『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい

■教育勅語 幼稚園で暗唱 私立の園長「愛国心はぐくむ」

大阪市の私立塚本幼稚園(淀川区、約230人)と私立南港さくら幼稚園(住之江区、約180人)が、年長組の園児約120人に、教育勅語を暗唱させていることが1日、分かった。

園側は「幼児期から愛国心、公共心、道徳心をはぐくむためにも教育勅語の精神が必要と確信している」と説明しているが、文部科学省幼児教育課は「教育勅語を教えるのは適当ではない。教育要領でも園児に勅語を暗唱させることは想定していない」としている。

両幼稚園の園長を務める籠池靖憲氏によると、幼児期から古典に親しむ
ため、一昨年から月1回、年長組の園児を対象に論語の勉強を始めたが、「教育の神髄を短い言葉で伝えているのが教育勅語」と考え、昨年10月ごろから教育勅語を教えているという。

年長組の園児は毎日、1時間目の授業の初めに担任の指導で教育勅語を暗唱。保護者にも口語の訳文に「今こそ教育勅語の精神が必要」という園長の所感を添えて配布したという。

ある保護者は「こういう教育をするとは知らずに子どもを入園させた」と戸惑いをみせるが、園側は「保護者の不満の声は聞いていない」としている。

籠池園長は「戦争にいざなった負の側面を際立たせ、正しい側面から目をそむけさせることには疑問を感じる。親を敬い、自分を高めるという精神を体現すれば、無軌道な方向には行かない」と話している。


■国民主権に合わない 沖田行司同志社大学大学院教授(教育史)の話

意味を理解する前に暗記させる教育方法はあるが、題材に教育勅語を選ぶのはいかがなものか。個々の道徳項目に問題はないといっても、教育勅語は天皇主権をうたっており、国民主権の現代にはそぐわない。

幼稚園児には宗教、学問の自由を侵す結果となった教育勅語の歴史的経緯を理解できず、無理がある。

引用元(西日本新聞 06/7/2)



教育勅語というのは、正式には「教育ニ関スル勅語」といい、明治23(1890)年10月30日に明治天皇の名により発布されました。
教育勅語などというと、記事中で沖田教授が言われているように、国民主権の現代にはそぐわない、古臭いもののように感じる方もおられるかと思いますが、日本の近代における道徳の指針を示すものとして、注目すべき内容を含んでいます。園長の籠池靖憲氏が言われているように「教育の神髄を短い言葉で伝えている」のが教育勅語なのです。

教育勅語原文

↑教育勅語の原本
教育勅語が発布された明治の時代背景をみてみますと、約三百年の間鎖国をしていた江戸時代が終わり、欧米列強の脅威に囲まれ、植民地化の魔手が迫る国際環境の中で、独立国として生きていくべく、日本を近代化し、富国強兵を目指した時代です。

しかし、西洋の文明が怒涛のように流れ込み、いつしか国民は日本のこれまでの歴史、伝統を軽視し、軽蔑するまでになっていました。そして、何をすれば善で何をすれば悪かという、生活を律する善悪の基準までが見失われてしまいました。

ドイツ人医師、ベルツ博士は、明治9(1876)年に来日し、その年の10月25日の日記にこのような一節を記しています。

『ところが、何と不思議なことには、現代の日本人は自分自身の過去については、もう何も知りたくないのです。それどころか、教養ある人たちはそれを恥じてさえいます。「いや、何もかもすっかり野蛮なものでした」とわたしに言明したものがあるかと思うと、またあるものは、わたしが日本の歴史について質問したとき、きっぱりと「われわれには歴史がありません。われわれの歴史は今から始まるのです」と断言しました』

こうした中、教育現場でも、西洋文明を模倣することに急なあまり、自国の学問をことさらないがしろにし、とりわけ道徳教育を軽視していたのです。

明治23(1890)年の2月に開催された地方官会議(現在でいう全国県知事会議)では、教育現場の道徳的混乱をどう打開するのか話し合われました。会議では「尋常の手段を持って挽回は到底望むべからず。故に陛下直接ご親裁を望むところなり」というような発言まで出てきました。そして、徳育の方針を確立してほしいとの建議(けんぎ)が内閣に対してなされました。

こうした状況にいち早く気付き、憂慮されていたのが明治天皇でした。明治天皇は教育に関してもご関心が深く、明治5(1872)年の九州ご巡幸(じゅんこう)を皮切りに全国を巡幸された折にも、よく学校を視察されました。
例えば明治11(1878)年の北陸・東海ご巡幸の後には、「輓近(ばんきん【意味】近ごろ)もつぱら知識才芸のみを尚(たつ)とび、文明開化の末に馳せ、品行を破り風俗を傷(そこな)ふ者少なからず」と現状を心配され、徳義の教育を行う必要がある、ということをおっしゃっています。

こうしたことを受けて、徳育の基本となる勅語を作らしめられることになったのです。

この勅語制定のさいには、七ヵ条にも及ぶ前提条件がありました。

①今日の立憲主義に従えば、君主(天皇)といえども臣民の良心の自由には干渉してはならない。

②宗教上の争いを引き起こす原因となる「天を敬い、神を尊ぶ」のような語を使用しない。

③必ず熾烈(しれつ)な論争を招く「幽遠深微(ゆうえんしんび)なる哲学上の理論」にわたるのを避ける。

④天皇の真意ではなく、時の政治家の示唆によるものと受け取られるような「政治上之臭味(くさみ)」を帯びないこと。

⑤漢学や洋風に馴染んだもの言いはしない。

⑥愚かなことや悪を非難する消極的なことはさける。(例えば人を殺してはいけない、盗みを働いてはならないといった消極的な表現)

⑦特定の宗派、特定の一派を喜ばせて、他の反発を買うような内容を盛り込んではならない。

以上七ヵ条の周到な配慮の上で、教育勅語はまとめられ、明治23(1890)年10月30日に発布されました。発表に先立ち、明治天皇は次の御製(ぎょせい)をおよみになられました。

世の中の まことの道の ひとすぢに 
わが国民(くにたみ)を をしへてしがな


教育勅語は「世の中のまことの道」を国民にきちんと教えたいという、明治天皇の深い大御心の現れでもあるのです。

では、教育勅語とはどうゆう内容なのか、以下に教育勅語の全文(振仮名付読み下し文訳)を記した画像を引用します。(画像をクリックすれば全文が読めます)

教育勅語


口語訳すると、およそこのような意味になります。

■教育勅語の現代語訳

わたくし(天皇)は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。

国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。

そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、更にいっそう明らかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国でおこなっても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。(終)

※口語訳については、「田舎の神主の学び舎」というブログでも立派な訳を書かれていますので、参考にして下さればと思います。


教育勅語は、文章の結びの方を読むと、(こういう大事な徳目を)私(天皇)も国民の皆様と共にも守ります、というふうに書かれています。ですから、決して上からの一方的な押し付けではありません。さらに、勅語というのは普通大臣の副署を要しますが、教育勅語では天皇の御名・御璽(ぎょめい・ぎょじ【意味】「御名」は天皇のこと・「御璽」は天皇の印鑑のこと。つまり天皇の書名捺印ということ)のみとし、政治的中立を保つ配慮もなされています。書かれてある徳目をみても、「父母に孝に、兄弟に友に・・・」など、現在にも通じる普遍的なものばかりです。

教育勅語は、発布当初から「教育の大本これに存し、我が国民教育の主義まったくこの勅語に在り」(「東京朝日新聞」明治23【1890】年11月1日付)などと高く評価されました。やがて海外でも「教育勅語の根本基調は道徳的徳性にとって価値あるもの」(米人スウィング著『極東に於ける教育』)と注目されるようになりました。そこで文部省は、明治40(1907)年に勅語の英訳を作り、ついで仏語訳・独語訳・漢語訳なども行いました。
明治41年にロンドンで開催された国際道徳会議においては、その要請に応じて菊池大麓(理学者。東大総長、文相などを歴任)が教育勅語について講演し、好評を博しました。

子が親を殺し、親が子を殺す殺伐とした世相の現在、教育勅語に書かれてある人間としての生き方、徳目に学ぶことは多いように思います。ですから、塚本幼稚園で園児に教育勅語を暗唱させていることは、褒められこそすれ、非難するというのは全くの的外れなことだと思います。

さて、教育基本法改正について、先の国会でも審議されていましたが、この基本法が成立した昭和22(1947)年は、教育勅語も健在でした。基本法は勅語があるという前提で作られ、勅語と共存し、補完するものであったのです。例えるなら、車の両輪のような間柄だったのです。

ところが、勅語の方は、戦後GHQ(連合国最高司令官総司令部)の圧力により、昭和23(1948)年には衆参両院で廃止決議がなされ、消え去ってしまいました。

つまり、現在は基本法という片輪だけで迷走を続けており、勅語に書かれている徳目は蔑ろにされているのです。代わりに入り込んだのが、「男女共同参画」や、行き過ぎた「平等」思想などです。

現在の教育現場というのは、まさに勅語が発布された当時と同じく、道徳教育が軽視され、混乱しているのです。これを立て直すには、教育基本法改正案に、勅語に書かれていたような徳目を記す必要があると思います。


■教育勅語について学ぶための本
「教育勅語」のすすめ―教育荒廃を救う道 「教育勅語」のすすめ―教育荒廃を救う道
清水 馨八郎 (2000/01)
日新報道

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教育勅語 教育勅語
大原 康男 (1996/10)
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おじいちゃん日本のことを教えて―孫娘からの質問状 おじいちゃん日本のことを教えて―孫娘からの質問状
中条 高徳 (2001/06)
致知出版社

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コメント
この記事へのコメント
あほらし
あまりに下らない。
だいたい皇祖と言ったところで途切れているではないか。
2011/08/01(月) 20:02 | URL | マイコン #-[ 編集]
すいません、
現在開かれている国会は通常国会ですか?いきなりすいません
2007/12/02(日) 02:07 | URL | #-[ 編集]
これからもよろしく
ご理解頂き有り難うございました。これからもよろしくお願いします。
2006/11/01(水) 22:39 | URL | 練馬のんべ #.GslOXVU[ 編集]
>練馬のんべさん
>パクリ記事に見えたと思います、ご容赦を。

練馬のんべさんの記事を読ませて貰いましたが、パクリ記事だなんて全然思いませんでしたよ。むしろ、教育勅語のことを取り上げて下さって嬉しかったです。ですから、気になさらないで下さい。

現在国会では教育基本法改正について議論されていますが、教育勅語の復活についても検討してもらいたいですよね。
2006/11/01(水) 11:16 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
TB有り難うございました。
記事を書く前に拝見して大いに勉強しましたが、自分で書いた後に見るとやはり勉強になります。こちらからもTBいれます、ご了承を。
なお、私の本文中に
「11/1追記 spiralさんにTB頂いた記事を、本記事を書く前に読み勉強しております。感謝。声に出して読むのは昔からやってますが、上記の記載が遅れて申し訳有りません。(TB頂いた後で書くのは実にみっともない。誤解されるもとで、反省。)」
と追記しました。(そのつもりはないけど)パクリ記事に見えたと思います、ご容赦を。
2006/11/01(水) 07:37 | URL | 練馬のんべ #.GslOXVU[ 編集]
>練馬のんべさん
初めまして、コメントありがとうございます。教育勅語については、前から記事にしたいなと考えていて自分の中で暖めていたので、思い入れのある記事なんです。
拙い記事ですが、練馬のんべさんのお役に立てたのなら幸いです。宜しければ、またいらして下さいね。
2006/10/22(日) 11:37 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
はじめまして
かついちさんのところから来ました。教育勅語についてこれだけ詳しく書いて頂けると嬉しいですね。勉強になりました。これこそ「声に出して読みたい日本語」だと思います。
2006/10/22(日) 01:04 | URL | 練馬のんべ #.GslOXVU[ 編集]
>milestaさん
TBは、多少内容が違ってもして下さって構いませんよ。milestaさんが書かれている記事は、良いものばかりですから。
2006/07/10(月) 03:08 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
TBさせてくださいね。
記事とはあまり関係ないのですが、TBいたしました。
『真の保守とは』というところ、教育勅語の見直しにも繋がるかなぁと思って。ちょっと無理矢理ですけど。(笑)
2006/07/10(月) 01:18 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
こんばんわ!
リンク有難うございます!
こういう一件などが教育勅語や戦後一括りに否定してきた戦前の倫理観が再評価される切欠になればと心から願います。
2006/07/08(土) 22:39 | URL | コウノスケ #-[ 編集]
今回の記事にコメントを下さった皆様へ
今回の記事は、教育勅語について取り上げたのですが、世間では否定的な声の方が多いので、あまり支持されないのでは、と危惧しておりました。

しかし、コメントを下さった皆様は良識ある方ばかりで、存外に記事内容を評価して下さり、大変ありがたく、また嬉しく思いました。

本当にありがとうございました。
2006/07/07(金) 13:46 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
>milestaさん
milestaさんの言われるように、戦前のものというだけで良い物も認めない人が結構多いんですよね。
教育勅語についても、そうした偏見を捨てて見て欲しいです。

> コウノスケさん
リンクありがとうございます。拙ブログの方からも、リンク貼らせて下さいね。
博学なコウノスケさんですから、拙ブログがどれほど勉強になるか分かりませんが、こちらこそ宜しくお願いします。

> Bruckner05さん
>私立学校なんだから、外部がとやかく言うことじゃないですよね

まさにその通りだと私も思います。こうした新聞記事によって抗議もあるかと思いますが、信念を貫いて欲しいですよね。
また、同じように教育勅語の精神を教える幼稚園や学校が出てくればと思います。

>かついちさん
大袈裟ではないと思います。園長の籠池氏の活動は、勇気ある活動だと思います。
マスコミには、こうした方を応援する記事を書いて欲しいですよね。
2006/07/07(金) 13:25 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
園長先生の勇気に万歳!
・・・とはおおげさでしょうか。でも、そんな気持ちでいます。教育勅語は天皇陛下からの押しつけではなく、天皇御自らこの法を守っていくと決意されたものです。それを勘違いして「軍国主義」だの「天皇主権」だの言っている人たちがいるというのは大変な不幸です。一刻も早くすべての国民が勅語の意義を理解して考え方を改め、勅語の精神に立ち戻って教育を正常化させていく努力をしていけたらと思います。
2006/07/07(金) 08:20 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
園長は信念を貫いて!
私立学校なんだから、外部がとやかく言うことじゃないですよね。文部科学省幼児教育課の「適当でない」発言が理解できません。私立なら宗教教育をやる学校もあるわけですし。

左翼系の西日本新聞に載ったことで、左翼団体が抗議に押しかけ中止に追い込むことが懸念されます。園長は信念を貫いてほしいものです。
2006/07/07(金) 02:29 | URL | Bruckner05 #Gj9UPpng[ 編集]
挨拶が遅れて申し訳ありません。
唐突ですがリンク貼らせていただきました。時事には疎い若造ゆえspiralさんの所でも勉強させて下さい。失礼しました。
2006/07/07(金) 00:45 | URL | コウノスケ #-[ 編集]
みなさんも書かれていますが、教育勅語について、とてもわかりやすく書いてくださりありがとうございます。

本当に今の教育(学校、家庭)に欠けているものが全部入っていますよね。戦前のものというだけで良い物も認めない人たちに、きちんとこの記事を読んで欲しいです。
2006/07/06(木) 23:34 | URL | milesta #S4B2tY/g[ 編集]
>かついちさん
博識なかついちさんにそう言って貰えると、すごく嬉しいです。ありがとうございます。

教育勅語については、以前からブログに書きたいなと思っていて、記事中に紹介した本などをちょこっと読んでいたんです。

>tonoさん
リンクの件、了解です。拙ブログの方でも、tonoさんのブログをリンクさせて下さい。
これからも宜しくお願いします。

>コウノスケさん
初めまして、ですよね? コメントありがとうございます。
私も、現代にも通用する普遍的な徳目が書かれている教育勅語こそ、今の日本に必要なものだと思います。
2006/07/06(木) 21:49 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
こんばんわ。
素敵です。画像いただきました。
現代でも充分に通用する・・・というより現代にこそ必要な事が書かれているように思います。
2006/07/06(木) 20:11 | URL | コウノスケ #-[ 編集]
感謝
spiral様ありがとうございます。
初めて全文読ませて頂きました。
今の教育は何かおかしい、何かがかけている、そう言った物が、この短い中に網羅されて要るではありませんか。
正に「日本人の常識」と言うより「人間の条件」に近いのでは無いでしょうか?
この内容を、平文に書き直して人に見せても「教育勅語」と解る人は少ないんじゃ無いでしょうか。
きっと、
「これは良い。是非新教育基本法の骨子にしよう」とか言いそうです。
人間の条件は未来永劫不変のはずですよね。

この素晴らしいブログ、是非とも、ブログ初心者のつたない拙ブログから、リンクさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか?
2006/07/06(木) 12:32 | URL | tono #vFsRzAws[ 編集]
やはりspiralさんはすごい!!ここまで詳しくブログに書かれるのをみると、逆に私も勉強しなくてはと思います。すごい為になる記事で私の知識の泉?に新しい知識が身についていくのがとても嬉しく思います。教育勅語は教育基本法と一対の関係になくては成り立たないものです。もっとも明治憲法の時代には教育勅語一つで成り立っていましたから、もっとも強い法典だと思います。教育勅語は日本の宝です。早急な教育勅語の復活を望みたいです。
2006/07/06(木) 08:13 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
>かっぱやろうさん
賛成して下さってありがとうございます!
教育勅語は、普遍的な道徳を言ってるだけだということを、多くの方が理解して下さればと思ってます。
2006/07/05(水) 23:21 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
自分は
教育勅語、賛成です。
日本人としての道徳を取り戻すことが急務だと思います。
教育勅語って、家族を大事にとか、
普通のことしか言ってないですよね。
「以って天壌無窮の皇運を扶翼すべし」
騒いでる人って、この部分だけを問題にしてる気がします。

2006/07/05(水) 10:25 | URL | かっぱやろう #-[ 編集]
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