『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい

■中央教育審議会、小5からの英語の必修化を提言
 
小学校段階での英語教育が本格実施に向けて動き出した。中央教育審議会の外国語専門部会は27日、小5からの必修化を提言した。しかし、「小学校では国語力を身につけさせる方が重要」といった否定論も根強く、英語を教えられる教師の確保など課題も多い。

■必修化の狙い

「小学校英語」は今年度、すでに公立小の93・6%で行われている。「総合的な学習の時間」などを活用し、歌やゲームなどの英語に親しむ活動を行う学校が一般的だ。6年生での平均実施時間は年13・7時間だが、文部科学省の研究開発校として10年前から英語に取り組む大阪府河内長野市立天野小のように、年70時間かけている学校もある。同小では1・2年生で歌やゲームで英語に慣れ、3・4年生は寸劇を行い、5・6年生は新聞づくりに挑戦する。6年生が高校入試のリスニング問題に挑んだところ、昨年の平均正解数は9問中4問に上った。

文科省幹部は「学校によって取り組み方に濃淡がある。必修化はこうした格差を埋める狙いもある」と説明する。

さらに、諸外国が英語教育に積極的なことも後押しになっている。韓国は1997年、小学校で英語を必修化。中国も2001年以降、必修化を都市部から段階的に導入している。フランスやドイツなども同様で、小学校英語はすでに多くの国に定着している。

■英語熱

英語に対する保護者の関心は非常に高く、幼児期から学ばせる傾向も強い。全国1600か所で英語教育を行う「ヤマハ英語教室」に通う子は昨年末現在、6万3000人。5年前の35%増で、特に2、3歳のクラスが人気だという。

文科省の調査でも、子どもを公立小に通わせる保護者の70・7%が「小学校で英語を必修化すべきだ」と回答。「早くから親しんだ方が抵抗感がなくなる」などが主な理由だ。

また、財界も熱い視線を送る。経済同友会は市場の国際化や海外赴任の増加を受け、99年6月、「小学校から英会話教育を導入すべきだ」とする提言を発表。今回の必修化の動きにも、「会話力をアップさせるためにも、早期実施は必要」と歓迎の意向を示している。

■英語か国語か

ただ、小学校英語に否定的な見方をする専門家も少なくない。

大津由紀雄・慶応大言語文化研究所教授らの学者グループ約100人は今年2月、小学校での英語教科化に反対する要望書を小坂文科相に提出した。「利点について説得力のあるデータがない」などとして、「学校現場に混乱を招く危険がある」と指摘している。

「国家の品格」や「祖国とは国語」などの著書で知られるお茶の水女子大教授で数学者の藤原正彦さんは、「小学校時代に一番大切なのは、国語と算数だ」と小学校英語を真っ向から否定。「まずは自国の文化や伝統をしっかり身につけることが大事。英語を話せば国際人になるというわけではなく、問われるのは話す内容だ」と指摘している。

■課題山積

導入する際の大きな課題は、授業時間をどう確保するかだ。「ゆとり教育」や学校5日制などで全体の授業時間数は減り続けており、他教科の授業時間を振り替えるにしても、大きな反発が予想される。

教員の確保も問題だ。現在、小学校英語は学級担任が指導しているケースが約9割だが、小学校教員には英語の免許がなく、専門的な指導は難しい面もある。外国人の外国語指導助手(ALT)と共に指導するにも、ALTの数も限られており、今回の報告書は「指導者、教材などの条件整備が必須」と提言している。

(2006年3月28日 読売新聞)



私も藤原正彦氏の意見に同意で、小学生から英語を必修化する必要はないと思っています。藤原氏が、ご自身が数学者であるにもかかわらず、国語が一番大事だと言われるのは、次のような理由からです。(著書「祖国とは国語」より引用)

「祖国とは国語であるのは、国語の中に祖国を祖国たらしめる文化、伝統、情緒などの大部分が包含されているからである」

つまり、国語を習わずして自国の文化や伝統をしっかり身につけることは出来ないということです。

ところが、ゆとり教育のスローガンの元、授業時間が削減され、その中でも一番削られたのが国語なのです。そして、現在ではパソコンを習う時間もあり、それに英語まで加われば、国語を始め主要教科の授業時間はさらに削減されてしまいます。



藤原氏は同著書の中で、次のようなことを指摘し、小学校に英語やパソコンの授業を導入することの愚かさを訴えています。(同著より引用)

「世界で英語の一番下手な日本が二十世紀を通して、先進国中もっとも大きな経済成長をなしとげ、英語の一番上手なイギリスがその間もっとも斜陽だったことが忘れられている。世界のIT革命の大きな担い手となっているインド人技術者のほとんどが、小学校時代にパソコンなど見たことさえなかった、ということが忘れられている」



確かに英語は国際語としての地位をますます固めており、にもかかわらず日本は国際試験のTOEFLの成績では、アジア三十カ国で北朝鮮に次ぎ下から二番目という体たらくで、このことも必修化の後押しをしたと言われています。しかし、このTOEFLの成績の悪さは、別に恥ずべきことではありません。

そもそも、なぜ日本人は英語が下手なのかというと、それは日本が一度も白人の植民地にならなかったからです。

以下、清水馨八郎(しみずけいはちろう)氏の著書、「裏切りの世界史」より引用します。

まず、異国語に堪能な国がどういう国であるか、考えてみるとよい。

スイスはヨーロッパ大陸の真ん中にあって、周辺を列強に囲まれている山国だ。スイス国民の多くは、自国語のほかに三ヶ国語を話す。それは北からドイツが攻めてきたらドイツ語を、西からフランス人が来たらフランス語を、南からローマが来たらイタリア語をというように、自衛、保身上の必要から、宿命的に外国語を習得せざるをえなかったからだ。

近世植民地時代、宗主国は当然のように自国語を植民地民族に強制し、彼らの母国語を野蛮だとして排除し、言語による文化侵略を続けた。住民も主人国に阿(おもね)って、進んで西洋語を操って、文明人やインテリになろうと努力した。

フィリピンは、スペインと米国の植民地時代が五〇〇年も続いて、白人に支配されてきたから今では英語が公用語となり、国民はみな英語がペラペラだ。その結果、母国語のタガログ語が後退してしまった。

本来の自国の文化を失った国は、立ち直るのが容易ではない。比国(フィリピン)は英語が上手だが、比国は世界有数の貧しい国でしかない。同じくインドもイギリスの支配が長く、ベンガル語は衰退してしまい、英語を国の標準語としてしまったので、英語はペラペラだが、インドという国そのものは、貧しさから脱出していない。東南アジアの国々も、アフリカ諸国も、植民地時代が長かったから、西洋語は上手に話せるが、いずれもまだまだ発展途上国の域を脱していない。

これに対して、日本だけが非白人の中で、白人の侵略が始まって以来この五〇〇年、一度も白人の植民地にされたことがなかった。一般国民は、英語を話せなくとも一生安全に暮らせる。英語を話さねばならぬという切実な必要性が全くなかった。一部の人を除く日本人にとっては、英語がちょっと話せれば、ハイカラでインテリぶれる、国際人らしく見えるといった、キザなアクセサリー程度の必要性にすぎなかった。

言語は、各民族の文化の基本要素である。アイデンティティを主張する唯一絶対の条件である。それを忘れたり、失った民族は、容易に立ち上がれない。日本は幸い非白人の中で英語侵略を免れた唯一の国である。英語が非白人の中で一番下手だったからこそ、その中で独自の文化を保ち、世界一豊かな文明国になることができたのだ。英語下手は、日本文化の誇るべき特色というべきである。



日本が独自の文化を保ちえたのは、英語が下手だったからであり、これが誇るべき特色だという清水氏の主張は、目から鱗(うろこ)が落ちるものでした。私たちが住む日本国は、白人の植民地にならず、英語を覚える必要の無い幸せな国だったのです。

前述した藤原正彦氏も、論壇誌WiLLでの石原慎太郎東京都知事との対談で、次のように言われています。

(英語必修化について)
あれには、参りましたね。これこそ自信と誇りがない証拠ですよ。日本人が英語ができないのは、ある意味で誇りなんです。要するに列強の植民地にならなかったという証明ですよ。

東南アジア二十一カ国でTOEFLをやると、日本は二十一カ国中十八位だそうです。ほとんどビリですが、一位はというとスリランカとかフィリピン。イギリスの植民地だったところです。シンガポールとかね。だから、英語が下手というのは、むしろ独立不羈(ふき)の気概があったという証拠なんです。



日下公人(くさかきみんど)氏の著書、「私が「この国」を好きな理由」には、以下のようなエピソードが記されています。

われわれは日本語一つで世界中のことを理解することができる。それは日本が※帝大の時代から努力に努力を重ねて、あらゆる外国の学問を翻訳してきたからである。たとえばフィリピンでは、医学の教科書はすべて英語であるため、医者はすべて英語で医療を行わなければならないが、日本の医者は日本語ですべてを行うことができる。その話をあるフィリピン人にしたところ、「日本語で医療を学び、医療を行う医者など、三流の医者じゃないか」という。さらに彼は、「経済学はどうだ」と聞くので、「日本では経済学も日本語ですべてできる」と答えた。すると相手は「それで大丈夫か」と聞くから、そこで私は「日本経済は成功してるでしょう」と答えた。
(中略)
そもそも英語ができれば何でもわかるというのは、あまり正しくない。まずイギリスがした悪業の数々は、英語の本にはまず出てこない。それから、イギリスに対抗したライバル国への悪口雑言がたくさんあるから、知らず知らずのうちに世界観が歪む。さらには、インド・中国・日本のことは不完全にしかわからない。それに比較すれば、日本語による文献のほうが、世界を知る上でははるかに幅広くて公平である。これが、日本人に生まれて良かったと、密かに感謝する大きな理由である。

※帝大(帝国大学) 旧制の官立大学。戦後の学制改革により、新制の国立大学となった[大辞林より]



改めて、日本の独立を命懸けで守り、努力を重ねて外国の学問を翻訳して下さった父祖に感謝です。

最後に、清水氏の以下の指摘を引用して終わります。

英語は本来、アングロサクソン族のみが使用していた一地方のローカルな言語であった。ヨーロッパの中でも、端に位置する島国の田舎言葉である英語が、いつの間にか世界語に祭り上げられてしまった。それは英語が、力で七つの海を支配し、英語を文化侵略の手段に利用したからである。日本もその手に乗せられ、明治以来、国際化とは英語化と確信し、何の疑問も持たず、英語万能社会を築いてしまった。一体このままでいいのだろうか。それは英語という文化の奴隷化ではなかったかと、反省すべきときが来たのではなかろうか。




【参考書籍】
祖国とは国語
新潮社
藤原 正彦(著)
発売日:2005-12




私が「この国」を好きな理由
PHP研究所
日下 公人(著)
発売日:2001-03




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コメント
この記事へのコメント
匿名希望さんへ
>匿名希望さんへ
匿名希望さんが下さったメールへの答えですが、これは記事中に引用してある藤原正彦氏の言葉の通りです。改めて引用します。
>日本人が英語ができないのは、ある意味で誇りなんです。要するに列強の植民地にならなかったという証明ですよ。

東南アジア二十一カ国でTOEFLをやると、日本は二十一カ国中十八位だそうです。ほとんどビリですが、一位はというとスリランカとかフィリピン。イギリスの植民地だったところです。シンガポールとかね。だから、英語が下手というのは、むしろ独立不羈(ふき)の気概があったという証拠なんです。
(引用終わり)

日本が欧米列強の植民地にならなかったというのは、世界史的に見ても凄いことなんです。
匿名希望さんの満足のいく答えではないかと思いますが、私にはこれ以上の説明は出来かねます。ご了承下さい。
2006/05/10(水) 19:51 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
同感です!
私も高校時代に短期留学の経験がありますが、その時英語が話せると日本人からは一目置かれて、それだけでもう国際人になったつもりで得意になっていました。しかし、いくら発音が良くても、喋りが早くても、結局中身が空っぽだった事に気付き、自分の無知を嫌と言うほど知る事となりました。本当の国際人とは「外国語を使って母国を正しく伝えられるか」が問われるわけで、少々発音が違っていても、そんなことは大した問題ではないのです。だからまずは国語をしっかり学び、基礎となる日本語をきちんと身につけてからでないと意味がないと思います。英語なんてただの「道具」でしかない。その道具を上手に使うためには基礎体力や基本的な使い方を小学校と中学校でしっかり身につける必要があるのです。
残念なことに私の住むシラチャ近辺に日本人学校はなく、日本人の子供は隣町のインターナショナルスクールに通っています。そこでは会話は全て英語なので、そこの母親も英語教育に熱心ですが、私はそれがどうにもおかしくてなりません。日本語が正しく話せない子供に英語を身につけさせようとするのは本末転倒じゃないか、と。欧米文化を熱心に学ばせる前に日本の伝統や歴史を学ばせないと、「あなたは何人?」と聞かれても答えられないんじゃなかな?タイは四季がありません。これは日本人の子供にとってとても大きなダメージだと私は感じています。
四季がある、季節にはっきりと変化がある、と言うことは日本人の生活に密接な関係があります。季節の移ろいと共に私達の生活は変化しています。その変化が無いのですから、それだけで親は危機感を抱くのが当然なのに、「うちの子英語についていけるかしら?」とかそんな心配ばかり...しかし日本人学校がバンコクにしかないのでどうしようもないのですが...せめて学校以外では日本語教育の場であって欲しい物です。

余談ですが、先日バンコクの紀伊国屋へ行ったときに「国歌の品格」という本を買いました。タイトルが気になって手に取り、数学者が書かれたと言うこととに大きく興味を持ち、そして帯に書かれてあることの全てに頷き、「間違いない」と確信して購入しました。価格は日本の定価の倍でしたが、これからじっくり読もうと思っています。こういう本が学校の教科書で学べると良いのになぁ...
2006/04/26(水) 09:12 | URL | ゆう #-[ 編集]
小学校英語必修化に反対
私も小学校からの英語必修化には大反対です。国語さえまともに読み書き出来ないのに英語?おかしいですよ。日本語の正しい使い方を知らない子が、英語を話したって日本のことを紹介できるでしょうか?きちんと自分を表現できるでしょうか?文科省のぼんくら頭にはあきれを通り越して怒りに変わります。やってることが本末転倒です。まずは正しい日本語を教え、漢字の読み書きができてから英語を学ばせるのが順序だと思います。英語はmilestaさんがおっしゃったように、テレビやCDのようなもので十分です。英語だけでなく日本語も幼児期の経験が重要なのです。もう少し頭を冷やして考えましょうね、文科省。
2006/04/26(水) 07:55 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
国語教育の充実を図らず、小学生に英語教育を導入するというのは反対です。理由は藤原正彦先生や大津由起雄先生とほぼ一緒です。

私の限られた経験からの印象ですが、日本の一般国民は他国に比べて、きちんと英語教育を受け基礎知識はある方だと思います。
しかし、間違いを畏れたり人を押しのけてまで喋ろうとはしない国民性から、なかなか会話の実践ができないのだと感じます。

英語の音やリズムを掴むのは小さい頃の方が容易でしょうが、これは子供向けの英語番組や歌のCDなどで充分です。
小学校の貴重な授業時間内でやる必要はないと思います。

今は、日本語でさえ他人との会話が不得意という子供や若者が増えているそうなので、そちらの方が問題じゃないでしょうか?
2006/04/25(火) 23:37 | URL | milesta #4On3Ze.o[ 編集]
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2006/05/15(月) 21:57:29 | トンデモ社説
ブログ放置期間中にも、いくつかの本を読み、映画を観た。そもそも、このブログを始めたきっかけは、読んだ本、観た映画の感想を書き留めておこうと思ったのだった。…ということで、溜まった感想文を少しずつアップしていこうと思う。(多分、全部は無理だけど…) 書店で「
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