『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は、日本政策研究センターの会報誌『明日への選択』2月号より、呉善花(お そんふぁ)さん(拓殖大学教授)の論文を引用します。呉善花さんは韓国の方ですが、『攘夷の韓国、開国の日本』(文藝春秋)という著書で第五回山本七平賞を受賞されるなど、日本の歴史や文化を深く学んでおられる方です。この呉さんが、日本人が普段意識していない「日本人の美意識」について述べています。少し長い文章ですが、我々日本人が元気付けられる論文ですので、是非読んで下さればと思います。


■世界に誇るべき「美しい日本」
誰から教えられずとも、この日本列島の中で生まれ育った日本人は、日本的な美意識というものが自ずから備わっている。日本人自身がこの「美しい国、日本」の良さに目覚めれば、俄然展望が開けてくる。

――安倍首相はめざすべき日本の姿として「美しい国、日本」という言葉を掲げています。「美しい」という言葉は政治の用語としては抽象的だとか、曖昧だとも一部で言われていますが、「日本らしさ」ということをよくよく考えてみますと、仮に「豊かな日本」とか「強い日本」とか「正しい日本」と言った場合、どうも日本人の感覚にぴったりこないような気もします。

その意味でも、「美しい国」というのは、日本の本質や理想を示す言葉として適切な表現ではないかと思うのです。ただ、多くの日本人が自国の本質や独自性というものをあまり自覚していないために、そうした声も出てくるのではないかと思うのです。

そこで、当の日本人がなかなか気付かない日本人の美意識や精神性について探究し続けてこられた呉善花先生に、「美しい日本」とは一体どういうことなのかということについてお聞きしたいと思います。

■やはり日本人は日本人

 そうですね、「豊かな日本」「強い日本」「正しい日本」・・・・・どれもこれも、日本らしさをぴったり表した言葉とは言えないでしょうね。私は日本の独自性を表すには、やはり「美しい日本」、これしかないと思いますし、実はそのことを最近、大学の授業を通してつくづく実感しているところです。

昨年からですが、私は五百人近い学生を相手に「日本の歴史と文化」という講義をやらせていただいておりまして、日本の文化の変遷や独自性というものを外国との比較を通して紹介しています。

この講義は、留学生も選択していて、日本の文化を知らない留学生にはかなり喜ばれているとのことですが、同時に四百人を超える日本人学生が、外国から来た私の語るこの日本文化の講義に出席しています。

その日本人学生たちがどんな感想を持っているかというと、毎回書いてもらっている感想文を読みますと、「私たちの先祖は本当は悪い人たちじゃなかった。なんと立派だったんでしょうか」とか「このような授業というのは日本全国で教えるべきではないか」とか「なぜ今までこのように本質的なことを教えてくれなかったのか。歴史といえば、人の名前と年代を覚えさせられるだけだった」ということを書いている。
講義を始める前は、外国人教授が話す日本文化の話なんて日本人学生は余り興味を示さないだろうと思っていましたから、こうした感想にはびっくりしています。なかには「今までどう生きてゆけばよいのか分からなくて、さまよい続けたけれども、ここまで自分とは何かを探すということを教えてくれてありがとう、ありがとう」と何度も何度も書いてきた学生もいるほどです。

私が教えているのは日本の文化史であり、生きるとは何かということを話したことなど一度もありません。けれども、学生たちはこの講義を受けて、日本人としての自分とは何かという接点を何かしら掴めたようで、喜んだり感謝したりしているのではないか、と考えています。

その意味で、日本人が日本の良さというものを認識することは非常に大事なことだとは思うのですが、それよりも私が驚いているのは、むしろ学生たちは、新たに日本への興味を深めたようだということであり、やはり彼らは日本人だな、ということなのです。

どういうことかと言いますと、とにかく物事を捉える感覚や美意識というものが、やはりアジア諸国から来ている留学生たちとは、根本的に違い、日本人独特の捉え方をしているからです。

例えば、インド、中国、朝鮮半島、日本の世界遺産建築建築などをスライドで順番に映し出して見せたときのことです。インドの建物はゴテゴテしていて細かい彫刻、中国の建物は上の屋根の先は大きくそり返っている、 朝鮮半島の建物は色が物凄く派手――そういった特徴があるのですが、それらに較べると、日本の寺院や神社は非常に簡素質素で柔らかな感じがします。

そこで、中国人や韓国人の学生に印象を聞いてみたところ、伊勢神宮の写真を見せても、殺風景だとか、何がいいのか分からない、といった感想しか出てこない。(笑い)

けれども、日本人学生に感想を聞いてみると、中国やインドの建物もよいけれども、やはり私は日本の建物が落ち着くとか、伊勢神宮は自然との一体感があって素晴らしい、といった感想がほとんどなのです。

こうした反応はお花の場合も同様でした。生花、茶花、一輪挿しなどの写真を見せたとき、日本人の学生たちは、何とも言えないけれども生命力を感じるとか、わび・さびを感じると言う。しかし、中国人や韓国人はやはり、何が良いかさっぱり分からない、花が一輪しかないなんて物足りないとか、貧乏くさいと言う。一方、西洋のフラワー・アレンジメントなどを見せると、留学生たちはワッと声を挙げる。やはり華やかなものがいいんだと。もちろん、日本人学生は洋花は洋花で悪い感じを持っているわけではないけれども、生花や一輪挿しといった日本伝統のお花を見てそれがいいと言い、留学生たちの感じ方と明らかに違う感じ方を知って、「やはり自分は日本人だったんですね」と言うのです。

このように、誰から教えられずとも、この日本列島の中で生まれ育った日本人というのは、日本的な美意識というものが自ずから備わっているということ。これは日本の精神性について考えてきた私にとっては、また新たな発見でもありました。

■美意識がつくった治安大国

――そうした美的感覚というのは、日本人のアイデンティティでもあると。

 もちろん美意識がすべてというわけではないけれども、それは日本人の精神性の中で物凄く大きなものだと思うのです。

これも外国と較べてみると分かりやすいと思うのですが、キリスト教文化圏の欧米、あるいは儒教文化圏の中国や朝鮮半島では、「どんな生き方が正しいか」という倫理的、道徳的なものが生き方の規範とされます。それに対して、日本では他人から悪人と思われるよりも、卑怯者とされる方がより辛いはずです。つまり、古来武士が卑怯者と指さされれば、自ら切腹して命を断つのが潔いとされたように、日本の場合は正邪とか善悪の観念よりも、「どんな生き方(死に方)が美しいのか」という美醜の観念がとても強いと思うのです。

この美意識というのは、「もののあはれ」「わび・さび」「いき」「みやび」などの言葉で表すことができますけれども、例えば、日本人が相手のことを自然に察するとか、適当な距離を置きながら相手と付き合うとか、嫌なことがあってもいつまでも恨みに思わず水に流す、といったことも含まれると思います。

そうした日本人特有の美意識に注目しながらこの日本を見ておりますと、いろいろなことが見えてきます。一つ例を挙げますと、日本が世界で最も治安の良い安全な国を築くことができたのも、私はこの日本人の美意識が大いに関係しているのではないかと感じています。

日本の方々にとっては、最近は親が子供を殺したり、子供が親を殺したり、かつてはなかった犯罪がいろいろ出てきて、みんな治安が悪くなったという印象を持っていますが、世界的に見れば日本は今でも極楽浄土(笑い)。このことは私自身の実感でもありますし、アジアから来た留学生に聞いてみても皆そう言いますけれども、もう少し客観的にと思い、先日、世界先進十五ヵ国の治安がどうなっているかということを最近年の統計で調べてみたのです。

すると、例えば殺人事件の発生率でいいますと、世界で一番殺人が多いのはロシアで、二〇・九五%。二番目が韓国で九・九二%、三番目が米国で四・五五%というふうに続き、日本はというと、十五ヵ国中第十五位の〇・九〇%。第一位のロシアとは、桁が違うどころの話ではない。

強盗事件と、強姦事件の統計も調べてみましたが、やはり日本人は十五ヵ国中第十五位と、依然として日本は、他の国では信じられないくらい治安がとても良い国なんです。

マスコミは「安全神話は崩壊した」と大騒ぎしているけれども、私に言わせれば、余りにも少ないから大騒ぎしているのではないかと思うほどです。

――確かにロシアのように殺人事件が沢山起こっていたら、ニュースにならないですね。

 そこで考えてみたいのは、日本がこのように治安が良いというのは、果たして法律や取締が厳しいからなのかということです。

というのは、たいていの国は日本よりも刑罰は重いし、犯罪の取締はどの国も厳しくしている。また、多くの日本人が治安が悪くなったと感じているのは事実としても、それは外国人犯罪が増え、日本人には考えられないような犯罪――フォークリフトでATMをまるごと持って行くとか、ピッキングで侵入し家の人をぐるぐる巻きに縛り上げるとか――が起こるようになったという要素が強いからではないでしょうか。だとすれば、これはやはり日本人の国民性、精神性から考えていかなければ分からない問題だと思うのです。

その精神性の中核にあるのが、私は日本人の美意識だと思うのですね。つまり、犯罪は悪いことだからしてはいけないという観念が勿論あるとしても、より根本的には、他人が見ていないところで人の物を盗んだり、悪いことをするのは「みっともない」という感覚があるのではないでしょうか。

このことについても、大学の授業で学生たちに聞いてみました。悪い人間と言われるときと、みっともない人間と言われるときと、どちらが嫌ですかと。そうすると、中国人・韓国人留学生の場合は、みんな「悪い人間と言われたくない」。でも、日本人学生は「何といっても、みっともない人間だということを言われたくない」と答えたのです。

卑怯な人間と言われたとき切腹するというまでの意識は残っていないにしても、「みっともないことはしたくない」という日本人独特の美意識はやはり確固として残っていると思いますね。

■風土がつくった美意識

――では、そうした日本人独特の美意識は、いったいどのようにして出来てきたものなのでしょうか。

 もちろん、それにはいろいろな要素があると思いますけれども、私は、日本の風景・風土の影響というのが非常に大きいと考えています。

日本の沿岸沿いにある漁村はどこでも、海も山も棚田も家々も一つの視野に入るような風景で、どこまでが雲か、どこまでが山か、どこまでが海か、どこまでが水田か分からない。全てが溶け合った景色が眼前に広がっています。

これは典型的な日本の原風景と言っていいと思いますけれども、はっきりとして、対立したりしているのではなく、周りの風景と渾然一体と調和した風景――日本人はこうした風景を好みますね――を愛する気持ちが、相手のことを察したり、周りの人々に対して気配りや思いやりというものをさりげなく示すことができる日本人の精神性というものを形作ってきたように思うのです。

美意識に限らず、日本の風景・風土は、日本人の精神性を形作る上で非常に大きな影響を与えてきました。

例えば、海と山と水田が溶け合う風土の中では、山の神様も海の神様も農業の神様も、みんなご近所みたいなものですから、それぞれの民の考え方が融合して文化がつくられて行った。外国人から見ると、非常に集団的、協力的に見える日本人の国民性は、まさにそうした風土から生まれてきたと言えるでしょう。

また、日本列島は国土の大半が山林地帯で、平野は少ない。けれども、日本人は山間の狭い盆地や雪が沢山積もるような土地においても、いろいろ工夫して稲作を広めてきました。その過程においても、村人たちはほとんどお国の世話にならずに、自分たちの手で灌漑(かんがい)を行い、栽培や水利の高度な技術を開発して行った。その延長線上に、今の世界に誇るべき日本人の高い技術力や開発志向もあるわけで、技術大国・日本もまさしく日本の風土が生み出したものだと思うのです。

■継続する日本

 一方、日本には古来の文化が今日まで断絶せず、見事なまでに継承発展を遂げてきたという素晴らしい一面がありますね。

最近、大学の同僚の野村進さんが、『千年、働いてきました』という本を出版したのですが、あれを見ますと日本は創業千年以上経った老舗がたくさんあると。創業百年以上という程度ならもう何十万件もある、しかし、アジアには創業百年以上という程度の老舗ですらどこにもない。ヨーロッパは伝統あるブランドが結構あるというイメージがありますけれども、それでも創業百年以上のブランドがいくつかあるという程度で、日本とは比較にならないというのです。

――これは本当に凄いことですね。

 実はこれも日本の風土というか恵まれた地理的条件によるところが大きい。

世界広しといえども、気候が暑くも寒くもなく、適当に雨が降り、湿気があって、しかも春夏秋冬がはっきりしている温暖湿潤の地域というのはそうそうあるわけではないわけですね。日本、朝鮮半島南部、中国の南部ぐらいです。しかし、その中でも古い文化が今日まで続いているのは日本だけです。これは一体どういうことなのでしょうか。

なにより決定的だったのは、日本が島国で波が荒い海で隔たっているから、異民族の侵略を受けたことが一度もなかったということです。

中国の場合は、広大な平野という天の恵みがあり、長江流域で稲作が発達し、また強大な国家も生まれました。さらに儒教や道教が生まれ、仏教文化も発達し、中華文明という高度な文明が朝鮮半島、日本、アジア全域に流れていきました。しかし、豊かな土地を狙って北方から騎馬民族が何度も侵攻し、そうした文明はたび重なって破壊されてきました。古代からの偉大な文化・文明は遺跡として残っているだけで、現代にまで続いている物は何もありません。古代以来の精神も残っていない。

すでに明治の頃に岡倉天心が言っていることですが、こういう話があります。日本の室町時代に、雪舟が中国の優れた水墨画を見て感激し、本場中国で学ぼうと南宋に行って中国人の先生に教わろうとした。ところが、実際に行ってみると、中国では既に本格的な水墨画は絶えてしまって残っていなかった。それで雪舟はなんたることかということで嘆いて日本に帰ってくる。それで仕方がないから、日本にいる先生に学びながら自分なりに日本的な水墨画を完成させていったと。一方、朝鮮半島の場合は、海に囲まれ、国土の大部分が山岳地帯という風土は日本とよく似ていますが、やはり異民族の侵略を受けた。なにしろ二千年の間に一千回も異民族の侵略を受けているのです。ですから、かつての百済文化や新羅文化というものは、わずかな遺跡以外の何も残っていません。

韓国では三、四十年ほど前に、高麗時代に発展した青磁の陶器を、再現しようという試みがありました。けれども、断絶してから既に五、六百年、当代一流の陶工が再現しようと懸命に頑張ったものの、まったく再現できなかったのです。

ある技術なり文化なりが断絶するというのはそれほど恐ろしいことなのですが、日本の場合は古来の文化がずっと途切れずに続いてきた。その結果、野村さんが書いているように、千年を超える老舗も残っているのです。

しかも、単に残っているだけではなく、それに上手く手を加えて磨き上げながら発展を遂げていった。それがお茶であり、お花であり、お庭であり、日本お芸術というのはみんなそのようにして磨かれてきたものではないかと思うのです。そして、その中から「わび・さび」「もののあはれ」「いき」「みやび」という美意識が生まれていった。こんな宝物の宝庫のような国は、世界のどこにもありません。

■自然との一体感なくして日本は語れない

――今お話いただいたことを別の言い方をすると、そうした風土や風景を山の神や海の神として崇め、いわば自然と一体となって生きてきたのが日本人だとも言えますね。

 ええ、まさにその「日本人の自然観」を抜きにしては日本は語れないと思います。この自然と自分は一体であるという感覚は、世界の中でも稀有なものですが、普段は意識していないけれども、やはり日本人であれば誰でも持っているものでしょう。

私は授業の中で学生たちに、「みなさんが今使っているこの机のような物に対しても、日本人には『生きている』という感覚があるようですが、どう思いますか」と聞いたことがあります。そうすると、ある中国人留学生は、「この机は木から作られた物です。もともとの木は生きていましたが、物に生命力はありません」。しかし、日本人学生に聞いてみると「でも、物には魂が入っています」という答えが返ってきました。

また、授業が終わってから提出してもらった感想文を読んでみますと、「木にも命があるというのは子供のころからずっと思っていた」とか「人間が全ての自然の頂点にあるとか、人間だけが選ばれたという感覚は分からない」ということを日本人学生はみんな書いている。この感覚は、実は長年日本で暮らしてきた私でも良く分からないくらい徹底したものだなと驚きました。

かつて私は、IT関係企業の社員の方々に、もしそこに樹齢五百年の木があったとして、どうしても伐らなければならないとしたらどうしますか、と聞いたことがあるんです。そうすると、最先端技術の分野で働いているIT企業の人ですら、お祓いをしてから伐るとか拝んでから伐ると言う。そんな面倒なことしないでバシッと伐ったらどうですかと言っても、いやそんなにバシッと伐れないと。こんな感覚は日本人しか持っていない。

キリスト教文化圏では、万物の中で人間だけが神様から特別に選ばれた存在であるという人間中心の考え方で、唯一の神以外信じるなということですから、自然を拝むということは「罪」になる。儒教文化圏でも、人間は万物の頂点にあるという考え方ですから、自然を信仰するというのは迷信とされる。

まあ、朝鮮半島や中国に自然信仰が残っていないことはないのです。けれども、周辺に追い出されて、田舎のお婆さんとか物凄く無知な人達が拝むものだと思われている。堂々たる知識人がそんなものを信仰するということはあり得ない。そんなものを拝むのは次元が低いことであり、恥ずかしいことなのです。

――自然のもを拝むのはいわば未開人だと・・・・・。

 ええ。ですから、韓国人や中国人の反日というのは、実は中華思想という単なるイデオロギーの問題ではない。日本人は田舎のお婆さんのように未だに訳も分からず自然を拝んでいる未開の劣等民族だいうことで蔑視しているとも言えます。これは北朝鮮も同じです。

■世界は日本を求めている

 しかしながら、私はこの自然にも命があるという日本人独特の感覚は、未開で劣等どころか、まさにこの感覚があったからこそ日本は経済大国・技術大国にもなったのだ、こう言えると思います。

私は日本の職人さんたちにもたくさん会って話を聞いてきましたけども、例えば鍛冶屋さんは「鉄というものには命がある」という言い方をするんですね。また陶芸家の方に話を聞くと、「土にも命がある」と言う。あるいは菓子職人の方々は、生地をこねて触るだけで、口に入れたときに一番おいしく感じる食感の具合が分かるそうです。温度計で確かめるよりももっと正確だそうです。こういう技は「自然の声を聞く」という力がなければ出来ないと思います。

さらに驚くのは、このような職人技術は、最先端分野の技術に全部組み込まれているということです。

例えば、世界で生産されるパソコンの絶縁体の八割には、日本の伝統的な和紙が使われています。また、スペースシャトルの機体には、超高温の摩擦熱から守るため、日本のセラミック(陶磁器)が使用されています。さらに、半導体回路のプリント装置を支える基盤の水平面は、機械ではなく人間の手によって仕上げられているそうです。機械よりも、人間の手の方が基盤が水平かどうか見分けられるとのことですが、これなどは菓子職人の手仕事と同じと言えるでしょう。

日本の製造業の現場にはこうした超人的技術を持つ人が数多くいると聞きます。日本が経済大国・技術大国として世界をリードできるのはこうした背景があるからではないでしょうか。

――今は日本人自身が、そうした美意識や独自性というものをよく分からないまま生きているわけですから、これをよく認識すれば、もっと大きな可能性が開けてくるということも言えるわけですね。

 その通りです。わたしの講義を受けたあの学生たちのように、日本人自身がこの「美しい国、日本」の良さということに目覚めれば、俄然展望が開けてくると思います。

それでなくとも、今や世界では、日本的なものがブームとなり、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの主要都市では、「わび・さび」「もののあはれ」「いき」「みやび」を意識した日本風の人気は年々高まる一方です。

日本の健康的な食、イメージ豊かな娯楽文化、繊細かつ美麗な伝統文化、アイデアに満ちた日本製用品、日本式もてなしの接客サービスなどは、すでに目先の興味や物珍しさ超えて、日々の暮らしの中でより熱く、より深く世界の人々に愛されはじめています。

こうしたことからも分かるように、日本独特の美意識や芸術感覚というのはいくらでも世界の最先端で生かせる場があると思いますし、これからは世界がそれを学びにやってくる時代になる。そんな予感がしています。(終)


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コメント
この記事へのコメント
>諦観さん
私も、諦観さんが言われるように、聖徳太子の「和を以て尊しとなす」という日本流の方が、平和で美しい世界を実現するに適しているのではないかと思います。
アメリカ流のグローバリズムの限界に世界が気づくとき、「和を以て尊しとなす」日本の心が輝きを増し、世界に広く受け入れられるようになると思います。
2007/06/10(日) 13:48 | URL | spiral(管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
日本流をグローバリズムに
 呉善花さんの本は、けっこう読んでおり、素晴らしい知性、感性の持ち主だなーと思っておりました。
 この文章は、呉善花さんの卓越した日本文化論の一つであり、多くの日本人が忘れてしまった素晴らしい日本の心を見事にわかりやすく表出してくれています。
 人間を全てのものの頂点として、君臨するものとして捉えるのでなく、自然との一体感の中で全てのものとの調和の中にこそ人間存在があるのだとする考え方はまさに日本独特のものであり、大事にしなければならないと思っています。
 日本語にあって英語などにはない概念が日本独特の文化を表しているという指摘も成るほどと感じ入りました。
 「もったいない」という言葉に、国連の関係であったか、アフリカの一女性がいたく感激されて、この言葉をひろめようと運動しているとか聞きましたが、まさにわが意を得たりです。
 ものに魂が宿る、ものが生きているといった表現も日本独自のもでしょう。昔、自動車を廃車したときに、置いてきぼりの古い車に妙な物悲しさを感じたことがありました。
 グローバリズムという名の弱肉強食のアメリカンドリーム流が喧伝されておりますが、真のグローバリズムは、聖徳太子の「和を以て尊しとなす」日本流のほうが平和で美しい世界を実現するには、適しているのではないかと思います。
2007/06/10(日) 07:50 | URL | 諦観 #HcyS91tQ[ 編集]
>ポルコさん
応援ありがとうございます。

>かついちさん
私もまだまだ日本について知らないことがたくさんあるので、少しづつ学んでいきたいと思っています。
そして、「美しい国、日本」の良さを伝えられる記事が書ければと思います。

>きょーちゃん
こうした文章を読むと、日本人に生まれて良かったなと思いますね。
僭越ですが、是非、きょーちゃんのお子様にもこうした日本人の美意識を伝えて頂き、愛国心を持った真っ当な日本人に育ててあげて下さいね。
2007/06/06(水) 10:53 | URL | spiral(管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
感動しました!
いい話ですね~。
日本人であることがうれしくてたまりません。
子供たちにも、折々こういう話を伝えながら愛国心を持った大人になるよう、育てていきます。
自然を低く見ている人とは価値観が一生合う事はないですね。
日本という国を大事に大事にしていきたいです。
2007/06/06(水) 10:02 | URL | きょーちゃん #OARS9n6I[ 編集]
呉善花さんという方は
どこかで一度お名前を拝見していましたが、日本人以上に日本のことを見事に知り尽くされているなと敬服いたします。日本人でありながら日本のことをあまりにも知らなすぎる自分がちょっと恥ずかしくもあり、日本人に生まれてよかったと思わせてくれますね。もう、呉さんがおっしゃっていること以外に言葉はありません。
私たち戦後生まれ世代はいろいろなところで間違った日本人観を植え付けられて教育させられてきたんだとはっきり分かりました。本当に教育というのは恐ろしい、でも、そういうものだからこそ正しいことは教え、伝えていかなければいけないのだと思いました。
いい文章をありがとうございました。
2007/06/03(日) 14:42 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
どうもこんにちは!
いろんなブログを応援させていただいています。
応援ポチッ!
2007/06/03(日) 14:03 | URL | ポルコ #-[ 編集]
spiralさんにお褒めのお言葉をいただき思わず赤面してしまいます。ここを訪問するのがとても好きです。spiralさんの記事と、ここに集う若い方ありお母さんありのいろいろな方のご意見がとても勉強になります。またリンクのところからその方々のブログにも訪問させていただき皆さんのご意見を楽しみながら拝見しています。TBで「本からの贈り物」の「行儀よくしろ」を知り早速読んでみました。ここにも日本文化を守ることそして伝えていくことが大人の責任である、人間の価値は、有名だとか金持ちだということにあるのではなく、ちゃんと美しく生きているかどうかだ、と書かれています。同感です。自分自身にも「行儀よくしろ」と活を入れ日々を過ごしたいと思います。
2007/06/02(土) 18:52 | URL | さくらこ #-[ 編集]
ぐっと来ます
コメント欄に引用して下さった内容にもぐっと来ますね。中身の濃いご返答有難うございます。
私は息子には「目には見えなくても神様はちゃ~んと見ていて下さるのよ」と言って聞かしています。それは、“守られている”という意味と“何でも見ておられる”という二つの意味からです。どこまで理解しているかはわかりませんが、“見えなくても存在する”ということは何となくわかっているようです。人間が至高の存在であるなどという驕りが誤りであることは、バベルの塔の例を引くまでもなく、遥か昔からわかっていなくてはならないはずなのに、時折忘れられているような気もします。“謙虚さ”も日本人の美徳の一つですよね。それは“卑屈”とはかけ離れた心の在り方で、大切なことだと思います。
綿々と伝えていきたいことは有形無形に関わらず沢山ありますね。
2007/05/31(木) 23:19 | URL | ハハサウルス #-[ 編集]
アニメといえば・・・
書き忘れましたが、かの韓国人(二十代後半)はガンダムの大ファンで自分でプラモデルを作ったこともあるそうです。他の日本のアニメや映画も相当観ていて私より詳しいです。
歴史専攻だったそうなので、時々意見が合わないけれど、仲良くやってます。(笑)
2007/05/30(水) 23:23 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
コメントありがとうございます
>tonoさん
>岡目八目とも言えそうな、この数々の指摘には感服しますね。

ほんとにそうですよね。日下公人さんが呉さんのことを「全身全霊を傾けて日本のことを感じ取ろうとなさっていて、その姿勢には心打たれるものがある」と評されていましたが、まさにその通りの方で、韓国人の方でこれほど日本を深く理解されている方はいないのでは、と思います。

日本人の感覚や心情というものは、外国にはない独特のものが多く、外国人に説明するのは難しいですよね。
「往生際」もそうですし、他にも、「潔い」という言葉も、英語でこれにぴったり相応する言葉はないそうです。
日下公人氏が、著書の中でこの「潔い」に関する面白いエピソードを披露されていたので、以下に引用します。

二〇〇〇年末のアメリカ大統領選挙は、日本という国とアメリカという国の違いを知るうえで格好の出来事だった。
アメリカ大統領選挙は、選挙戦の終盤になると大差がついて、負けることが確実となったほうが「敗北宣言」するのが恒例になっていた。そうすることで、激しい選挙戦で傷ついた双方の陣営は癒され、スムーズに政権が交替し、共和党と民主党の間に生じた溝が埋められ、国民は「アメリカの正義」を信じることができたのだ。

ところが、今回は違った。票の数え方を巡って最後までもめた。ブッシュもゴアも、なんとか自分が選ばれたいという気持ちが見え見えであった。どちらも、選挙結果という民意はあくまでも正確でなければ国民の利益に反するとして、自らの正義を主張したが、自分が優位に立とうという姿勢は、誰の目にも明らかだった。
要するに、二人ともゴネ続けたのだが、ゴネることで国民に不利益をもたらすことになった。ゴアは、一度行った「敗北宣言」を撤回し、ブッシュも、それを激しく非難したから、共和党支持者と民主党支持者の間に亀裂を生じさせる結果となった。国民は、どちらでもいいから早く決めてくれという気持ちになった。

そのころ、ゴアの知り合いだという人に、もっと潔くするようゴアに助言することを勧めたことがある。そうすれば、四年後には、アメリカ国民もゴアを大統領にしようと考えるだろうと進言したのである。
「私も、そう思うんだけれど。でも、潔いという意味の英語はないんだ」
だから、潔いという意味をゴアに理解させるのは難しいということだった。
確かに、日本語の「潔い」にぴったり相応する言葉は、英語にはない。比較的近い表現を探せば、フェア、フェアネス(公平・公正)、マンリー(男らしい)、グッドルーザー(よき敗者)、ダンディというところだろうか。

このように「潔い」という言葉は、日本語独特の表現だ。そして日本人は、「潔く責任を取る」などと、折に触れてこの言葉を使う。最近は建前として使われるきらいはあるが、まだまだ日本人の琴線(きんせん)に触れる表現ではある。
この言葉は、「清々しい」「汚れがない」などの意味を含み、神道(しんとう)に由来する。

日本人はおしなべて、極端なまでに清らかさを好む。汚れていると感じるとお清めをし、お祓(はら)いをする。神さまの前では清らかな姿を見せなければいけないという考えが、日本人のなかに染み込んでいる。

こうした考え方は、性善説に立つ。人間は表面を洗えば元来は清いのである。一方、キリスト教文明に生まれた欧米人は、人間はアダムとイヴが禁断の木の実を食べたときから原罪を背負っていると考えているから、性悪説である。(終わり)

>ハハサウルスさん
「お天道様が見ている」という感覚は、なくしたくない大事なものですよね。このお天道様について、東城百合子(とうじょうゆりこ)さんという方が、その著書の中で素晴らしい話を書かれていたので、以下に引用します。

日本人は、よく信仰心がないといわれます。たしかに、アラーやエホバといったような特定の人格神を崇(あが)めることには、あまりなじみがないかもしれません。また、○○教、○○宗の信者という人も、他の国に比べると少ないことでしょう。しかし日本人は、昔から「お天道(てんとう)さま」という見えなくてもたしかにある、いのちの根源の大いなる力を知っていました。

「食べ物を捨てたら、お天道さまに申しわけない。目がつぶれるよ」

毎日の生活のなかでそういいながら、感謝する心を大切に養い、温かく育ててきたのです。その目とは、顔にある目のことではなく、心の目をいいます。心の目を失ったときに、「ありがとう」という感謝を忘れると伝えつづけてきたのです。

お天道さまとは、太陽のことではありません。太陽も地球も壮大な宇宙に浮かぶ星の一つですが、その太陽や地球を育てた、もっと偉大なる陰の力が「お天道さま」なのです。日本人には、その力を心で見ることが自然と培われていました。だからこそ、たとえ字を読むことができないお母さんでも、生活を通じていのちの根源である「お天道さま」を体で学び、ありがとうの心で立派に子育てをしてきたのです。母の「手」をもって、家族のいのちを支えつづけてきました。

日本は敗戦によって打ちひしがれ、家も物も何もかも失いましたが、みんなが一丸となって力を合わせて、奇跡的に瓦礫(がれき)の山から立ち上がってきました。しかし、それは何の根拠もなく、突然にしてできたことではありません。連綿とつづいてきた先祖たちが培った、この日本の心あってのことなのです。

戦後、日本の家庭教育である「お天道さま」が消えてしまったことは、とても残念なことです。しかし、いまは消えてしまっても、けっして失われたわけではありません。

私は、長い伝統の歴史をくぐり抜けてきた日本の心が、たった五十年で消えることはない、そんな薄っぺらなものではないと信じています。そして、日本という血の中に組み込まれた遺伝子は、必ずほんとうの心路(すじ)に回帰しようと動き出すはずだと思っています。たとえ、人が捨ててしまっても、天は見ている、知っているのです。この遺伝子は、必ず日本の心を取り戻してくれるでしょう。人々の心のなかに忘れられてしまった「お天道さま」が帰るとき、暗かった夜にも、再び明るい朝がやってくる。私はそのような思いで大いなる希望を持って、この「お天道さま」を伝えつづけようと思うのです。(終わり)

東城さんの言われるように、日本には世界のどの国よりも長く尊い歴史があります。その歴史の中で培われた日本の心が、たかだか戦後60年ほどの期間で消えることはないと思います。拙ブログでも、日本は必ず良くなると希望を持って、こうした日本の心を伝えていければと思います。

>milestaさん
>日本人は日本人というだけですばらしいということを気づかせてあげたら、活き活きとする子供はいっぱいいると思うんです。

私もそうだと思います。そのためにも、現在の日本の歪んだ教育を正さねばなりませんね。そして、子供達が日本人であることに誇りを持って、活き活きと人生を歩んでいけるような教育にしないといけませんね。

それから、日下公人さんによれば、今、日本のマンガやアニメ、ゲームなどが世界中で支持されていて、それを通じ、日本の心というものも伝わっていってると言われています。
ですから、milestaさんがお話をされた韓国人の若者のように、日本の心を理解してくれる外国人も増えてくるのではと思います。

>さくらこさん
さくらこさんの仰ることは、まさにその通りだと私も思います。さくらこさんには、いつも素晴らしいコメントを頂き感謝しています。

>sowjunさん
虫の音を自然の言葉として受け取る感性は、これも日本人独特の素晴らしいものですよね。

呉さんは、母国である韓国では全く評価されず、存在すらも否定されていると聞きますから、酷いものですよね。
韓国が呉さんのような方を正当に評価するような社会になれば良いんですけど、難しいでしょうね。
2007/05/30(水) 22:05 | URL | spiral(管理人) #l7AT0Hcg[ 編集]
沖縄に生まれ沖縄育ちの私には内地のそういうのはあまり馴染みが無いですが^^;
台風とか来ると何となく自然を感じますね。
あとは、花や植物でしょうか。自然の形が違っても、そういうものを美しいと感じる。やっぱ日本人たと思う。
余談ですが、テレビで日本人の感覚の実験をしていたのですが、例えば風の音や鈴虫とかの音を、日本人は好意的にとらえるのに、外国人はノイズだ、うるさいと感じるらしいです。どうやら、日本人はそういうものを聞くと言語野が働くらしくて、ホントに自然の音を自然の言葉として受け取ってるらしいです。

呉さんすごいですよね。韓国陸軍まで経験していてよく目が覚めたかただと思います。目が覚めただけでなく、とてもよく考えている人だと思います。こんだけ素晴らしい人を韓国では「そんな韓国人はいない」という公式発表ですから。
2007/05/30(水) 15:39 | URL | sowjun #-[ 編集]
美しい生き方
お天道様が見ている たとえ誰にも見られていなくてもお天道様は必ず見ている 悪いこともいいことも。だから陰日向なく。 昔から普通に言われて育ってきました。情けは人のためならず。これもしかり。もったいないの心、ものには皆魂が宿っているのだから粗末にしてはいけません。
このようなことはすべて親から子へ普通に受け継がれているはずだったのに・・・・。
個人主義が徹底してわがまま放題、
見苦しい生き方しかできない日本人が増えてきました。
呉善花先生のこのような授業のできる先生を先生と呼びたいですね。
そして一神教の宗教にない寛容と謙虚で世界平和を、日本食のすばらしさで食の安全と健康を、もったいないの心で資源物資の有効活用と無駄遣いをなくすことを、日本の技術で世界の人を豊かに、便利に、美しく生きることができるようにすることを世界にアピールしていったらいいのです。日本に誇りを持って、我々の存在意義を世界と自国民に知らせていったらいいのです。
2007/05/29(火) 23:58 | URL | さくらこ #-[ 編集]
今日も良いお話をご紹介くださりありがとうございます。

>「今までどう生きてゆけばよいのか分からなくて、さまよい続けたけれども、ここまで自分とは何かを探すということを教えてくれてありがとう、ありがとう」

という学生の手紙に心打たれました。外国人がそう気づかせてくれるまで、ご両親や日本の先生方はそのことを指し示すことができなかった、それが当たり前だというところに日本の教育の問題点がありますね。

日本人は日本人というだけですばらしいということを気づかせてあげたら、活き活きとする子供はいっぱいいると思うんです。日本にいるとなかなか気づかないかもしれないけれど、それを教えてやるのが教育ではないかと思います。

「机に魂が宿る」このことをつい先週韓国人の若者に説明しました。「机」ではなく「えんぴつ」や「食べ物」を例にして。彼は理解し、とても良い考え方だと感心していました。外国人にも理解する人とそうでない人がいますが、彼は無宗教でもあり、たいへん気に入ったようです。
2007/05/29(火) 12:11 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
お味噌汁
私は朝食のお味噌汁がおいしいと「あ~日本人に生まれて良かった~」と思うことが多いのですが、この記事を読ませて頂いて、またそう思いました。まさしく元気が出る内容ですね。
「(誰も見ていなくとも)お天道様が見ている」という感覚があることにより、悪いことはしてはならないとしていた日本人が、最近は誰かに見られていても平気で悪いことをしでかすようになったことを憂いています。また、ルールを守るということは、「誰かが」という問題ではなく、自分に誇りを持っていることで、“そういうことをしない自分である”という問題だと思います。ですから、やはり精神性の問題なのでしょうね。これは厳罰化などで解決することではなく、教育しかないと思います。ただ、戦後教育の間違いを正すには時間がかかります。日本人の中に気高い心が残るうちに、一日も早く再出発すべきですね。それにはやはり日教組、全教組の撲滅が欠かせません。恐らく多くの人がその点に気づいてはいるのでしょうが、まだ一時期程ではないにしても組織力はあり、公に批判できないのだと思います。
2007/05/28(月) 22:14 | URL | ハハサウルス #-[ 編集]
えぇ話しやなぁ~~
 読んでいると、私も日本人だったんだと思ってしまいました。
 悪人よりみっともない方がいや!
 
 岡目八目とも言えそうな、この数々の指摘には感服しますね。

 私は今回、鹿屋に行って特攻を記事にしました。
 いろいろな気持ちを、いろいろな日本語から探すのですが、昔からある「往生際」と言う言葉が思い出されました。
 恐らく外国には無いだろうなと感じましたし、説明も難しいと思います。
2007/05/28(月) 18:33 | URL | tono #vFsRzAws[ 編集]
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