『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は、月刊誌『致知』10月号(致知出版社)より、中西輝政氏(京都大学教授)と八木秀次氏(高崎経済大学教授)の対談記事を引用します。

◎立ち返るべき「この国のかたち」 国家の品格をどう取り戻すか

■未曾有の危機にある日本の安全保障
中西 八木さんは「新しい歴史教科書をつくる会」を離れて、教育再生に向けた新しい運動をスタートされたばかりですね。今後のご活躍に期待しています。

八木 ありがとうございます。マスコミを騒がせる青少年の凶悪犯罪を挙げるまでもなく、我が国の教育崩壊はいまや国家的危機の大きな一因です。これをなんとかしたいと強く思っているところなんです。この秋、「日本教育再生機構」という団体を設立しますが、おかげさまで中西さんをはじめ多くの皆さんに応援していただいています。

教育問題に限りません、防衛にしろ経済にしろ、あらゆるところにいま破滅の前兆が垣間見られます。中西さんは何が一番の危機だとお考えですか。

中西 やはり一番は、なんと言っても北朝鮮の核ミサイル問題に代表される安全保障の危機でしょうね。これはいま未曾有(みぞう)の危機です。だがそれにピンとこないのが日本国民のいまの精神状態といいますが、ことにマスコミを中心に故意に事態から目を背けようとする風潮が根本にありますね。

この間アメリカの友人と話していたら、日本に来て首相の靖国参拝が問題になっていたのでビックリしたというんです。ちょうど例の「富田メモ」が取りざたされている時でしたが、なんで六十年も前の戦争のことでそんなに騒ぐのかと。というのも、よくよく考えたらあの戦争で亡くなった日本人はたった三百万人だというわけです。彼は「オンリー・スリー・ミリオン」と表現していました。

ところが目の前の北朝鮮の脅威を見てみろと。金正日はノドンミサイル二百基を日本に標準を合わせ配備している。一発がもし大都市圏に落ちれば三十万人は死ぬ。仮に二十発打って半分が命中しても、一日二日で三百万人死ぬじゃないかというんですね。それだけの重大な危機が目の前にあるにもかかわらず、あっという間に問題が靖国にすり替わってしまっていたのが、彼には不思議でならなかったんです。

今の安全保障上の危機はおそらく昭和二十年以来で、明日にでもこの日本に「第三の被爆地」が生じてもおかしくない状態です。現実的な分析をすると北朝鮮が核実験の強行など日本を恫喝(どうかつ)してくる可能性は非常に高い。これが世界の常識なんですね。それなのにこれに対する日本の対策はほとんど議論されていません。
八木 まったくですね。
中西 二つ目は財政の危機。さらにそこから波及して、格差社会だとかライブドア現象とかお金に関する日本人のモラルの危機があります。

それから三つ目の危機。私はこれが重要だと思いますが、そういうすべての問題の根源になっている日本という国全体の精神的価値観、生き方、モラル、美的感覚が戦後六十年を経て過去にないほど頽廃(たいはい)している。教育崩壊も少子化も根本はそこだと思います。

国家とは三本の柱があって初めて生存が可能なんです。

第一は安全保障、人間でいえば自己保存で、まずは生き延びねばならない。第二は経済的な健全さ。そして第三がモラルや伝統、文化がしっかり根付いていること
なのですが、日本という国単位でそれがすっかり失われている気がしてならない。私の見るところでは戦後六十年で最も危機的状況に差し掛かっている。いま右に行くか左に行くかで今後百年、あるいはその先のこの国の運命が決まると思います。
(引用終わり)


※戦後、日本はずっと平和を享受してきましたが、現在は大変危機的な状況に置かれているということです。
今、自民党総裁選が行われていますが、各候補はの方々は、この状況を見据え、国家とは何かということを今一度問い、日本の領土と、そこに暮らす国民の生命を守るべく、しっかり議論し、具体的な対策を行って欲しいです。

引用を続けます。

■日本は無機質なカラッポなニュートラルな国になる
八木 いまのお話とも関わってきますが、私はそういうことを含めて国民意識が衰弱していきているという気がしています。言い換えると歴史認識、つまりこの日本という国が長い歴史を経て今日に至り、また我々を経て次の時代につながっていくという時間感覚が欠けている。この十年ほどでそれが形としてはっきり見えてきました。

中西 私もそう思います。

八木 非常に刹那(せつな)的で明日のことは考えない。いまの瞬間だけの楽しさを追及する人間ばかりになって、共同体意識が決定的に欠如しているということだろうと思います。

そういえば去年、戦後六十年ということで三島由紀夫が昭和四十五年に残した言葉が話題になりました。
「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このままいったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日増しに深くする。日本はなくなって、その代わりに無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、ある経済大国が極東の一角に残るであろう」
まったくそのとおりになってきたなという気がするわけですが、ここで三島が言う「日本」とは歴史的共同体という意味での日本だと思います。それがなくなり、中身のない金儲けだけはうまい人間が日本列島の上にはびこるようになると言ってるわけです。

少子化の問題にしても、その本当の原因は仕事と家庭が両立しないからでも、経済的な余裕がないからでも、家が狭いからでもなく、自分という存在は過去から未来につなぐ中間点に過ぎないという認識がないことです。大多数の国民がいまだけを楽しみたいという感覚を持つようになり、過去からのものを継承しようという気がまるでなくなってるわけですね。

歴史認識の欠如は、やはり敗戦の後遺症がいまだに癒えていないことに行き着きます。歴史ある日本という国に自信をなくさせられて、共同体を継承しなくてもいいだろうという感覚を無意識のうちに日本人は持つようになったのだと思います。

中西 まさに「連続性の回復」は日本にとって大変重要なキーワードですね。いみじくも八木さんは歴史認識とおっしゃいましたが、文明を軸に世界史を研究している立場として言わせていただければ、戦後の日本は、過去のどの時代にもなかったような大変危険な「実験国家」を続けているんですね。

八木 実験国家ですか。

中西 ええ。古来何千年という間、人間が「こういうことは絶対にしてはならない」ということをあえて実験としてやってしまっている。これはある意味ではソ連の共産主義の実験よりもはるかに根が深い文明の退化現象です。生き延びようとする文化、伝統、文明など国家として連続性のあるものの根を断とうとする人類史上例のない危険な実験なんです。

端的にいうといまの日本は、人間の集団が生き延びる上で絶対に失ってはならないバランスを決定的に喪失している。一つには「物質価値と精神価値のバランス」です。物と心のバランスがこれほど決定的に崩れてしまった社会は歴史上ほとんど例がありません。革命後のソ連とか中共支配下の中国を見ても、たとえいかさまのイデオロギーではあるけれども、何の留保もなく「モノ・カネ文明」に徹しきってまったく問題ないとされている点では日本には及ばない。日本はそれほど唯物主義の国になってしまいました。

二つ目、これは古代ギリシャ人が繰り返し言っていることですが、「進歩と伝統のバランス」というものですね。ギリシャ人は伝統とか古さとかいったことに徹底的にこだわりました。それは「古さ」に、守るべき価値や信頼、親しみ、あるいは次世代に伝える連続意識を感じ取っていたからです。これが近代西欧にも受け継がれています。ところが戦後日本の場合、「古いものはすなわち無価値だ」というくらいの響きを持っています。国と文明を根底から腐らせるような、まことに危うい進歩主義が現在でも続いています。

三つ目は「個人と共同体のバランス」です。人間は最終的に固体単位で生命を維持しますから個をなくすことはできません。しかしいまは個と個の間、人間同士の精神的絆(きずな)が崩れてしまっている。限度のない個人主義がはびこるものだから、人々は疑心暗鬼になって若い世代を中心に個人の個ではなく、孤独の孤つまり大変淋寂しい個人主義だけになっている。

だからもっと大きな家庭、地域、国家という共同体の価値に重きを置いてバランスを取り戻さねばなりませんね。それほどギリギリの限界点にいま日本は来ていると思うんです。
(引用終わり)


※日本国民に「自分という存在は過去から未来につなぐ中間点に過ぎないという認識がない」という八木氏の指摘は大変重要なことで、この「連続性の回復」こそ、最も急がねばならないことだと思います。なぜなら、国家というものは三代で成るものだからです。
現在の私たちは、過去の祖先のおかげで生きており、その「偉大なる過去」を崇敬し、正しく継承し、子孫に伝えて初めて国家は生命力を得て存続していけるのです。つまり国家とは「精神の共同体」なのです。

過去を崇敬する精神があれば、祖先に恥じない生き方をしなければならないと思うようになり、子孫には負の遺産を残さないよう身を慎むようになります。この歴史の連続性というものをしっかりと認識し、道徳的精神を回復すること、これこそが最も大事なことだと思います。


この対談はまだ続くのですが、長くなるので次回に続けます。

■立ち返るべき「この国のかたち」②



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コメント
この記事へのコメント
>かっぱやろうさん
>じいさま、ばあさまが必死に守った日本ていう国を、自分達の代で終わらせるわけにゃ参りません。

私も全く同じ思いです。そのためにも、戦後おざなりにされてきた道徳的精神の回復が急がれますね。

>田舎の神主さん
田舎の神主さんのコメントで改めて感じましたが、連続性の回復を叫ばなくてはならない状況というのは、かなり深刻ですよね。
「変わらずに生き残るために我々は変わらなければならない」という言葉は、その通りだと思います。今、まさに日本は変わらずに生き残るために、変わらなければなりませんものね。
2006/09/20(水) 10:41 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
沸々と怒りが湧いてきました・・・。
なんだか少し悲しいですね・・・。

「連続性」などという歴史を重ねれば至極当たり前に積み上げられるものを「回復」せねばならない現状と、そんな言葉をわざわざご高名な先生方が発言をされ、それを我々が声高に叫ぼうとしなければこの国の歴史、アイデンティティーは崩壊してしまうかも知れないという危機感。そしてその責任と自らの歴史に「蓋」「頬被り」をしてきた戦後の知識者と国民。

本来、自分達の歴史など学者や政治家が語りつぐべきものではなく、まずは祖父母や両親からなる家庭から出発すべきものと思います。そして義務教育の場、そこから更に詰めて考えるのであれば高等教育の場に於いて初めて、学者や政治家の領域になるべきであると考えています。

特に「自分という存在は過去から未来につなぐ中間点に過ぎないという認識」などということは本来、家庭内の躾に於いて語られるべき性質のものであり、このようなことで学者の手を煩わせている現状は、日本国民のいや、人間としての生命の繋がりとは如何なるものであるのか、その責任を果たすべきではないのか、と声を大にして叫びたくなってしまいます。

今の自分が存在せしめるのは何故か、今の自分の存在をどう示すのか、そこにどのような歴史が存在するのか、そして自分達は一体どんな歴史を残すのか・・・。

かつて、かの天武天皇は各地の豪族が「帝記」や「本辞(旧辞)」を自分達の都合が良いように書き改めている実情を憂い、正しい歴史を後世に継承するように御命じになられました。そして自らが語り部となり稗田阿禮に伝えました。そしてそれは天武天皇が御崩御なさった後、稗田阿禮が語り、それを太安万侶が書き留めて、「古事記」が編纂されました。

現代の「豪族」たる者達は誰なのか、そして現代に於ける「天武天皇」は誰であるか、現代を生きる我々日本人はどちらを見習って、そしてどちらの立場に立たなければならないのか、私達も今、そのような岐路に立っているのかも知れません。

「温故知新」
その意味を本当に考えねばなりません。以前、拙ブログに於いてmergeさんがコメントされていた言葉を最近よく考えます。

We must change to remain the same.(変わらずに生き残るために我々は変わらなければならない)

少し感情的になってしまい、その上長文を駄文乱筆にて失礼致しました。
続き楽しみにしています。
有難う御座いました。
2006/09/19(火) 16:49 | URL | 田舎の神主 #-[ 編集]
全くだ
>また我々を経て次の時代につながっていくという時間感覚が欠けている

欠けてまスねえ。
オソロシイほどじゃないかと思まスよ。
今が良けりゃいい、ってのが丸見えで・・・
じいさま、ばあさまが必死に守った日本ていう国を、
自分達の代で終わらせるわけにゃ参りません。
spiralさんが仰るように、『道徳的精神を回復』することが、先ずは急務だと思いまス。
2006/09/19(火) 08:22 | URL | かっぱやろう #-[ 編集]
>タミさん
一言でも、コメント下さるのは嬉しいです。ありがとう。

> milestaさん
私も、日本が「実験国家」であるとのくだりは、日本の現状を端的に表して下さっており、興味深かったです。
中西氏の言う「三つのバランス」を早急に回復しなければなりませんね。

>かついちさん
おっしゃるとおりだと思います。その為にも、この対談で示されている日本の現状を多くの方に知って欲しいと思い、今回記事にしました。
2006/09/19(火) 00:20 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
戦後の教育は
今頃になってようやく完成を見たと言うところでしょうか。それもアメリカの思惑通りに、日本人の日本精神の破壊を、自分たちの手を汚すことなく日本人自身で壊すことに成功したのだと思わずにはいられません。誠に悔しい話ですが・・・。でも、それで黙っていることはない。今の若い世代がどうすべきか、何をなすべきかを考えていかなければいけないと思います。口先だけではいけないんですけどね・・・。
2006/09/18(月) 18:20 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
いつもながら、良い対談を記事にしてくださり、ありがとうございます。
私も最近「自分という存在は過去から未来につなぐ中間点に過ぎないという認識」が、今の日本にとても大事だと思っていたところです。
国のためだけでなく、個人が自分の存在についてこういう認識を持つことで、充実した生き方ができるのだと考えていました。

今回の最も興味深いお話は、中西さんの

>戦後の日本は、過去のどの時代にもなかったような大変危険な「実験国家」を続けているんですね。
>古来何千年という間、人間が「こういうことは絶対にしてはならない」ということをあえて実験としてやってしまっている。

で始まるところです。恐ろしいことですが、続きを読むと「ああその通りだ。」と思います。ロシアだって、北朝鮮だって、それぞれ国としてのプライドのようなものはもの凄く高い。日本は、なぜ日本であることを恥じたり、捨てようとしているのでしょう。こんな国は他にはありませんね。
早く何とかしなければ。本当にどうにかしなければ!
2006/09/18(月) 12:56 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
色々考えさせられる記事ですね!

一言ですいません(笑)

応援ポチ!
2006/09/18(月) 11:45 | URL | タミ #-[ 編集]
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