『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
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いよいよ明日は手術の日です。なのに体調がイマイチで困ってます。(^^;手術開始は午前8時です。大体3~4時間ぐらいかかるようです。私の心臓は人より弱っているので、少し難しい手術になるそうです。
術後は何日か集中治療室へ入るので、手術結果をすぐに知らせることが出来ないのですが、出来るだけ早く知らせます。
それでは、皆様の応援を胸に頑張ってきます!
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※今回の記事は、この度の入院でお世話になった方々への感謝の思いを書きました。

たくさんの皆様方のお世話になり、無事に出発日を迎えることが出来ました。本当にありがとうございます。今は緊張感と、期待と不安とが入り混じった心境です。

今回の二ヶ月以上に及ぶ入院生活は、僕にとってはすごく長いものでした。最初の一ヶ月くらいは何とか無事に過ごしていましたが、二ヶ月近くなると、自分では意識はなかったのですが、段々とストレスが溜まってきていました。あまり動けないというのもストレスでしたし、一日の大半を、病室の中で誰と話すでもなく一人で過ごす生活は、精神的にかなりきつかったです。それに、一人で病室にいると、たいていネガティブな考えが頭に浮かんできて、気分が重くなっていました。そんな時は、声を出して、「大丈夫、心配ない!未来は必ず開ける!」と自分を鼓舞するようなことを言ってたのですが、それも効力がなくなって、ある日もう病室にいること自体が耐えられなくなって、看護婦さんに無断で(たまたまナースステーションに誰もいなかったので結果的にそうなったのですが)病室を出て、一人で外の空気を吸いに行きました。しかし、外へ出るとすごく寒かったので、すぐに院内に戻ったのですが。(笑)

院内へは戻ったものの、気分は重いままだったので、院内を歩いたり、喫茶コーナーでお茶を飲んだりして、気持ちを落ち着かせてから病室に戻りました。その間、多分二時間くらいだったと思うのですが、担当の看護婦さんも僕が急に出て行ったので心配して下さっていたみたいで、迷惑をかけてしまいました。すぐに帰ろうとは思っていたのですが、なかなか気持ちの切り替えが出来なくて、戻れなかったのです。
その後、久しぶりにたくさん歩いたので、気持ちは少し晴れたのですが、疲れてダウンしてしまいました。

本来なら、このような状況になる前に、その日担当して下さる看護婦さんに小出しにでもそのことを伝えておけば良かったのですが、僕はこの病院には何度も入院していて、看護婦さん達がすごく忙しくされているのを知っていたのもあって、なかなか言えませんでした。中には僕の様子を敏感に察知して、声をかけて下さる方もいましたが、そのような方が毎回担当になるとは限りません。そんなことで、段々とストレスが溜まってしまったようです。

そのようなことがあってから、看護婦さんも今までより僕の様子を気にかけて下さるようになり、僕も自分の思いを出来るだけ話すようにしました。

勿論、普通に生きていて僕のような病気になることはまずないので、僕の話すこと全てを分かって貰うのは難しかったけれど、話を聞いて貰えるだけで、かなり気分が軽くなりました。

今回の長い入院生活では、上記のように精神的にに苦しかった日もありました。しかし、その分皆さんがして下さったことが、とってもとっても嬉しく感じました。

僕の様子がおかしい時は、誰よりも早く察してくれて、話を聞いて下さり、終始細やかな配慮をして下さったTさん。
その日が僕の担当でない時でも、病室に来て下さり、話を聞いて下さったTさん(個人的にはメガネをかけてる姿が可愛いかったです)。
車椅子で病室から連れ出して下さり、熱帯魚の水槽を見たり、お茶をしながら(僕だけお茶を飲んで申し訳なかったのですが)、長い時間話をして下さったTさん。
本来受持だったはずなのに、何故か担当の日が少なかったKさんは、いつも陽気で面白い方で、一緒にいるだけで沈んだ気分を明るくしてくれました。
唯一の男子だったKさんは、爽やかな好青年で、よく声掛けをして下さいました。
今月一番担当の日が多かったMさんは、笑顔がすごく可愛くて、その笑顔を見るのが楽しみでした。最後の日に初めて担当して下さったIさんは、看護婦さんの中では若い方だと思うのですが、すごく気配りが出来て、僕の話もよく聞いて下さったので、最後がIさんで良かったです。

その他、挙げていけばきりがないですが(他にも良くして下さったのに挙げられなかった方すいません)、そうした一つ一つのことが、僕に元気を与えてくれて、入院生活を支えてくれました。

最後に、長年僕の担当をして下さり、病室にも小まめに足を運んで下さった先生、葉山まで付き添って下さる先生、食事の配膳など、様々な仕事をして下さったスタッフの方々、本当に感謝しています。

そして何より、今回僕のお世話をして下さった全ての看護婦さんに感謝しています。僕の人間としての器が小さいために、あまり話しかけることが出来なかった方もいますが、そうした方々も真摯にお世話して下さったこと、嬉しく思っています。

それでは、葉山でしっかりと治療をして貰って、必ず元気になってまた皆様にお礼のご挨拶に伺いますので、僕のこと覚えておいて下さいね。(^o^)

本当に、ありがとうござました。




※いつも拙ブログを読んで下さっている皆様へ

私が入院して以降、殆ど更新が出来ない状態にも拘わらず、いつにも増してたくさんの拍手等下さり、ありがとうございます。とても嬉しく、励みになっています。これから葉山へ向かいますが、元気になって戻って来て、いつものブログを再開するのを目標に頑張ります。葉山では携帯が原則使えないようなので、ブログで近況報告が出来るかどうかは分かりませんが、出来るようならしていきますので、宜しくお願いします。

前回の記事で、葉山ハートセンターへの転院が延期になったことを書きましたが、日程が決まりました。今月25日に転院し、12月1日に手術をする事になりました。
今の体調は落ち着いており、まだ半身だけですが、シャワーを浴びることも出来るようになりました。一昨日は、入院以来二ヶ月ぶりに自宅へ戻ることも出来ました。自宅へ戻る道中は、家で発作が起きた時のことが思い出されて、少し不安な気持ちになりました。家に着くと、恐る恐る家に上がり、母の作ったご飯を食べ、自分の部屋のベットで休んでいたのですが、その間に、徐々に不安がなくなっていきました(完全に不安が払拭されたわけではありませんが)。数時間の滞在でしたが、家に戻れたというのは嬉しかったです。

普段は当たり前だと思っていた家での暮らしが、如何に有り難く、幸せなことなのか、改めて分かりました。

そして、その当たり前の暮らしを支えて下さる陰の力、「お陰様」という言葉がありますが、それに対しても感謝の念も持たなければならないと思いました。

日の光や空気、水、大地を与えて下さる大自然、。この日本国を、時には命懸けで守り、私たちまで伝えて下さったご先祖様。日々国民の安寧を祈って下さる天皇陛下。国防を担う自衛隊。あるいは警察官や消防士の方々。
そして、蛇口をひねれば水が出て、いつでも電気が使えるなどということも、多くの方の尽力があってこそです。

ともすると、こうしたことは忘れがちになりますが、私たちが当たり前だと思う暮らしが出来るのは、それを支える陰の力があればこそです。

普段当たり前だと思っていることが、実はとても幸せなんだということ。そして、様々なお陰を頂いてその幸せがあるのだということを意識し、感謝の念を持って日々を暮らしていかなければ、なんてことを考えさせられた一時帰宅でした。

それでは、また近況を報告します。