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日本会議の方より、以下のような気になる情報を教えて頂いたので紹介します。

■侵略史観の持ち主がなぜ天皇陛下の相談役に選ばれたのか

私が尊敬する経済人より、今回、選ばれた宮内庁参与は問題ではないか、とのご指摘を受けた。

今回、天皇陛下の相談役となる宮内庁の参与に、元駐米大使の栗山尚一(くりやま・たかかず)氏(74)と東大名誉教授の三谷太一郎氏が選ばれたが、栗山氏は、下記の記事にある通り、靖国神社参拝に反対を唱えた人物だ。また、三谷教授は、大江志乃夫らと日本の植民地支配を告発している人物で、ともに侵略史観の持ち主なのである。

なんでこんな人物が、こともあろうに、天皇陛下の相談役に選ばれるのか。皇室典範改正の件といい、皇室を解体する大きな謀略が仕掛けられているようだ。

日本会議としても、来月には、皇室制度の問題を検討する「皇室の伝統を守る国会議員連盟」を設立すべく、いま、準備中である。この議連で、今回のようなことも取り上げ、皇室に侵略史観、靖国参拝反対の思想を吹き込もうとしているのは誰なのか、徹底的に究明したい。

■栗山尚一(くりやま・たかかず)(元駐米大使)
1931年東京都出身。東京大学法学部中退。54年外務省入省、85年駐マレーシア大使、89年外務省事務次官を経て、92年から95年まで駐米大使。帰国後2003年まで早稲田大学、国際基督教大学客員教授として活躍し、現在に至る。著書に「日米同盟 漂流からの脱却」、論文に「和解-日本外交の課題」など。

■三谷 太一郎(みたに たいちろう)
日本の政治学者。専門は、日本政治外交史。主に大正デモクラシー時代の原敬を中心とした研究や、吉野作造の研究等。2002年日本学士院会員、2005年文化功労者。東京大学名誉教授。

1936年岡山県岡山市中央町生まれ。1960年東京大学法学部政治学科卒業。1963年東京大学法学部助教授、1973年同教授、1994年から1996年まで同法学部長・大学院法学政治学研究科長、1997年東京大名誉教授。1997年東京大名誉教授及び成蹊大学法学部教授。 その間、コロンビア大学、ハーバード大学、オックスフォード大学、ロンドン大学で在外研究を行う。司法改革国民会議運営委員。21世紀臨調特別顧問等も歴任。

共著に(大江志乃夫・浅田喬二・後藤乾一・小林英夫・高崎宗司・若林正丈・川村湊)『岩波講座 近代日本と植民地(全8巻)』(岩波書店, 1993年) [同書の解説]植民地化のための近代化か、近代化のための植民地化か? 異民族支配正当化の根拠はどこにあったのか? 模索する皇民化イデオロギー。「一視同仁」の舞台裏。



■栗山元駐米大使ら参与に 陛下の相談役、宮内庁

皇室の重要事項について天皇陛下の相談役となる宮内庁の参与に、元駐米大使の栗山尚一(くりやま・たかかず)氏(74)と東大名誉教授の三谷太一郎(みたに・たいちろう)氏(69)の2人が4月1日付で就任することが決まった。現参与の中島敏次郎氏(80)と大西勝也氏(77)は3月31日付で退任する。

新参与の栗山氏は1954年に外務省入省。外務事務次官、外務省顧問、駐米大使などを歴任した。三谷氏は日本近代史が専門で、2005年に報告書をまとめた日韓両国による「日韓歴史共同研究委員会」の日本側座長などを務めた。

ともに最高裁判事だった中島氏と大西氏はともに2000年4月から参与を務めた。

引用 (共同通信) - 3月31日6時7分更新
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前回、「皇室を守ろう岡山県民大会」について書きましたが、今回はその集会で行われた大津寄章三(おおつき・しょうぞう)氏の講演内容を記します。少し長い文章ですが、読んで下さればと思います。
その前に、簡単に大津寄氏のプロフィールを紹介します。

■プロフィール
昭和31年愛媛県松山市生まれ
昭和53年広島大学教育学部卒
愛媛県立東温市立重信中学校教諭
「愛媛県教科書改善協議会」幹事
「健全な男女共同参画社会をめざす会」幹事
などをされています。


■大津寄章三先生講演 「私の皇室教育論」

私が尊敬する吉田松陰先生の和歌の中に、こういうものがあります。

「親思う心にまさる親心 今日のおとずれ何ときくらん」

子供である自分が如何に親のことを思っていても、親はそれ以上に子供のことを思っているんだ、という内容です。

これを、ご皇室と国民の間に当てはめてみますと、実はご皇室というのは親でいらっしゃる。そして我々国民というのは私も含めて、といっては失礼かもしれませんが、実は不肖の息子、不肖の娘なのです。
私たちが今、ご皇室の大事だと心を一つにして万世一系の皇統を守りたいと思っています。しかしながら、歴代のご皇室の方々、そして現在の今上陛下が、我々のために祈って下さる、国安かれ民安かれという祈りには、我々国民の思いというものは及ばないのではないだろうか。私は歴史を勉強する中でそういう思いを持っています。

今は非常時でありますので、恐れ多くも「皇室を守ろう」と私たちは断りしをておりますが、実は数千年に渡って私たちはご皇室の庇護を受け、そして歴代天皇の暖かい祈りの中で、こうして平穏に暮らしている。それを確認しておかなければ、「皇室を守ろう」という言葉は宙に浮いてしまう気がします。
3月25日に行われた、『皇室を守ろう岡山県民集会』に行って来ました。

果たして岡山でどれだけの方が来て下さるのか、不安に思っていたのですが、行ってみると会場の300席の固定席は一杯で、急遽、補助椅子まで出して対応する盛況ぶりでした!
主催者の方の話では、約500人ぐらいの方が来られたそうです。

講演された平沼赳夫、大津寄章三両先生の講演も熱のこもった素晴らしいもので、大変感激して家路に着きました。

ただ、残念なことに、このことをマスコミは取り上げてくれませんでした。唯一産経新聞が記事を掲載してくれましたので、以下、記事を引用します。

■岡山で「皇室を守ろう県民集会」

皇室のあり方と皇室典範の改正問題について考える「皇室を守ろう岡山県民集会」がこのほど、県総合福祉会館(岡山市石関町)で開かれ、市民ら約五百人が集まった。

県内の社会教育団体や宗教団体が主催し、各団体の代表者のほか、県議会や市町議会議員などが出席した。

集会では、十一人の代表者が、二千年以上続く現在の皇室とその未来についての提言をそれぞれ発表。伝統に基づく皇位継承制度の確立と万世一系の伝統を守るために行動する、と決議した。講師として参加した平沼赳夫議員は、女性・女系天皇を認めた皇室典範に関する有識者会議を「初めに結論ありきだった」と批判した。

「私の皇室教育論」の演題で講演した愛媛県の中学校、大津寄章三教諭は「次代を担う子供たちに、一つの王朝のもとで続いてきた日本の歴史を伝えて行かなければならない」と主張。会場からは拍手が沸き起こった。

産経新聞(平成18年3月27日)より引用


皇室問題は国体を揺るがす重大問題ですし、多くの方が来て下さった集会にも拘わらず、わずかに産経新聞が取り上げただけというのはどうしたことでしょう。

少子化の原因にもなっている男女共同参画を推進する集会や、労組のデモなどはどんな小さなものでも取り上げるのに、一体どうゆう基準で掲載記事を選別しているのやら、理解に苦しみます。

マスコミは恃むに値しないので、やはり国民一人ひとりが草莽崛起(そうもうくっき)し、声を挙げていくしかないようです。

男女共同参画については、拙ブログの関連記事をご覧下さい。
◆猪口VS山谷、性の不一致ジェンダーめぐり火花
◆専業主婦を貶める「男女共同参画社会」
◆女子差別撤廃条約を撤廃せよ!

草莽崛起
吉田松陰の言われた言葉。身分を問わず、在野の志ある者たちが、新しい時代を築くために立ち上がること。
ちなみにこの草莽崛起を社是として立ち上げられた衛星放送局(スカパー)が、日本文化チャンネル桜です。

最後に、この集会で採択された決議文を引用します。
今回は、産経新聞(3/10)に掲載された井尻千男氏(拓殖大学日本文化研究所 所長)の論文を引用します。

「聖域」を守ってこその保守政治
許されぬ改革名目での伝統破壊

■守るべきもの先ず明確に
「聖域なき構造改革」という借辞は、誰がいつごろから使いはじめたかのか。一九九〇年代初頭からだとすると、日米の経済構造教義と無縁ではあるまい。小泉純一郎氏が首相就任以来しばしば、この台詞(せりふ)を口にしたことは記憶に新しい。

多くの国民はそれを改革の意気込みを表す修辞学のひとつと思っていたかもしれないが、私自身はかねてから厭(いや)な予感を禁じえなかった。

なぜならば「聖域」を意識することが保守政治家たることの必須要件のはずだからである。そして、保守革命ということがありうるのも、その「聖域」があってのことであり、いわゆる左翼革命との差はその一点にかかっている。

たとえば「二・二六事件」という昭和維新革命に挺身(ていしん)した青年将校たちが信じた世直しは、堅固な「聖域意識」の上に立つ保守革命だったといえるし、日本浪漫派の保田興重朗は保守こそ最強の改革者だという意味のことを言っている。いずれにせよ、守るべきものが明確な者こそが本当の改革者なのだということだろう。

小泉首相は皇室典範に関する有識者会議の報告書が公表された直後の記者会見で「いわば皇室の構造改革ですね」という言葉を口にされた。よもや郵政民営化等々の世俗的な諸改革と同一レベルでそう言ったのではあるまいが、ここ十余年にわたって叫ばれてきた「構造改革」という言葉はグローバルスタンダードという幻想と深く結びついている。それに加えて、その構造改革がわが国の伝統文化と日本的組織原理を棄損してきたという現実は否定すべくもない。

その言葉でかいは、保守系政治家の家に育った三代目とは思えないものだが、漏れ伝わってくる有識者メンバーの言葉づかいに対しても私は同様の違和感と危惧をいだいた。寛仁親王殿下のやむにやまれぬご発言に対して「どうということはない」と言ったのは誰だ。

■典範改正は歴史への冒涜
ことしの正月、小泉首相は新橋演舞場で『信長』を鑑賞し、いたく感銘を受けた様子だったが、このことも解釈のしようによっては厭な予感をいだかせるものだった。

なるほど信長も「聖域なき構造改革者」に相違ないが、もし信長が本能寺の変で斃(たお)れなかったら、その性格からして「朝廷の改革」に手を染めたかもしれない。正統性を重んずるインテリ光秀はその可能性を察知して、三日天下を覚悟の上で立ったという仮設もありえないことではない。私はそれを支持する。

小泉首相の「聖域なき構造改革」というフレーズはつねに大衆の喝采(かっさい)を受けてきた。けれども改革や革命の旗に熱狂する大衆は、ほぼ必ずといっていいほどに最良の伝統を破壊してしまう。

フランス革命から二百年以上たっているというのに、いまだに王政復古を夢見る人はいる。ロシアにだっているだろう。思想史の文脈でいえば、啓蒙(けいもう)主義という幻想から醒(さ)めたということだろう。革命の世紀は二十世紀で終わったのである。

小泉首相は任期最後の大仕事として皇室典範の改正に着手したと思われるが、どう考えてもGHQ(連合国総司令部)急拵(こしら)えの現行憲法をそのままにして、それに従属する形になっている皇室典範を改正しようというのは無理筋、歴史に対する冒涜(ぼうとく)というものだ。が、さいわい秋篠宮妃殿下ご懐妊という慶事によって事無きを得た。

しかし、ひとたび大衆的論議の的となった「女帝・女系天皇容認論」は燎原(りょうげん)の火さながらにひろがり、消しようがなくなった。ポピュリズムという小泉流政治手法の恐ろしさがそこにある。

その燎原の火がジェンダーフリーという枯れ野に飛び火したことは明らかで、その背後には人権原理主義という妖怪が蠢(うごめ)いている。演劇的台詞でいえば「回収不可能だ」という事態である。
いよいよ明日(3/7)、『皇室の伝統を守る1万人大会』が日本武道館にて開催されます。是非足をお運び下さればと思います。
詳細は拙ブログの記事
◆3月7日 皇室の伝統を守る1万人大会
をご覧下さい。

さて、今回はこの問題とジェンダーフリーとの関わりを、今月緊急出版された、渡部昇一氏と中川八洋氏の対談本
皇室消滅
ビジネス社
渡部 昇一(著)中川 八洋(著)
発売日:2006-03

より引用します。