『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
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今回は、社団法人実践倫理宏正会発行の『倫風』12月号より、渡部昇一氏(上智大学名誉教授)の書かれた論文を引用します。


◎ガッツ

■「精神」を表す言葉

英語には「こころ」とか「精神」を示す単語がいくつもある。それぞれ起源は違うのだが、日本語と応じているものもある。

まず人間の精神と言えば、「知力」ということになるが、これはmind(マインド)である。この語源はmental(メンタル)と同じだ。メンタル・テストというのは知能検査であるが、これはマインドの能力をためすことである。マインドのありかは「頭」である。「頭がよい」というのは知力が優れていることを意味する。そのうち解剖学が発達してきて、知力は単に「頭」ではなくて「脳」だということになった。これが、brains(ブレインズ)である。複数形なのは、解剖してみると右脳と左脳の二つあったからだという理由らしい。この頃は「頭がよい」という形容詞にbrainy(ブレイニー)が使われているのがしばしば目につく。「頭がよい」では足りずに「脳がよい」というわけだ。

ところが人間の精神は「知力」だけではなくて、「思いやり」とか「情け」という働きもある。その場合の精神のありかは心臓、つまりheart(ハート)だ。驚いたり、恋をしたりすると心臓がどきどきすることは万人の体験するところであるから、心臓とそういう精神活動が深い関係にある事は明らかだ。英語辞典でもハートには「心」という訳語も与えている。

ところで「知」でも「情」でもない精神の働きに「勇気」というものがある。普通、英語では勇気をcourage(カレッジ)というが、これは元来、ラテン語の心臓(cor:コル)から出ている。「心臓が強い」というような言い方もあるのだから、心臓と勇気を結び付けてもおかしくない。しかしこの頃の英語では勇気に関係がある精神の働きを示すのに、guts(ガッツ)を使うことが断然多いように思う。ガッツは複数形になっているが、「腸」のことである。「ガット線」といえばヴァイオリンなどの弦のことで、腸線とも言う。近頃のアメリカ人は勇気を示す時、精神は腸のあたり、つまり腹にあると感じているらしい。日本でもこの頃では、臆病な人を「あいつはガッツがない」などと言うようになった。「頭がよい」、「心がやさしい」、「肚(はら)が据(す)わっている」など、日本人も精神の働きはだいたい三つあると考えているようである。人体の基本構造に東西の違いがあるわけではないのだから、日本語と英語で似たような表現になってもおかしくない。

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今回は、『ザ・リバティ』12月号より、恵隆之介氏(沖縄在住ジャーナリスト)へのインタビュー記事を引用します。

◎沖縄への「思想侵略」は始まっている
米中がせめぎ合う中、沖縄県民はどこに向かおうとしているのか。沖縄在住のジャーナリスト、恵隆之介氏に話を聞いた。


■沖縄への軍駐留が悲劇を生む?

沖縄宜野湾市で9月29日、県知事はじめ各政党や労働組合、大半の自治体などが参加を呼びかけた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が行われた。文科省の教科書検定で、沖縄戦の「集団自決」の記述から「日本軍が強いた」という記述が削られたことに沖縄県民側が反発。文科省の検定意見は必ずしも明確ではない「日本軍による強制」について修正を求めたものだが、この日の集会では「軍の関与を否定した」と怒りを爆発させた。

県PTA連合会のある役員は、沖縄の”空気”についてこう語る。

「この2ヵ月ぐらい、地元マスコミが異常なほどあおって世論が作り上げられ、市町村議や県議らが各方面に”圧力”をかけていきました。もう県民大会に行かないと、仲間じゃないという扱いですよ。公務員や教職員はほとんど”参加強制”でした。教育委員会が各学校の校長に『絶対に行くように』と電話していましたから」

12満人を超える民間人が犠牲になった沖縄戦の悲劇を後世に伝えることは極めて重要なことだ。ただ、沖縄を取り巻く東シナ海や西太平洋で中国軍の存在感が増す中では、日本軍のひどさや米軍基地の撤去を訴え、「沖縄に軍隊が駐留していると悲劇を生む」とする考え方は別の意味を持つ。それは万が一のときに中国軍を引き込む論理に転化しかねない面があるのだ。
今回は、テロ特措法の期限切れにより、中断せざるを得なくなったインド洋での補給活動に関するニュースを幾つか引用します。

■テロ特措法 期限切れ、補給艦に撤収命令…インド洋給油
11月2日9時46分配信 毎日新聞
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※艦内の食堂で石破防衛相のビデオ訓示を聞く「ときわ」の乗員ら=アラビア海北部で2007年11月1日午後、高橋宗男撮影

 テロ対策特別措置法が1日で期限切れとなり、政府は海上自衛隊がインド洋で約6年間続けてきた給油活動を打ち切った。石破茂防衛相は同日午後3時、派遣していた補給艦「ときわ」と護衛艦「きりさめ」に、活動を終結し帰国するよう撤収命令を発令。両艦は日本時間の2日午前0時をもって活動を終了し、帰国の途についた。約3週間で日本へ到着する。
 福田康夫首相は「テロとの戦いは道半ば。補給活動を速やかに再開する必要がある」との談話を発表した。
 アラビア海周辺国にある補給港の沖合に停泊した「ときわ」の艦内。活動終了を受けて尾島義貴・第6護衛隊司令は艦内放送で訓示を行い、「国際社会が一致して取り組んでいるテロとの戦いに、我が国も積極的かつ主体的に参加する意思を表示するという意味でも、極めて重要であったと確信している」と強調した。
 アラビア海から近いアフリカ東部ソマリア沖のアデン湾では、28日に日本企業が所有するタンカーが海賊に乗っ取られたばかり。尾島司令はこの事件にも触れ、「先ほどまでは、我々もこの地域の安定に寄与していると思っていたが、今は外国任せとなり、しっかりやってくださいと祈るだけである」と無念さをにじませた。
 乗員には活動終了への安堵(あんど)と、支援が途切れることへの割り切れない思いが交錯した。給油活動の現場を担当した南真悟3曹(30)は「妻にメールしたい」とほっとした表情を見せる一方、「いつもなら次の部隊を迎え、引き継ぐのに今回はない。帰国するという実感はわかない」と語った。【古本陽荘、アラビア海北部・高橋宗男】



■海自撤収 英「中断は打撃」
11月2日8時1分配信 産経新聞

 【ロンドン=木村正人】英国防省スポークスマンは10月31日、海上自衛隊による給油活動の中断について産経新聞の取材に対し、「日本を失うことは連合国の洋上給油能力に打撃を与える。日本が給油活動や復興支援を通じアフガニスタンの未来へ重要な貢献を継続することを望む」と回答した。

 日本がアフガン支援の隊列から離脱することについて、同スポークスマンは「海上自衛隊の存在は非常に重要であり、日本が国際社会に関与している大切な象徴だった。われわれの活動は一国の貢献に頼っているわけではないが、どの部隊が欠けても精巧な機械の部品を失うようなものだ」と指摘。日本からしか給油を受けていないパキスタンなどを念頭に「日本の撤退はこうした国々の参加に影響を与える」と懸念を示した。

 また、米英軍の作戦行動に関する日本の情報開示要求が細部にわたり米国をいらだたせているとされる点については、「わが国が日米関係に立ち入るのは適切ではない。英海軍と海上自衛隊の協力は緊密で効果的だ」と言及を避けた。

 同スポークスマンはアフガンの治安情勢について、「タリバンや他の武装勢力が民主的に選出された現政権を脅かすにはいたっていない」としながらも、「同国の復興支援に今後どれほどの期間を要するのか予測するのは不可能だ」と活動の厳しさを示唆した。



■海自の給油活動中断を懸念=豪
11月1日16時0分配信 時事通信

 【シドニー1日時事】オーストラリア政府は1日、インド洋上での海上自衛隊による給油活動の中断について、「懸念している。日本の役割は重要で、活動が再開されることを望んでいる」とのダウナー外相名の声明を発表した。
 豪州は米英などの「海上阻止活動(OEF-MIO)」には参加していないが、アフガニスタンで治安維持活動を担う国際治安支援部隊(ISAF)に軍隊を派遣。同国には約1000人の豪軍が駐留している。

 

■軍事給油撤収の「ときわ」、隊員に誇りと戸惑い交錯

 テロ対策特別措置法の期限が切れた1日午後7時(日本時間2日午前零時)。海自補給艦「ときわ」で、第6護衛隊司令の尾島義貴1佐(47)が訓示し、「国際社会で我が国の評価を高めることができた。我々に付与された任務は日本への帰投だ。祖国日本へ向けて針路を取る」と3か月間の活動の成果を強調した上で帰国を指示した。

 1日、気温33度の炎天下、隊員約140人は淡々と任務に励んだ。隊員の間では任務完了の誇りと、与野党対立で帰国が早まったことへの戸惑いが交錯した。

 「ときわ」艦長の菅原貞真2佐(54)が「気を入れて頑張ろう」と気勢を上げると、家族とメールでやり取りする若手隊員は「一日でも早い帰還はうれしい」と声を弾ませた。

 ただ、帰国を喜ぶ隊員は多くなかった。先任伍長の増田昭夫海曹長(48)は「途中で帰るのは複雑な気持ちだ」と語った。「ときわ」と護衛艦「きりさめ」は7月に日本を出港、今年末まで渡航の予定だった。だが、“任務半ば”での帰国となった。

 2001年12月に始まった給油活動に参加した隊員は延べ1万人を超えた。国際貢献にあこがれ、海自入りした若者も多く、下重龍太1士(19)は「海外であこがれの仕事を続けたい」と語った。洋上給油に従事する南真悟3曹(30)は「命令があれば戻ってくる」と断言した。

 尾島1佐は艦内の雰囲気についてこう語った。

 「我々は帰国しますが、(他国の)海の男たちがなお一生懸命、活動しているということです」。

(2007年11月2日3時3分 読売新聞)



インド洋での給油活動が、小沢民主党の頑な反対により、ついに中断することとなりました。日本の国益よりも、党利党略を優先した小沢氏には憤りを覚えます。