『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
TOPフリーエリア
☆拙ブログは「日本文化チャンネル桜」を応援しています。 日本文化チャンネル桜動画 日本文化チャンネル桜
☆拉致問題解決へ向け、署名をお願いします。用紙は下記アドレスよりダウンロードできます。http://www.sukuukai.jp/img/syomei200604.pdf

今回は、日本政策研究センターの情報誌「明日への選択」三月号より、シベリア抑留を体験された蜂谷彌三郎氏へのインタビュー記事を引用します。少し長い文章ですが、是非読んでみて下さい。過酷な状況下にありながら、日本人としての矜持を持って生き抜いて来られた蜂谷氏の生き方、そして蜂谷氏を支えた二人の女性との愛情物語には感動します。


■シベリア50年で知った祖国の恵み
五十年間待ち続けた妻と「他人の不幸の上に自分の幸せは築けない」と送り出してくれた女性―この愛情物語の背景には、一人の日本人の祖国への熱い思いがあった。

「近々、私の半生がドラマとしてテレビで放送されます」

小誌の読者である蜂谷彌三郎(はちややさぶろう)さんから、そんな連絡をいただいたのは昨年十月のことだった。

現在、蜂谷さんは八十九歳になるが、終戦後、平壌で引き揚げを待っていた昭和二十年、無実の罪でソ連軍に連行され、平成九年に帰国するまで五十年もの間、ソ連での抑留生活を送った方である。

蜂谷さんが言った番組は、昨年十一月二十五日、阿部寛が蜂谷さん役を演じ、黒木瞳が蜂谷さんの妻の久子さん役を演じた「遥かなる約束」(フジテレビ系列)として放送され、これを観た小誌の読者からも感銘の声が届けられた。編集部ではこの放送をきっかけに、ぜひ直接お話を伺いたいと、蜂谷さんに取材を申し入れた。

「帰国以来とにかく日本のことを知りたいと思って、大手の出版社が出している色々な本や雑誌を読んでいますが、『明日への選択』は今の日本がどうなっているのかということが一番よく分かる。薄いのに、肝心なことがぎゅっと詰まっていて余計なことが書いていない。私には一番向いているんですよ」

こう言って快諾して下さった蜂谷さんを、鳥取県の自宅に訪ねたのは二月初旬のことである。

実は蜂谷さんの半生は、今回放送されたドラマの他にも、「クラウディアからの手紙」(ホリプロ)という舞台劇や『クラウディア 奇蹟の愛』(村尾靖子著、海拓舎)などの本にもなっている。それらは、蜂谷さんを支えた二人の女性の「純粋な愛」を軸として物語が構成されているのだが、今回じかに話を聞いたところ、そうした愛情の物語だけでなく、「石にかじりついてでも、生きて日本へ帰る」という祖国への思いが蜂谷さんを支えていたことを知り、深い感銘を受けた。

記者のインタビューは昼食をはさんで五時間にも及んだが、その取材メモをもとに、五十年に及ぶこの物語の、そもそもの経緯から話を始めることとしよう。
スポンサーサイト
今回は、昭和史研究所会報(第120号)より、郡順史氏(時代小説家)の論文を引用します。


■大東亜戦争下の青春

一、
大東亜戦争下の青春は暗かった。まるで地獄の底のように憂鬱で、夢も希望もなかった、と主張する人が未だにいる。

そういう人に先般逢った。

今年(平成十九年)正月五日、ある団体の新年会が終り、席をあらためて日本茶やコーヒーを飲む席に於てであった。集う人々は三十代から二、三名の八十歳の二十五、六名。つまり殆どが戦争体験者でもなく、むろん大東亜戦争下に青春を送った人ではなかったわけである。

二十分ほどして、あちこち話がはずんでいる最中、突如一人の年輩の男が立ち上って、周囲を見廻し、いや睥睨(へいげい※にらみつけて威圧すること)してと表現したほうがよい表情で、大声で、

「あの時代の青春は暗かった。まるで真暗だった。諸君、我々は後輩に、二度とあんな青春時代を送らせてはならん。青春とは、何物にも拘束されず、自由で平和で夢と希望に満ちあふれたものでなければならないのだ。我々は先輩として二度と再びあのような暗い悲惨な青春を後輩に持たせぬよう、語り継ぎ反動勢力と戦わねばならぬ責任があるのだ」、

多少残りの酒の勢いもあるのだろうが、物凄いばかりのきめつけ方である。

聴いて、小生は少々違う。君が暗い青春と決めつけるのは君の勝手だが、明く充溢感を持ってあの時代に青春を送った者も大勢いるのだ。一方的に決めつけてはいかん。

と、反論を述べようとしたら、小生より先に立った人がいた。吠えた人物も、反論に立った人も、小生と同年配の八十代半ばの人であった。つまり大東亜戦争の末期に軍隊生活を送った人のようだ。
今回は、『祖國と年』4月号より、鈴木由充氏の書かれた『「昭和の日」を迎えるにあたって』という論文を引用します。日本文化チャンネル桜「報道ワイド日本」(4月11日放送分)をご覧になられた方は分かるかと思いますが、番組中でキャスターの高森明勅氏が、「これ本当は時間があれば丁寧に紹介したいんですけど・・・」と言われ、タイトルの紹介のみで終わってしまったものです。


「昭和の日」を迎えるにあたって
昭和天皇と昭和の国民の矜持(きょうじ)


鈴木由充

■昭和二十年八月十五日の皇居前広場

今年の四月二十九日は「昭和の日」である。「みどりの日」は五月四日になった。平成十七年の祝日法改正を受けて本年より施行される運びとなり、その趣旨には「激動の日々を経て復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いを致す」とある。

昭和は遠くになりにけり――平成も十八年を経、今や「昭和」を知らない世代が成人を迎えようとする時代である。昭和天皇のお誕生日が、「みどりの日」などという無味乾燥な名称から、その本来の意味とぬくもりを取り戻したことの意義は大きい。「昭和の日」推進ネットワーク、「昭和の日」推進議員連盟をはじめ、「昭和の日」実現のために長年粘り強い運動を続けてこられた方々に、改めて敬意を表したい。

■温家宝首相が国会演説、歴史認識問題で苦言

 来日中の中国の温家宝首相は12日午前、中国の首相として初めて国会演説を行った。今回の来日を「氷を溶かす旅」と位置づける温首相は、演説の冒頭、「友情と協力のために貴国にきた」と強調した。日中戦略的互恵関係の構築の重要性をアピールする一方、歴史問題に相当の時間を割き、日本側の深い反省とおわびの態度を実際の行動で示すよう求めた。

 演説で温首相は、奈良時代の遣隋使・阿倍仲麻呂や鑑真和上などに言及しつつ、「両国の友好往来は時間の長さ、規模の大きさと影響の深さは、世界文明発展の歴史に類をみない」と述べ、友好関係の必要性を表明。戦略的互恵関係の構築に向けて(1)相互信頼増進(2)大局的、長期的視点(3)平等互恵志向(4)交流強化-などの重要性を訴えた。

 ただ、温首相は、先の戦争について「日本政府と指導者は、何回も歴史問題について態度を表明し、侵略を公に認め、被害国に深い反省とおわびを表明した。これを中国政府と人民は積極的に評価する」と指摘。その上で、「日本側が態度表明と約束を行動で示すことを心から希望する」と語った。安倍晋三首相の靖国神社参拝を牽制(けんせい)する発言とみられ、「歴史を鑑とすることは恨みを抱え続けるのではなく、よりよい未来を切り開くためだ」と強調した。

 温首相は国会演説に先立ち、河野洋平衆院議長、扇千景参院議長とそれぞれ会談した。

(産経WEB 2007/04/12)


※今回の温家宝首相の演説の全文が下記のブログに掲載されています。
■中華電波観測所

今回行われた温家宝首相の演説について、西村真悟氏がメルマガにて的確な批評をされているので引用します。
今回は、日本教育再生機構の会報誌より、櫻井よしこ氏の論文を引用します。


■記憶喪失者としての日本人

自分の過去、つまり自分をも含めて家族の歴史を知らない人間は、記憶喪失者同様、真の意味で自分ではあり得ない。同じ意味で、歴史を学ばない日本人は真の意味で日本人ではあり得ない。

そう自覚するとき、この国にいまどれほど切実に、日本人としての教育が求められているかが痛感される。先陣の足跡を教えられてこなかった日本の子どもたちは、自分たちの”先輩”、つまり幾十年が前の日本の子どもたちにかつて外国の人々が驚き刮目(かつもく)したことも知らないだろう。

明治のはじめに来日した日本研究者のE・モースは「日本の子どもほど行儀がよくて親切な子どもいない」と書いている。彼は或る日、自分の料理番の娘とその娘の友人二人を伴って本郷通りの夜市見物に出かけた。二人に一〇銭づつ与えて、彼は九歳か一〇歳の日本の少女がどのように振舞うか、注意深く観察したのだ。すると少女らは「地面に坐って悲し気に三味線を弾いている貧しい女、すなわち乞食の前に置かれた笊(ざる)に」、モースが何も言わないのに「それぞれ」一銭ずつ落とし入れた」という。

夜店が並ぶ賑やかな通りを歩きながら、二人の幼い子どもたちは気の毒な乞食の前を素通りすることなく、そっとお金を落として入れてやった。慈悲と礼節あるかわいい姿に、モースは心底驚嘆しているのである。

いま、日本の子どもたちに同じような心の優しさと慎ましい振舞いを期待するのは難しい。それどころか、ホームレスは抵抗しないということを知った少年たちが彼らを襲う事件も頻発している。弱い子を孤立させ苛(いじ)める問題も後を絶たない。それは何故か。かつて、日本人は、子どもといえども、強きを挫(くじ)き弱きを扶(たす)ける気概を持っていたこと、そうしたことの大切さを教えられていないからである。

教えるには、言葉よりも行動である。子どもは大人の言葉の三〇%を聞くが、七〇%は大人の行動から学ぶ。まさに子どもは大人の背中を見て育つ。だからこそ、よい子どもを育てるにはよい大人がいなければならない。大人に対する教育が大切なゆえんである。

大人への教育で重要なのも、歴史教育である。いま日本は同盟国米国の下院本会議で取り扱われている慰安婦問題に関してのきわめて不名誉な謝罪要求決議案に直面している。政府与党内にも米国の知日派のなかにも、大騒ぎをしないで黙殺するのが上策との意見がある。

だが、摩擦を避けるために、根拠なき非難を受け入れ、不名誉の淵に沈み続けることは、日本人として、また日本国にとって、許されるはずがない。日本人はそんな不名誉な民族ではなかったと、歴史に基づいて勇気を以て主張するその姿こそ、子どもたちに見せていかなければならない姿である。(終)


私が視聴している衛星放送の「日本文化チャンネル桜」が、今月より無料放送となります。スカイパーフェクTV!が受信出来る方は、是非ご覧下さい。

詳細は、チャンネル桜のHP、及びメルマガより引用します。

【重要なお知らせ】 チャンネル桜 放送形態の変更について

日本文化チャンネル桜は、平成十九年三月三十一日をもってスカイパーフェクTV!Ch.767における24時間放送を休止し、同Ch.241「ハッピー241」の夜の時間帯で放送を続けることになりました。

チャンネル桜は、我が国の伝統文化の復興と保持を目指し、戦後日本を見直そうとする日本で最初の、そして唯一の草莽メディアとして創立されました。

今、世界の大転換期にあって、この草莽崛起、独立不羈の「志」を実践、推進し、日本人としての「正論」を皆様に発信し続けるため、今回の苦しい選択をさせていただくことになりました。

私達のチャンネルは、いかなる政治団体・宗教団体・大企業等から、一円のお金さえも受け取らぬ、文字通り、独立不羈の草莽チャンネルであります。

私達はそれを誇りに思います。

日本文化チャンネル桜の社是は、「草莽崛起」(吉田松陰)と「敬天愛人」(西郷南洲)であります。

その旗印を高く掲げ、これからも私達の「志」実現へと邁進する所存であります。

しかし、現実の問題として、衛星放送の経営は、衛星使用料・スカパーのプラットホーム料だけでも、一年間で一億数千万円が必要であり、番組製作費、運営、事務経費、人件費等を考えますと、最低でも年間約四億円程度の資金が必要となります。

皆様からいただいてきましたこれまでの視聴料・協賛コマーシャルだけでは、まことに残念ながら、維持することが出来ませんでした。

遺憾ながら、チャンネル桜の累積赤字は、五億円を超えました。

私達は、新たな再出発を決意しました。

チャンネル桜代表の水島総は、それまでオーナー社長として経営してまいりました、スカイパーフェクTV!Ch.787「ウィンズ・フィリピノ・チャンネル」の全株式を売却し、これによって、チャンネル桜の全債務を解消しました。

同時に、その売却益残高二億円が残りました。

水島は、全く無借金状態の実現とその二億円の資金によって、新たな日本文化チャンネル桜の再出発と映画「南京の真実」製作を決断しました。文字通り、背水の陣であります。

もうひとつ、私達の大きな決断があります。

これまで、有料放送として毎月視聴料をいただいてまいりましたが、四月以降は無料とすることを決めました。

これによって、スカイパーフェクTV!の視聴者四百万人以上の皆様が視聴可能となります。

チャンネル桜の存在感と影響力は、インターネット放送の同時推進と併せて、これまで以上に大きくなります。

「国難」とも言える我が国の現在を考えるとき、私達はこの決断を選びました。

チャンネル桜は、皆様からの協賛広告や視聴協賛金だけが、唯一の収入源となります。

これまで、協賛広告をいただいてまいりました皆様におかれましては、引き続き、協賛広告をお願い申し上げたく、また、ご視聴いただいた皆様におかれましては、この草莽チャンネルを支えるため、桜の銀行口座に「視聴協賛金」として、お送りいただければ、幸いであります。

私達は、日本人としての誇りと勇気を忘れ、損得や打算だけで物事を考える戦後日本人の在り方に、疑問を投げかけてまいりました。

私達は、自分達の発したその言葉を「言葉通り」実践いたします。

命もいらず、名もいらず、
官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。
此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして
国家の大業は成し得られぬなり。
【西郷南洲翁遺訓】より

私達は、「仕抹に困る」メディアであり続けようと決意しています。私達は、日本を最も愛するメディアであり続けます。私達は、日本と日本人を信じます。私達は、日本と日本人の未来を信じます。

私達は、草莽崛起メディア「日本文化チャンネル桜」です。

日本全国草莽の皆様のご支援ご鞭撻を心よりお願い申し上げます。

日本文化チャンネル桜社員一同