。
早稲田大学法学部卒業。同大学院政治研究科博士後期課程中退。現在日本教育再生機構理事長、高崎経済大学地域政策学部教授、フジテレビジョン番組審議委員など。保守主義の立場から国家、歴史、教育、人権などをテーマに幅広い活動を展開。著書に『国民の思想』『公教育の再生』『日本を愛する者が自覚すべきこと』ほか多数がある。



■いま、日本の教育をどうするか
ビジネスの世界から転身、三重県初の民間人校長として公立高校の改革に挑んできた大島謙氏。企業の第一線で活躍してきた大島氏の目に映った様々な矛盾を通じて、学校現場の問題点と、改革のために為すべきことを考える。

■胸中にあった教育への疑問

八木 大島先生は民間企業の欧米子会社で経営者として活躍されていましたが、そこから公立高校に転身され学校を大きく改革してこられました。教育界という閉ざされた空間に、外から改革の手法を持ち込まれて、学校をどう変えてこられたのか。今回はそのご体験を伺いながら、教育再生の道を探っていきたいと思います。

まず、ビジネスの世界から、教育というまったく異なる世界への転身を決意された経緯(いきさつ)をお話いただけますか。

大島 私は大学院を出て日本のメーカーに就職し、国内でソフトウェア開発や商品企画に携わりましたが、平成七年にロンドン勤務を命じられました。不惑の歳を過ぎてからの海外勤務でしたが、外に出て初めて日本というものを考える機会に遭遇したと言えます。

ロンドンには日本の学生がたくさんいましてね、ある時ロンドン大学で留学生たちのディベートを聴きに行く機会があったのですが、アジアの留学生の中で日本人が自分の国を一番知らないのです。

八木 あぁ、日本人が一番知らない。

大島 ええ。質問されても自分の国のことをほとんど言えないのです。そのうち第二次大戦の話題になって、中国、韓国の学生が英語はそれほどうまくないのにバンバンしゃべりまくるんです。日本人はまったく反論できなくて、しまいには女の子が泣き出してしまいました。それを見ていて、情けないのを通り越して、これは国際的ないじめだ、と憤りの念を抱きました。

その時からですね、日本の歴史教育というのはどうなっているんだ、日本の教育は何を教えているのか、といった疑問を抱くようになったのは。

四年後にアメリカのボストンに移りました。そこにも日本の学生がたくさんいたのですが、「日本の留学生は欲しくない」という話がいろんなところから聞こえてくるんですね。

八木 何が原因だったのでしょう。

大島 向こうでは日本人の留学生は教養力、受容力が低いというのが定説になっているんです。一週間でこれを読んでこい、と言われて分厚い原書を二冊渡されたりすると、すぐに挫折してしまう。語学力の問題ではなく、知的な持続力のようなものが乏しいらしいのです。本当にショックでしたね。ただ、その時はまだ自分が教育の世界に飛び込むなどとは夢にも思っていませんでした。

直接のきっかけになったのは、あの9・11のテロでした。

八木 9・11のテロがきっかけに。

大島 実はその頃、日本に戻って親会社を含め数社の共同出資で投資会社を立ち上げ、そこへ移るつもりでいたのですが、テロのおかげでご破算になりました。一年後にはアメリカの経済状況が安定しないために子会社を閉鎖することになりました。

その時、僕は五十四歳でした。何か新しいことに挑戦するとしたら、きっとこれが最後のチャンスだろうと思ったのです。そんな時、学校教育法施行規則の改正で、一年前から民間からの校長の登用が可能になっていたのを知りました。インターネットで探してみると、ちょうど三重県で募集があったので、この機会しかないと思って応募し、採用していただいたのです。
■セピア色の職員会議

八木 初めて教育現場に赴いた時の印象はいかがでしたか。

大島 壁の多さ、高さに驚きました。社会の文化が違う、人々の考え方が違う、すごいカルチャーショックでした。

最初に驚いたのが、組合の職場委員会という存在でした。ご挨拶に行きたいという電話があったので、自由面談にでもくるのだろうと思って「いつでもどうぞ」と答えました。すると夕方になって職場委員と称する人たちが、書記とか会計を含めて四、五人ぞろぞろとやってきましてね、「公立高校における変形労働時間について」という書面を差し出して、校長の善処を願いたいと、いろいろなことを要求してくるのです。僕は、こういうことは事前に連絡してもらわないと公式な回答はできない、といって追い返しました。組合として機先(きせん)を制しようとして押しかけてきたのですね。

八木 そんなことがありましたか。

大島 職員会議に初めて出た時など、セピア色の映画を見ているようでした。

八木 会議はどんな様子でしたか。

大島 議長や書記がいて、それを先生たちが輪番で務めます。会議の進め方も、まず定足数が何人で、会議が成立するしないということから始まって、何かというと挙手で賛否を決めようとするんです。「この件についてお諮(はか)りください」「これに対して評決をいたします、賛成の方は挙手願います」と。しかし、発言する教師は大体決まっていて、ほとんどの教師たちは黙って下を向き、言われれば挙手をするという状況でした。

当初は、会議が長引いて定時が過ぎると、早く会議を終了してほしいという声が上がりました。どんなに議論が白熱していてもです。こんなことでは、物事を新しく創り出していくことなど絶対にできないと僕は思いましたね。

八木 なるほど。

大島 それから、僕が民間出身の校長ということで、入学式にはマスコミから取材依頼がありました。それを職員会議の時に報告すると、国旗・国歌の時に、歌わない、あるいは立たない教師がいても、そこを撮らないようにしてほしい。また、校長以外の他の教師は取材しないようテレビ局に申し入れてくれと言うのです。そこで僕が「それは希望としては言えますが、私のほうから取材規制のようなことは言えません。それとも皆さんは取材されたら困るようなことをしているんですか」と言うと、皆沈黙するだけでした。

さらに職場委員の一人が、「組合として交渉して勝ち取った権利は、組合員の権利だから、非組合員には渡したくない。これについてどう思いますか」と言う。僕は「組合員だろうと非組合員だろうと同じ教師でしょう。組合が勝ち取ったら、同じ教師として、非組合員にも同じ権利を与えたらどうですか。組合員じゃないから与えないなんて言ったら、それこそ差別です」と言いました。そこでまた沈黙です。

それから、職員会議の前には事前会議があって、そこで擦り合わせをした上で、全員が出席する職員会議に持ち込むのが慣例になっていました。ところが、その事前会議で特に反論もせずに黙っていた人が、職員会議で急に反論を唱えたりするんです。何のための事前会議か分からない。

八木 職員会議そのものも、ダラダラと長いようですね。

大島 当初はそうでしたね。それを短縮するために事前会議をやるんですが、「そんなこと聞いていない」と言ってまたゼロから始めたがるのです。

八木 悪平等の感覚なんでしょうね。何事も全員参加で、そこで全員が確認してから物事を決めていくという習慣になっているのでしょう。

大島 教師の頭の中には、職員会議が最高意思決定機関だ、という意識がまだ根強く残っているんです。これについては何年も前から県の教育委員会も否定していますし、僕も赴任前の研修で、「そこで多数決で決まったことは、校長が反対であってもやるという学校運営では困りますよ」と強く言い含められていました。けれどもまだそういう意識が残っていたのです。

■学校という名の”異界”

八木 確かに、新しいことがなかなか実施できそうもない状況ですね。

大島 そうなんです。実際、それまでほとんどやっていなかった全校集会の実施を決めるのに、一年もかかりましたからね。

八木 あぁ、一年も。

大島 校長が生徒全員に話せる機会はそういう場しかないし、全員が集まって同じ話を聞くことはいろんな効果があると僕は思っていましたから、ぜひやろうと言うんですが、先生たちは最初から「できません」と言うんです。昼休みでないと生徒の授業に差し障る。けれど、休み時間が短くなっては生徒がかわいそうだとか、授業を短くして時間をつくって、生徒が定時に帰れるようにしてやりましょうとか、生徒におもねるようなことをいろいろ言って反対するんです。本当は自分たちが大変になるのがいやなのですね。

そこで、僕と教頭先生が企画書までつくって「こういう案でやりましょう」と提案するんですが、反対されてお流れになる。こういうことは先生が渋々やっても絶対に失敗しますから、強引に押し通すわけにもいきません。皆を納得させて、決めたとおりにやってもらうために、根気よく言い続けて、一年後にやっと試行に移る。随分無駄な時間を費やしました。

でも実際にやってみると、問題なくできるんですね。ところがあれほど反対した先生方から、そのことに対して何の反省もないのです。結局、何か新しいことをやって自分に責任が降りかかってくるのがいやで反対するのです。

僕はそうした現場で痛感した世界の違い、常識の違いを、自分の個人メルマガで発信しました。ある友人がそれを読んで「まるで魔界だね」と返信してきました。僕も確かにその通りだと思ったのですが、「魔界」ではさすがにイメージが悪いので(笑)、異次元の世界という意味で「異界」と名づけたのです。その時から、僕は外に向かって教育界のことを発信する時に、「異界」という言葉を使っています。

八木 「異界」ですか。まさに正鵠(せいこく)を射た表現ですね(笑)。

大島 そのカルチャーの違いの最たるものは悪平等の感覚だと思うんです。

ひと頃、運動会の徒競走で手をつないでゴールインというのがよく話題に上がりましたね。あれは笑い話ではなくて、僕が校長になった頃はまだ現実にやっていましたし、いまも同じようなタイムの子をグルーピングして走らせたりして、形を変えて残っています。そういうごまかしをして、結果平等に持ち込もうとしているんですね。

同じスタートラインに立てるのが平等であって、ゴールで差がつくことは不平等ではなく、公平です。いまのうちの生徒たちは皆理解してくれていますが、たぶん校長ですらまだそういう認識がない学校が多いと思います。

八木 確かにそうですね。

大島 それから学校にはいろんなまやかしが蔓延(まんえん)しています。その最たるものが、優しさのまやかしだと思うんです。「子供の言うとおりにしましょう」とか「子供がその気になるまで待ちましょう」というのがそれです。欧米では既に破綻した子供中心主義、進歩主義教育が戦後入ってきて生き続けてきたのでしょう。管理教育を否定し、子供を甘やかし、結果的に教育からどんどん後ずさりをしている。その最たるものが、ゆとり教育だと思うのです。

八木 おっしゃるとおりです。

大島 僕は常々先生方に、「子供たちの壁になれ」と言っています。教師という存在そのものが、子供たちに課題を与え、つまり壁をつくって、それを乗り越えさせる職業なのだから、その壁をつくらないと教師ではない。子供たちのご機嫌ばかり取っているのは教師ではないと思うんです。

■教師力、組織力、環境力

八木 赴任後、どのように改革を推進していかれましたか。

大島 僕が赴任した年から、教育委員会の指導で、全県下の校長が「学校経営の改革方針」を年度の初めに出すことになりました。僕はそこで、学校に必要な三つの力を提起しました。

八木 その三つとは。

大島 教師力、組織力、環境力です。教師力というのは、教科指導だけでなく、人間力全体のことを意味します。教師というものは、専門教科が何であれ、それを教える能力以上に、人間としての魅力も含めて判断されるということを言いたかったのです。

次の組織力というのは、学校というのは校長、教頭以外はフラットな鍋ぶた組織ですから、何をやるにしても職員会議で多数決を取ります。全員で合議という形にしさえすればいい、それが民主主義だと信じ込んでいるようなところがあります。しかし、いろんな人が好き勝手に提案し、決まったことに対して成功しようが失敗しようが誰も責任を取らない。そんな組織は組織力があるとは言わないと指摘しました。

組織力の必要性と重要性が分かるのは、自助能力を発揮する時です。自助能力がある組織は、たとえ人が替わっても、組織の力で新しい人が教育され、それを引き継いでいく。そしてそれが伝統の力になっていく。こういうことが組織力だと僕は考えます。

最後の環境力は、学校の環境を、生徒がこの学校に来たいと思う魅力の一つにしなければならないということです。一日の大半を過ごす学校が、ゴミが散らかって薄汚れていたら勉強する気も起きません。古くても清潔で、そして明るく元気な挨拶が飛び交う学校でありたいと願っています。

この中でも、特に組織力についてはなかなか理解してもらえませんでした。

八木 なるほど、組織力が。

大島 先生たちは一匹狼的な心理が強くて、言ってみれば大きなショッピングモールの中の一つひとつの店という感じです。そしてそこにいる商店主は、自分の店のことしか考えていない。自分たちでモール全体を活性化しようという考えではないのです。

八木 なるほど。

大島 僕らが企業時代に普通にやっていた「プロジェクト方式」みたいな感覚もありませんでした。自分一人では限度があるから、補強してくれる人を探して、チームとして何らかの成果を挙げようという発想がそもそもなくて、自分のやれる範囲でできなければ諦めてしまうんです。

ですから僕は、何かテーマをつくっては、これはプロジェクトにしましょうと言い続けて、メンバーまで決めていました。途中からは先生自らがプロジェクトを立ち上げるようになって、去年まで三十くらいのいろんなプロジェクトをやりました。成功もあり、失敗もありましたが、総体として改革の大きなベクトルができました。

八木 そうでしたか。

大島 いまはそれをさらに発展させる上で、一学年を一つの事業部に見立てて改革を実行しています。

例えばある学年は、遅刻をしたら放課後に廊下に机を並べて三十分以上勉強させる廊下学習というのを始めましてね。それを見た他の学年が、うちは少し勤労奉仕をさせようということで廊下の雑巾がけをさせたり。それぞれの学年が競い合ってよりよい取り組みを考えていく風土になってきました。

■万機公論に決すべし

八木 改革が軌道に乗り始めたのは、どのくらいたってからですか。

大島 三年くらいたつと改革を支えてくれる中堅リーダーが出てきてくれました。僕は「三家老・五奉行」と呼んでいるのですが、彼らの力を得て四年目からは改革もスムーズに進むようになりました。

八木 民間人校長でうまくいかなかった人というのは、何もかも自分でやって、孤立してしまうようです。広島の小学校では赴任後間もなく自殺され、大阪の高津高校では実績を上げながら辞められました。いずれも現場から遊離してしまったということのようですけれども、相当難しいようですね。

大島 よく話すのですが、敵地に丸腰で単独落下傘降下したようなものでした。企業だったら海外駐在に行く時は様々な武器を与えてくらますから、いろんなことができるのですが。

八木 人事権もないし、お金の権限もない。権限らしい権限もなく、異界に一人で乗り込むわけですね。しかも管理職が校長と教頭のたった二人。いまどき珍しい組織ですよ。

大島 本当にそう思います。だからよけいに、校長と教頭が両輪になれない学校というのは悲惨です。

その点、僕は本当にいい教頭に恵まれました。

実は着任当初、学校にモンスター・ティーチャー、いわゆる問題教師がいて、他の教師たちを牛耳っていました。陰で僕の悪口を言い放題で、職員会議などでも、後ろで睨(にら)みをきかせているから、皆意見を言いにくい。しかし教頭先生が、そういうのに気圧(けお)されて出ない意見を裏で随分拾い上げてくれました。教頭先生の協力がなければ、僕はここまでは来られませんでした。

八木 教師の文化、学校の文化というのがあって、ずっと閉じられた世界でしたから、なかなか外からの、しかもビジネスの第一線の先進的な発想は受け入れ難かったのでしょうね。

大島 そうですね。門戸を開放せよといわれている割には誰も動いていないんですね。僕がそういう学校を改革する上でベースにしたのは、古い言葉ですけれども「万機公論(ばんきこうろん)に決すべし」という考え方でした。

八木 万機公論に決すべし

大島 公論というのは何も学校世界の教師の間とか、県教委とか、行政も含めた自治体とかそんなものではなくて、全国なんだと。校長に「万機公論に決すべし」という覚悟があれば、何か問題になっても「皆に聞いてみよう」と世間に訴えることができます。

そのツールとして、僕は学校のホームページに「校長先生のトーク」という項目を設けて、現場で感じたことを毎週発信し続けたのです。なかには反発もありましたが、「学校の中がよく分かる」と多くの方が応援してくださいました。

八木 なるほど。外の大多数を見方につけつつ、世の中の常識的な感覚を学校に持ち込むということですね。

大島 ええ。全国から見れば、学校の中の人たちのほうが少数派ですから。

八木 彼らはオープンにされることを一番いやがるのです。自分たちの実態が世の中に知られることを一番いやがります。どことなく自分たちは非常識なことをやっているのではないか、という自覚もあるんですよ。

大島 学校現場は二対六対二の比率でサイレント・マジョリティ、つまり物言わぬ先生たちが大半を占めていましたが、僕がそうやって情報発信を始めることによって、その人たちが「やはりそうなんだ」と前に出てきてくれるようになりました。それも大きな効果でしたね。

八木 中にいると、なかなか自分から意見を言いにくいのですね。そこに大島校長が触媒となって、これまで声を出せなかった人たちが出せるようになった。そうして”六”の人たちが動き始めれば、多数派になるのですね。

■ならぬことはならぬ

八木 大島校長の改革で、学校も随分様変わりしたのでしょう。

大島 確かに随分頑張ってきたと思います。しかしここまでは生徒指導が中心で、それがやっと落ち着いてきたという段階です。

八木 生徒指導ではどんなことをやりましたか。

大島 まず服装の乱れを正すために、三大禁止令というのをやりました。

当時の生徒の、特に女子生徒の標準服というのは、ルーズソックスに超ミニスカートで、下着を隠すためにその下に体育用のジャージをはくんです。その格好はまさに埴輪(はにわ)で、僕は「埴輪スタイル」と呼んでいました。このルーズソックスと埴輪スタイル、そして最後にミニスカートを禁止して身だしなみを正していきました。

しかし一朝一夕方にはいきません。先生たちの指導も不徹底でしたね。当初は、他の先生が対策を考えてくれないので、僕は自分で一所懸命指導理由を書きましたし、毎朝校門の外に立って指導を続けました。遠くに埴輪スタイルの生徒が自転車に二人乗りしているのを見つけて、自動車で追いかけていって改めさせたこともあります。

八木 あぁ、先生自ら。

大島 はい。会津の教えに「ならぬことはならぬ」とありますが、そういう信念が必要です。他にも再登校指導といって、髪を染めてきた子には家で直してこさせたり、問題行動のあった子には「色別の始末書指導」をするなど、様々なことを実施しています。

そのうち一緒に指導してくれる先生が出てきましたし、他の先生たちもちゃんと注意してくれるようになって、服装の乱れは完全に収まりました。

昨年卒業した三年生の女生徒が、手紙を残してくれましてね。学年主任から見せてもらってとても感動しましたのでご紹介したいと思います。

「自分は中学校の時に勉強も部活も一生懸命やったから、高校では遊ぼうと思った。白子高校は生徒指導がゆるいと思って入ったのに、実際はとても厳しかった。こんな学校いつかやめてやる、とずっと思っていたけれど、三年たった今は。この学校に来てよかったと思います」

この学校に来てよかった、と言ってくれる生徒を一人でも多く出すこと。これが教師冥利なのだと思っています。

■一人の覚悟から広がる改革の理念

大島 この夏の研修で先生たちが立てたテーマが「現校長なき後をどうするか」というものでした(笑)。もう後戻りするのはいやだということで、これから何をすべきか、真剣に討議してくれました。

僕のような外から来た人間が、いろんなことを持ち込んできて、先生方は随分戸惑ったことと思います。しかし、僕は先生を鞭(むち)打っているわけではなくて、ここできちんとやれたら、どこの学校へ行ってもあなたは絶対に光ります、と言っているんです。

八木  僕は埼玉県のいくつかの教員の組織から依頼を受けて、講演に行ったことがあります。それは昭和四十年代に、ある高校で国旗国歌にまつわる事件が起きて、その時の校長が、このままではいけない、若い人たちをしっかり育てようと決意して立ち上がった組織なんです。

そのうちそこの若い教師たちが管理職になり、各々の学校で後輩教師を育て、いまや管理職のほとんどはその関係の人たちが占めるようになったんです。一人の校長の覚悟から、改革の理念というのは広がっていくものなんですね。

大島校長が触媒となって、先生たちの意識が変わり、その人たちが今度はいろいろな学校に散って改革の理念を広めてくれるといいですね。

大島 民間人校長の役割は学校改革に尽きます。民間人校長を触媒に、改革の意識をもっと浸透させたいのですが、全国に公立だけで小中高が四万校近くある中で、わずか百数十名しかいません。僕はせめて学校数の二割、七千人は欲しいと思っているのです。

八木 そのくらいいれば相当変わるでしょうね。

大島 ただ八木先生もおっしゃったように、一番大事なのは、改革に携わる人間の覚悟だと思います。民間人であろうがなかろうが、校長が覚悟を持たなければ駄目です。覚悟を持たなければ何も変わらないのです。

僕はいまも、教師は聖職だと思っています。教師は、教科をうまく教えればいいというものではなく、自分の生きざまで生徒を導いていくものだと思います。だからそれなりの覚悟をもって臨んでほしいし、自分の生き様を見せられる人になってほしい。

「教育再生は教師再生」に尽きると思います。来年から教員免許更新制の試行が始まりますが、いま大学の教育学部にはそれに対して教師の質向上に取り組むだけの余裕がありません。ですから今後は、教師養成にも何らかの形でお役に立ちたいと考えています。(終)

※大島謙氏著書
高校を変えたい!―民間人校長奮戦記高校を変えたい!―民間人校長奮戦記
(2004/11)
大島 謙

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現在の教育現場は、大島氏が「異界」と名付けたという話からも分かる通り、世の中の常識とはかなりかけ離れた世界になっています。それを改革すべく奮闘され、成果を出された大島氏は立派な方だと思います。
まだ少数ではありますが、こうした熱意と覚悟を持たれた教師の方が増えてきて、教育改革が進んでいけばと思います。そして、次世代を担う子供たちが立派な日本人になるような教育が行われるようになってもらいたいです。


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コメント
この記事へのコメント
>山本大成さん
そうですね。大島氏のような方が、教育に限らず、様々な分野で出てきて下さればと思います。

>milestaさん
教育界が、世間の常識とかけ離れた世界になっていることは、あまり知られていないのではないかと思い、今回この大島氏のことを取り上げました。
多くの方がこの状況に気付いて下さり、教育改革が進めばと思います。
2008/02/12(火) 23:15 | URL | spiral(管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/02/11(月) 16:33 | | #[ 編集]
記事の中にもありますが、民間出身校長の方々は皆さん苦労されていたようで、大島氏が成果を上げられたのは並大抵のことではないと思います。

企業との違いを具体的に知り、やはり「異界」だと思いました。
企業では、どんなにお山の大将的な性格の人でも、社内外の人々と協力しあわなければできない仕事が多いですし、途中でどんなに激しく上司と議論を戦わせようと、決定権は上司にありますから。平社員の多数決で何でも決めている会社なんて聞いたことがないですよね。

教育関係の本、TBさせていただきます。
2008/02/11(月) 12:45 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
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2008/02/11(月) 12:19 | | #[ 編集]
良記事の紹介ありがとうございました
 良記事の紹介ありがとうございました。
 教育分野だけにかかわらず、組織を背負って自覚した行動を取れる一人の存在如何で、組織は変わるように感じています。
2008/02/11(月) 11:31 | URL | 山本大成 #E6psF8zg[ 編集]
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