『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
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■首相の靖国参拝「違憲」 大阪高裁判決 宗教的活動に当たる

小泉純一郎首相の靖国神社参拝は憲法の政教分離原則に反し、精神的苦痛を受けたとして、台湾人や日本人の戦没者の遺族ら百八十八人が国と小泉首相、靖国神社に、一人当たり一万円の損害賠償を求めた「台湾靖国訴訟」の控訴審判決が三十日、大阪高裁であった。大谷正治裁判長は、小泉首相の靖国神社参拝について「公的行為」と認定したうえで、「参拝によってもたらされる国と靖国神社のかかわり合いは、社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超える」として、憲法二〇条の禁止する宗教的活動に当たるとの判断を示した。

同種の訴訟は計七件起こされているが、高裁レベルで違憲判断が示されたのは初めて。

大谷裁判長は、損害賠償請求については、「権利や利益が侵害されたものと認めることはできない」として、原告側の控訴を棄却した。

判決は、小泉首相の靖国参拝の性格について、「主たる動機ないし目的は政治的なもの」などとしたうえで、「私的な動機、目的で参拝したとみる具体的な事情はうかがえない」と公的参拝と認定した。

さらに、「私的か公的かを公に明確にすべきで、あいまいな言動に終始する場合には公的行為と認定する一つの事情とされてもやむを得ない」と述べた。

参拝の宗教性については、「靖国神社が戦没者追悼の中心的施設と見る者が多数いるという事情があるとはいえ、本殿において祭神と直に向き合って拝礼する行為は、祭神を畏敬(いけい)崇拝する宗教的意義の深い行為」とした。

そのうえで、参拝が「社会一般に対し、国が靖国神社を特別に支援しているとの印象を与える」と認定。「その効果が特定の宗教に対する助長、促進になると認められる」とし、憲法二〇条三項の宗教的活動に該当するとの判断を示した。

損害賠償をめぐる判決自体は国側勝訴となっているため、国側は上告ができず、原告側が上告しない場合、違憲判決が確定することになる。原告側は判決後の会見で「上告は検討する」とした。

≪揺れる司法判断、議論尽くしたか≫

【視点】小泉純一郎首相の靖国参拝をめぐり、大阪高裁は三十日、高裁レベルとしては初の「違憲判断」を示した。同じ首相の参拝を「私的で、違憲主張は前提を欠く」とした二十九日の東京高裁判決などとはまったく異なる判断で、司法判断が分かれた格好。参拝前後に首相が「私的参拝」と明言しなかったことなどを理由に公的行為と認定するなど、判断の中身にも疑問符がつく内容となった。

大阪高裁判決は、首相の参拝について、あえて私的行為と明確にしない場合には「公的行為と認定する一つの事情とされてもやむを得ない」と断じ、首相が三度にわたって参拝したことなどで「国は靖国神社との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持った」とし、違憲性を認定している。

だが、この判断は「戦没者の追悼施設」として定着する靖国神社の“公共的性格”を無視し、政治的な側面のみをクローズアップしたものとみざるを得ない。

台湾訴訟の一審大阪地裁判決は、地裁レベルで唯一参拝を「私的行為」と認定し、いわば原告の「完全敗訴」だった。これに対し、控訴審ではわずか三回の口頭弁論で、議論をほとんど煮詰めないままに憲法判断にまで踏み込んでいる。議論は尽くされたのかという点で疑問が残る。

さらに、小泉首相は六月の衆院予算委員会で「首相の職務ではなく、私の心情から発する参拝」と発言するなど、「私的行為」であることを明確にしており、こうした点との兼ね合いでもわかりにくさが否めない。

小泉首相の靖国参拝をめぐっては、昨年四月の福岡地裁判決が唯一違憲判断をしただけで、あとは憲法判断に踏み込まず、公的、私的の判断に踏み込まないケースも少なくない。揺れ動く司法判断は、参拝が持つ「戦没者追悼」の意義をも揺るがしかねない。今後の同種訴訟の行方が注目される。(内田透)

                   ◇

【判決骨子】

一、小泉首相の参拝は職務と認めるのが相当

一、参拝が公的か私的か、あいまいな言動に終始する場合、公的と認定されてもやむを得ない

一、特定の宗教への助長、促進として限度を超え、憲法が禁止する宗教的活動に当たる

一、控訴人らの思想・良心の自由などの侵害は認められない


(※産経新聞夕刊(05’9/30)より引用)

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日本の近隣には、中国・北朝鮮・韓国という、やっかいな反日国家が存在し、私たちの目もその3国にいきがちですが、ロシアという無法者国家があることも忘れてはなりません。
以下、北方領土に関する2つのニュースを、北海道新聞より記載します。

■日ソ中立条約違反を正当化 領土占領は「罰」とロ議長 
 
【モスクワ21日共同】ロシアのグリズロフ下院議長は、21日付の週刊紙「論拠と事実」が掲載した論評で、1945年8月の旧ソ連による対日参戦は連合国としての「義務」であり、戦勝国は日本への「罰」として北方領土などを放棄させたと主張、当時有効だった日ソ中立条約を破ったスターリンの行為を正当化した。

議長はプーチン大統領の側近。11月の大統領訪日へ向け、侵略国だった日本に領土要求の権利はないとの論陣を張ることで、国際法を盾に4島返還を求める日本との交渉を有利に進める狙いがある。

議長は、連合国が日本に北方領土や朝鮮半島などの放棄を強制したのは「50年以上にわたる侵略行為への罰だった」と指摘。「ドイツに比べ、日本の処罰は軽かった」と主張した。

(2005/09/21)

■主権、譲歩せず ロ大統領、4島返還を拒否  

【モスクワ27日藤盛一朗】ロシアのプーチン大統領は二十七日、ロシア・テレビの生中継番組で国民の質問に答え、日本との領土問題について「四島はロシアの主権下にある。このことは国際法によって基礎づけられ、第二次世界大戦の結果である。この部分については一切議論するつもりはない」と述べ、主権問題では日本に譲歩しない考えを強調した。

国後島出身の学生の質問に答えた。

プーチン政権は、歯舞、色丹の二島引き渡しによる領土問題解決を基本方針としているものの、日本側が主張する「固有の領土論」に基づく返還要求は拒否。領土問題解決は、ロシア側の「善意に基づく」(プーチン大統領)との強硬姿勢を示したものだ。

一方で、十一月に予定される訪日を念頭に「ロシアは、日本を含む隣国との係争問題を正常化したい」と強調。「この問題は、ロシアにとっても日本にとっても非常に繊細だ。だが、私は善意に基づくなら、日ロ両国に受け入れられ、島民の利益にかなう解決策は見いだせると確信している。相互に歩み寄るなら、解決策は見いだされる」と語った。

(2005/09/28 )
教科書問題と言えば、歴史教科書ばかりが取り上げられますが、実は他の科目の教科書も酷いのです。9月6日の拙ブログ(「つくる会」4年後採択へ地理・国語・家庭科教科書)にて、公民教科書の内容について書いたのですが、これに少し補足をします。

前回、公民教科書の酷い内容について、

■明治憲法を貶め、日本国憲法を素晴らしい憲法だと讃えている

■部落差別、民族差別、障害者差別、女性差別など「差別」について異常に力を入れた記述をし、日本がもの凄く酷い差別がはびこる国だと記述している

■外国人(主に在日)の参政権を認める記述をしている

ことなどを書きました。

今回は、まず憲法に関して補足します。
明治憲法を否定的する記述が多いことは、前回の拙ブログで書いたとおりですが、現在の日本国憲法に対しては肯定的で、さらにこの憲法が占領軍による「押し付け」であったことには全く触れていません。

そして、このような記述をしています。

「日本が再び侵略戦争をしないようにする」ためにGHQ(アメリカ政府が設置した対日占領政策の実施機関)は明治憲法の改正を考え、「各政党や市民たちの手でつくられていたさまざまな憲法改正案を参考にして、新しい憲法草案を作り、政府に示した」
(日本書籍新社)

GHQに示された案を基につくられた政府案について、「この改正案は、これまでの憲法とちがい、ひらがなまじりの口語体で表現された民主的な内容であったため、国民から大いに歓迎された
(日本文教出版)

この2社の傍線部は事実無根の嘘の記述です!
これで検定を通っているのですから、一体何を検定してるのやら、文科省には呆れるばかりです。どうやら日本国憲法の成立過程を合理化するための歴史の改竄(かいざん)は、許されるみたいです。

それともう一つ、昨今の流行である男女共同参画やジェンダーフリー(男女の性差は生まれつきのものではなく、文化的・社会的に作られたものだとする考え方)に関する記述への力の入れようについて書きます。以下教科書に記述されてる文章の一部を掲載します。

(その前に少し解説を)
「男女共同参画」と「ジェンダーフリー」という言葉ですが、この2つはほぼ同意で使われています。

人間は元々生殖機能以外の男女の性差は無くて、「男らしさ・女らしさ」というのは、生まれついてのものではなく、その後の文化や教育によって作られるものだというのです。

この「男らしさ・女らしさ」というものを『ジェンダー』と名づけ、これが女性差別の根源となっており、ジェンダーから解放(フリー)する、つまりジェンダーフリーにするという思想です。

ですから、男女で言葉使いが違うのも駄目、ひな祭りや鯉のぼりも駄目、といって文化破壊を奨励しています。

また、家庭に於いても、男女がそれぞれの性別を考慮した役割分担をするのも駄目で、特に「専業主婦」というのはあってはならない存在だというのです。(結婚をした女性が仕事を続けるのも、専業主婦として家庭におさまるのもそれは個人の自由のはずなのですが)

普通の方なら、これを聞いた瞬間おかしいというのが分かるはずです。もし身近でそういうことを言う人がいれば、「この人頭がおかしくなったのかしら?」と思うでしょう。
ところが、このおかしな思想が現在もの凄い勢いで広まっているのです。
そのきっかけは「男女共同参画社会基本法」という法律が出来たことです。これを元に各自治体でも男女共同参画の条例が作られ学校現場にも広がり、教科書も汚染されているのです。
これについては、また改めて書きます。
-----(解説終わり)-----

「戦後、・・・法律の上では男女平等が実現しました。しかし、今日においても、『男は外で仕事、女は家で家事、育児』といった伝統的な性別役割分担の意識が、多くの人々に残っていることも事実です。・・・わたしたち一人ひとりにも性別にとらわれない生き方が求められています」
(東京書籍)

「男女の平等をめざすには、性的役割分業の変革が何よりもたいせつである。男性が女性とともに家事を分担するのは当然である。ところが、家族を介助・看護するために離職する人の大部分が女性で、・・・育児についても女性の負担は男性より重い。職場においても男女の賃金格差は大きく、女性議員や女性管理職の数は欧米先進国と比べて極端に少なく平等とはいえない状態である」
(日本文教出版)

これらの教科書によると、日本はとんでもない女性差別の国のようです。そして、性別にとらわれない生き方が良いのだそうですが、性別にとらわれない生き方とはどういうものなのか私にはさっぱり分かりません。

さらには、こういう記述もあります。

「社会のいろいろな分野で、自分の能力を生かそうとしている女性にとって、改姓は、大きな課題である。/家族の中で男女の差別をなくし、個人の人権をたいせつにするという考えから結婚しても夫と妻がそれぞれの姓を名のることが議論されるようになってきた。・・・いっぽう、別姓を認めることは、家族の崩壊をまねくものだとの反対意見も多い」
(日本文教出版)

最後の一節で中立な文章にしたつもりのようですが、この教科書は欄外写真に「『夫婦別姓』選ぶ試み」と大見出しのある新聞記事を載せ、夫婦別姓に公然と肩入れしています。

結局、公民の教科書というのは、反日思想に貫かれており日本は差別に満ち満ちた国で、特に女性は不当に虐げられている。子供たちにこれらを許すな、怒りのコブシを上げろ!と鼓舞し、この国の悪しき文化・伝統・慣習を破壊しろ!そしてこのような不条理を許している為政者、権力者を糾弾しろ!と教えたいようです。

これを真に受けて勉強すれば、末は立派な左翼の運動団体員になるでしょう。これにプラス自虐的な歴史教育をされるわけですから、今の子供たちは本当に可哀想です。

日本の緊急の課題としては、拉致問題がありますが、国内の改革に於いては、真っ先に行われるべきは教育改革だと思います。


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■対日歴史観に違和感

ゼーリック米国務副長官は二十一日、先の米中首脳会談に関連してニューヨーク市内で講演、第二次世界大戦をめぐる中国の対日歴史観について、「かなりのギャップを感じるところもある」と違和感を表明、日米中三カ国の歴史専門家による協議で認識格差を緩和できるのではないかと提言した。
同国務副長官はまた、「閉ざされた政治が将来もずっと中国社会の姿となることはあり得ない」と予測し、「国民に信頼され、説明責任を伴った政府となるような政治的な移行が必要」と、共産党一党独裁体制から民主体制への移行を促した。  (ニューヨーク 長戸雅子)

※産経新聞(05’9/23)より引用



この提案自体はともかく、第二次大戦では日本と戦い勝利し、その後占領軍として日本に来て、日本国の解体を目的とした政策を行ったアメリカの人でも、今の中国の歴史認識はおかしいと感じているのです。

にも拘らず、中国に反論らしい反論もせず、黙っている日本政府は、歯がゆい限りです。

怖いのは、日本が全く反論しないので、中国あるいは韓国が主張してる歴史認識が世界に広がり始めていることです。まだ火が小さいうちに消しておかないと、そのうち火が大きくなってしまって、消そうにも消せなくなります。

折角アメリカがこのように言ってくれてるのですから、これを利用して、自分達に都合良く歴史を捻じ曲げる中国そして韓国に対しても、はっきりと反論すべきです!
9月20日放送のNHKクローズアップ現代「教科書採択」について、拙ブログでも取り上げたのですが、高森明勅氏(拓殖大学客員教授)がテレビ番組『報道ワイド日本』(日本文化チャンネル桜)において、批評をされていたので、それを掲載します。(※番組の詳しい内容については、「ニッポンのこれから」様でテキスト起こしをされ、詳しく紹介されているのでそちらを参照して下さい)

では高森氏の批評を掲載します。

昨日のNHKNの『クローズアップ現代』観ました。教科書採択問題を取り上げているわけです。杉並区を、一つのケーススタディというかサンプルとして取り上げて、いわゆる賛成派、反対派については深く取材をしないで、まあそれでも反対派の姿がチラチラ、チラチラと出てるわけですが。
専ら教育委員会内部のやり取り。その教育委員会が教科書採択をするという現在のシステムをどう評価するのか。そしてその際に現場の教師の声にどれだけ耳を傾けるかという辺りに論点を意図的に絞り込んで放送していましたけれど。
四年前に杉並区で採択されなかったのが、今回採択をされた。その背景には一人だけ教育委員のメンバーが代わっていると、いうところをつついていましけれど、教科書自体も変わっているんですね。
そういった辺りを全く欠落させた報道には、やはり首をかしげざるをえなかったということです。



もう一つ、杉並区で扶桑社の「新しい歴史教科書」が採択されたことについて、オピニオン誌『日本の息吹』に杉並区議会議員の松浦芳子さんのインタビュー記事が掲載されていましたので、一部を引用します。
今回は、そもそも歴史教科書はどういう経緯で偏向した内容になっていったのか、事の起こりについて記します。

昭和57年(1982年)6月26日、文部省(現、文部科学省)から前日発表された教科書検定の結果について、朝日新聞は「教科書さらに『戦前』復権へ」「『侵略』表現薄める」と一面トップ記事で紹介し、他社の新聞各紙も、日本軍による中国への「侵略」表記を「進出」に書き直させたと一斉に報道しました。

(このマスコミ報道は、実は事実無根の誤報だったのですが)その一ヵ月後、この報道を元に、中国、ついで韓国から批判がありました。

その批判の声は次第に強くなり、8月10日頃にはピークを迎え、外交問題へと発展しました。

この抗議を受け、同年9月に訪中を予定していた当時の鈴木善幸首相は、もし中国から訪中を拒否されれば、秋の自民党の総裁選で再選を目指している自分の経歴に傷が付くのではと心配しました。

そこで、宮沢喜一官房長官に指示し、この問題の解決を求めました。

8月26日、宮沢官房長官は「『歴史教科書』についての官房長官談話」を発表し、「我が国としては、アジアの近隣諸国との友好、親善を進めるうえでこれらの批判に十分に耳を傾け、政府の責任において是正する」と表明しました。

しかし、9月2日発売の雑誌「諸君!」で渡部昇一氏(上智大学名誉教授)が「万犬虚に吠えた教科書問題」と題した、誤報に始まった騒動を剔決(てっけつ◆暴き出すこと)し、週刊文春も同趣旨の特集をして新聞の責任を追及し、大きな社会問題になりました。

この誤報に対して読者に謝罪をしたのは産経新聞だけで、朝日新聞に至っては、9月19日の紙面で「読者と朝日新聞」という目立たない囲み記事で、「ことの本質は文部省の検定の姿勢や検定全体の流れにある」と、謝罪するどころか、居直りに近い姿勢を示しました。

こうして、誤報であることが周知となったにも拘わらず11月24日には、教科書検定の基準を改正し、

「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていること」

という一項目が加えられました。

これが世に言う「近隣諸国条項」です。

これにより、中国・韓国からクレームをつけられそうなテーマ(南京事件、強制連行など)については、検定意見をつけないことになりました。
つまり、左翼学者の書き放題に放任するということです。後には、これらのテーマを書かない著者には書かせるようにまでなりました。


当時の鈴木善幸首相と宮沢喜一官房長官は、誤報から始まったこの事件に対し、それに気が付いてからも訂正することはせず、「近隣諸国条項」まで作り、日本の教育主権を売り渡す行為をしたのです。

これが、今日まで禍根を残す、教科書問題の経緯です。


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今回は、前回のブログで予告を載せました、NHKクローズアップ現代「歴史教科書はこうして採択された」という番組を観ての私見を記します。
番組自体の主張は、
一.扶桑社の歴史教科書は問題の多い偏向的な内容であること
二.教科書採択に関して、現場の教師の意見こそ最も重要視すべきである

この2点だったように感じました。

まず一.についてですが、番組では扶桑社の教科書をこのように説明しました。

[番組冒頭での国谷裕子アナウンサー(司会者)の発言]
(採択において)最も注目を集めたのが、中国や韓国から先の戦争の記述で批判の上がっている扶桑社の歴史教科書です



中国・韓国から批判があるのは事実ですが、果たしてその批判が正しいものなのか、それも精査もせず、批判をされているから悪い教科書だというニュアンスの発言でした。

日本国内の反日派が、先回りして中国・韓国政府に情報を敵提供して焚きつけている事実は以前拙ブログ(05’9/17)で取り上げました。
和田春樹氏(東京大学名誉教授)を始め、反日派で扶桑社の歴史教科書に反対するの団体が、扶桑社歴史教科書の誤りを「ご注進」し、それを元に中国・韓国が騒ぐという構図です。

中国・韓国が批判する大きな要因に、和田氏ら反日派の「ご注進」があることもきちんと取り上げるべきでしょう。

そして、ナレーションでこのような説明がされました。

つくる会は、先の戦争について、日本の加害者としての面を強調し過ぎだと批判している。神武天皇にまつわる神話を載せ、先の大戦については大東亜戦争という言葉を使い、アジアの人々の独立と開放が目的だったと説明しています。中国や韓国からは、侵略や戦争を美化するものだと批判を浴び、国際問題にもなっています。



これは、神武天皇のことや、神話、大東亜戦争と言う呼称、そして「アジアの開放」という日本の戦争目的を記述することが間違っているというニュアンスのナレーションでした。

他社の教科書は、神武天皇が実在したかどうかはっきりしないのに掲載するのはおかしいとして掲載していません。

しかし、日本国は、神武天皇から始まり、現在の第百二十五代今上天皇まで、連綿と続く世界最古の王室を頂き、その元に国体(国家の状態、国柄)を形成してきました。ですから、初代とされる神武天皇を取り上げるのは至極当然のことですし、天皇という存在を無視して日本の国柄が説明出来るのか、私は他社の教科書に大変疑問を感じます。

神話については、その国民なり民族なりの一つの発想様式や心の動きの本質が語られており、貴重な文化的遺産です。それを記述するのに何の問題があるのでしょうか。

「大東亜戦争」という呼称も、日本は先の大戦を「大東亜戦争」と呼んでおり、それが使われなくなったのは戦後GHQにより「大東亜戦争」という言葉の使用を禁止され、新たに「太平洋戦争」と呼称を変更させられたからです。
GHQは呼称を変えただけでなく、戦争に対する認識まで変えさせました。それは、アメリカ側から見た認識を強要するもので、日本が行った戦争は侵略戦争で日本が一方的に悪かったというものです。
結局、これが現在まで禍根を残し、様々な弊害をもたらしているのです。ですから、「太平洋戦争」という呼称は止めて、本来の「大東亜戦争」に戻すべきなのです。
扶桑社の教科書が「大東亜戦争」と表記してるのは正しいことで、非難されるいわれはありません。

日本の戦争目的についてですが、歴史というのは私たちのご先祖の話です。そのご先祖が理由もなくいきなり戦争を始めるのか。そんなことはあろうはずがありません。ですから、日本が
戦争を始めた理由、すなわち戦争目的を記述するのは、ご先祖の真意を理解するのに不可欠なものです。
これを批判するのは的外れです。

しかし、他社の教科書は日本の戦争目的には殆ど触れていません。それだけでなく、戦争において、日本側が行った行為のみを記述し、敵対国が行った行為は無視しています。

長谷川三千子氏(埼玉大学教授)はこのように指摘されています。

「戦争から『敵』という事実を完全に無視して、片側だけの行為を描写すれば、これはただの気違い行為としか見えない。あるいはただ残虐の一語に尽きる」



まさにその通りでしょう。

他社の教科書というのは、ご先祖を愛情のかけらもない冷徹な「不信の眼」で見た歴史が記述されているのです。
扶桑社版はご先祖を愛情を持って「信頼の眼」で見た歴史が記述されており、これが他社との最大の違いであり特徴であろうと思います。


この番組では、扶桑社の歴史教科書の内容に対する批判はしていますが、他者の教科書の内容については一切触れていませんでした。
恐らく、触れてしまうと番組自体の主張である「扶桑社の歴史教科書は問題の多い偏向的な内容であること」が根底から覆ってしまうからでしょう。
NHKがこのような番組を放送するそうです。

9月20日(火)放送予定
■歴史教科書はこうして採択された
【BS-2での再放送は深夜00:00~00:26になります】

来春から中学校で使われる教科書の採択が、この夏全国で行われた。4年前の前回に続いて注目を集めたのが、韓国や中国から「過去の侵略を美化している」と批判されている扶桑社の歴史教科書。今回は市区町村では初めて杉並区と栃木県大田原市で採択された。多数の市民が傍聴に詰めかけるなか採択が行われた杉並区では、採択を決める教育委員の意見もふたつに割れ、一回の会議で決定せずに、再協議を開くという異例の展開をたどった。番組では、杉並区の教科書採択の現場を取材。採択制度の現状と課題を見つめる。(NO.2136)
スタジオ出演 : 椿 直人 (NHK社会部・記者)
クローズアップ現代のHPより引用)

今回は、小学館より発行されている雑誌SAPIO(9/28号)に掲載されていた、秦郁彦(はたいくひこ)氏[現代史家・日本大学講師]の論文を引用します。

■「住みよい日本の中心で反日を叫ぶ」これが「反日日本人の見分け方だ」
「反日派」は中国や韓国などの外国にのみ存在するわけではない。いや、むしろ反日の「発生源」は日本国内に存在する。教科書問題や靖国参拝問題のケースからもわかるとおり、海外の反日運動の多くは、日本国内の反日派による「ご注進」をきっかけとするケースが多いのである。
つまり、我々が最も注視すべきは自国の中で活動している反日派の動向なのだ。「日本国内の反日派」とは、以下のように定義出来ると考えている。

《敵対的な外国勢力と陰に陽に連体し、民主的手続きを経て形成された日本国の世論に背反する影響力を故意に行使しようとする日本人及び組織》

また、必ずしも確固たる「反日」の理念や目的に裏打ちされたものばかりではないので、補足として以下の指摘を付け加えたい。

《政府を困らせたり、日本の対外的なイメージダウンを図ったり、利権を狙ったりする者。反日行動によって個人的トラウマを解消しようとする愉快犯も含まれる》

ポイントとなるのは、「故意に」という点である。日本国内の反日派は、中国や韓国から靖国神社や竹島、教科書問題などで攻撃されると、待ってましたとばかりに呼応して日本政府を攻め立てる傾向がある。
また天皇制や、国旗としての「日の丸」、国歌としての「君が代」などは、憲法や法律に基づき、民主的手続きを経て成立している。持論を通すために、故意に「外国の圧力」を利用する「反日行動」と言ってよい。



日本国内に巣食う反日派について、秦先生分かり易く的確に定義されています。さらに、その特徴として次のような具体例を挙げておられます。

匿名か、あるいは半公然と外国の力を借りて 「第三者の意見」と錯覚させつつ、自らの主張を実現させようとする
様々な手法があるが、裏で外国政府に情報を提供してけしかけるという悪質な例もある。
和田春樹・東京大学名誉教授は、2001年に扶桑社歴史教科書の検定と採択に際して「韓国政府が(同教科書に対する)意見書を作成し、日本政府に送って下さった」ことに「日本人の一人として・・・・心からの感謝を捧げ」ている。しかも、和田氏らが指摘した同教科書の誤りと「韓国政府の指摘とほとんどが重なっている」と韓国の左派紙『ハンギョレ』新聞に寄稿した。
「重なっている」のも、高崎宗司・津田塾大学教授を含む和田グループの「ご注進」の成果なのだから不思議はない。(これらの記述は和田氏の著書『日本・韓国・北朝鮮--東北アジアに生きる』に収録されています)



和田氏らのグループは、まだ韓国が騒ぐ前から扶桑社歴史教科書の誤り(彼ら左派の歴史観からみた誤りです)を韓国政府にご注進していたのです。そして、それを元に韓国が意見書を日本政府に送り騒いでいるのです。
内政干渉する韓国政府も悪いけど、もっと悪いのは、国内に和田氏のような輩がいて、外国政府を焚き付けて日本をバッシングさせていることです。

教科書・拉致・靖国…メンバー相次ぐ落選 
自民「保守派」思わぬピンチ 「安倍シンパ分断」の声も


衆院選自民党圧勝の陰で、党内でも日本の歴史や伝統、国益を重視する理念的な「保守派」がガタガタになり、立て直しを迫られている。郵政法案に反対票を投じ公認を外されたり、落選したりしたケースが少なくないためだ。保守派のまとめ役を安倍晋三幹事長代理が担ってきたことから「安倍シンパの分断選挙になった」(自民党筋)との声もあり「ポスト小泉」選びにも微妙な影を落としそうだ。

「保守派にとっても安倍さんにとっても、大きなダメージだろう。保守系の議員連盟はみんな、ズタズタになった」 自民党関係者は現状をこう解説する。小泉純一郎首相は衆院選で郵政民営化の是非を問うたが、その“副作用”は教科書、拉致事件、首相の靖国神社参拝、教育基本法改正、人権擁護法案…とさまざまな分野に及ぶ。

安倍氏がかつて事務局長を務め、今も教科書記述の正常化などに取り組む自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」。会長の古屋圭司氏と幹事長の衛藤晟一氏が郵政法案に反対したため公認が得られず、
古屋氏は無所属で当選したが、衛藤氏は落選した。

安倍氏の肝いりで設立された「平和を願い、真の国益を考え、靖国参拝を支持する若手国会議員の会」は、会長の松下忠洋氏と事務局長の古川禎久氏が郵政法案に反対。古川氏は無所属で当選したが、松下氏は落選
の憂き目をみた。

議連ではないが、与党の「教育基本法改正に関する検討委員会」の保利耕輔座長も「反対派」で、無所属で当選したものの、今後の自公間協議には関与できそうにない。

超党派の「教育基本法改正促進委員会」も独自の改正案づくりなどの活動をしてきた。会長の亀井郁夫、中心メンバーの中曽根弘文両参院議員は十三日、特別国会で賛成に転ずることを表明したものの、先の通常国
会では反対票を投じ、発言力低下は避けられそうにはない。

安倍氏が「人権侵害の定義があいまい」などとして批判した人権擁護法案について反対活動を展開した城内実氏は郵政法案に反対して落選。

この問題で、城内氏と連携したのが古屋、衛藤、古川各氏、そして超党派の「拉致議連」会長の平沼赳夫氏だった。

拉致議連前会長の中川昭一経済産業相の入閣に伴い空席となった会長への就任を平沼氏に要請したのが中川氏と安倍氏。平沼氏も今回、郵政法案に反対し無所属で当選した。古屋氏は、拉致議連の事務局長でもある。

拉致議連サイドは「執行部は変更せず、一致結束していく」(関係者)と話しているが、影響力低下が懸念される。

安倍氏が顧問を務め、竹島切手発行などに取り組んできた議連「国家基本政策協議会」会長の森岡正宏氏も郵政法案に反対し落選。こうした事態に「自民党は保守政党ではなくなっていくんじゃないか」(閣僚経験者)との観測も出ている。

※産経新聞(05’9/14)より引用

小野田寛郎さんのスピーチ

8月15日、靖国神社には20万5千人もの参拝者が訪れました。このことは、わが国の戦没者追悼の中心的施設が靖国神社であることを内外に示し、靖国の代替施設建設など無意味であることを証明しました。この日、神社内で「終戦60周年国民の集い」が催され、多くの方が登壇し、素晴らしいスピーチをされたのですが、その中の小野田寛郎氏のスピーチを紹介させて頂きます。(一部聞き取りにくくて分からない箇所があり、そこは割愛させて貰います)

※youtubeで動画を見つけましたので、貼り付けておきます。







ご紹介を頂きました、小野田でございます。

私(わたくし)は今まで、この席を借り、あるいは他の会場で、

「黙って靖国神社にお参りして頂きたい」

それをお願いしてまいりました。

今、平沼さん(元経済産業大臣)が言われたように、靖国神社に15日にお参りすると言ったのは、他でもない小泉首相であります。「命を賭けて」と言われて、いわゆる(衆議院)解散を致しました。

何故、「命を賭けて」今日お参りできないのか!

一国の首相たる者が、この靖国神社へお参りをして「心ならずも」と英霊に対して言葉をかけております。
果たして私たちは「心ならずも」あの戦争で命を散らせたのでありましょうか。

私は国の手違いで、十五年間靖国におまつりをして頂きました。もし私がその時本当に死んでいたとすれば国のために我々が戦わなければ誰が戦えるのかと、そういう自分たちの誇りを持って力一杯笑って死んでいたので、また私だけでなしに私の仲間も皆そうであります。

それがなんで同情の対象なんでしょう。

誇りを持って死んだ人に対して、何故黙って「ありがとうございました」と感謝の念を捧げられないのか。私は小泉首相に大反対であります。

靖国神社について、あるいはまた戦後のいわゆる国際裁判のこと色々先ほどから諸先生方にお話を伺いました。また、ここにお集まりの皆様方は、充分そのことをご存知のことと思います。
事後法など裁判ではありません。A級戦犯とは、敵国側が占領中につけた名前であって、決して我々の認めるものではありません。

[注釈]
ここで言われていることは、東京裁判(極東国際軍事裁判)の話です。事後法とは、[事後法の禁止]という日本国憲法39条にも明記されているもので、実行のときに適法であった行為について後に制定された法律、すなわち事後法によって遡って処罰することは出来ないという原則をいいます。
東京裁判は、この事後法の禁止の法理に反し、「法のないところに犯罪はなく、法のないところに刑罰はない」という近代法の原則「罪刑法定主義」を逸脱するもので、不当な裁判なのです。
この東京裁判が不当であるという認識は、世界でも主流の認識になっています。



私はただ一言だけ、時間の関係で皆様に何としても申し上げたいことがあります。それは、先ほど陛下の「終戦の詔書」を拝聴致しました。
(集会の冒頭、昭和20年8月15日の昭和天皇の玉音放送が流されました)

しかしながら、現在の日本において何故「開戦の詔書」を拝聴する機会が無いのかということであります。結果があるということは、原因があるからであります。ものに終わりがあるのは始めがあるからであります。「開戦の詔書」は、私は本当に入隊するまでの間、しばらく何ヶ月か、いわゆるお聞きした。今でもよく憶えております。

帝国ノ真意ヲ解セス、濫(みだり)ニ事ヲ構ヘテ東亜ノ平和ヲ撹乱(かくらん)シ、遂(つい)ニ帝国ヲシテ干戈(かんか※武器のこと)ヲ執ルニ至ラシメ
いわゆる中国のことを言っているのであります。

[注釈]
小野田氏が発言された部分(下線部)だけでは意味が分かりにくいので、その後の文章を補足しました。
中国が、平和を願う日本の真意を理解しないで、日本が戦わざるをえない状況にした、という意味。「帝国」は「日本国」のことです。



そして、剰(あまつさ)ヘ与国ヲ誘(いざな)ヒ、帝国ノ周辺ニ於テ武備ヲ増強シテ我ニ挑戦シ、更ニ帝国の平和的通商ニ有(あ)ラユル妨害ヲ与ヘ、遂ニ経済断交ヲ敢(あえ)テシ

[注釈]
ここも、小野田氏が発言されたた部分(下線部)だけでは意味が分かりにくいので、その間の文章を補足しました。



「斯(かく)クノ如クニシテ推移セムカ、東亜安定ニ関スル帝国積年ノ努力ハ悉(ことごと)ク水泡ニ帰シ、帝国ノ存立、亦(また)正ニ危殆(きたい)ニ瀕(ひん)セリ」

[注釈]
「危殆ニ瀕セリ」は、危険な状態に陥るという意味です。



「豈(あに)朕(ちん)ガ志ナラムヤ」と仰せられているのであります。

[注釈]
決して朕(天皇の自称)が自ら進んでこの戦争を望んだものではなく、止むを得ない事情によるものである、という意味。



終戦の詔書にも、その旨が言われておりますけれども「帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為、決然起(た)ッテ一切ノ障礎(しょうがい◎障害)ヲ破碎(はさい※破砕:こなごなにすること)スルノ外(ほか)ナキナリ」

[注釈]
日本の自存自衛の為には、立ち上がる他はないという意味。



陛下の言わている所に、大東亜戦争の真の目的がハッキリと示されているのであります。何が侵略戦争でありましょう!
それを、ハッキリ日本国民が自覚すれば、この靖国神社に黙ってお参りをし、そして黙って感謝の気持ちを捧げられるはずであります。

その感謝の気持ちこそが、国を守るという大きな気持ちに繋がっていく、私はそをれを死ぬまで皆様方に申し上げたいと思います。

どうか皆様、私が申し上げた「開戦の詔書」には、一部言葉の違いがあるかもしれませんが、意味においては私は絶対に間違ってないと思います。

私は国の為を信じて三十年間戦い続けてきました。だけど、生きていたから靖国神社では落第生であります。

だけど、私と同じ時に死んだ、この仲間の気持ちは私と同じでありまして、私が今生きているからこそ、皆様にそう伝えたいわけで、ご清聴ありがとうございました。

(スピーチ終わり)


齢80を越えてなお、矍鑠(かくしゃく)としてスピーチをされ、英霊の思いを代弁して下さった小野田氏の姿は、武士道精神を受け継いだ、凛とした素晴らしいものでした。

後世を生きる私たちは、この思いを受け止め、英霊の思いに答えるべく、凛とした日本国にしなければならないと思いました。



◆追記
月刊誌Voice05’12月号にて、西尾幹二氏がこの演説について、

(小泉首相の)「心ならずも命を落とされた多くの方々」という表現に、今夏、裂帛の気合で反駁(はんばく)し、自ら進んで国に殉じた往時の将兵の心のわからない首相への痛憤の念を吐露した方がいる。小野田寛郎氏である。

と書かれていました。

全ての将兵がそうだったとは言いませんが、多くの方は、このように崇高な道徳心を発露され、家族や故郷、国を守る為に命を賭して戦われたのです。にも拘わらず、「心ならずも」という小泉首相の発言は、この先人の心を全く理解されておられない、一国の首相としてあまりにお粗末な発言であるといわざるをえません。

小泉首相には、日本国首相として、もっと歴史を勉強して頂き、真の先人の思いを理解して下さることを願います。


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■「つくる会」4年後採択へ、地理・国語・家庭科教科書

来春から中学校で使われる教科書の採択が8月末で終了したことを受け、「新しい歴史教科書をつくる会」の八木秀次会長らが2日、都内で記者会見し、4年後の教科書採択では中学校用の地理を新たに発行するほか、国語や家庭科などの教科書作成も検討することを明らかにした。

今回の教科書採択で、つくる会のメンバーが執筆した扶桑社の教科書を採択したのは栃木県大田原市、東京都杉並区、東京都などの各教委や一部の私立中学。

最終的な数値は文部科学省が今月中旬以降に集計するが、つくる会によると、採択率は「歴史」が約0・4%(約5000冊)、「公民」が約0・2%(約2500冊)。

4年前の約0・05%と0・06%よりは上昇したが、つくる会が目標とする10%には遠く及ばなかった。

これについて、八木会長は「反対勢力による採択妨害活動」などの影響を指摘する一方「前回よりかなりの前進が見られ、教科書の内容も国民から高い評価を受けた」と強調した。

(2005年9月2日19時25分 読売新聞)

元の記事からの引用
つくる会」4年後採択へ、地理・国語
・家庭科教科書 : 社会 : YOMIURI ONL
INE(読売新聞)


会見の詳しい内容、採択結果についての
「つくる会」声明はこちらをクリックして
下さい。





教科書問題といえば、歴史教科書だけがクローズアップされますが、歴史以外にも、公民、家庭科、国語なども酷い内容です。以下、公民教科書の現状について記してみます。


◆扶桑社以外の他社の公民の教科書では、日本国憲法の意義を讃えるために、明治憲法を不当に貶めています。
学習指導要領(歴史)には「これにより当時アジアで唯一の立憲制の国家が成立し議会政治が始まったことの意義について気付かせるようにすること」とあります。

しかし、扶桑社以外の公民教科書では「政府だけで秘密裏に作られた」とか、議会の設置や自由や権利の保障は認められたがそこには「問題があった」など、その意義を否定する記述が殆どです。

対して扶桑社版は「この憲法は、当時の厳しい国際情勢を反映し、さらに強い力で国を束ねていく必要から、政府の権限が強いものであった。しかしできるだけ国民の権利や自由を盛り込み、同時に日本の伝統文化を反映させようとする努力が注がれた憲法でもあった」と記述しています。

ちなみに扶桑社の歴史教科書には「(明治)憲法を称賛した内外の声」と題して、イギリスの新聞が「東洋の地で、周到な準備の末に議会制憲法が成立したのは何か夢のような話だ。これは偉大な試みだ」と書いたこと。そして、ドイツの法律家が、議会を両院に分け、衆議院のほかに貴族院を設けた知恵を高く評価したことなどを記述しています。


◆部落差別、民族差別、障害者差別、女性差別など、「差別」について各社とも異常に力を入れた記述をしています。
果たして日本がそんなに酷い差別をしてる国なのかどうか、むしろ世界でも日本ぐらい差別の少ない国は珍しいだろうと私は思います。

しかし、各社の教科書は、まるで左翼団体のパンフレットのように「これでもか!」とばかりに様々な分野の差別を指摘しています。

例えば日本書籍新社では、このように記述しています。

「今日の日本では、部落差別や民族差別、障害者差別や女性差別などをどう解決していくかが、引き続き社会全体の大きな課題となっている。さらに、子どもや高齢者の権利やさまざまな性的指向をもつ人々の権利保障なども大きな課題となっている」



「さまざまな性的指向を持つ人々の権利」とは要は「同性愛者の権利」といったような課題だと思われますが、このようなものが堂々と教科書に載るようなご時勢になってしまったということです。

他にも、帝国書院はこのように記述してます。

「在日韓国・朝鮮人に対しては、戦前からあった朝鮮の人々への蔑視から、就職や結婚での差別、いじめなどが残っています。また日本国籍がないため、日本に永住し、納税の義務をはたしても参政権はありません。職種によっては公務員になれず、社会保障も充分に受けられません。・・・・・在日韓国・朝鮮人の子弟のための学校を卒業しても、大学入試などは日本の学校と同じではありません」

「日本国憲法が認める人権を外国人にも保証するよう、制度を整備することが急務です」



さりげなく差別に触れながら、参政権がないことや、公務員になれないことまでも差別に含めるあたりは狡猾です。

参政権が欲しい、日本で公務員になりたいというなら、日本国籍を取ればいいだけの話です。永住しようが納税しようが日本人でない以上、そのような制限を受けるのは当たり前の話です。
一体何処の国で、その国の国籍を持たぬ者が、国籍を持つ者と同等の権利を与えているというのか!

このような在日韓国・朝鮮人対する差別の記述には、彼らの多くがいわゆる「強制連行」によって日本に連れて来られた韓国・朝鮮人の子孫であるとの決め付けがあります。
しかし、現在日本にいる在日韓国・朝鮮人は強制連行された人の子孫だというのは出鱈目な話です。

終戦の際の在日朝鮮人人口は200万人でした。そのうちの八割は自らの意思で日本に渡ってきた出稼ぎ移住でした。戦後、そのうちの約150万人が帰国しました。日本政府はまず軍人・軍属、戦時動員された労働者を優先して引き上げさせました。
したがって、これらの人たちは日本残留を希望した例外的ケースを除き、みんな朝鮮に帰っていったのです。
つまり、日本に残留した50万人は、日本に早くから渡航して生活基盤を築き上げていた人が大部分なのです。

詳しく知りたい方は、西岡力氏(「救う会」副会長)が書かれた日韓「歴史問題」の真実という本を読んでみて下さい。

長くなったのでこれぐらいにしておきますが、歴史教科書だけでなく他の科目の教科書も問題があることを知って頂きたいです。

また回を改めて、他の科目の教科書の話も書いてみようと思います。
特徴その5続き

前回、江戸の庶民が私たちの想像以上に豊かな生活をしていた事を述べました。それに少し補足します。

オールコックというイギリスの外交官が、幕末に伊豆の辺りを旅行して、「こんなに幸せそうな農民というのをヨーロッパでは見ることがない」と書いています。

江戸時代は、わが国の歴史で最も長く平和が続いた時代です。そして、経済も発展し独自の文化も花開き、学問も世界レベルに達するまでになっていました。そして、「武士道」という倫理規範や勤勉の精神を育みました。

このように、江戸時代と言うのは非常に成熟した時代で、このことが、明治維新を経て、急速に近代化する土台となったのです。

ですから、他社のように江戸時代を暗黒の時代としてしまうと日本が近代化した説明がつかなくなります。扶桑社は最新の研究成果を元に、成熟した江戸時代像を示し近代化の土台となった事を書いています。この辺りは、読んでいてとても楽しいものになっています。


特徴その6

他社では矮小化されている明治維新の意義や功績をしっかり書いてあります。

この時代1800年から1914年までの百年ちょっとの間に、欧米列強による軍事力を背景とした植民地獲得競争をが猛威を振るっていました。
そんな時代の中、日本がアジアで独立を保てたのは、明治維新の功績です。もし、明治維新が失敗していたら、日本は欧米列強の支配下におかれていたでしょう。


特徴その7

日露戦争を行った理由について、日本の安全保障と独立を維持するための戦争だったときちんと書いてあり、さらにはその世界史的意義についても触れてあります。

しかし、他社では幸徳秋水、内村鑑三、与謝野晶子など「非戦論者」だけを紹介して日露戦争を描いています。そこには東郷平八郎も小村寿太郎の名前も出てきません。これでは日露戦争の正しい意義を書けようはずがありません。

日露戦争につては、中国の孫文が的確なコメントをされています。

「日露戦争のとき各国の人はみな、ロシアが中国の領土を侵略することを恐れました。・・・中国がロシアに侵略占領されてのちこんどは世界各国を侵略しはじめ、各国はロシアに侵略されるであろうからであります。・・・日露戦争の後日本はロシアを朝鮮、南満州から追い出してしまい、かくてロシアの世界戦略政策をくつがえし、東亜の領域を保全し、世界に大きな変化を生みだしたのであります。・・・日露戦争の結果として、こんにち、アジアに強盛な日本があるので、世界の白色人種は、たんに日本を軽視しようとしないのみならず、アジア人をも軽視しようとしないのであります。・・・たんに大和民族が一等民族という光栄を享受できるのみではなく、その他のアジア人もまた国際的地位を高めうることになったのです」
(1924年、広州での講演)

今は反日一色の中国人でさえ、日露戦争に対してこういう認識を持っていたのです。

他にも、司馬遼太郎氏は、日本がもし日露戦争を戦わずに、あるいは負けていれば私たちの名字も今頃「何とかスキー」になっただろうということを書かれています。
今年四月の文科省の教科書検定を合格した「新しい歴史教科書(改訂版)」[扶桑社]が先日発売されました。
そこで、まずは前回の採択の事を簡単に振り返り、次に今回発売された改訂版の特徴を記してみたいと思います。

前回のものは、市販され60万部を越えるベストセラーになり、多くの国民からの支持を受けました。既存の自虐的な内容の教科書とは違い、最新の研究成果を踏まえた歴史的事実が押さえられ、各界でも高い評価を受けました。

しかし、実際の採択では、左翼団体や朝日新聞など一部メディアの激しいバッシングや阻止工作にあい、採択率は1%にも満たないという散々な結果に終わり、内容は多くの人に良い評価を受けながら殆ど採択されず、子供たちの手に届かないという何とも理不尽な結果に終わりました。

そして今回の改訂版ですが、基本的には前回の内容を踏襲し、その上で実際に使用されていた現場の教師の方々の意見などを元に、技術的にも内容的にも徹底的に改良し、完成度を高めたものになっています。さらに、写真や図版を増やし、レイアウトを工夫し、カラフルで読みやすいものになっています。


特徴その1

まず最初のページを開くと、「日本の美の形」という仏像、建築、絵画などの美術作品を中心としたグラビアページが数ページに渡り続きます。これは本当に見ごたえのあるもので「日本はこんな素晴らしい文化を持った国なんだ」というのを予告して本編に入ります。


特徴その2

序文の「歴史を学ぶ」というページでは、歴史を学ぶ意義が書かれています。
歴史は自分と切り離された冷たい客観的な事実の羅列ではありません。自分と血の繋がったご先祖がそれぞれの時代に、様々な困難な問題に直面しました。その困難に対し、悩んだり、苦しんだり、時には戦うことを選択し、一生懸命に立ち向かい、それらを乗り越えて来ました。そして、そのお陰で、現在の平和で豊かな日本国になったのです。この、ご先祖が懸命に生きて来られた歴史を実感することが、歴史を学ぶことだと謳っています。


特徴その3

他社では非科学的だとして殆ど取り上げない神話の内容を紹介してるのも特徴です。確かに神話は非科学的なものですが、しかし、その中にはその国の国民、民族の発想様式や心の動きの本質が語られており、貴重な文化的遺産なのです。これを子供に伝えないのは貧困な発想だと思います。


特徴その4

聖徳太子を、日本の国柄の骨格を築いたグランドデザイナーと言うべき人物として重要視していることです。


聖徳太子は外国から伝来した仏教を深く学び政治を行いました。しかし、仏教など外国の文明が流入すれば土着の宗教、文化などは衰退してしまうのが普通です。

ここで太子は日本の伝統的な神々も同時に大切にする文化戦略を行いました。この文化戦略のお陰で、日本古来の伝統を大切にしながら、外来の文化も排除せず、うまく融合させて生かすという日本の文化的特性が生み出されていきました。

それから、アジアで唯一、中国と対等の外交を確立したのも聖徳太子です。

当時、大陸には隋という強大な国があり、周辺国は脅威にさらされていました。しかし聖徳太子は隋の皇帝に対し、有名な「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや」という国書を送り、隋に服従しないという決意を表します。これにより、日本は華夷秩序から離脱し、独自の道を歩み始めます。このことは日本外交史上の大きな外的転換であり、これにより日本はわが国の国柄や文化に「自立性」をもたらします。