『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は、『致知』1月号(致知出版社)より、安元百合子氏の論文を引用します。


■「教育勅語」の精神がこの国を健全にする

道義の退廃が著しい現在の日本。元小学校校長で日本女性の会代表委員の安元百合子さんは、日本人が先人から受け継いできた美徳を取り戻し、健全な国に立て直すには「教育勅語」の精神を復活させることが欠かせないと語る。
勅語の中身に触れながら、その現代的な意義をお話いただく。


安元百合子(やすもと・ゆりこ)
大正14年東京生まれ。東京第一師範学校女子部本科卒業後、都内の公立小学校に勤務。昭和61年定年退職。その後麻布台学校教育研究所研究員、世田谷区社会教育委員、全国退職女性校長会会長、日本郷友連盟常務理事、同副会長など歴任。現在日本会議の女性団体である日本女性の会代表委員のほか、全国退職女性校長会顧問などを務める。著書に『すてきな女教師』など。



■「教育勅語」がなぜいま必要なのか

『教育勅語』(『教育ニ関スル勅語』)という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。

明治二十三年に発布され、昭和二十三年まで日本の教育の根幹となった明治天皇のお言葉です。失効から約六十年の歳月が流れ、いまでは『教育勅語』の内容は愚か、その存在すら知らないという人も多くなりました。

特に社会主義運動の火が燃え盛る戦後民主主義の中にあって、『教育勅語』はかつての軍国主義を象徴するものであるかのように捉えられ、日本人の意識の中から葬り去ろうとされてきた歴史がありました。私がかつて籍を置いていた学校教育の現場においても、ほとんどの教師が内容を充分読みもせずに、『教育勅語』と聞いただけで一蹴してきた感は否めません。その傾向は現在でもなお続いています。

よく誤解されることですが、『教育勅語』は決して軍国主義を賞賛するものではありません。そこに述べられている内容は日本人が昔から受け継いできた美徳であり、他国に誇るべき伝統である事は、先入観を抜きに一読すれば納得いただけるものと思います。

いまの日本は、表向きは平和で自由で豊かかもしれません。しかし親が子を、子が親を殺傷するなど信じがたい事件が連日のようにマスコミで報道される現実を思う時に、現代人は表面的な自由や豊かさと引き換えに、大切なものを見失ってしまったのではないかという感を強くしています。

私はこういう時代にこそ、もう一度『教育勅語』を噛みしめることに意義があると考えます。この国を再興する鍵が、その短いお言葉に実に的確に表現されているように思えるからです。

その中身に触れる前に『教育勅語』の制定のいきさつについて簡単に振り返っておきましょう。

『教育勅語』は明治二十三年に発布されました。明治天皇がなぜ勅語を発せられたかについては、諸説あるようです。一つには前年の帝国憲法制定により近代国家の仲間入りができたものの、その中には道義心のような道徳は盛り込まれていなかった点が挙げられます。日本人にとっては聖徳太子の「十七条憲法」以来、憲法といえば道義や倫理を盛り込むものだという意識がありますので、明治天皇はそういう民心に思いを馳せられて勅語をおまとめになったというのです。

さらに当時は、欧米の文物を輸入するのに急で、官民ともに欧風に心酔し、日本古来の道徳も文化も歴史的精神も軽んじられる状態であった。この思想的危機を明治天皇が心配され、国民道徳の大体を教示されたわけです。

長く日本人の精神的支柱となってきた勅語ですが、第二次世界大戦後、GHQの占領下の日本では国家意識や伝統精神を強調するものはことごとく排斥され、『教育勅語』もその風潮の中で失効してしまったのです。
■人間として忘れてはならない徳目

では『教育勅語』にはどのようなことが書かれてあるのでしょうか。その中身を紐解きならが、この国のあり方について私が日頃感じていることを交えてお話してみたいと思います。

『教育勅語』は、その内容から考えて大きく四つに分けることができます。

書き出しの、

「朕惟(ちんおも)フニ、我ガ皇祖皇宗(こうそこうそう)、國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ、徳ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ」

というお言葉には、「自分が思うに日本は長い歴史のある国で、歴代の天皇は遠大な理想をもとに、愛民、仁政により代々この国を治めてこられた』ということが説かれています。

次に、

「我ガ臣民、克(よ)ク忠に克ク孝ニ、億兆心ヲ一(いつ)ニシテ、世世厥(せいせいそ)ノ美ヲ濟(な)セルハ、此レ我カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ、教育ノ淵源(えんげん)、亦實(またじつ)ニ此(ここ)ニ存ス」

これは「日本国民が忠孝の道をまっとうして皆で心を合わせた結果、今日の繁栄を築いた。これは日本の優れた国柄のたまものであり、忠孝は教育の根源である」というような意味です。

ここでいう「忠」は国への忠誠心をはっきり教育に盛り込んでいますし、何も特別な文言ではないのです。

三つ目の内容としては、私たちが日常の暮らし、仕事で心がけるべき点について次のように述べられています。

「爾(なんじ)臣民、父母ニ孝ニ、兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)二、夫婦相和シ、朋友相信ジ、恭儉(きょうけん)己レヲ持シ、博愛衆ニ及ボシ、學ヲ修メ、業ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓發(けいはつ)シ、器(とっき)ヲ成就シ、進ンデ公益ヲ廣(ひろ)メ、世務(せいむ)ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重ジ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急アレバ、義勇公ニ奉ジ、以テ天壤無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運ヲ扶翼スベシ。是ノ如キハ、獨リ朕カガ良ノ臣民タルノミナラズ、又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン」

一読すれば、おおよその意味はお分かりになると思います。明治天皇は「爾臣民」つまり「国民の皆さん」と呼びかけられた上で、
「子は親に孝養を尽くし、きょうだいは助け合い、夫婦は仲睦まじく、友達は信じ合い、自分の言動を律し、人々に愛の手を差し伸べ、学問や仕事に専念することで知識を養い、特性を培い、さらに進んで社会のために貢献し、法律や秩序を大切にしましょう」
と述べられているのです。

そして「非常事態が発生した場合には、身命を捧げて国の平和と安全のために奉仕しなくてはならない。このことは善良な国民の当然の務めであるばかりでなく、私たちの祖先が今日まで身を以て示してきた伝統的な微風を明らかにすることでもある」と言葉を続けられています。

国が存続する上においては、自然災害や戦争など時に非常事態に直面することもあります、こちらが攻め入らなくても、他国から戦争を仕掛けられることは充分起こりうることなのです。

「一旦緩急」という危機的状態の時、ただ手をこまねいているのではなく、挙国一致して公のために奉仕する精神がなくては、とても自分たちの平和や幸せは守ることができません。これもまた極めて自然なことだと思います。

四つ目の内容としては、

「斯ノ道ハ、實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ、子孫臣民ノ倶(とも)ニ遵守スベキ所、之ヲ古今ニ通シテ謬(あやま)ラズ、之ヲ中外ニ施シテ悖(もと)ラズ。朕、爾臣民ト倶ニ拳々服膺(けんけんふくよう)シテ咸(みな)其ヲ一ニセンコトヲ庶幾(こいねが)フ」

つまり「このような国民の歩むべき道は先祖の教訓であり、我々子孫が守らなくてはならない。それとともに、この教えは昔もいまも変わらない教えであり、外国に示しても間違いのない道である」という内容がここには説かれています。そして最後に「私も国民の皆さんとともに、祖先の教えを胸に抱き、一貫して徳性を高めることを誓い願うものです」と結ばれています。道徳を押しつけるのではなく、自らも勅語を拳拳服膺しようとされる明治天皇のお人柄が伝わってくる一文です。

■宗教以外にかかる権威あるものを見ず

『教育勅語』といえば、私たちが子どもの頃は学校の奉安殿(ほうあんでん)に納められ、修身の時間には皆で奉唱したものです。ただ暗唱するだけで、細かい説明は受けませんでしたけれども、意味も分からないまま唱えていた「父母ニ、孝ニ兄弟ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信シ・・・・・」というリズム感のある一言一言がいつの間にか自分の中で意識化され、血肉となり、その後の人生で、行動の規範となっていたように思います。

それは私に限ったことではありません。発布当時から、国民は特に抵抗を感じることなく、喜んで『教育勅語』を受け入れたといいますから、日本人としても誰もが納得できる内容だったのでしょう。

国民が勅語をすんなり受け入れた理由を私なりに考えると、親を大切に、きょうだい・夫婦は仲良くといったように特定の宗教に偏ることなく、しかもどの宗教にも共通した普遍の原理(人として踏み行うべき道)が説かれている点が挙げられると思います。キリスト教のように奇跡や予言があるわけでもなく、科学的、論理的に何ら矛盾点がないことも大きな特徴です。

それ以前に、ここに述べられた徳目は日本人が古来潜在的に持ち続けた美意識だったといえるかもしれません。『教育勅語』を通して日本の教育の素晴らしさを海外にアピールしたいと考えた明治政府は、発布後これを中国語、英語、フランス語、ドイツ語の四カ国語に訳し、関係機関に配ったところ、どの国も一様に「素晴らしい」という賞讃の声を上げました。当時の倫理学者・杉浦重剛(しげたけ)先生はある英国教育者より「宗教以外にかかる権威あるものを見ずと羨望(せんぼう)した」という言葉を聞いたと述べておられます。自国に対して強い誇りを持つ日本人の姿に、きっと諸国民も心打たれたのだと思います。

■戦後教育の大きなツケ

ところが、『教育勅語』の発布から百二十年を迎えようとしている現在の日本の姿はどうでしょう。残念ながら発布当時とはまったく対照的な様相を呈しているのではないでしょうか。

国に対する誇りは失われ、国民の道義が退廃していることは改めて申し上げるまでもありません。教育現場を例に挙げても、陰湿ないじめや登校拒否、学級崩壊などその荒廃ぶりは目に余るものがあります。

私が気になるのは、このような学校内での様々な問題を、教師も教育委員会も穏便に済ませようとばかりしている点です。たとえ相手が児童生徒の父母であろうと「悪いことは悪い」とはっきり言うべきなのに、すべてを曖昧にすることで、かえって問題を大きくしてしまっているのです。

平成十年、栃木県の中学校で女性教諭が男子中学生を注意したところ、ナイフで刺殺される事件が起きました。この時、ある新聞が「教師は逃げることを知っていなくてはならない」と報道していました。問題を起こした生徒を責めるべきなのに、まるで逃げなかった先生が悪いと言わんばかりの記事の書き方に、憤りすら感じました。社会をリードすべきマスコミですら間違いが間違いであると正しく指摘できないのです。教育界ばかりでなく、日本全体がおかしくなっていると改めて感じたものでした。

そうなった要因を考えると、個人の自由や権利ばかりを主張して、人間として大切な道徳や義務を疎かにしてきた戦後教育のツケは、やはり大きいものがあったといえるのではないでしょうか。実際、いままでの教育基本法には家庭教育の大切さに関する記述はありませんし、道徳教育には孝という言葉すら盛り込まれていません。

「孝行は徳の始めなり」という言葉がありますが、生まれて初めて出会う両親を大事にし、その言いつけを守れないような人が、隣近所のおばさんの言うことや社会の決まりを守れるはずはないのです。

教育現場では道徳教育が軽視され、先生と生徒が友達感覚で付き合ったり、卒業式の時に『君が代』を歌わないことが権利と受け取られたりと、学校の中の決まりや秩序の乱れも教育崩壊を招く一つの理由となっています。

特に私が世田谷区で小学校長を務めていた十一年間は組合運動が盛んな時期でした。多くの組合員の先生たちが君が代斉唱、国旗掲揚などに異議を唱え、私も何度か抗議を受けたりもしましたが、私は決してその要求には応じませんでした。一度でも自分の信念を曲げていたら、校内の秩序は乱れ、教室は混乱すると感じたからです。

実際、組合によって、校内の秩序が乱れ運営が困難になった学校をいくつも見てきました。校長の姿勢により学校はよくもなるし悪くもなることをこの時学びました。

■国が健全でなくして個人の幸せはない

いまの中学校の公民の教科書を見ると、国家とは領土と国民と統治する権力で成り立っていると記述されています。本当にそうでしょうか。

国には長い歴史や文化の継承体としての掛け替えのない「命」があり、決して表面的に捉えられるような単純なものではないはずです。にもかかわらず教科書はそういうことに触れないまま、ことさら個人の尊厳と権利ばかりが強調されているのです。

もちろん、一人ひとりの個性は尊重されるべきです。しかし日本という国自体の健全さが失われてしまっては、一個人の尊重も家庭の幸せもありえないことを同時に学ばなくてはならないと思います。崩壊した国の民がいかに悲惨な運命を辿ったかは歴史が証明しています。それを考えると、学校で愛国心や公共の精神についてしっかり教育するべきだという思いは強くなるばかりです。

もう一つ学校教育で充実させるべきは、先ほどから繰り返し申し上げている道徳教育だと思います。人間が生活する上で必要な徳性を幼少期からきちんと教え込むことと言い換えていいかもしれません。

現在、日本の教育に必要な愛国心と道徳の二つがきちんと盛り込まれたもの、それが『教育勅語』です。私がいま一度『教育勅語』を見直してほしいと願うのも、人間として当たり前のことを当たり前に行うことによって日本という国が健全、健康になっていくという信念があるからにほかなりません。

平成十九年、約六十年ぶりに教育基本法が改正され、旧法にはなかった道徳教育や家庭教育、さらに「伝統と文化を尊重し、それをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」という一文が盛り込まれるなど、国民の道徳をはぐくむための基礎ができつつあります。

私は教職を退いて二十年。日本の再建のための様々な国民運動を続け、現在は地域での講演会などを中心に活動しています。この国に道徳心を復活させるために、これからもこの身を捧げていく覚悟です。(終)


※「教育勅語」全文

朕惟フニ、我カ皇祖皇宗、國ヲ肇ムルコト宏遠ニ、ヲ樹ツルコト深厚ナリ。
我カ臣民、克ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心ヲ一ニシテ、世世厥ノ美ヲ濟セルハ、此レ我カ國體ノ精華ニシテ、教育ノ淵源、亦實ニ此ニ存ス。爾臣民、父母ニ孝ニ、兄弟ニ友ニ、夫婦相和シ、朋友相信シ、恭儉己レヲ持シ、博愛衆ニ及ホシ、學ヲ修メ、業ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓發シ、器ヲ成就シ、進テ公益ヲ廣メ、世務ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重シ、國法ニ遵ヒ、一旦緩急アレハ、義勇公ニ奉シ、以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ。是ノ如キハ、獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス、又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン。
斯ノ道ハ、實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ、子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所、之ヲ古今ニ通シテ謬ラス、之ヲ中外ニ施シテ悖ラス。朕、爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ。

明治二十三年十月三十日
  御名御璽(ぎょめいぎょじ)




『教育勅語』については、以前拙ブログにて制定のいきさつを詳しく紹介していますので、未読の方は是非そちらも合わせてお読み頂き、『教育勅語』について理解を深めて下さればと思います。(下記タイトルをクリックして下さい)
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コメント
この記事へのコメント
合掌
2008/01/07(月) 11:18 | URL | せ~ちん #tHX44QXM[ 編集]
教育勅語は
 ネットの資料以外では、既にmlesta さんが紹介されていますが「昭和天皇の学ばれた教育勅語」というのを遊就館で見つけて読んだことがあります。
 
 昭和天皇は、特に明治天皇を尊敬しておられたと言うのも、この勅語の考え方に共鳴されるところが多かったからかも知れませんね。

 損得では無いと思いますが、手頃だしダラダラと長い物でもなく、私は読んで損の無い本だと思いました。
2007/12/17(月) 17:17 | URL | tono #vFsRzAws[ 編集]
>milestaさん
milestaさんが教えて下さった本、早速チェックしてみます。お忙しい中、コメント下さってありがとうございます。

>eurikaさん
遠くアメリカよりコメント下さってありがとうございます。
私もeurikaさんの言われるように、教育勅語の精神は外国人の方にも通用する普遍のものだと思います。
2007/12/16(日) 11:29 | URL | spiral(管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
感動
教育勅語は日本人だけでなく、外国人にも通用することです。 日本人はこれを忘れさってはいけない。  世界を平和に導くリーダーが日本から現れる日をアメリカから楽しみにしています。
2007/12/15(土) 01:46 | URL | eurika #-[ 編集]
子育てに最適
子育てをしていると、これをしちゃダメとか、あれをしなさいとか、細かく言ってしまいがちなのですが、それだと子供はうるさがってきかなくなるんです。それにいつまでも親が良い悪いをいちいち決めるわけにもいかない。
理想的なのは、どんなときでも共通する心構えみたいなものをしっかりと叩きこんで、あとは自分でそれに照らし合わせて善悪を判断するようになることです。さくらこさんの書かれている「芯になる」部分ですね。それには教育勅語は、簡潔でわかりやすくて良いのですけどね。
毛嫌いする人は、ちゃんと中身を読んで、考えてみてほしいです。

ちょうどAmazonから『昭和天皇の学ばれた教育勅語』という本の紹介がきました。本来なら読んでブログで採り上げたいのですが、今はちょっと無理なので、Amazonのアドレスを置いておきます。レビューもいくつか載っています。

http://www.amazon.co.jp/dp/4585053603/ref=pe_3542_6614932_pe_ar_t1
2007/12/14(金) 21:30 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
>さくらこさん
私も、教育勅語が日本人の心の柱になればと思います。
教育勅語というは、否定的に捉えられる方が多いですが、その成立過程を知り、中身をよく読めば、真っ当な道徳を言われているのが分かって下さるのではと思い、今回取り上げました。

>かついちさん
教育勅語は、残念ながら戦後教育では廃止されてしまい、今は知る人も少ないと思います。知っている方でも否定的に捉える方が多いので、こうした状況を何とか打破できないかと思います。
教育勅語の復活は、政治家の方がその気になれば難しいことではないと思うので、是非実現してもらいたいです。
2007/12/14(金) 17:43 | URL | spiral(管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
教育勅語の復活は日本人の至上命題
勅語の復活は日本人のみならず世界にとっても必要なものだと考えます。勅語を生み出した我が日本人がその道徳を守らないでどうして世界にリーダーシップをとれましょうか。勅語の復活を一日も早く実現することを願わずにいられません。それにはやはり一人一人の自覚と覚悟が必要だと思います。
2007/12/13(木) 10:41 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
すばらしい教育勅語
私も教育には芯になる道徳教育が是非必要だと思います。
教育勅語を暗唱し、そのように生きていきたいと願っていますし、この精神を日本人の心の柱としたいと思っています。

2007/12/12(水) 21:23 | URL | さくらこ #-[ 編集]
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2007/12/26(水) 22:36:02 | 切捨御免!トノゴジラの放言・暴言