『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
※本文へ行く前に
拙ブログへよく来て下さるびーちぇさんが、「ヲシテ文献」を元に、皇室典範改正に対する大変素晴らしい論文を書かれています。是非ご覧下さい。

◆びーちぇさんからのコメント
新しいエントリ「皇位継承 古代における女性の尊さ」をアップしました。男系男子の皇位継承も、女性を守るという男性のあり方から、自然とそうなった訳なのです。
http://julian.way-nifty.com/woshite/2006/02/post_c028.html



2月11日は建国記念日です。そこで今回は、日本の息吹2月号(日本会議発行)の記事を元に、建国記念日の成立について記します。

「建国記念日」というのは、戦前は「紀元節」と呼ばれていました。神武天皇が即位されたとされる日を太陽暦に換算し、明治六年三月にこの日を祝日として定めたのが紀元節です。紀元節の唱歌は、戦前の日本人なら誰でも口ずさむことが出来ました。

一 雲に聳(そび)ゆる 高千穂の
  高根(たかね)おろしに 草も木も
  なびきふしけん 大御世(おおみよ)を
  仰ぐ今日こそ たのしけれ

二 海原(うなばら)なせる 埴安(はにやす)の
  池のおもより 猶(なほ)ひろき
  めぐみの波に 浴(あ)みし世を
  仰ぐ今日こそ たのしけれ

三 天津日嗣(あまつひつぎ)の 高みくら
  千代万代(ちよよろずよ)に 動きなき
  基(もとい)定めし そのかみを
  仰ぐ今日こそ たのしけれ

四 空に輝く 日の本の
  万(よろず)の国に たぐいなき
  国の御柱(みはしら) 立てし世を
  仰ぐ今日こそ たのしけれ

注釈
二番の『埴安(はにやす)』とは、奈良県橿原市、天香具山付近の地名です。
三番の『天津日嗣(あまつひつぎ)の 高みくら』の、「日嗣」とは太陽神の象徴とも言われる天照大神の子孫が、「天皇となり皇統を継ぐこと」であり、天皇の位に対する尊称です。「高みくら」とは漢字を当てれば「高御座」であり、天皇の位、あるいは天皇の玉座という意味です。(注釈終わり)



戦後の日本人もまた、この日を祝日として残したいと強く考えていたのです。昭和二十三年初頭に行われた総理庁の世論調査によれば、紀元節の存続を願う国民は八一・三%、これは元旦(九九・九%)と天長節(天皇誕生日 八六・七%)に次いで高い数字でした。

しかし、占領初期から従来の日本の祝祭日を全面的に再検討しようと動いていたGHQは、紀元節を祝日として残すことを許しませんでした。その理由は、次のようなものでした。

GHQ 連合国最高司令官総司令部 昭和二十年(一九四五年)アメリカ政府が設置した対日占領政策の実施機関



「紀元節は日本民族成立の特殊性、優越性を教え込むという明治政府の超国家主義的目的のために制定されたもので、歴史的根拠もなければ神話としても不自然なものである。一般占領目的にも背くものである。世論調査において紀元節支持が多かったのは、七五年にわたる誤った教育の結果にすぎない」(CIE宗教課長バンス) 

CIE GHQに置かれた民間情報教育局。占領下の日本の教育・報道・宗教などについて情報収集と指導監督を行った。



こうして昭和二十三年七月四日制定の「国民の祝日に関する法律」(略称:祝日法)からは、紀元節は除かれてしまったのです。この時、衆議院の福田文化委員長が祝日法の趣旨説明の中で、次のように述べています。

「・・・われわれは、ここに列記した九つの祝日以外に、なお二つの祝日、すなわち「国始の日」と「平和の日」(講和条約締結日)を設けることを、委員会の全員一致を持って決定していたのである。そもそも紀元節ないし「建国の日」の存置は、輿論調査その他でも示されたとおりに国民大衆の最も熱望していたところであって、われわれはその心持も十分に参酌して、国の誕生日を祝うという意味で、いわゆる「国始の日」を設けようとしたのであるが、これを置くべき日付に関して確定案を得ず、遂に保留するのやむなきに至ったことは、実に遺憾の極みであり、同胞諸君に対してもまことに申し訳ない」
この委員長の説明の中に、紀元節に代わる「国始の日」(建国の日)を入れられなかった苦衷(くちゅう)が語られています。しかし、非占領下の当時としては、止むを得ないということで、諒解されて祝日法が成立したのです。

少し話がそれますが、祝日法の第一条の原案には「われら日本国民は、ただしい伝統を守りつつ」とあったのに、GHQから「われら」と「伝統」を削るよう指示され、「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ」というふうに改められました。

改められた条文だと、日本には美しい風習、つまり倫理観というものがないので、これからそれを育てていかねばならいというニュアンスです。しかし、以前拙ブログで駐日フランス大使を務めたポール・クローデルの言葉を引用しましたが、私達のご先祖は、外国人も称賛する「高貴な精神」を持っていました。今一度その言葉を引用します。これは、昭和十八年、日本の敗戦が濃厚となっていた頃に述べた言葉です。

「私が決して滅ぼされることのないように希(ねが)う一つの民族がある。それは日本身族だ。(中略)彼らは貧乏だが、しかし彼らは高貴だ」

それ以前にも、例えば江戸時代に日本を訪れたイギリス人の女性旅行家、イザベラ・バードは、その著書の中でこのように述べています。

「私達は三等車で旅行した。「平民」のふるまいをぜひ見てみたかったからである。
客車の仕切りは肩の高さしかなくて、たちまち最も貧しい日本人で満員になった。三時間の旅であったが、他人や私達に対する人々の礼儀正しい態度、そしてすべてのふるまいに、私はただ感心するばかりだった。
それは、美しいものだった。
私達の最も良いマナーも、日本人のマナーの気品、親切さには及ばない」


さらに歴史を遡り、1550年頃にフランシスコ・ザビエルがこのように述べています。

「日本人は慎み深く、才能があり、知識欲が旺盛で、道理に従い、優れた素質がある。盗みの悪習を大変憎む」

このように、日本人は高い倫理観、「高貴な精神」を持っており、それを伝統として伝えてきていたのです。ですから、祝日法の原案に「ただしい伝統を守りつつ」と入れたのは当然であって、GHQはその日本の伝統を蔑ろにし、消し去ろうとしていたのです。

ちなみに、「教育基本法」でも、前文の原案に「伝統を尊重して」とあったのを、GHQの指示で削除させられたそうです。

話を元に戻します。

こうした経緯があったので、講話独立後、紀元節復活の声が国民の間で高まったのは当然でした。昭和二十九年二月のNHKの世論調査によれば、建国記念日制定賛成が八七・四%、反対は僅かに四・五%に過ぎませんでした。
しかし、憲法がそうであったように、紀元節に対しても左翼勢力の反対は根強く、占領遺制を払拭するには実に十数年もの時日を要したのです。祝日法を改正して「建国記念の日」が新たに設けられたのは、昭和四十一年六月のことでした。

このように、紀元節の廃止と復活の歴史は、我が国のアイデンティティを否定するGHQ並びに左翼勢力と、それを取り戻そうとする国民の思想的相克(そうこく)の歴史であったと言っても過言ではありません。

敗戦直後の昭和二十一年二月、時の文相安倍能成は、紀元節を護持すべく、CIE局長ダイクに対し次のように訴えています。

「神話と歴史は混同されてはならないが、神話もまた存在理由がある。どの国でも古代は神話につつまれているのが常であり、日本の国もまた、たとえ二六〇〇年ではないまでも、非常に古い国であることはたしかであろう、また皇室を常にその中心として来たことも、たしかである。ゆえに、その意味で紀元節を記念し、さらに新しい日本の建設という意味で、この日を祝うべきである」

建国記念日が設けられるまでには、以上のような経緯があったことを知って下さればと思います。

それから、我が国はあまりにも古い時代に、皇室の祖先によって国家の基(もとい)が築かれ、その子孫たちによって国内統一が進められてきました。それ以来、千数百年の間、歴代天皇を中核とする”家族的な人間関係社会”が持続されて今日に至っています。
そのせいか、日本人は国家というのは自然に成立したものであり、また放っておいても存続するのだという錯覚に陥りやすいのではないかと思います。

しかし、歴史を顧みると、日本が建国され、現在まで続いてきた道程には、様々な艱難辛苦(かんなんしんく)があり、それを祖先が懸命に乗り越えて来たからこそ、今があるのが分かります。このことも胸に刻んでおかなければならないと思います。

この建国記念日に、岡山では、護国神社内いさお会館において「誇りある日本へ~祖国を滅ぼしてなるものか~」とう題で、田形竹尾氏(元陸軍航空特別要員教官)の講演会があります。特攻隊員の生き残りである田形氏が、国家存亡の危機に命懸けで立ち向かった祖先の思いや、後世を生きる私たちへの願いをお話されます。
ご都合のよろしい方は、是非足をお運び下さればと思います。詳細は拙ブログの記事、
◆誇りある日本へー祖国を滅ぼしてなるものかー
をご覧下さい。

※拙ブログの記事に賛同して頂ける方は
↓のリンクバナーをクリックして下さい。励みになります。

人気ブログランキング

関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
>kousotsudrさま

お褒め頂き恐縮です。
女性の端くれとして、女性天皇の不自然さに反対するものです。
男系男子の皇統継承法は、女性を守るためにあるのですから。

>supiralさま、皆さまへ
「田中卓教授の論はおかしい」
というエントリを別ブログで書きました。
読んで頂ければと思います・・・
URLをクリックして下さいませね?
2006/02/14(火) 08:25 | URL | びーちぇ #VTZEej7w[ 編集]
低レベルな感想ですが,また,TBさせていただきました.
私も東京に住んでたら,奉祝式典その他に出掛けまくるんですけどね.
行ってこられた”かついち”さんが羨ましいです.
それと,”びーちぇ”さんのサイト読ませていただきました.大変素晴らしいエントリーでした.昨日,TVで所功氏が母系社会云々の話をしてましたが,このエントリーをよく読んでいただきたいものです.
2006/02/13(月) 10:34 | URL | kousotsudr #-[ 編集]
>カァさん
私も、国家というのは「共同体」だと考えています。そして、「国家」「天皇」「憲法」の位置関係も、カァさんが言われる通り、おかしくなっていますよね。今回の問題をみてましても、「憲法」が最上位にあって、それを元に典範改正をしようというのは間違っています。

そもそも、GHQの統治下で、占領政策の一環して作られた憲法を、「不磨の大典」として後生大事に持ち続けているのが、大きな間違いです。

まずは憲法を改正し、それから皇室典範を改正すべきだろうと思います。

>百式さん
確かに、文末にもリンクバナーを貼った方が、バナーをクリックして拙ブログ応援して下さってる方には親切ですよね。百式さんに言われて気がつきました。
文末にも貼るのは少し厚かましいかな、なんて考えていたのですが、貼ることにします。ご意見ありがとうございました。

>かついちさん
私も昨日岡山での講演会に参加しました。すごく良かったのですが、今日は疲れて終日ダウンしてました。
明日には元気になりたいです。
2006/02/13(月) 00:29 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
旧皇族の皇籍復帰と典範改正議論
この辺について私の考えを述べたいと思います。よく旧皇族の皇籍復帰といいますが、正確には旧皇族の「御子孫」の皇籍復帰であり、御子孫の「皇籍復帰」という表現も実は正しくないと思われます。現在一般市民として過ごされている旧皇族のお子様、お孫様が皇室に入られると言うことは、現実には女性が皇室に入ることと同一です。しかし、皇族であった方々の血統を引き継いでいるという点では大きく異なります。血統重視でいけば、旧皇族の男系男子が婿入りすることのほうが、国民感情としてはすんなり受け入れられると思われますが、現実は女性が皇室に入られることよりも社会的な見方が違ってきます。より厳しい面があります。皇室典範を改正するなら、女系を認める代わりに、宮家に養子縁組を認める特別措置を入れた改正案を入れるべきではないでしょうか。養子縁組でしたら、事実上その宮家当主の実子となるわけですから、民間人の云々という議論はそもそも起こらないと思うのです。今の議論はまず皇太子殿下の次の皇位継承候補者を直系に限定して考えるからいけないのです。そして、女性天皇が結婚してお子様をもうけられることを前提にして他の考え方を排除したような見方をするからおかしくなるのです。もっとも、本来政争の具にしたくない案件であるので、旧皇室典範の成立の最初に立ち戻って、本来あるべき姿にお戻しするのがいちばんいいのでは、と常々思っているのですが・・・。
2006/02/12(日) 09:01 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
建国記念の日奉祝中央集会
行って参りました。途中からの参加でしたが、第二部の小堀先生の講演はなかなか為になりました。
spiralさんが示された「紀元節」という歌も、私実は今日初めて聴きました。どんな歌なのか知りませんでしたが、聞いてみると比較的すぐに口をついて出てくる、素朴な歌です。
まず憲法の成立と新旧憲法の成立過程の違いと、日本における憲法の意義など、とても貴重なお話をしておられました。メモをとらなかったので詳しいことは書けませんが、一つ結論を言えば、憲法や法律は歴史の中で施行された武家の法律や大宝律令などによって、培った知識や知恵や経験に学べ、典範は長い伝統と経験の中で培った不文律の聖典であり「民のあずからざりし不磨の大典」であるので、本来は典範を皇室に返上申し上げ、皇室の家法とした上で皇室のご意志によって決められるのが筋である、というようなお話でした。
2006/02/11(土) 17:13 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
1つ御願いです
 ぼやきくっくりさんのブログにもありましたが、もうしばらく「女系反対」で沢山の方の意識が集まったら、紀子さまのプレッシャーを無くしてあげるためにも、「皇籍復活」が実現できると良いですね。
 ランキングが上位に有る方が、沢山の方々に見ていただけるようですから、文末にもリンクバナーを張っていただけないでしょうか?
2006/02/11(土) 11:00 | URL | 百式 #-[ 編集]
国家・天皇・憲法
>日本人は国家というのは自然に成立したものであり、また放っておいても存続するのだという錯覚に陥りやすいのではないか
 昔、日本人論が流行った頃、「日本人は安全と水はタダだと思っている」と言われたことを思い出しました。水はともかくとして、安全保障については、明治の頃は列強の進出により植民地にされるのではないかと心配し、こんなふうには思わなかったでしょうね。国民が一致団結し、立ち向かわなければならないのですから、強烈に国家を意識したと思います。
 戦後は「平和ボケ」と言われますが、「国家」「天皇」「憲法」の位置関係も曖昧になってしまったように思います。国家と政府を同一視したり、天皇のご存在を憲法に根拠を求めたり、皆さん夫々の捉え方をしているようです。それが今日の典範改定の混乱を招いているようにも思います。
 私は、国家とは共同体であり、その共同体の中心に天皇がおられ、その共同体を維持・運営する為の取り決めが憲法、そして運営する組織が政府だと思っています。共同体には相互扶助や相互規制などの習慣法があり、それを基に憲法は作られるべきで、その習慣法の中に皇位継承のルールもあるのでしょう。だから有識者会議の報告書のように、憲法を論拠として、共同体の習慣法を廃するのは逆です。
 安全保障については、最近は支那の軍事的脅威などによって、「タダ」とは随分と変わってきましたが、これと同じように、そろそろ「国家」「天皇」「憲法」の位置関係も思い出して良い頃でしょう。
2006/02/11(土) 03:28 | URL | カァ #TdQI0TCw[ 編集]
>かついちさん
この問題に関しては、かついちさんの言われるとおりだと思います。政治家の間にも国民の間にも、まだまだ皇室に関する知識が広まっていないように思うので、そこから始めないといけませんね。
本来なら、公共放送であるNHKが、特番を組んで国民に皇室に関する知識を広める役割を果たしてくれるといいのですが、国民からお金だけ取って何をしているのでしょう。

>milestaさん
集会の情報を見ましたが、日本にはこのような輩があまりにも多すぎますね。
うちのお婆ちゃんの話では、こうした祝日には、学校で歌を唄って、その歌を通じて、自然に日本の伝統文化を学んでいたそうです。

数学者の藤原正彦さんの話だと、日本人は昔から歌が大好きな民族で、確か江戸時代の記録だったと思うのですが、下々の人まで皆が鼻歌を唄っていたのを、外国人が不思議に思っていたという話が残っているそうです。

こういう唱歌を、もっと学校で教えて欲しいです。

>びーちぇさん
情報ありがとうございます。
この問題は、まだまだ油断出来ない状況のようですね。
2006/02/11(土) 02:23 | URL | spiral(管理人) #-[ 編集]
なおも怪しい動きあり!
真名さんのサイトにアップされています。
一段落している場合ではないかもです。

「皇室問題:小泉官邸の画策がまた発覚」
http://blog.livedoor.jp/manasan1/
2006/02/10(金) 13:59 | URL | びーちぇ #VTZEej7w[ 編集]
またしてもGHQが・・・。
アメリカは独立記念日を派手に祝うのに。
それにキリスト教国は、異教徒からしたら信憑性の薄い神話-「イエスが生き返った」といわれている日(復活祭=イースター)を大々的に祝うではないですか。神武天皇の方がよっぽど史実に近い気がするけど。

歴史の浅いアメリカは、建国の日さえ曖昧という歴史の長さに恐れをなしてしまったのかもしれませんね。

しかし日本にも、こんな集会を計画している人たちがいます。日本という国ができたこと嬉しくないのかしら?
http://kyoukasyo.net/modules/newbb/reply.php?forum=2&post_id=92&topic_id=33&viewmode=flat&order=

紀元節の唱歌は始めて拝見しました。子供の頃からこうした歌に触れて、日本の成り立ちを想像していたりしたんでしょうね。情緒豊かな子供に育ちそうです。
2006/02/10(金) 11:55 | URL | milesta #4On3Ze.o[ 編集]
読売新聞朝刊より
<引用開始>政府与党は9日、女性・女系天皇を容認する皇室典範改正案の今国会への提出を見送る方針を固めた。秋篠宮妃紀子さまのご懐妊により、男子誕生の可能性があることから、男系男子による伝統的な皇位継承のあり方を現時点で見直すのは適当ではないと判断した。<引用終わり>

やりました!とりあえず。今国会での提出・成立がなくなったということで、とりあえずよかったです。
前のエントリにコメントしたとおり、今国会での成立はなくなったとはいえ、問題がなくなったわけではないので、このまま議論が立ち消えることがないように、国民も政治家も意識を持ってこの問題をいい方向に持って行くべきと思います。
男系維持派も、女系容認派も、お互いの主張をきちんと出して、どこがよくて、どこがいけないのか、お互いの意見を出し合いながら、議論をまとめていくことが必要です。そして何より、皇室の方々のご意見を伺うことも重要です。陛下も東宮殿下・秋篠宮殿下もこの問題についてはお話になることはないかもしれませんが、まったく伺わないというのは、法律がどうのこうの以前に、人としてどうなのかな、という気がしています。当事者である皇室のご意見を伺わないのは、まことに失礼を承知で申し上げますが、その家の後継者を他人である近所の町内会や自治会が決めるようなものです。そのような非人間的・非道徳的なことを国民や政治家がやってはいけません。それは日本の尊厳にかかわる問題です。古く長い歴史と伝統を有する日本国のこと、ちゃんと見つめてこれからどうしていこうか、今まさに国民全体で考えるべき時であると思います。
2006/02/10(金) 08:04 | URL | かついち #JalddpaA[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://hepoko.blog23.fc2.com/tb.php/122-61c1e815
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
みんなで日の丸を掲揚しよう! 傍若無人な不良外国人に、ここは日本でお前達の国ではない、と気付かせる効果がある。 今日が実質的な意味で最後の紀元節とならないようにしなければならない。 ←昔はそこかしこで日の丸を見たものだという懐かしい記憶のある方は是非クリ
2006/02/17(金) 20:17:29 | 星空の下で
●◎祝◎皇紀2666年◎●建国記念の日   奉祝茨城県民大会開催!●◎☆★東中野修道先生が講演★☆    演題 『二千年の歴史を誇る皇室伝統』■■ 行事報告 ■■  平成18年2月11日午後1時より、水戸市、常磐神社会館に於いて、皇紀2,666年建国記念
2006/02/13(月) 19:07:37 | 日本の心を育むネットワーク
ちょっと更新できなかったもので話題に時差がありますが,建国記念日の話題. この模様,当日のNHKで見てたんですが,1500人と300人の違いを同列に扱うNHKのいやらしさはまぁ良しとしても,考え方や思想の違いって明確に身なりに出るもんですね. [http://www.asah
2006/02/13(月) 10:21:12 | もののふのこころ
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★「日本解放第二期工作要綱」(前回よりの続き)≪B 工作主点の行動要領≫第1.群衆掌握の心理戦 駐日大使館開設と
2006/02/12(日) 23:04:09 | 釣りキチおやじの言いたい放題
 我が子たちの通うオーストラリアの公立小学校。2年生でも一桁の足し算を指を折って数えていたりしていて、「大丈夫?」と思うこともあるが、総合学習のプログラムは実によく出来ている。学期毎にテーマが決まって、そのテーマに関することを科目に関係なく学習する...
2006/02/11(土) 01:25:02 | 教科書問題ブログ - milestaさんのブログ - 電脳教科書補完録