『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
このところ、少年少女の自殺が相次いでいます。昨日も岐阜で14才の少女がいじめで自殺をしたというニュースが伝えられました。
そこで、今回は、命の大切さについて、産経新聞(平成18年10月29日)より、長野県立こども病院院内学級講師をされている山本厚男氏への取材記事を引用します。

■命をかけた闘い

松本駅から車で15分余り。北アルプスの山並みに囲まれた田園地帯に、赤いとんがり帽子の塔が目立つ建物が浮かび上がってくる。どうみても、病院とは思えない。

山がかすかに色づき始めたころ、病院を訪ねた。院内学級は南病棟の2階にある。

『毎日 毎日 動かなくなっていく体や手足/「なんでだろう」/なんとなくさみしいなァ/お姉ちゃんのように自由に体や手足を動かしてみたい/昨日、いや去年/その前の年に出来た事が/全部ゼロになっていく/でも1つだけ/いいところがあるよ/まだ/しゃべれる事/その事が/今のぼくのからだのいい所かな』

掲示板に何編かの詩が掲示されている。思わず足を止め見入っていると、突然、子供たちの笑い声が飛び込んできた。
「あと1回で終わりだよ」
「やだよっ! もっとやって」
「授業が終わる時間だよ」
「ちぇっ、先生、1人でがんばりな!」
入り口を入ると、4人の子供が風船でバレーボールを楽しんでいる。廊下に張られた詩と子供たちの明るい表情のギャップに、言葉を失う。
「詩は小学3年生の男の子の作品です。心が切実に伝わってくるでしょう。みんな生死をかけた難しい病気と闘っているんです。でも、院内学級に来ると、生き生きしてくるんです。友達と過ごし、明るくなるに従って、主治医が驚くほど病状もよくなっていくんですよ」


院内学級は、長期入院している子供たちが復学したとき、授業に遅れないようにするために設けられている。現在は小学生6人と、中学生が8人。授業は、積み重ねが必要な算数と国語に重点を置いている。授業内容は一人一人違い、4人の先生が子供たちの病状に注意しながらカリキュラムを組み、個別に教えて回る。

信州大教養学部を卒業後、中学校の音楽教諭を経て平成7年4月1日、院内学級の開設にあわせて赴任した。以来、定年退職後も院内学級で教えている。

若いころは熱血教師で「怖い」先生だった。いま院内学級では、子供たちから教えられることの連続だ。

「みんな必死で勉強するんです。一つでも多くの漢字を覚えようとしたり、算数の問題を一つでも多く解こうとしたり。体調が悪くなる限界まで、一つでも多くのことを吸収しようと頑張るんです。だから教える側も真剣です。普通の学校では見られない前向きな姿に驚かされました」

インタビューの間、授業を終えた子供たちが声をかけてくる。「先生、あとで遊びに来ていい?」「いいよ」

目を細め手を振りながら、言葉を続ける。

「『先生、ここは病院じゃないよね』と確認する子供がいるのです。長い間入院して、厳しい治療に耐えている子供たちにとって、院内学級は、病気や治療を忘れて友達やわれわれと自由に接することができる唯一の場所なんですね。病棟に戻ると元気がなくなる子供も、ここにいると元気なんです。だから、勉強は集中して早めに切り上げ、みんなで話をしたり遊ぶことにしています」

明るいとはいっても、生と死が隣り合わせの中にいる現実は変わらない。

数年前、子供たちの母親らが中心になって1冊の詩画集を出した。その中の1編が大きな反響を呼んだ。

『命はとても大切だ/人間が生きるための電池みたいだ/でも電池はいつか切れる/命もいつかはなくなる/電池はすぐにとりかえられるけど/命はそう簡単にはとりかえられない/何年も何年も/月日がたってやっと/神様から与えられるものだ/命がないと人間は生きられない/でも/「命なんかいらない」/と言って/命をむだにする人もいる/まだたくさんの命がつかえるのに/そんな人を見ると悲しくなる/命は休むことなく働いているのに/だから、私は命が疲れたと言うまで/せいいっぱい生きよう』

神経芽細胞腫にかかっていた11歳の女の子が書いた詩だ。

「ニュースなので校内暴力やいじめ、自殺などが増えていることを知って、どうしてもっと命を大事にしないの・・・とメッセージを送りたかったのでしょう。彼女は、この詩を書いた半年後に亡くなりました」

そしてこう続ける。

「ここにいる子供たちは、命の大切さを十分に理解しているんです。だから、命を軽んじることが許せないのです。同時に闘病生活を通して両親や医師、看護師らに強く感謝しています。人に感謝をしたり、人を思いやる気持ちは生活を通して当たり前のことになっているのです。ここではいじめや家庭内暴力は別世界の話なのです」

命や、人に対する思いやりの話になると、それまでとは打って変わって厳しい表情になる。以前に驚かされたという詩を紹介された。

『○○さんこんにちは/おちこんで、おちこんで/やっとその先が見えてくるから/人っていいんですよ』

退院を控えた小学3年生の男の子が書いた詩だ。

「子供たちは病名がはっきりした段階で、嫌な薬を飲まなければならないし、つらい治療も受けなければいけない。その瞬間、 『こういうことをしたい』『こういう人になりたい』という希望や夢が制限され、人生の仕切り直しを迫られるのです。院内学級は仕切り直しを手伝う場所なのです。命をかけた闘いは、かわいそうなんて言葉はあてはまりません。そんな甘いものではないのです」

子供たちの闘う姿を通して、命の大切さや思いやりなどを伝えたい。「院内学級は、社会への提言の場でもある」。そうとも話した。(敬称略)

(引用終わり)


こども病院の院内学級に通う子供たちは、タイトル通り「命をかけた闘い」をしながら日々を過ごしています。だからこそ、子供ながら命の大切さを深く理解しているのです。自殺をしたいと思っている方には、この子供たちの詩を読んで貰いたいです。
五体満足で健康で暮らせるだけでも幸せで有難いのだということ、もっと生きたいと願ってもそれが適わぬ人がいることを知って貰いたいです。
私も病気で何度か心臓発作を起こして死にそうな目に遭い、11歳の女の子が詩にしていたことが身に染みて分かりました。それまでは死にたいと思ったこともありましたが、今では、この世に生を受けたからには寿命一杯生ききらなければと思っています。

私たちの「命」の源流を遡ってみると、両親、祖父母、曾祖父母と増えていき、次第に膨大な数の繋がりとなり、この生命の繋がりの上に私たちは存在しているのが分かります。そして、そうした祖先の一人でも欠けていれば私たちは存在しません。相田みつを氏は、「命のバトン」を受け継いできたと表現されていましたが、私たち自身も、次世代へ命のバトンタッチをしていかなければならいのです。

自殺をしてしまえば、そこで命のバトンは途切れ、個人はもちろん、その家系も終わりになります。命は自分一人のものではないことを、是非分かって下さればと思います。

医学博士の田下昌明氏は、その著書「真っ当な日本人の育て方」の中で、子供について、子供とは祖先からの授かりもので、その子供には「おみやげ」を持たせてくれているのだといわれています。それは、子供はその一生のうちに、必ず誰かを幸せにするという使命を帯びて来ているということです。

つまり、私たちは皆、誰かを幸せにする使命を帯びて生まれてくるのです。

私たちの命は、膨大な数の生命の繋がりの上に存在し、祖先から命バトンを受け継いであるのです。そのバトンを次世代へと渡し、誰かを幸せにする使命を帯びていることを自覚すれば、早計に自殺という選択はしないと思います。こども病院の院内学級の子供たちのように、苦境にあっても強く生きていきましょう!


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コメント
この記事へのコメント
>練馬のんべさん
リンクして下さってありがとうございます。私も練馬のんべさんのブログ記事には共感するところが多く、同じ思いを持った方がいて下さったのが嬉しかったです。
拙ブログはタイトル通りのへっぽこブログですが、宜しくお願いします。
2006/11/04(土) 03:21 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
素晴らしいお話
この子供たちには感動しました。
それにしても、つながりでも何でも、横糸(同世代)ばかりが重視され、縦糸(先祖、子孫)が蔑ろにされるのは実に残念なことです。戦後教育の成果か。民主主義の最大の欠陥(先祖や子孫は選挙権がない)は、道徳や文化などで補うしかないのですが…
PS.リンク有り難うございます。私も今回こちらのバックナンバーを3ヶ月分くらい拝読いたしましたが、とても参考になり、大いに共感しました。私のブログにもこちらのリンク貼りました、ご了承頂ければ幸甚です。
2006/11/03(金) 22:47 | URL | 練馬のんべ #.GslOXVU[ 編集]
>milestaさん
私もこの詩を読んで、子供たちの命への理解の深さに驚きました。これは、毎日必死で病魔と闘っているからこそで、この子供たちは大変立派だと思います。

私もこうした子供たちの詩を是非学校の授業で取り上げて欲しいと思います。そして、命の大切さを伝えて欲しいです。

田下先生の著書に書かれていた話は、私は田下先生のテレビ番組で聞いたのですが、不覚にも聞きながら泣いてしまいました。たった10ヶ月の短い生涯にもかかわらず、自分の使命をちゃんと果たして、家族におみやげを遺して逝く・・・。
「子供はその一生のうちに、必ず誰かを幸せにするという使命を帯びて来ている」
ということがよく分かる感動的な話ですよね。
この田下先生の著書は多くの方に読んで貰いたいので、milestaさんのブログで紹介して下さったのはすごく嬉しかったです

>かっぱやろうさん
私も自殺を考えている方はそういう子達と触れ合ってみたら良いと思います。
本当に真剣に日々を生きている子供たちの姿から、生きることの意義や、命の尊さを見出してもらいたいです。

それから、若い頃は分からなくても、齢を経て分かるものも多々ありますよね。これも生きていればこそのものですよね。とにかく、苦難があってもそれに負けないで生きて欲しいです。
2006/10/31(火) 21:25 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
おっさる通りでスだ
真剣さの具合が違いまスよねえ。
自殺する前に、そういう子達と触れ合わせてあげたらどないでしょ?

>つまり、私たちは皆、誰かを幸せにする使命を帯びて生まれてくるのです

至言でスなあ。
あちしもそう思いまス。
若い頃はよく分からんかったでスが。
最近は分かるようになった、気がしまス。
2006/10/31(火) 15:27 | URL | かっぱやろう #-[ 編集]
子供達の詩、小さいのに何でこんなにものがよくわかっているのだろうと驚きました。
命の大切さを身をもって実感すると、いろいろなことが理解できるのかもしれませんね。
自殺を考える人に読んでほしいですね。だけど、だれにいつ自殺の衝動が起こるかはわからないので、道徳の授業などで紹介したらいいのかもしれません。

「子供はその一生のうちに、必ず誰かを幸せにするという使命を帯びて来ている」
このことを無駄にしないために、家族との繋がりや人との関わりが大事だと思います。「誰か」というのは対象がいるわけですから。
田下先生の著書で、例があげられていましたが、それも母親や祖母が献身的に子供の看病をしたからこそ、おみやげが何だったか気づいたわけですよね。 ただ黙っておみやげだけ期待しても、おみやげに気づかずに終わってしまう。
子供だけでなく、誰もが人を幸せにする使命を持っていると考えるようになると、うまくまわっていくのではないかと思います。

2006/10/31(火) 07:51 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
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