『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
今回は、「mikawa's room法螺の部屋」の管理人みかさんより、イベントの告知を依頼されましたので掲載します。名古屋で開催されるそうなので、お近くの方は是非足をお運び下さればと思います。

■『大東亜戦争 開戦の真相英米支ソが仕掛けた罠に落ちた日本』

”靖国神社参拝問題”を始め、槍玉にあげられる様々なもとが「大東亜戦争」にあるのはわかっても、どうしてそういう道に日本が進むことになったのか、当時の人たちの置かれていた状況・考えていたことなど私たちには知らないことが多い気がします。

学校の歴史では教わらなかった歴史の一面を貴方も是非、学びに来て見ませんか?

 入場無料
 日時:平成18年8月14日(月)~16日(水)
 14日のみ午後1時から午後7時
 午前10時から午後7時

 場所:アスナル金山:アスナルホール
 名古屋市中区金山1-17-1
アスナル金山
※地図をクリックすると拡大図になります

 主催 もうひとつの戦争展実行委員会』

もうひとつの戦争展

講演会も行われるそうです。
(詳細は下のチラシをクリックして下さい)
講演会チラシ



大東亜戦争(太平洋戦争)については、「日本が一方的にアジアを侵略し、自国民を苦しめ、無残な敗北を喫した愚かな戦争」というような戦争観で語られることが多く、学校でもそのような教育がなされています。

しかし、こうした歴史観が、本当に史実に裏打ちされた正しい歴史観なのでしょうか。
例えば、連合国最高司令官として日本を統治したダグラス・マッカーサーは、一九五一年五月三日の米国上院の軍事外交委員会でこのような証言をしました。

「日本は、絹産業以外には、固有の産物はほとんどなにもないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。・・・そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
もし、これらの原料を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼らは恐れてゐいました。したがって、彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」


東京裁判(極東国際軍事裁判)を行い、大東亜戦争を「侵略戦争」と断罪したマッカーサーがこのような証言をしているのです。

その他、大東亜戦争および東京裁判に関しての外国人の発言をいくつか引用します。

プライス(米国 陸軍法務官)
「東京裁判は、日本が侵略戦争をやったことを懲罰する裁判だが、無意味に帰するから止めたほうがよかろう。なぜならそれを訴追する「原告」アメリカ合衆国に責任が明らかにあるからである。ソ連は日ソ中立条約を破って参戦したが、これはスターリンだけの責任ではなく、戦後に樺太・千島を譲ることを条件として、日本攻撃を依頼し、これを共同謀議したもので、これはやはり侵略者であるから、日本を侵略者呼ばわりして懲罰しても、精神的な効果はない」
(米国「ニューヨークタイムズ」昭和二十年(一九四五年)十二月より)
(菅原裕「東京裁判の正体」国書刊行会 二〇〇二年)


オリバー・リットルトン(英国 軍事生産大臣)
「日本がアメリカを戦争に追い込んだというのは歴史の狂言である。真実はその逆である。アメリカが日本を真珠湾に誘い込んだと見るのが正しいのだ」
(三根生久大「帝国陸軍の本質」)


許國雄(台湾 中華民国行政院僑努委員会顧問)
「国際戦争は個人の喧嘩と同じく、誰が先に手を出したかを問うのではなく、誰が喧嘩を売りつけたかを問わなければならない。このような意味で、米国を主とするA、B、C、D(米、英、支、蘭)諸国は、日本を生き埋めにしようと※ハル・ノートで喧嘩を売りつけたのである。

戦後、米駐日大使グルーは『戦争のボタンが押されたのは、日本がハル・ノートを受け取った時点だというのが私の確信である』と証言し、英駐日大使クレーギーもまた同様の発言をしている。日本は喉元に刺された匕首(ひしゅ)を払うために、つまり生き抜くために戦ったのである」

(終戦五十周年国民委員会編「アジア共生の祭典」)

※ハル・ノート
一九四一年(昭和十六年)十一月二十六日にあける日米交渉で、米国務長官C・ハルによってなされたそれまでの段階を無視するような強硬な提案。
その内容の主なるものは、
①シナ大陸やフランス領インドシナ(現ベトナム・ラオス・カンボジア)からの即時無条件撤退
②日独伊三国同盟の死文化(一方的に破棄すること)
③重慶にある国民政府以外のシナ政府の容認
を日本に求めるものだった。

③について補足をすると、当時シナ大陸には複数の政府が乱立しており、日本は親日的な汪兆銘(おうちょうめい)政府を支持していました。蒋介石(しょうかいせき)は、対日徹底抗戦を目指して重慶に遷都していたが、蒋介石と対立した汪兆銘は、一九四〇年(昭和十五年)に新南京国民政府を樹立していました。日本は、この政府とはすでに講和を成立させていました。
つまり、③の条件は、新南京国民政府を否定し、英米ソの庇護を受ける反日的な蒋介石政権だけを認めよということにほかなりません。

日本にしてみれば、どれもとうてい飲める条件ではなく、これを実質アメリカからの宣戦布告と受け取った日本は、最終的に対米開戦を決意しました。

インド代表として東京裁判判事をされたパール博士は、「こんなものを突きつけられたら、ルクセンブルグやモナコのような国でさえも、武器をとって起ち上がるだろう」と述べています。

このハル・ノートは、戦後になってソ連のスパイだったハリー・ホワイトなる人物が書いたものだという事実が明らかになります。日米交渉に当たっていたC・ハル国務長官本人がつくったものは、もっと穏やかな内容だったのです。しかし、ソ連のスパイが、日本が激昂するような案をつくり、米大統領に採用させ、「ハル・ノート」として日本に突きつけたのです。


ロバート・トンプソン(米国 南カロライナ大学教授)
「旧日本軍による真珠湾攻撃の一年前から、米国が当時の蒋介石国民党政権に多数の爆撃機を供与し、工業地帯を中心に日本空爆をひそかに計画していた」
(毎日新聞 平成三年十二月七日)


J・A・ロジャース(米国 黒人ジャーナリスト)
「そもそもヨーロッパやアメリカがこれらの地域を植民地支配しなければ、日本との戦争は起こり得なかった。真珠湾はなかったはずだ」(「20世紀の日本人」)


こした発言をみていくと、大東亜戦争が侵略戦争であったという歴史観は、史実とは違うというのが分かるかと思います。今回のイベントは、英国、米国、支那、ソ連、などの国々が日本に行った画策を紹介し、大東亜戦争開戦の真相を考える機会になると思います。

最後に、昨年の八月十五日に國神社で行われた集会での、小野田寛郎氏の発言を引用して終わります。

(引用開始)
私はただ一言だけ、時間の関係で皆様に何としても申し上げたいことがあります。それは、先ほど陛下の「終戦の詔書」を拝聴致しました。
(集会の冒頭、昭和20年8月15日の昭和天皇の玉音放送が流されました)

しかしながら、現在の日本において何故「開戦の詔書」を拝聴する機会が無いのかということであります。結果があるということは、原因があるからであります。ものに終わりがあるのは始めがあるからであります。「開戦の詔書」は、私は本当に入隊するまでの間、しばらく何ヶ月か、いわゆるお聞きした。今でもよく憶えております。

帝国ノ真意ヲ解セス、濫(みだり)ニ事ヲ構ヘテ東亜ノ平和ヲ撹乱(かくらん)シ、遂(つい)ニ帝国ヲシテ干戈(かんか※武器のこと)ヲ執ルニ至ラシメ
いわゆる中国のことを言っているのであります。

[注釈]
小野田氏が発言された部分(下線部)だけでは意味が分かりにくいので、その後の文章を補足しました。
中国が、平和を願う日本の真意を理解しないで、日本が戦わざるをえない状況にした、という意味。「帝国」は「日本国」のことです。
[注釈終わり]

そして、剰(あまつさ)ヘ与国ヲ誘(いざな)ヒ、帝国ノ周辺ニ於テ武備ヲ増強シテ我ニ挑戦シ、更ニ帝国の平和的通商ニ有(あ)ラユル妨害ヲ与ヘ、遂ニ経済断交ヲ敢(あえ)テシ

[注釈]
ここも、小野田氏が発言されたた部分(下線部)だけでは意味が分かりにくいので、その間の文章を補足しました。
[注釈終わり]

「斯(かく)クノ如クニシテ推移セムカ、東亜安定ニ関スル帝国積年ノ努力ハ悉(ことごと)ク水泡ニ帰シ、帝国ノ存立、亦(また)正ニ危殆(きたい)ニ瀕(ひん)セリ」

[注釈]
「危殆ニ瀕セリ」は、危険な状態に陥るという意味です。
[注釈終わり]

「豈(あに)朕(ちん)ガ志ナラムヤ」と仰せられているのであります。

[注釈]
決して朕(天皇の自称)が自ら進んでこの戦争を望んだものではなく、止むを得ない事情によるものである、という意味。
[注釈終わり]

終戦の詔書にも、その旨が言われておりますけれども「帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為、決然起(た)ッテ一切ノ障礎(しょうがい「障害」)ヲ破碎(はさい「破砕」※粉々にすること)スルノ外(ほか)ナキナリ」

[注釈]
日本の自存自衛の為には、立ち上がる他はないという意味。
[注釈終わり]

陛下の言わている所に、大東亜戦争の真の目的がハッキリと示されているのであります。何が侵略戦争でありましょう!
(引用終わり)

※この小野田氏のスピーチは、全文を拙ブログに掲載しています。
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-4.html



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コメント
この記事へのコメント
spiralさん、早速の掲載ありがとうございました。

かっぱやろうさま、よろしければ是非お越しください。

今日、記念講演会のチラシが出来ましたので、UPしました。

URLに置いておきます。ご参考まで。
2006/07/25(火) 21:35 | URL | 美加 #-[ 編集]
>かっぱやろうさん
インターネットを使うようになって、かっぱやろうさんのように、世間一般に流布している自虐史観から目覚めるきっかけを掴んだ方は多いのではないかと思います。
私は昨年PCを購入してネットを始めたのですが、自分と同じ考えの方がネットでは意外に多いのを知り、嬉しく思いました。
かっぱやろうさんがお住まいの所からは名古屋は遠いそうですが、よろしければイベントの方へ足をお運び下さい。
2006/07/21(金) 01:19 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
だんだん
自分も昔は自虐史観に囚われてましたが。
インターネットが便利につかえるようになって、
「何かおかしい」って気付くきっかけが多くなったこと、ウレシイ限りです。
名古屋はちと遠いすが、行ってみようかなあ・・・
2006/07/20(木) 20:46 | URL | かっぱやろう #-[ 編集]
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