『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は、『立ち返るべき「この国のかたち」』シリーズの4回目(最終回)です。

■先人が築いた尊い価値観に目覚めよ
中西 八木さんは日本が品格を取り戻すには何が必要だとお考えですか。

八木 繰り返しになりますが、やはり連続性、日本は歴史ある国だという意識でしょう。大人は過去からの伝統を自ら継承し子どもたちに伝えていく責任を負っているということですね。

私たちはことさら近現代史を取り上げて敗戦国としての自責の念を云々(うんぬん)していますが、日本は歴史的に厚みのある国であることをもっと大人も子どもも意識すべきです。日本はわずか数百年前にできたような国ではありません。長い歴史があって、ほかの国よりもはるかに尊い価値観を形成してきている。それを少し学ぶだけでも自信を取り戻せると思います。

中西 同感です。

八木 それから歴史の連続性に関連して申し上げると、私たちは人生をもっと長い目で見なくてはいけませんね。若い人を見ていると、目の前にあることだけしか関心を示さない人が多い。例えば一年以内に辞めていく新入社員が増えているというでしょう。入社していきなりクリエイティブな仕事をやらせろと言っても、それは望むほうが無理です。何年も下積みがあって、ようやく仕事を任せてもらえるという最近まであった常識的な考え方が、このところ急速に失われています。

その結果、技術にしろ学力にしろ鍛えられる場がなくなりつつあるんです。日本にどんなに優れた文化や価値観があったとしても、それを継承しようと思えば鍛える場が必要です。それ抜きに、クリエイティブな仕事をしたいという意欲だけはある。このままいけば衰退するのは必至です。

それは与える側の大人にも責任がある。伝統を継承してもらおうと思えば、そこに忍耐と精神的なストレスを感じるのは当然です。だがここが踏ん張りどころで、多くの大人がいまここにある危機を強く意識すれば、自分たちが若い世代にどのように接していかなくてはならないかはおのずと明らかになるはずです。
中西 八木さんは事あるごとに修身教育の必要性について言及されますが、そのこととも深く関わってくる問題ですね。真面目だとか忍耐だとか勤勉だとか、そういうものが受け入れられない風潮になりつつあります。

八木 かつては『巨人の星』のようなスポーツ根性ものの漫画が子どもたちにそれを教えていました。だが八〇年代以降、努力、忍耐、勇気、責任、勤勉といったものをパロディ化してきた一面があります。価値相対主義の中で、そういうことを真面目に語ること自体が恥ずかしいという風潮がはびこるようになりました。ということはそこに距離を置いて考えているわけですね。まっとうな社会生活を送ろうと思えば、必ず身につけなくてはならない価値であるはずなのですが。

中西 まったくです。

八木 しかもそれは特殊な日本的価値ではなく、どこの国でもごく当たり前に通用する価値ですから、正しく伝えていく勇気を大人たちは持たないといけません。

戦前の修身教科書の優れたところは、いろいろな徳目を具体的な歴史上の人物のエピソードをもとに教えていった点です。レーガン政権最後の教育長官だったウィリアム・ベネットは教育改革に当たって日本の修身教科書を手本にしましたが、それだけ日本国民の平均的な学力の高さと動特性が注目されていたわけです。私はその手法はいまでも通じると思っています。

■何が国家の品格を培うのか
中西 人間の品格、風格がどうしてできるかというと、常に「終わり」があることを意識するからなんですね。人間でいえば死です。死を意識した時に初めて人間に尊厳の気風が漂うことになる。武士道がまさにそうですね。『葉隠(はがくれ)』の「武士道とは死ぬことと見つけたり」というのは、何も主君のために滅私奉公の倫理を教えているわけではなく、人間としての美学を身につける早道を語っているのです。

実際、死を意識したら人間は段違いに美しくなります。有限を超えて無限につながっていく大きな精神の中からほとばしるものが、その美を与えるのでしょう。

八木 国家も同じなのですね。

中西 そのとおりです。「国の守り」は必ず、人の命の犠牲が求められます。最も名誉ある死です。その人間の死をしっかりと引き受ける国家国民であって真の共同体といえます。そして死の悲しみとその無限のつながりを意識した時に、共同体国家としての風格、品格が生まれるようになるんです。国防は命と引き換えですから、誰かがそれを背負いそれを自己犠牲にまで昇華させていかねばならない。その大きな精神の代償は国家が先頭に立って顕彰し追悼し続けることで背負っていくべきで、靖国問題もここに根本的な意味があるわけです。

これを放棄した国に、どう考えたって品格など生まれるわけがありません。自分の国は自分で守る。そのために誰かが死ぬという現実を深い哀悼と感謝の念、そして「あとに続かねば」という義務感をもって、共同体が皆で受け止めていかねばならない。日本にいま求められるのは、その「覚悟」です。

それから二つ目として、戦後日本が見て見ぬふりをしてきたもの、抑えつけてきたものに信仰、宗教的情操があります。

八木 ああ、宗教ですね。

中西 人間が死を意識した時、最後のバックボーンとなるのが信仰であり宗教感情です。日本は戦後、物質至上主義、進歩主義、個人主義に徹してきました。これらにすべて共通するのが宗教的なものに対する忌避感です。しかし、人間はどうあがいたって最後は死に帰着するわけです。時限立法的な生き方で見て見ぬふりをしてきた戦後の日本人は、宗教や信仰の持つ偉大さをもう一回しっかりと受け止める必要があります。

カルト事件のようなものがあると、すべての宗教が狂信的なものであるかのように貶(おとし)めるマスコミや教育界の風潮が強まっていますが、これは大変ゆゆしいことで、教育基本法にも宗教的情操の涵養(かんよう)ははっきり謳(うた)うべきです。

第一、日本人は「宗教心のない民族」なんていうのはまったく嘘で、これは西欧的な一神教的な伝統がないといっているにすぎません。日本ほど深く宗教的情操に恵まれた民族はないと私は思います。どうような宗派、教義であれ、「無限のもの」に自分がつながっているという一種の宗教的情操が体の内になくては風格、品格は出てきません。

それから最後に八木さんが強調された、歴史を継承することの大切さです。戦前までの日本人は歴史と伝統を次の世代に受け継いでもらうことが人生の最大の目的で、その価値観を非常に大切にしてきました。家の継承にしてもそうですね。自分の命は有限だが、その中にある連続性を意識することで、自分の生き方にある種の淡白さが漂ってくる。そこから個人も国家も品格、風格が出てくるのだと思います。次の世代に「あとに続こう」という気持ちを起こさせるのが、教育の最大の課題だと思います。

■若者が靖国神社に参拝する理由
八木 日本の宗教は、軒並み祖先崇拝なんですね。我々が靖国神社に行って厳粛な気持ちになるのは、やはりこの国を築き上げていった祖先たちに対する崇拝、感謝の思いからなんですね。その時にこの国を継承して、またそれを次世代に伝えていこうという気持ちになるわけです。

中西 若い人ほど靖国の意味を純粋に受け止められますね。年配者はどうしても遺族や友人の顔が浮かび、個人的観念が先に立って共同体意識はいったん崩壊させられています。ところが若い世代はそうではない。もっと純粋に共同体の連続性を継承していく意味や大切さを理解してくれます。

八木 いま若い人たちが靖国神社にたくさん参拝するようになっていますけれども、彼らは特別に誰か具体的な人を想定して参拝しているわけじゃないんですね。

中西 不思議ですね。

八木 それは日本という国をつくり、また困難を乗り越えるために自らを犠牲にした人に対する感謝の気持ちであり、この国の歴史に自分も連なっているという喜びだと思います。あの戦争がどういうものだったかは、それほど彼らにとっては問題ではないんです。

言い方を換えれば、この国の歴史の連続性や公というものを象徴しておられる天皇陛下やその時々の政府の代表者が靖国神社に行って戦死者に対して感謝や慰霊の気持ちを示さなくなった時、若い人たちは二度と国のために自らを犠牲にして戦おうという気持ちならなくなるでしょう。私は靖国潰しの本当の狙いはそこにあると思うんです。

国防の精神面を支えている靖国神社をことさら問題にすることで日本の安全保障の精神の部分を駄目にしようという狙いがあるわけです。

だから余計に、国のリーダーは個人的な信条がどうあれ、国の存続を第一に考えて靖国神社に参拝すべきであり、それが日本という国が存続できるか否かのポイントだと思います。

中西 お互いに若い人が誇りを持てる国づくりのために精進しようではありませんか。
(引用終わり)
【引用元:月刊誌『致知』10月号(致知出版社)】


※情けないことですが、現在体調不良でダウンしており、対談記事の引用のみで終わります。すいません。


※拙ブログの記事内容を支持して下さる方は
↓のリンクバナーをクリックして下さい。励みになります。

人気ブログランキング


関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
>かっぱやろうさん
ありがとうございます。ちゃんと休養して早く復活できるようにします。
2006/10/05(木) 14:05 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
静養を・・・
おちかれさまでス。
spiralさんとこ、とってもためになりますが、
書いてる人が壊れちゃったらしょうがありまへん。
ほどほどに頑張ってください。
復活待ってまスー。
2006/10/04(水) 14:27 | URL | かっぱやろう #-[ 編集]
>tonoさん
ありがとうございます。私は心臓発作を何度か経験したお陰で、「死」を意識するようになりました。それが自分の思想にも影響を与え、こうしてブログを書くきっかけにもなっています。

人間が有限の存在であることを身をもって知ったことで、自分が生きていられる間に何か「公」のためになることをしたい、と思うようになりました。そして、自分がこのこの時代に、日本という国に、日本人として生まれてきたこと、その意味を問い、おぼろげながら分かったことは、今を生きる自分たちが、国を守るために亡くなられた父祖の思いに応える日本国にしなければならないということです。

果たして今の日本がそうなっているかといえば、残念ながらそうはなっていません。
そこで、ブログを通じて自分の思いを伝えていこうと考えたのです。

不勉強なまま気持ちだけで書いてるので、たいしたことは書けないのですが、父祖の思いに応える国にするための一助になれば幸いだと思っています。

そしてtonoさんを始めとする皆さんが読んで下さり、コメント等を下さって、それに力や刺激を貰って続けてこられています。

これからも宜しくお願いします。
2006/10/02(月) 12:45 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
>milestaさん
>長い繋がりの中の「自分」という意識を皆が持てば、国の品格は自ずとできてくるということですね。

その通りだと思います。日本は歴史ある国で、他国に抜きん出た尊い価値観形成してきました。それを知り、父祖からのつながり連続性を国民が意識した時、国家に品格が出てくるのだと思います。

>百式さん
ありがとうございます。先週病院へ行って検査をして貰ったのですが、数値的には問題ないとのことでしたので、体調が回復するまで養生することにしました。
2006/10/02(月) 11:56 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
ご自愛下さい
大変貴重な記事を何時も楽しみにしておりますが、体調には十分お気を付け下さいませ。
私の思想の転換にも多分「死」が、おぼろげにも見えてきたと言う要素が多少と言わずあるように感じています。
死ぬときに「生き方を誇れるか」という問いに、せめて「まあね」と答えられるように必死で藻掻き始めたようにも思えます。
2006/10/02(月) 11:42 | URL | tono #vFsRzAws[ 編集]
大丈夫ですか?
 有意義なエントリーは有り難いのですが、無理はしないでくださいね。
2006/09/30(土) 21:23 | URL | 百式 #-[ 編集]
体調不良のところ記事をアップしてくださり、頭が下がります。あまりご無理をなさらないでくださいね。

TBさせていただきました『死を見つめる心』を読んで

>人間の品格、風格がどうしてできるかというと、常に「終わり」があることを意識するからなんですね。

ということを感じました。別に戦争とか、そういうことがなくても、「終わり」を意識した個人は「よく生きる」ということを真剣に考えたり、過去から未来の連続する中に位置する自分を確認して、人格が高まるのだと思います。

長い繋がりの中の「自分」という意識を皆が持てば、国の品格は自ずとできてくるということですね。
2006/09/30(土) 15:58 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://hepoko.blog23.fc2.com/tb.php/240-47c3eb96
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
自分を鍛える―人生をもっと意欲的に生きたい人への最高「美学」
2009/11/30(月) 00:05:24 | ロドリゲスインテリーン
ん・・・・? 昨年も同じような時期に似たような事を書いていた記憶もありますが・・
2006/10/10(火) 00:24:56 | 田舎の神主の学び舎
つれづれなるままに ひぐらし硯にむかひて 心にうつりゆくよしなしごとに そこはかとなく書きつくれば あやしうこそ 物ぐるほしけれ。ご存じ吉田兼好の「徒然草」の冒頭部分です。学校でもよく暗記しました。私の
2006/10/07(土) 13:45:45 | 新・平成徒然草
 9月30日、東京・日比谷公会堂で「悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い」が開催された。私は同僚とともに参加してきた。当日の様子をご報告したい。  去る9月6日、皇室に約41年ぶりに男子がご誕生された。そのお祝いのために、全国から日比谷公会堂に約2000
2006/10/05(木) 11:39:11 | ほそかわ・かずひこの BLOG
下村官房副長官:皇室典範報告書「拘束される必要ない」http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20061001k0000m010037000c.html 昨日私が所属しています日本会議の招待で「悠仁親王殿下ご誕生をお祝いする
2006/10/01(日) 10:12:58 | 新・平成徒然草
死を見つめる心―ガンとたたかった十年間岸本 英夫 (1973/03)講談社この商品の詳細を見る私は闘病記というものがあまり好きではない。たぶん辛い話もあるだろうし、それに対して一読者である私は何もできないことが空
2006/09/30(土) 15:50:43 | 本からの贈り物
 7月20日に、昭和天皇のお言葉だとされる富田メモが報道されて以来、約2ヶ月、私は、様々な見解・情報を読み解きながら、検証を試みてきました。  その試みを集成して、マイサイトに掲載しました。手探り状態で書いてきたものを、現時点で見直し、全体をまとめ直しま
2006/09/30(土) 12:18:13 | ほそかわ・かずひこの BLOG