『散る桜、残る桜も散る桜』 父祖の思いを受け継ぎ、次の世代へと伝えたい
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※長い体調不良で、ブログの更新が出来ずにおりました。今回は衆院選前ということで、是非読んで頂きたい文章を月刊誌「致知」(2013年1月号)より引用します。


■千代子はまだ生きています
―――戦争未亡人たちの生き抜いた年月

中篠高徳(アサヒビール名誉顧問)


◇突如届いた便り

暑かった平成二十四年の夏も終わろうとする頃、分厚い包みが届いた。京都府綾部(あやべ)市の川北千代子さんからのものであった。

お会いしたこともない方々から、毎日のように講演の感動や、拙著の独語の喜びを伝えてくださるお手紙をたくさんいただくので、すぐにはどなたか思い出せなかった。お手紙を読むや、この老いの身も心も電気ショックに打たれたような衝撃を受けた。

この世の出来事かと身をつねるほどの感動であった。

筆者の早朝の靖国詣では数十年に及ぶ。若い頃、遊就館(ゆうしゅうかん)の「親子の像」の隣の展示ショールームに飾られている一通の遺言状に釘付けになった。「妻千代子へ」という、しっかりした筆跡の遺言状であった。十八年十二月一日とある。筆者はその一か月前の十一月三日、教育総監から陸軍士官学校合格の電報を受け、勇躍国家のために尽くせると身も心も燃えていた。遺言状はその頃のものである。

「兼(かね)テ軍人ノ妻トシテ嫁(とつ)グ前ヨリ覚悟ナシ居リシコトト思フガ 決シテ取乱(とりみだ)スコトナク 武勲(ぶくん)ヲ喜ンデ呉(くれ)ヨ ヨク仕ヘテ呉タ事ヲ心ヨリ感謝シテイル 短イ期間デハアツタガ誰ヨリモ可愛(かわい)イ妻トシテ暮シタ事ハ忘レナイ 飽(あ)ク迄(まで)川北家ニ踏止(ふみとどま)ツテ御両親ニ仕ヘテ呉(く)レ」  入隊前日認(したた)ム 川北偉夫(まさお)

数十年前のことであった。同年代の男としてこの遺言状に触れた瞬間、涙が滂沱(ぼうだ)と流れた。筆者も結婚していただけに男の気持ち、その切なさが痛いほど伝わってきた。

国家の防人(さきもり)として出征(しゅっせい)する男の公(おおやけ)の決意と新婚間もない可愛い妻との別離の切なさのはざまに立って、「川北家に止まって両親に孝養を尽くせ」としか再婚拒否の意を伝えることができなかった戦時下を思うと、戦争の罪深さと男の切なさが身に沁(し)みる。筆者は幾度となくこの遺言状の前に額(ぬか)ずいて涙を重ねてきた。

なんとその千代子さんの手紙が届いたのだ。

「千代子は生きています。八十五歳で幸せに生きています」

との嬉しい感動のお手紙であった。

終戦後に二年ほど経っての戦死公報とともに届けられた遺骨箱の中は空(から)だったという。ご主人の男兄弟は三人で、ご主人の偉夫氏は長男、次男も比島(ひとう※フィリピン)作戦で戦死。三男氏が無事復員。この三男氏が結婚し、

「千代子は川北家ではいらない存在になりました。しかし再婚のお話もすべて断って遺言状の夫の心を心として生きてきた千代子にとって別の途(みち)はありません」

と川北家を去っても、なお川北姓を名乗り、ご主人の霊とともに生きる覚悟をした。血を分けた甥(おい)夫婦が、「おばちゃんは楽しい結婚時代もほとんどなく、一生一人住まいなどあまりに可哀相だ」と一緒に住んでくれ、その甥の子が孫の如(ごと)く可愛く、

「とても幸せな千代子です」

と手紙は結んであった。

十月十八日、靖国神社の秋季例大祭(れいたいさい)の朝八時半、千代子さんに

「これからご主人にご挨拶してきます」

と電話したら、千代子さんのお声が若々しく伝わってきた。

◇捧げし命のただに惜しまる

筆者の目下の大事は「英霊にこたえる会」の会長の役割である。初代会長は石田和外(かずと)最高裁長官、二代目は井本臺吉(だいきち)検事総長がお務めになった重い役割である。

全国をその会合のため回ってみると、千代子さんの如き未亡人はほとんど九十歳を越えた。

お聞きしてみると、最初は、

「なぜうちのお父ちゃんは張り切り過ぎてうちを忘れて戦死したんや」

と公報に涙した瞬間は思ったが、すぐ気を取り直し、

「私たち後に残る者たちのために死んでくれた日本一のお父ちゃんや」

と切ない心を抑えて自分に言い聞かせてきた。その心の軌跡(きせき)は、戦争未亡人すべてに通ずるご体験のようだ。

国益代表者たる総理大臣がわざわざ靖国不参拝を公言することが、この戦争未亡人たちの心をいかに傷(いた)めているか想像を超える。

その未亡人の一人が、

「かく醜(みにく)き国になりぬれば捧(ささ)げし命のただに惜しまる」

と切なく詠(よ)んでいる。このような国に明日はない。

(引用終わり)



「かく醜(みにく)き国になりぬれば捧(ささ)げし命のただに惜しまる」

この歌はすごく胸に応えるものでした。今のままの日本国では駄目だと私は思います。この英霊の方々の思いに応える凛とした独立国にすることが、今を生きる私たちの責務だと思います。
そのためには、靖国不参拝などと堂々と公言した野田総理のような政治家は、国政の場から退場して頂かなくてはなりません。今回の衆院選で、こうした政治家及び政党の政治家を一人でも多く退場させましょう。


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今回は、論壇誌「Voice」平成18年9月号より、長谷川三千子さんの論文を引用します。少し長い文章ですが、富田メモについて、戦争の見方について、東京裁判について本質的なことが書かれていますので、お読み下さればと思います。

■思考の練習帳
靖国問題をめぐつて

慰霊は個々人の業績の成績づけとは一切関係がない

長谷川三千子(はせがわみちこ)
【埼玉大学教授】

およそ一般に、思想と呼ばれる領域のことがらにおいては、難問の登場ほど喜ばしいものはありません。それまでの安易な答への出し方が、もう一度再考をせまられ、それまであやふやだつた考へを、もう一度明確にする必要が生じてくる――さうした難問の登場こそが、思想を鍛え、深めてくれる何よりの刺激であつて、これほど歓迎すべきものはないのです。

たとへば、つい先日、新聞紙上に発表された、元宮内庁長官のメモ――昭和天皇が靖国神社への、いはゆる「A級戦犯」の合祀に不快感を示され、それ以後のご親拝がとだへてゐるのもそれ故のことだとおつしやつたというふメモ――を、さうした「歓迎すべき難問」の一つとして、われわれの考へを深めるための練習台にすることは、十分に可能です。

もちろん、これ自体は、大袈裟に騒ぎたてるべき問題では全くありません。このやうなメモは、それを書き残すこと自体がよくないことである、と言つて片付けてしまへばすむことです。いつの御代であれ、天皇陛下はご自身の私的な好悪といふものを決して公になさらないのが決まりです。もしその枠をはづしてしまつたら、その時々の天皇ご自身のたまたまの好き嫌ひが国政を左右することにもなりかねない。それでは、西洋のいはゆる専制君主の在り方と少しもかはらないことになつてしまひます。日本の皇室の伝統的な政治道徳といふものは、その時々の天皇のご意志が絶対なのではなくて、どの時代の天皇も、つねに※皇祖皇宗の遺訓に照らしてご自身の行動を決定なさる――そこが大切なところなのです。現に昭和天皇も、公の場で、その枠をはづれたご自身の私的なご意見をおつしやることは、決してありませんでした。宮内庁の長官ともあらう人が、その大原則を知らないはずはない。いや、現に、「宮中のことは親にも申すまじく・・・」と記者たちにかたく口をとざす人だつたというのですから、ならば、メモや日記は自分の死後焼却のこと、としつかり遺言しておくべきでした。あるいは、不慮の事態にそなへて、自ら処分しておくべきでした。今回のメモ騒動は、ただ単純に、富田某なる元宮内庁長官の不用意、不見識を示す出来事であつて、それ以上でもそれ以下でもない、と心得るべきものでせう。

※皇祖皇宗
皇祖とは神話時代の神々のことを指し、皇宗とは初代神武天皇以来の我々の天皇を意味する。日本は官民一体の国柄であるから、天皇の祖先は私たち国民全体の祖先である。だから、皇祖皇宗とは日本民族の祖先のことである。
「教育勅語」のすすめ―教育荒廃を救う道【日新報道】より引用)
8月15日が近づいてくると、テレビ等でも大東亜戦争(太平洋戦争)を取り上げた番組を見ることが増えてきます。
そこで今回は、國神社の広報誌『國』(平成18年4月号)より、西川淳氏の論文を引用します。先の戦争をどう考えるのか、その参考にして下さればと思います。

■あの戦争は本当に「誤り」だったのか
~真の感謝を英霊に捧げよう

西川淳(にしかわじゅん)
【甲子園学院中学・高校教頭】

私達の毎日は小さな判断の連続であり、その集積が人生である。そして人の一生には、進学、結婚、就職など比較的大きな判断を迫られる場面がある。

なぜ冒頭にこんな当たり前の事を書くかというと、あの大東亜戦争について、曰く三国同盟は最悪の選択だった、曰く米国との戦争に踏み切ったのは間違いだった、更には真珠湾攻撃は拙かった、ミッドウェイ作戦も失敗だった等、指導者の判断の判断の誤りを並べ立てる論評をよく目にするからである。私はそんな記事を読む度に「果たしてそうなのか?」という疑念が湧いてくる。私たちの人生を考えても判断を誤ったと臍(ほぞ)を噛む場面が何と多いことか。また今は正しい判断だと思うことでも何年か先には間違っていたと後悔する場面もあるだろう。「いや個人と国家は違う、国家判断は絶対誤ってはならない」と反論する人もいる。だが、人はそれ程完璧な存在なのか。当時の指導者にだけ完璧な判断を求めることは酷に過ぎないか。左翼の如く彼らを戦争犯罪人として追及し続けるのは論外としても、保守層にも彼らを論難する人々が存在する現実を私は非常に残念に思う。勿論過去から学ぶという姿勢は大切だし、敗戦により自虐史観に染まったわが国の現状を憂え、「あの時勝っておれば・・・」と歯ぎしりするような苛立ちを覚える気持ちも理解出来る。私もその一人だ。しかし、敗戦の責任を当時の指導者に負わせる気にはなれない。確かに東條首相は「我に責任あり」と言っている。また國神社の参拝者の中にも「自分は日本を敗戦に導き国民に塗炭の苦しみを与えた指導者達に対してではなく、馬鹿な命令に服従させられて命を落とした一般の将兵に対してお参りするのだ」と公言する人があることも承知している。だが東條首相が自らの反省の気持ちを披瀝するのと、自分は暖衣飽食の中にあって、当時の国策や戦い方は間違いだったと、評論家宜しく酷評するのとは訳が違う。結論を言おう。
前回、昭和天皇がいわゆるA級戦犯の合祀について不快感を示されたとするメモに便乗して、分祀論を唱える方々のニュースを引用しました。特に、保守政党であるはずの自民党の古賀誠氏を始めベテラン議員からそうした声が聞かれたのは、呆れるやら情けないやら、無知も極まれりといった感じでした。
マスコミでは、こうした分祀論を唱える方の発言は取り上げるのですが、分祀論を否定し、正論を唱える方の発言は報道しません。本来なら、分祀論を唱える方々を徹底批判し、正論を唱える方の意見こそ取り上げ、いわゆるA級戦犯の分祀などありえないということを世間に周知する役目を担わねばならないはずです。

そこで今回は、國神社が発行している広報誌『國』7月号に掲載されていた、稲田朋美衆議院議員の論文を引用します。大変立派な論文で、このような政治家がいることを、大変嬉しく、また心強く感じました。

■東京裁判開廷六十年に想う
稲田朋美(いなだともみ)
[衆議院議員・弁護士]

最近、一見保守にみえる政治家たちが、A級戦犯分祀論を主張しだしている。まず、民主党の新代表がA級戦犯を分祀(もしくは抹消)して天皇陛下にも國神社に参拝いただきたいといい、また遺族会の会長までが政策提言のなかでA級戦犯を分祀せよといっている。

結論をいうとA級戦犯を分祀する必要はないし、できないし、絶対してはいけないのである。
昭和天皇のご発言とされるメモが見つかり、以下のように分祀論を唱える無知な方々の発言が相次いでいるようです。

■遺族会が分祀検討へ、古賀氏「昭和天皇の思い大切に」

日本遺族会会長の古賀誠・自民党元幹事長は25日昼、都内で講演し、昭和天皇が靖国神社参拝を中止した理由がA級戦犯の合祀(ごうし)だったことを裏付けるメモが見つかったことについて、「涙が出る思いがした。あの思いを遺族は大切にしたい。最も重いものとして受け止めたい」と述べた。

さらに、「遺族会も勇気を持って分祀問題に真正面から取り組む姿勢が大事だ。誰もがわだかまりなく、皇室の方々もお参りできるための対応こそ、我々がやらなければならない」と述べ、分祀を本格的に検討する考えを示した。

(読売新聞) - 7月25日15時59分更新


■分祀は「一つの解決策」=昭和天皇発言メモで-北城経済同友会代表幹事

経済同友会の北城恪太郎代表幹事は25日の記者会見で、昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示していたメモが発見されたのを受け、分祀(ぶんし)論が出ていることに関し「宗教法人として靖国神社がどう考えるかによるが、一つの解決策だ」との認識を明らかにした。 

時事通信) - 7月25日17時1分更新


■<A級戦犯分祀>谷垣財務相、検討すべきだ

谷垣禎一財務相は23日のNHK番組で、靖国神社のA級戦犯合祀について「ノドに刺さったトゲになっているのは間違いない」と述べ、中韓両国の反発を念頭に分祀を検討すべきだとの考えを示唆した。ただ、分祀のプロセスについては「靖国神社は宗教法人で、閣僚としては言いにくい」と述べるにとどめた。

(毎日新聞) - 7月23日19時1分更新


そこで、こうした無知な方々に読んで頂きたい記事が、論壇誌「WiLL」9月号に掲載されていましたので、一部を引用します。渡部昇一氏(上智大学名誉教授)が書かれた、『中国を永久に黙らせる100問100答』と銘打たれた記事です。

靖国問題について

■靖国参拝を中止すれば日中関係はうまくいく
 参拝を中止しても日中関係はうまくいきません。國神社の問題が片付いても、また次の問題を見つけてくる。中国は全く信用ならない国です。約束が約束にならない。

靖国参拝に口出しする事自体が、すでに二つの約束を破っています。一九五二年に蒋介石(しょうかいせき)と結んだ「日華平和条約」と、一九七二年に周恩来(しゅうおんらい)毛沢東(もうたくとう)と結んだ「日中共同声明」。内政干渉しないという条約違反の主張に対応する必要などありません。

■首相の靖国参拝は政教分離に反している
 このような主張をする人は、政教分離の意味をまるで理解していない。首相がその権力を使って「靖国神社に参拝しなければならない」などと命令すれば、その時、初めて政教分離の問題となります。小泉さんがイスラム教やキリスト教の墓地に参ったところでなんら問題はないでしょう。いわんや靖国神社は墓地ですらないのですから、首相の靖国参拝は政教分離に反しません。