『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
拙ブログでは、与党の教育基本法改正案の問題点を何度か指摘してきました。
※拙ブログ関連記事
■稲田朋美衆議院議員のスピーチ
■教育基本法改正案の問題点
■平沼赳夫氏の教育基本法改正についてのスピーチ

今回は、新たな問題点をBruckner05 さんより教えて頂いたので、それを紹介します。与党の改正案の中の新たな問題点は、「第二条 教育の目標」の「三」の中の、太字で示した言葉です。

三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと


具体的にどう問題なのか、論壇誌「諸君!」平成18年7月号で林道義氏が指摘されているので、以下にその論文を引用します。

■「男女平等」「社会参画」の罠
「第二条 教育の目標」の「三」の中に、「男女の平等」という言葉が唐突に登場する。現行の法律の中には登場しない言葉である。

この第三項はきわめて危険な思想を隠し持っている。この項目の趣旨は、「正義と責任」「男女の平等」「自他の敬愛と協力」「公共の精神」をもって「主体的に社会の形成に参画、寄与する態度を養う」というものである。キーワードは「社会参画」である。つまり言いたいことの中心はフェミニズム独特の「男女の区別を否定する」「男女共同参画」であり、それを露骨に出さないために、他の「正義と責任」「公共の精神」などの美辞麗句で薄めたものである。
この項目は現行法よりも数歩も後退した内容である。すなわち政府案では、男女の関係に関する正しい記述を含んでいる現行第五条の「男女共学」が削除され、その代わりにこの項目が入れられたのである。

現行の第五条に書かれている、削除されてはならない大切な文章とは、「男女は、互いに尊重し、協力し合わなければならないものであって」という文言である。このことを「教育の目標」として掲げることは大切であり必要なことである。「男女の平等」ということより先に、まず「男女の違いを認め合いつつ、尊敬し合い、協力し合う」ということを謳わなければならない。男女が互いに尊敬し合い、協力し合うならば、わざわざ「平等」などということを言わなくとも、自然に男女の対等は実現するのである。

男女の特性や違いをやみくもに否定する弊害が目立つ昨今、わざわざ男女の違いを否定しかねない「男女の平等」という言葉を新しく入れるということの背後には、間違ったフェミニズム思想がうごめいているとしか考えられないのである。超党派議員連盟の「改正促進委員会案」では、この部分は「男女は、互いにその特性を生かし、相互に協力しあって家庭、社会、国家を共に担う責務があることを、教育上重視するものとする」となっていることを見れば明らかなように、政府案のこの部分は公明党の圧力で入れられたと思われる。公明党がことあるごとにフェミニズム的主張を唱え、政策に盛り込んできたことは周知の事実である。

さらに、「男女の平等」という言葉には、男女同型論を前提にして、「社会進出」のみを「社会参画」と考えるフェミニズム教条主義が前提されている。「男女共同参画社会」という言葉は専業主婦を否定し、女性も一生フルタイムで働くことを理想としており、職業を持つことのみが「主体的に社会に参画することだ」という理解のもとに男女共同参画政策が進められているのである。「主体的に社会の形成に参画し」という、なんでもない言葉の中に、じつは「専業主婦は主体的に社会に参画していない」という含意が込められているのである。

一見当たり前だと見える命題の中に、特殊な意味を込め、具現化させていくのがフェミニストのやり口である。「男女共同参画社会基本法」がその典型であった。「教育基本法」においても、男女の区別を否定しかねない「男女平等」を入れ込もうとしている。むしろ現行の「男女は、互いに尊重し、協力し合う」という趣旨を尊重しつつ、「促進委員会案」のように改正すべきである。それを「男女平等」に変えてしまったのは明らかに改悪であり、大きな誤りである。
(引用終わり)


林氏の指摘するように、第二条の三項の中に、フェミニストの害毒が含まれていたのです。
Bruckner05 さんのブログにもこの問題が取り上げられているので、お読み下さればと思います。
■反「ジェンダーフリー&男女共同参画」

「男女共同参画」の問題点等は、拙ブログの記事をご覧下さい。
■猪口VS山谷、性の不一致「ジェンダー」めぐり火花
■猪口邦子大臣への手紙
■「女子差別撤廃条約」を撤廃せよ!
■専業主婦を貶める「男女共同参画社会」
■子供っぽい「男女平等」


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コメント
この記事へのコメント
>Bruckner05さん
私も、政府が進めている「男女共同参画」なるのものは、Bruckner05さんが言われている通りのものだと思います。百害あって一利なしです。

Bruckner05さんもご存知のとおり、この害毒は地方にも及び、わが町にも条例が出来てしまいました。さらには学校でも子供達に男女共同参画の授業がなされているようで、これも深刻な問題です。

今日(6/26)テレビを見ていたら、「たけしのTVタックル」で、男女共同参画について取り上げられていました。番組では、防衛費と同じぐらいの多額の税金を使い、多くの箱物を作り、緊縮財政を迫られている中で、ものすごく無駄遣いをしていることを指摘していました。一時間足らずの番組ですから、男女共同参画の危険性についてはあまり言及されなかったのですが、メディアでは男女共同参画について否定的な報道は殆どされないので、嬉しかったです。こうした報道が増えることを願います。
2006/06/26(月) 23:39 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
spiralさん、ご紹介ありがとうございます。高橋史朗先生や小林正先生のような保守系教育専門家でさえ、男女平等条項の問題点に触れることがなかったとすると、これはもう絶望的な状況ですね。それぐらい「男女平等」とか「男女共同参画」というと、反対できない雰囲気が出来上がっているのかもしれません。

どのメディアも、最近は産経新聞まで、「男女共同参画当たり前」という御用記事を垂れ流しています。女性が働きに出ることが社会への参画だ(=家庭にとどまっている女性は参画していない)、という決め付けにも腹が立ちますが、「男性の家庭への参画」という言葉も不愉快です。少子化対策には男性の意識変革が不可欠だとかで、この頃しきりにそんな言葉が飛び交っています。先頃も民主党が「家事場の父力」と称して菅直人氏を引っ張り出し、男性が台所に立って料理するパフォーマンスを演じていました。菅氏のエプロン姿がメディアに流れたのは記憶に新しいところです。

ところで、男性は家事、育児に直接関わらないと家庭に参画したことにならないのでしょうか? そんなはずはないのです。家庭のことは妻に任せて外で仕事に励むのも家庭人の責務、一家の大黒柱の務めと心得るからこそ、残業も休日のつきあいも厭わずに仕事にいそしむわけです。ところが、内閣府参画局の役人に言わせると、それでは家事、育児に直接タッチしていないので、家庭に参画したことにならないのです。こんな馬鹿な話があるでしょうか。仕事に励む男性諸氏は、お上から「家庭への参画が足りない」などと説教されて、どのようにお感じになるでしょうか。こんな「啓発」に莫大な公金が投入されているかと思うと、正直、税金を払う気が失せてきます。

「男女共同参画」という考え方は、専業主婦を蔑視する差別思想であるばかりか、仕事一筋で生きる男性をも見下した根本から間違った思想です。「男らしさ・女らしさ」を否定する伝統破壊、文化破壊の男女共同参画思想は、教育基本法に入れてはいけないし、大本の男女共同参画社会基本法も抜本的改正が必要だと思っています。
2006/06/26(月) 03:52 | URL | Bruckner05 #Gj9UPpng[ 編集]
専業主婦の社会参画
ゆうさんがおっしゃる「専業主婦の社会参画」とても共感が持てました。私の彼女も、専業主婦を希望している一人です。なぜかと言えば、専業主婦になることが、自分にとって最高の役目である、というのです。女性には様々なタイプの人がいることは承知です。外に出てキャリアウーマンでいることを生き甲斐にする人、専業主婦になって家事に専念したい人、人それぞれですから人がとやかく言える権利はありません。外で働こうが専業主婦でいようが、外部の人が決められることではありません。でも、こうして記事に出てくるフェミニズムの人たちはそれを真っ向から否定していますね。働いて男達と同じくらい仕事が出来て、稼げるようにならなければいけないと、端から決めつけていないかと思います。それが専業主婦を差別するようなことになっていることについて、激しく非難したいと思います。女性も外で働かなければいけないと思うならどうぞ自由にやってください。でも、専業主婦を貶めたり、男性を差別するようなことは言わないことです。
2006/06/24(土) 08:14 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
とんでもない改正案を持ち出したものですね
男女平等という概念は、そもそも人間としては絶対あり得ない概念だと私は思っていますが、男女が同じ土俵の上で対等な仕事をしようとしても、体力的に絶対無理なことです。これは何も、女性は何もできないとか差別感で言っていることではありません。体の構造から成り立ち、役割、そのすべてを総合して、男女は同等であっても同質ではないと思います。それを誤った解釈を以て新教育基本法に無理矢理取り込もうとする輩がいることは、断じて許すことができません。「男女の平等」という言葉ほどうさんくさいものはありません。男女の平等は、この地球が生まれて、人間が誕生した時から同等に生きるようにという使命を持っているはずですから、今更「男女平等」を持ち出すまでの問題ではないのです。しかしながら、一部の人たちはそれを分からないのか、誤解しているのか、とにかく変な解釈をつけてさも自分がまともな意見を言っているようなことを言うのはおかしい。男女の役割というものは人間の誕生から生まれ持っているわけで、そのことを変えることは絶対に無理な話です。男が女性の役目をしようとしても無理なことぐらい誰だって分かると思います。どうもフェミニズムの人たちが言うことは「男子差別」にしか捉えることができなくてとても腹が立ちます。
2006/06/24(土) 08:05 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
読売新聞を読んで
小学校4年生の女の子が書いた詩についてコメントがありました。
お母さんのエプロンが洗濯ばさみが外れて今にも飛んでいきそうになっているのを見て、「お母さんのエプロンは本当は羽根だったのかもしれない。大空を自由に飛びたいのに私が生まれてからはずっと我慢しているのかもしない」というような詩だったんだけど、それについて「母親が子供を持ってからももっと羽ばたける社会にするべきだ」というコメントが添えられていて、私は「ちょっと待った!」と思いました。これって「女性は産後も働かなければいけないんだ」と言っているんじゃないの?私はこの詩を読んで、「お母さんは大空を飛ぶことよりも子供と一緒に母親として成長したかったんだよ」と思ったから。仕事よりも子育ての方がずっとやり甲斐があるし大切な仕事だと、どうして誰も言わないの?どうして家の外に出て働くことばかり重視するの?働かなきゃいけない!って思わせるような言い方はやめてもらいたい!今学校で子供が朝ご飯を食べてこない率がどんどん増えているのだって、専業主婦が減少していることと深く関わりがあると思う。ベビーフードの会社の相談窓口に子供のアレルギーのことや添加物のことなど、ベビーフードの安全性についての問い合わせが年々増えているそうで、「そんなに心配ならどうして手作りの離乳食を作ってあげないの?」と、これも先日の読売新聞に載っていたんですが、しっかり「母親」の務めを果たそうと思ったら、外のフルタイムの仕事と両立させるには並大抵の努力じゃ出来ないんですよね。家庭の仕事が社会に参画していない、とする考えは大間違いです!自分が育てた子供が成人して社会に巣立って行ったときに、一人前の日本人として国を担っていかれる子供に育てる、という重大な使命が有り、それは常に社会と強く繋がっているのですから!少子化を本気で食い止めたいなら、男女平等を心底願うなら、専業主婦を、母親という務めをもっと重んじるべきです!専業主婦だってしっかり社会の形成に参画しています!勘違いしないでもらいたい!パラサイトワイフとか何とかほんの一握りのおかしな専業主婦を持ち出して、全ての主婦がそうであるかのように社会に対して主婦の悪いイメージを植え付けないでもらいたい!
教育基本法も「愛国心」に気を取られて奴ら(フェミナチ)に良いようにされようとはけしからん!奴らは全くもって「女の腐ったの」そのものです!

2006/06/23(金) 19:00 | URL | ゆう #-[ 編集]
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2006/06/26(月) 14:55:14 | 反「ジェンダーフリー&男女共同参画」