神戸で児童連続殺傷事件を起こしたA少年が書いた犯行声明の中に、「透明な存在」という言葉が三回出て参ります。また、「悲しいことに僕には国籍がない」という言葉もあります。これは「個」と「日本人のアイデンティティ」というものが欠落している現われではないかと私は感じております。
三島由紀夫が『文化防衛論』の中で、「豊かな音色が溢れないのは、どこかで断弦の時があったからだ」と指摘しました。断弦というのは、弦が断たれるという意味ですが、歴史と文化との断絶、これが今日の教育の姿に反映していると私は考えております。
また、夏目漱石が、「近代の日本の歴史は、文明を得て、文化を失った歴史だ」と指摘をしたわけでございますが、このことも大変示唆的な指摘であろうと思います。
私自身は30歳の時にアメリカに3年間留学致しまして、アメリカに持ち帰られました占領文書、GHQの文書を研究致しました。ワシントンに持ち帰られましたGHQ文書は、段ボール箱で12,083箱ありまして、その中に教育改革に関するものが、これはCIE(民間情報教育局)という部局の文書が917箱あります。これは、ページにしますと240万ページという膨大なものでございますが、最初私はワシントンの国立公文書館へ行きまして、そして別館でその資料を見て、気が遠くなるような思いが致しました。しかし、思い直しまして、240万ページ、一生かかれば何とか研究できるのではないかと、そんな思いが致しまして、ひたすら筆写をしました。私が手書きで写した資料だけで、段ボール箱10箱を越えております。3年間その占領文書を研究しながら、戦後日本が何を得て、何を失ったかということを考え続けて参りました。
「一国の歴史を抹殺するための最初の手段は、その記憶を失わせることである。その国民の図書、その文化、その歴史を消し去った上で、誰かに新しい本を書かせ、新しい文化をつくらせて新しい歴史を発明させることだ。そうすれば間もなく、その国民は。国の現状についてもその過去についても忘れ始めることになるだろう」
まさにこのことが、アメリカの占領政策よって、戦後日本に行われたのではないかと私は思っております。
消された歴史は「大東亜戦争史」でありまして、新しく作られた歴史は「太平洋戦争史」であります。この「太平洋戦争史」は、日本語訳されたもの(『太平洋戰爭史』高山書院刊)が出版されております。
この『太平洋戦争史』は昭和20年の12月8日から、全国紙に連載されました。何故12月8日なのか、これはAttack on Pearl Harbor(真珠湾攻撃)の日だからであります。12月8日付の朝日新聞は「奪う侵略の基地」、読売新聞は「隠蔽(いんぺい)されし真実、今こそ明らかに暴露」「恥ずべし、南京の大悪虐暴行沙汰」という見出しで大々的に報じました。この『太平洋戦争史』の中で、南京等で行った虐殺行為というものが裁かれて、そして皇軍(天皇の軍隊)と信じていた国民達、道義の戦いでは決して負けてないと信じていた日本国民が、この『太平洋戦争史』によって自信を失っていった事実がございます。
そして、この『太平洋戦争史』の英文を読んでいましたら、この『太平洋戦争史』が立脚している原点というこのが、『平和と戦争(PEACE AND WAR)』という著書であることが分かりました。
これはアメリカの国務省がまとめたものでございまして、朝日新聞社から翻訳文が出ておりますけれど、日本の古本屋にも出回っていない貴重な文献でございます。この『平和と戦争』というのは、あまり日本国民には知られていないんですけれども、1931年から41年までの10年間の侵略戦争の歴史を裁いたもので、アメリカ政府の公的な歴史観、米国史観というのものが書かれているわけでございます。この『平和と戦争』の歴史観は、典型的な善玉・悪玉史観でありまして、英米は民主主義で善の国で、日独伊は全体主義の国で悪の国あり、この太平洋戦争は、正義の国が邪悪な国を裁いた正義の戦争であるという歴史観で貫かれているわけでございます。その『平和と戦争』というものを原点として書かれた『太平洋戦争史』というものが、戦後の歴史教育の原点となりました。
昭和20年12月31日、敗戦の年の年末に修身、日本史、地理の授業が停止になりまして、それに替わってこの太平洋戦争史を教えるようにという指示が占領軍からありました。そして、出版物はことごとく「大東亜」という呼称が削除されました。新聞、雑誌といったあらゆる印刷物が厳格なチェックを受けました。これを検閲というわけですが、単に「大東亜戦争」という名称が「太平洋戦争」に改まっただけではなくて、その戦争の見方、戦争観ですね、その戦争観が大きく転換させられたということを意味しているわけであります。
この『太平洋戦争史』は、占領軍が日本人の潜在意識の根底に、戦争についての罪悪感、贖罪意識を植え込もうという、情報宣伝計画(ウォーギルドインフォメーションプログラム)の第一段階であり、太平洋戦争史を日本人に刷り込もうと考えたものであったことが、占領文書によって分かったわけであります。このウォーギルドインフォメーションプログラム(以下、WGIP)というものの存在は、江藤淳さんも本の中で紹介したわけでありますが、これも、アメリカの資料が研究されるまでは、日本人には知らされなかったことでございます。
私がアメリカで占領直後のGHQの月報(マンスリーレポート)を見ておりましたら、こういうことが書いてございました。敗戦直後の日本人には、戦争についての罪の意識がない。つまり悪かったという戦争に対する贖罪意識というものが、敗戦直後の日本人には見られないものであると、占領軍は分析しているわけであります。そして、今日の私たちの戦争に対する罪の意識の根本には、占領軍が巧妙に日本人の潜在意識の中に戦争についての贖罪意識を植え込むという、WGIPの影響が非常に大きかったわけであります。
江藤淳さんがそのことに関連して、「日本人は自分の生きた眼をえぐりとられて、占領軍の眼という義眼をはめ込まれた」という表現をしています。今日の、例えば靖国問題をめぐる動きにしましても、中国等が反対をしますのは、A級戦犯が祀られているというのが主な根拠でございますが、これは東京裁判の考え方でございまして、日本人本来の歴史観に基づくものではございません。つまり今日の日本人もまた、自分の眼で歴史を見ているのではなくて、実は占領軍の眼で、戦後五十数年経ってもまだ義眼をはめ込められているということを物語っているのではないかと思うわけでございます。
この占領軍の眼というものが一番影響を与えたのはマスコミであります。戦争で敗れて一ヶ月ほど経った時に、朝日新聞が発行停止になりました。これは、占領軍兵士の犯行や、鳩山一郎さんのアメリカの原爆投下を批判するコメントを載せたことが、占領軍の逆鱗に触れたからであります。そして、プレスコードというものができまして、以来朝日新聞は発行停止にならないように自主検閲をするようになりました。これは、戦後50年の時点で朝日新聞が当時を振り返っても、そのことを認めているわけでございますが、新聞社にとって発行停止というのは”万事休す”でございますので、自分達で自主的に発行停止にならないように、自主検閲をしたわけであります。当初は、自覚的に自主検閲をしたとしましても、だんだんとそれが無意識に、いつの間にかリモートコントロールされて義眼をはめ込まれ、占領軍の眼でものを書いているということになっている、と私は感じております。
さらに、先ほど検閲の話をしましたけれど、教科書の検閲もございました。私がワシントンで見たのは段ボール箱100箱分でございますが、これは社会科の教科書に関するものですけれども、全て英訳されて朱筆で修正が行われていました。特に修正が激しかったのは神話に関する記述でありますが、それ以外に教科書の記述で特に否定されたものは、まず天皇に関する用語であります。例えば「現御神(あきつみかみ)」といった天皇を意味する用語は教科書から排除されました。さらに「愛国心」に関わる記述も削除されました。
今、教育界の常識と一般世間の常識は大きく異なっております。愛国心についてもそのことがいえるわけであります。総理府が毎年世論調査を行っておりまして、「愛国心を育てる必要があると思う」と答えた国民は3分の2ぐらい毎年いるわけです。平成3年から、愛国心という言葉が、「国を愛する気持ちを育てる必要があると思うか」という表現に替わりましたら、約4分の3の国民が「YES」と答えております。つまり、愛国心については、3分の2から4分の3の国民が育てる必要があると答えているわけでありまして、これは、その時々の影響を受けないで一定した国民の常識になっているわけであります。
ところがこれを日教組でやれば全く違う結果になります。愛国心を育てるということは、戦争に繋がるとか軍国主義に繋がるというふうに、どうしても、そういう考えがまだ未だに強いわけです。そこで、日の丸や君が代の問題が、入学式や卒業式で五十数年経ってもまだ騒動が続いているわけであります。
教育を正常化していく、教育を良くしていくということは、一般常識と教育界の非常識の壁を取り払っていく、そのことが教育を正常化するということに繋がるわけであります。
以下、次回へ続けます。
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(社)相模原青年会議所でも、2008年5月10日(土)高橋史郎氏をお呼びして、「これでいいのか今の親! 子育ての極意教えます!」と題して高橋史郎氏の講演会を開催します。
もし、ご興味のある方がおられれば、ぜひお越しください。お待ちしております。
そうなんです、高橋史朗氏は実際のGHQの資料を見て研究されたんです。
ちなみに高橋氏と言えば髭がトレードマークですが、この髭は、このアメリカ留学中に、寸暇を惜しんで資料の研究をしていた時に生えたそうで、以後、そのまま伸ばしているんだそうです。高橋氏がいかに懸命に研究をされていたのかが分かるエピソードですよね。
続きがあるようなので、楽しみにしています。
四季桜さんが言われるように、親が子供の事を理解できなかったり、コミュニケーションがうまくいかなかったりする要因には、親が親としての学びをすることもなく、また親になる心構えもないままに、親になっているケースが多いからではないかと私は思っています。
「親の心子知らず」と言いますが、今は「子の心、親知らず」という家庭が多いのではないでしょうか。
例えば自動車を運転するのに教習所に通って学ぶことが必要なように、親御さんにも「親学」というものを学んで頂く教習所のような場が必要なのではないかと私は考えています。
WGIPについては、次回に話が続くので、また読んで下さればと思います。(拙ブログは更新のペースが遅いのですが、それはご勘弁下さい)
小生も「透明な存在」という言葉は、自分の存在意義を社会で見出せていないという深刻さから気になりました。これは、日本という大きな枠組み以前に家族のなかでも見出せていないのではないかと考えたのです。家族の存在が愛情と言う絆で結ばれているのか?若しかしたら、親の夢を実現させるための道具の様な存在になっているのではないか?愛情は長所や短所を含めて受け入れて生まれるものだ。親は親としての愛情があることに疑う余地はないのですが、子供に対する理解の不十分さ、親子のコミュニケーション不足等が根底にあるような気がしてなりません。言わなければ分からない事や言っても分からない事は誰にでもあるが、子供はそれを上手に表現することはできないのである。親の器という問題があるような気がしてならない。
WGIPに関しては、何ゆえに数年間の占領政策で日本人がそれを受け入れてしまったのかに関心があります。日本人の事大主義、侵略経験が無い事から外敵に無防備である、何でも受け入れて昇華していく民族性等色々言われているが良く分からないです><
これからも楽しみにしております。
GHQの占領政策については、何故かマスコミでは殆ど報道されることがないので、いつか拙ブログで取り上げたいと思っていました。
高橋史朗氏のお話は、大変分かりやすいと感じたので、今回記事にすることにしました。
日本の歴史と文化が、占領軍によって断絶されてしまったんだということを多くの方が知って下さり、これを再び繋ぐことが今必要なんだということを理解して貰えればと思います。
櫻井さんは、私も好きな識者の一人で、その発言や論文には学ぶところが多いです。
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