『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
前回、「皇室を守ろう岡山県民大会」について書きましたが、今回はその集会で行われた大津寄章三(おおつき・しょうぞう)氏の講演内容を記します。少し長い文章ですが、読んで下さればと思います。
その前に、簡単に大津寄氏のプロフィールを紹介します。

■プロフィール
昭和31年愛媛県松山市生まれ
昭和53年広島大学教育学部卒
愛媛県立東温市立重信中学校教諭
「愛媛県教科書改善協議会」幹事
「健全な男女共同参画社会をめざす会」幹事
などをされています。


■大津寄章三先生講演 「私の皇室教育論」

私が尊敬する吉田松陰先生の和歌の中に、こういうものがあります。

「親思う心にまさる親心 今日のおとずれ何ときくらん」

子供である自分が如何に親のことを思っていても、親はそれ以上に子供のことを思っているんだ、という内容です。

これを、ご皇室と国民の間に当てはめてみますと、実はご皇室というのは親でいらっしゃる。そして我々国民というのは私も含めて、といっては失礼かもしれませんが、実は不肖の息子、不肖の娘なのです。
私たちが今、ご皇室の大事だと心を一つにして万世一系の皇統を守りたいと思っています。しかしながら、歴代のご皇室の方々、そして現在の今上陛下が、我々のために祈って下さる、国安かれ民安かれという祈りには、我々国民の思いというものは及ばないのではないだろうか。私は歴史を勉強する中でそういう思いを持っています。

今は非常時でありますので、恐れ多くも「皇室を守ろう」と私たちは断りしをておりますが、実は数千年に渡って私たちはご皇室の庇護を受け、そして歴代天皇の暖かい祈りの中で、こうして平穏に暮らしている。それを確認しておかなければ、「皇室を守ろう」という言葉は宙に浮いてしまう気がします。

注釈
天皇陛下がされているお祈りとはどういうものなのか、日本政策研究センター発行の月刊誌『明日への選択』05’4月号より、埼玉大学教授の長谷川三千子さんのインタビュー記事を引用します。
(引用開始)
われわれが何よりもまず真先に思い返すべきこと、それは天皇陛下とはわれわれのために祈って下さる方だということだと思います。こんな風に言うと、すかさず「政教分離」であるとか「信教の自由」であるという言葉を持ち出していきり立つ人達がいますが、ここで言う「祈り」は、ある特定の宗教を前提としてその枠組みの中で行われるようなものではありません。むしろ、それを出発点として人類のさまざまの宗教を生み育ててきた「始源的な祈り」とでも言うべきものです。

「始原的な祈り」などと言うと自分とは懸け離れた大袈裟なもののように受け止められる方もいらっしゃるかもしれませんが、これはわれわれも自分の人生の中で体験していることです。例えば家族が交通事故に遭ったり、重病に陥ったとき、特定の宗教の信者でなくとも祈ります。何に祈るとも知れず、自らが祈っているとすら気付かぬうちにわれわれは祈っている。また、祈ったからといって家族が無事とは限らないし、病気が治るとは限らない。けれども、それでも祈らずにはいられないということがあります。

もちろん、そうした「祈り」の体験は、人生の中でそう何度もあるものではないし、そのように全身全霊をあげて祈るというのはごく限られた近しい人たちについてだけというのが普通でしょう。

ところが天皇陛下のなされる祈りというのは、毎日、毎刻、休むひまなく、しかも限られた対象のためではなく、一億数千万人の国民のために、全存在を挙してずっと祈って下さっているわけです。それはいわば「超人的」としか言いようがない祈りなのですが、それを可能にしているのは、まさに百二十五代にわたって受け継がれてきた皇室の伝統そのものなのです。
(引用終わり)




世の中には、『天皇制』という言葉を敢えて使い、天皇なんてなくなってもいいじゃないかという方々もおられます。

注釈
「天皇制」という言葉は、左翼の天皇制打倒=マルクス主義革命というイデオロギーから生じたものです。(注釈終わり)



しかし、私たちのように何とか日本国の危機に対して力を合わせ、声を挙げようという勢力もあります。

そしてそれは、右とか左とか真ん中とか、そういうふうな撰び方ではなくて、私たちがご皇室によってどれだけ守られているか、そのご恩というものを万分の一でも返さなくてはいけない。
つまり、一人の人間として、日本国民として恩義というものを感じる心があるのか、その問題の一点だと私は思っています。恩知らずになってはいけない。報恩の心を持っていなければ人間ではありません。

私は、四国の愛媛県の片田舎で社会科を教えている一教員であります。愛媛県に限らず、ここ岡山でも中学生ぐらいの年代の子供たちが、様々な事件や不祥事を起こしています。これは全国的に起こっていることです。

その原因として、大きなことが二つあると私は思っています。

一つは、自分という人間を社会の中に位置づけることが出来ないことです。世の中に通用している常識とか、道徳、マナー、人間としての規範、そういうものの中に自分を位置づけることが出来ない。人間が人間らしくあるための座標軸の中に自分がいない。
つまり、横の広がりの中で、自分というものを、中学生なんだ、あるいは高校生なんだ、職場の中の一人なんだ、そういう立場に位置づけることが出来ない。そのために座標軸を失い、個という一つの点が迷走してしまっている、そういう状況があります。

もう一つは、縦の感覚の欠如です。自分の命というのが、どこからやってきて、そしてこれからどこへ行こうとするのか、何故自分はこの世に生まれてきたのか、そういう歴史的な縦感覚というものがなくなってしまっているのです。

こういう縦と横の座標軸を失った若者が、暴力に走ったり、引きこもったり、あるいは生きがいを見出すことが出来ずに迷走したりしているのが、現在の教育の問題なのです。

私は、道徳教育、歴史教育、大雑把に言うとこの二つで、しっかりと子供たちを位置づけてやらなければ、子供たちの迷走というのは止まらないのではないかと考えています。

この難題を一度に解決するのが、取りも直さずご皇室を子供たちに教えることだと私は思っています。

何故なら、今の教育の問題点というのは、横の広がりと縦の繋がりを失い、子供たちの立脚点は、自分の立場だけ、自分というものの感情、あるいは利害、損得、そういったものを基準に動いている。ムカつく、ウザイ、キレる、全て自分を基準にしたものの考え方をしていることです。
そこに道徳、マナーなどが入り込むゆとりはなく、自我というもの、私(わたしくし)心というもの、そういうもので今の子供たちは動いています。

ところが、ご皇室の鉄則というものがございまして、ご皇室の方々というのは、実は、自分をいかに虚しくするか、滅却するか、つまり私心をなくし、無私になるということが、非常に大きな伝統としてございます。
今の子供を迷走させているのが私心であるとすれば、その私心を極限まで小さくされようと日々祈られ、努力されているのがご皇室ではないか。
ですから、今の子供たちにご皇室の方々の、天皇陛下の生き方というものを教えることにより、道徳教育、歴史教育の大きな欠陥というものが随分回復するのではなかろうかと、私は常々思っています。

そして、子供たちには、天皇陛下の姿に見られるように、自分を無くするものが、私(わたくし)というものをなくするものこそ最も尊く、最も強く、そして最も感動的であるこということを教えていかなければならないと思っています。(終)

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コメント
この記事へのコメント
そうですね
 最近の世の中は、消えかかった縦軸と短い横軸しか持たない人の方が多いのかも知れませんね。

 しっかりした縦軸と横軸が無ければ、「自分という個」は固定できずに迷走してしまうのでしょうね。
2006/03/31(金) 23:08 | URL | 百式 #-[ 編集]
大津寄章三先生という方を存じ上げていなかったので、どういうお話をなさったのか、とても興味がありました。とても大事なことを話されたんですね。特に
>縦と横の座標軸
の例えは、大変わかりやすく納得しました。確かにその二つがないために、人々がフラフラとして芯のない社会になってしまっているのかもしれません。そんな中でも、座標軸がしっかりと揺らがないのが、皇室なのですね。

いつも貴重なお話を教えてくださり有難うございます。
2006/03/30(木) 12:39 | URL | milesta #4On3Ze.o[ 編集]
こんばんは。
素晴らしいお言葉ですね。
以前、祖父が残してくれた読本を読んでいるような錯覚に陥りました。
生命の縦の繋がり、そして横の広がり・・・。
皇室を敬うということは自分たちが生まれ、暮らしを営んでいるこの国を大切に思うことと同義である、ということを心に刻まねばなりません。
素晴らしいお言葉を御紹介下さって有難う御座いました。
2006/03/29(水) 21:58 | URL | 田舎の神主 #-[ 編集]
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