■小学校からの英語教育の導入について
城内 真の国際人とは何かということで、私は十年間外国で生活をしていた帰国子女でありまして、小学校四年生の時は漢字も書けなくて、国語は本当に出来なかったんですけれども、根性で国語だけはやって何とか大学も入れて、未だに字が汚いのは帰国子女だからなんです。
最近中教審がですね、私は報道をみて本当に椅子から転げそう、というのはこのことで、びっくりしたんですけれども、小学校5年生に英語をやらせると。必修ですよ。選択科目としてやらせるならまだしも、必修でやらせるというのは、ついにここまで来たかと、バカも休み休み言えと。国語能力が劣っているにもかかわらず、英語教育をやるというのは、税金の無駄遣いというか、センスを疑うんですけれども。先生、どう思われますか。
藤原 そうですね、小学校から英語を必修科目にしたら、国際人もいなくなってしまいます。英語は表現すべき手段ですから。手段よりも表現すべき内容を整える方が先です。ここをきちんとして、読書をしたりして教養を身につけるとか、あるいは実体験をよくするとか、そういうものが必要です。
一番困ったのは、この英語問題では、文部省とか教育学者がトンチンカンなのは昔も今も同じなんですが、国民が圧倒的に英語教育必修化を支持しているんですね。要するに自分が英語が出来なかったからといって、そのリベンジを子供にさせようとしてるんです。これは怖い。
それから財界、経済団体がもう次から次へと教育界にここ数年口出ししてますね。恐るべき口出しで、素人が何の資格があって口出しするの。しかも、大嘘つくんです。英語が出来ないと経済戦争に負けちゃうとかね。よくぞこういう嘘を言う。世界で一番英語の上手いイギリスは20世紀を通じて最も斜陽だったでしょう。世界で一番下手な日本人が最も経済的に発展したと。
あるいは数年まえにTOEFLの試験でアジア21カ国中、日本は18位かで、ほぼビリですよ。トップ3はどこかというと、スリランカ、フィリピン、インド、そういったところですよね。スリランカ、フィリピン、インドが日本よりそんなに経済がいいのかということですよ。英語なんかと全然関係ないわけですよね。
私が(外国で)恥ずかしい思いをしたのはですね、神話についてちゃんと質問に答えられなかったことです。だから今一生懸命古事記を読んだりして勉強してますけれども、そういうことが分かってるか分かってないかによって評価が変わるんです。
ですから流暢に外国語が出来るから尊敬されると思ったら大間違い。多少外国語ができなくても、日本のことをよく知ってる、あるいは言葉が全然出来なくても、柔道が強そうだというだけで急に態度がころっと変わったりするんです。教えてくれませんかと。あとお花(華道)出来ると。そしたらカルチャーセンターの学校の先生になってくださいと、外国で言われるんです。大した腕がなくてもです。それぐらい、日本の何かが出来れば尊敬されるんです。
私は中学から英語をやることはいいとしますが、教科書の中身も、太郎と花子が、アメリカから来たジャック&ベティーに、日本の伝統文化を教えて、相手を感激させて帰すような中身にして、それを実際に学んだ生徒が外国へ行って説明できる、そういう一石二鳥の中身にしないと。アメリカの文化を身につけるような(現行の)英語教科書では駄目じゃないかと思うんです。
藤原 アメリカの文化を身につける程度に止まらないですね。英米文化に対するコンプレックスを植えつけるような内容です。これでは、ほとんど向こうの戦略に乗っかってるような感じです。子供をして、強制的に、5年生6年生からコンプレックスを抱かせると。しかも向こうの人が発音すると、日本人がどうしても出来ない発音しますよ。わあスゴイ!となって、自分たちは劣等だと思っちゃう。本当にこれは策略ですね。
だから、どんなことがあっても母国語を徹底的にやって、日本の生んだ世界に誇る文学とか文化とか伝統とか、そういうものを読んで、そして偉人伝なんかを読んで感激したり感動したりして、その感動の涙と共に、そういう美しい情緒を心にしまいこむと、これがまず小学校ですべきことで、小学校から英語をやってるとか、パソコンに戯れるとか、とんでもないことですね。
城内 私はそういう情緒といった日本的なものを大事にして原点に返るべきだと思うんです。最近ちょっと驚いたんですけど、戦前の子供の童謡だとか、絵本なんか見ると、ものすごく芸術性が高いんです。
童謡なんて北原白秋作詞、中山晋平作曲とか、詩人のサトウハチローなど、当代一流の人たちが童謡を作っていて、絵本は日本画家の最高の権威が絵本を書いています。
ですから、ものすごい水準高いんですよ。こういうものを、原点に立ち戻って復活させないと、日本はどんどんおかしな国になるんじゃないかと、最近思った次第です。
藤原 そうですね。お爺ちゃんとお父さんと息子が、一緒に唄う歌も今はなくなっちゃってるんですよ。
音楽の先生は、ローロングストーンズとかビートルズとか、そういう色々なもの入れた方が音楽の理論を教えるには良いと言うんです。確かにそうなんでしょうけれども、でもやはり文化の断絶という意味も、情緒の教育ということも音楽にはあるわけですから、文部省唱歌、あるいは童謡、あれをね、きちんと唄えるようにして欲しいですね。
城内 文部省唱歌は是非復活させて欲しいですね。
番組アシスタント 難しくて歌えないというのもあるんですかね。
藤原 そんなことはないですよ。唄えばすぐに憶えられます。例えば漢文だって、小学校一年生から漢文やっても、チンプンカンプンだって何となく意味は分かるんですよ。小学六年、中三と段々意味は分かってきますから。そんなこと子供に阿ることはないから、徹底してどしどしスパルタでやっていいですね。
■教育勅語について
城内 私は最近教育勅語を見直すべきじゃないかと思うんです。読めば読むほど、人間として、日本人としての徳が書いてあるわけです。
私は、教育基本法がああだこうだという議論をするのであれば、教育勅語と言うのが既にあるわけですから、国会を開いて議論をしたり、有識者の意見を求めるというのも、税金の無駄遣いなんですね。
この教育勅語というものを、しっかりと教育の中に組み込めば、今の日本で起こっている、子供が親を殺したり、親が子供を殺すような、そうしたものが時の流れとともに解決していくように感じるのですがどうでしょうか。
藤原 そうですね、教育勅語というのはまず言葉に格調がありますね。これは流石ですよ。当時の最高の学者が書いてますでしょ。それから教育勅語は日本人のためのものです。教育基本法の方は、人間の普遍的なものが書かれていて、間違ったことは書かれていない。世界中どこの国でもあのまま使えるわけです。しかし、日本のものではないんですね。
従って、教育基本法に限らず、憲法に限らず、それぞれを改正、改憲するというのには、私は賛成ではないんです。要するにGHQがいた占領時代に作られたものは全て廃棄すると。全部新しく作りなおすと。これが正しい道だと思います。
城内 そうですね。皇室典範の改悪の問題にしても、教育基本法にしても、憲法にしても全部占領下のものなんです。ですから、これは改正ではなく、自主的に国民がよく議論をして新しいものを作らないと駄目ですよね。
藤原 主権のないときに押し付けられたものですから、まずは廃棄ですね。そして新しいものに変えると。
(終わり)
私もお二人が言われていたように、小学校から英語を必修化するのには反対です。詳しくは拙ブログにて以前書いたので、そちらをお読み下さればと思います。
■世界に誇るべき、日本人の英語下手
教育勅語については、前回の記事(今こそ教育勅語に学ぶべき)で取り上げましたが、お二人が私と同じ評価されていたのは嬉しかったです。
城内氏が、教育勅語があるのに、教育基本法についてあれこれ議論をするのは税金の無駄遣いだと言われてましたが、私もその通りだと思うし、出来ることなら教育勅語を復活させるのが一番良いと思います。
しかし、現実にはそれはかなり厳しいでしょうから、せめても教育基本法の中に、教育勅語で言われている徳目を入れて欲しいと願っています。
そして、教育行政に携わる方には、小学校からの英語の必修化であるとか、ゆとり教育、男女共同参画など、余計なことをやるのではなく、蔑ろにされている道徳教育をしっかりやって頂きたいです。
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ゆうさんが通った中学は、社会科の先生は酷い偏向教師だったようですが、国語の先生は良い先生だったようですね。
小学校では、是非日本語の素晴らしさを教えて欲しいですよね。
Leoさんは、実際に海外で生活をされ、日本人としての核が必要だということに気付かれ、ずっと勉強をされているのですね。
実体験に基づくご意見を下さり、ありがとうございます。
>tono さん
確かに、「死ぬ」という意を表す言葉だけでもたくさんありますよね。
まずはこうした多彩な表現のある豊穣な日本語を、しっかり学ぶべきですよね。
>HAIREI さん
>日本語は奥が深いぜ~
本当にそうですよね。そのことは、日本の文化の奥深さも表してますよね。
とまれ、まずは母国語のマスターが先ですよね。
>かついちさん
私も城内氏の言われるように、占領下に作られた憲法や法律は、一度破棄して、新たに日本人自身の手で作るのが筋だと思います。
そうして初めて、日本は真の意味で戦後復興を果たせると思います。
>milesta さん
私も、城内さんのアイディアを聞いた時、素晴らしいと思いました。まさに一石二鳥ですものね。
>リーディングでも世界に通用する日本の偉人の話などを読んでも良いかも知れませんよね。
これは渡部昇一氏が言われていたのですが、英語の教科書にユダヤ人を助けた杉原千畝の話を載せたところ、生徒に好評で、そこの部分だけテストの点数が良かったとのことでした。
子供たちもこういう偉人の話を聞きたがっているのだと思います。ですから、日本の偉人を取り上げるのも良いアイディアだと思います。
城内さんの出されている英語の授業で「日本の伝統文化を英語で説明できるようにする。」
とても良いアイデアだと思います。外国に来たら実際に役に立ちますし、英語の授業に関心が持てないのは話題が自分とかけ離れすぎているからのような気がします。
リーディングでも世界に通用する日本の偉人の話などを読んでも良いかも知れませんよね。
そんな事より日本語をしっかり
読み書きできるようにしてくださいよと言いたいですね。
自国語さえマスターしていれば、
機械翻訳が吐き出す文でも
なんとかなりますし‥‥
興味が湧いたり、必要となれば
大きくなってからでも習得できます。
‥日本語は奥が深いぜ~
生保の社内昇格試験に出たらしいですが、「死ぬ」という意を表す日本語を思いつくだけ書け!
死ぬ、逝く、昇天する、崩御される、他界する、亡くなる、死亡する、、、、。
みなさんまだまだ思いつくでしょう。しかも微妙に使い道が違うんです。
まず、日本語の理解が先だと思います。
台湾でも教育勅語を教えてるのですから、日本でも教えて欲しいです。
>かっぱやろうさん
おっやるとおりです。まずは国語をしっかり学ばせることが肝要で、英語は二の次ですよね。
教育勅語も、今の教育に欠けてるものですから、復活させて貰いたいですよね。
>かついちさん
>バカも休み休み言え
本当にそのとおりです。どうしてこういう話になるのか、理解に苦しみますよね。
いくら英語を習ったとしても、母国語以上に上手くなることはありません。そういう意味でも、まずは日本語をしっかり学ばせないといけませんよね。
と言いたくなります。私のブログでも書いたことがありますが、英語を必修化する前に母国語である日本語をまず徹底して学ばせることが先です。今の乱れた日本語を見て何とも思わないのか、文科省や一部の教育学者の見識を疑います。英語が国際的にも広く認識されているのはよくわかりますし、国際社会において英語力が必要であるというのもわかりますが、まず母国語で自分の国を表現する力なくして、英語が通用すると思いますか?私は絶対思いません。漢字の読み書き・正しい敬語の使い方など、日本語の基本たるものを身につけないで英語を、なんてなめてかかると世界に自らの恥をさらすことになりますよ。
英語習ってもしょうがないです。
というより邪魔になると思います。
日本のこと何も知らないと、外国人と渡り合えませんし。
取り合えず、国語しっかりやっとけということで。
教育勅語もですね、道徳の問題なんだから。
大人が教えなくなったことを、ちゃんと明記してありますよね。
復活希望です。
教育勅語が世界に通用するというのは、実践しているところがあるのを本で読みました。それは台湾の高雄にある学校で、教育勅語を今でも教え、外国からの来賓には翻訳したものを配っているそうです。
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