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今回は、異本政策研究センター発行の『明日への選択』(平成23年11月号)より、厚生労働大臣の小宮山洋子氏に関する論文を引用します。

■小宮山大臣!「家族を潰す」つもりですか?

ジェンダーフリーの扇動者、小宮山洋子氏が厚生労働大臣になって、税や社会保障制度の世帯単位の仕組みの見直し議論が本格化し始めた。最大の焦点は、第3号被保険者制度と配偶者控除の縮小・廃止である。

夫がサラリーマンの専業主婦や、パートで働く年収130万円未満の主婦は、年金保険料を払わなくても払ったとみなされる「第3号被保険者」となり、また夫の健康保険組合に被扶養者として加入できる。一方、年収
が103万円未満の主婦は夫の被扶養者となり、夫の所得には配偶者控除が適用される。

いずれも世帯単位に基づく広い意味での家族保護策と言える。しかし、就任直後のインタビューで、これを小宮山氏は「本当におかしな仕組みだ」と批判した。つまり、世帯単位の現行制度は不公平であり、専業主婦やパートで働く主婦にも保険料を負担させるべきだというのである。

これは小宮山氏の持論と言えるが、産経新聞(平成二十三年九月二十五日)は次のような新たな動きを報じている。

「動きは厚労相の諮問機関、社会保障審議会特別部会で具体化した。主婦が年金や健康保険の保険料負担を免除される基準を現行の年収130万円から引き下げる検討に入った。年収基準の引き下げは、優遇措置対象者を減らすことで多くの人に保険料を払ってもらうのが狙いだが、年金安定化政策と、小宮山氏の『家族観』とがセットで動き出している」

小宮山氏はこの特別部会に自ら出席し、「配偶者控除や、3号被保険者の、問題などトータルで考えなければならない」と発言、主婦の「優遇措置」の見直しを、年金から税制までに広げる考え方を示したという。

要は、子育て中の主婦もすべて家庭の外に出て働くべきだというわけだ。これは事実上の「専業主婦潰し」であり、明白な「反家族政策」と言えるが、男女共同参画推進派にとっては、実は十数年来の既定路線なのである。小宮山厚労相の登場は、この既定路線の実現を加速化することになったわけだ。前出の特別部会は年内の取りまとめをめざしている。

むろん、当然ながらこうした動きに対しては、専業主婦やパートで働く主婦を中心に、反対の声が根強くある。税や社会保障制度の見直しは、国民生活や家族制度とも深く関わっており、世論を無視して拙速にことを進めることは断じて許されない。

では、この社会システムをめぐる反家族政策はいかなる家族観や背景に基づくもので、この動きに対していかに対応すべきなのだろうか。

■驚くべき「家族観」

そもそも小宮山厚労相はなぜ専業主婦や家族を狙い撃ちするような施策に熱心なのか―――。この興味深い問いに対して、『週刊新潮』(平成二十三年十月六日号)は記している。「そこにはジェンダーフリー論者であることに加え、彼女の「家族観」が色濃く影を落としているのに違いない。実は彼女、2度の離婚をし、身をもって家庭崩壊を体験していたのである」と。

最初の結婚は、三人の男児をもうけた後、十七年で破綻。理由は「価値観の違い」である。小宮山氏は同誌の取材にこう答えているという。

「1回目の結婚相手は、私とは価値観の違う人でした。・・・・・私たち夫婦は彼の祖母、母親との同居でしたが辛いことが多かった。私は早くに出産しましたが、仕事も面白く、可能な限り仕事がしたかった。でも、夜が遅くなる仕事はいけないとか、祖母、母親、夫からも制限され、私自身の育ち方からしても、そういう環境は馴染めなかった。実家の加藤家は、一人一人が本当に自由でした」

ちなみに、小宮山氏は元東大総長で夫婦別姓などの民法改正を答申した当時の法制審議会の民法部会長だった加藤一郎氏の娘である。小宮山氏国会議員になる前はNHKの解説委員などを務めていた。

さて、離婚から三年後の平成六年、小宮山氏は再婚するが、今度は初めから「別姓?別居・別会計」。が、結局は「籍を入れていることで煩わしいことが多い」と平成十九年、再び離婚した(同誌平成二十三年十月十三日)。

小宮山氏の私生活を長々と紹介したのは、そこに彼女の家族観・結婚観が垣間見えるからだ。仕事と自由が最優先の彼女にとって、おそらく家族や結婚は本質的に「煩わしい」ものなのだ。二度目の結婚生活について、小宮山氏はこう述べている。

「結婚の煩わしさやしばりをなるべく少なくし、よい関係でいられることを大切にしています。別姓、そして別居で、必要なときにそばにいる、そういった生活をしています。別居といっても、歩いて五分・・・・・いつでも行き来できるところにいます。こういうと、とくに女性からは理想的だといわれ、私もそう思っています」(『女と男の21世紀』)。

夫婦が経済的に自立し、できるだけ束縛し合わず、必要なときだけ側にいる家族―――。それが小宮山氏が理想とする家族像だと言う。だからこそ小宮山氏は、夫婦別姓、離婚条件の緩和(破綻主義の導入)、非嫡出子の差別撤廃―――などの現行の家族制度を壊す方向への民法改正に熱心に取り組んできたのだろう。だが、小宮山氏が理想とする家族像は、大方の国民にとってはもはや「家族」とは称し得ない代物に違いない。

小宮山氏について『週刊新潮』は、「自分の家庭を壊すようなお気楽な気持ちで日本の家族制度を壊されてはたまらない」と懸念を述べている。確かに、小宮山氏の経歴と家族観は、こうした懸念が単なる杞憂ではないことを物語っている。

■実はジェンダーフリー派の巻き返し

とはいえ、問題は小宮山厚労相の家族観だけではない。子育て中の主婦をもフルタイム労働に駆り立てるような「専業主婦潰し」策動は、十数年以前に遡る経緯と背景があることを忘れてはならない。一言でいうと、これは男女共同参画社会基本法制定をめぐり目論まれてきたジェンダーフリー策動の一環なのだ。

ここで時計の針を基本法制定の前後に戻そう。基本法は平成十一年に制定されるが、その三年前の平成八年、男女共同参画審議会は「男女共同参画ビジョン」(以下、ビジョン)なる文書を公表した。「目指すべき男女共同参画社会の姿を明らかにし、この目標に至る道筋を示した文書」(大沢真理氏)とされる。

ビジョン策定の中心人物は同審議会委員の一人であった大沢真理東大教授(当時は助教授)。ビジョンの大きな特徴を大沢氏は、「ジェンダーからの解放=ジェンダー・フリーを志向するもの」と解説している。ジェンダーとは、男らしさ・女らしさなどの「社会的・文化的性差」を意味するが、その「性差」の解消が男女共同参画の目的だというのだ。

ジェンダーフリー社会に到達するための具体策としてビジョンは、十五の取組を打ち出したが、そのトップに位置づけられたのが「性別による偏りにつながる制度・慣行の見直し・検討」という項目である。

この項目では、まず「取組の視点」として「世帯単位の考え方を個人単位にあらため」ることが指摘され、具体策として①選択的夫婦別姓などの民法改正の早期実現②配偶者に係る税制、年金・健康保険などの社会保障制度の検討・見直し―――等の豊作が提示された。

詳細は省かざるを得ないが、こうした目論みに法的基盤を与えるものとして基本法は制定された。そして、国の五ヵ年計画である男女共同参画基本計画には、ビジョンの具体策が色濃く反映されることになったのだ。

こうした経緯は、税や社会保障制度における世帯単位の仕組みの見直しは、夫婦別姓などの民法改正とともに、ジェンダーフリー社会へ至る道筋の一環として位置づけられていることを教えている。

こうした経緯とともに見逃せないのがフェミニズム団体の動きである。ビジョン策定の前年の当たる一九九五年に開かれた国連世界女性会議(北京会議)では、ジェンダーの視点から全ての法制度を見直すことなどを各国に義務づける行動綱領が採択された。この行動綱領の実現を目指して、NGOの全国ネットワークである北京JACが設立された。

小宮山氏は、この北京JACの副代表などを務める一方、審議会委員として大沢氏と一緒にビジョンや基本法の草案つくりに関わってきたのである。つまり、小宮山氏は大沢氏とともに、ジェンダーフリー策動のキーパーソンと言えるわけである。

実際、昨年の第三次基本計画の策定に際し、小宮山氏は北京JACから第二次基本計画で是正されたジェンダーなどの記述を元に戻すことなどを要請された。これに呼応するかのように小宮山氏は、「一番大事なのは、やはり歪曲化されたジェンダー、性教育の記述を元の姿に戻し・・・・・実効性を挙げるための計画にあうること」と述べている(『学術の動向』二〇一〇年九月号)。

小宮山厚労相の策動の背後には、ジェンダーフリー派の巻き返しがあることを忘れてはならない。

■制度改定で雇用が奪われる

では、かかるジェンダーフリー策動にいかに対峙すべきなのか。次に、税や社会保障の世帯単位の仕組みの解消論=専業主婦潰しの反家族政策への批判の視点を示したい。

配偶者控除や第3号被保険者制度の解消論の主な理由は二つある。第一に、女性の就労を、配偶者控除や第3号被保険者の適応上限である「103万円」未満や「130万円」未満の範囲内に抑制しているということ。第二に、こうした仕組みはフルタイムで働く女性などからすれば不公平だとの主張である。結論を先に記せば、これらの理由はきわめて一面的かつ観念的なもので、正当な論拠とはとても言い難い。

まず、現行制度が女性の就労を抑制しているという主張であるが、これは裏を返せば、現行制度をなくせば、主婦は収入調整のメリットがなくなり、就労の拡大につながるとの見方である。しかしこの見方について岡山県立大学の増田雅暢教授は、「ミクロの行動としてはそういえるとしても、全体としては期待に反する結果になるという経済学の『合成の誤謬』の一例」だと疑問を呈している(『週刊社会保障』二〇〇二年一一月四日号)。

例えば十人のパート労働者がすべて一〇三万円の賃金で働いている会社で、五人が「一〇三万円の壁」を越えて二倍の収入を目指すとする。会社の収入が増えなければ、この会社が雇えるパートの人数は五人に減少することになる。つまり、個々の女性の収入は増えるとしても、全体の雇用は減少してしまうわけだ。

増田氏は、「女性の就労を拡大するどころか、働く機会を減少させてしまう」と断じている。長引くデフレ不況の中で、人件費節減が企業の最大の課題となっている今日、まさに正鵠を射た私的と言えよう。

また、平成二十二年の短時間労働者実態調査(労働製作研究・研修機構)によれば、実際に就労調整しているパート労働者は二五%にすぎず、全体の六三%は調整をしていない。現行制度が女性の就労を抑制しているとの見方は、そもそもきわめて根拠薄弱な観念論に過ぎない。

女性の場合、パートで働く理由は「家計の足しにするため」が六〇%で最も多く、パートを選択した理由は、「都合の良い時間に働きたいから」、「勤労時間・日数が短いから」、が上位を占める。つまり、パートで働く女性の意識や事情は多様であり、大半の女性は就労の拡大など望んではいないのだ。

実際、外食産業の事業者団体である「社団法人日本フードサービス協会」が冒頭の特別部会に提出した要望書によると、パート労働者の約八割はsy皆保険への加入を望んではいない。保険料を払うなら辞めてしまうか基準以下の枠で働くことを選択するとの意見が多数を占めるという。「その結果、パート労働者の多様な働き方や就労の機会を奪ってしまい、地方・地域の雇用を大きく減退させてします」と要望書は訴える。

■不公平論の欺瞞

次に、不公平だという理由である。これは一見もっともらしく聞こえるかもしれないが、実はきわめて一面的で、欺瞞的な見方とさえ言える。

まず第一に、第3号被保険者制度や配偶者控除の枠外で働く女性は、他の面で大きなメリットを受けているからだ。例えば税制面での給与所得控除である。「現行制度では、サラリーマンの実際の必要経費ではなく、無条件で一定額の所得控除を認めており、一般に実際の必要経費よりも大きい」と増田氏はいう。
また、子供を認可保育園に預けて働く女性は、公費による多大な支援を受けてもいる。保育所の運営には多額の税金が注ぎ込まれている。例えば東京都品川区の場合、保育園で預かる子供一人当たりの公費は一ヵ月約二十万円、ゼロ歳児だと約六十万円。これは全国的にほぼ同様とされる(青葉ひかる氏の論説・平成十六年一月二十三日付読売新聞)。つまり、子供を保育園に預けて働く女性は、自ら納める税金や保険料の何倍もの公的援助を受けているわけだ。むろん、家庭で育児をする専業主婦などに、こうした援助はない。

ちなみに、認可保育園の入園条件である「保育の必要性」は勤務時間が長いほど高いと判定される。この点では、フルタイムで働く女性こそ最も優遇されているわけである。

第二に、第3号被保険者が、直接の保険料負担をせずに基礎年金の給付が受けられるのは確かに個人単位で考えると不公平に見えるかもしれないが、「世帯単位でみれば、給付と負担の公平性は保たれている」(平成十五年九月の社会保障審議会年金部会の意見)。つまり現行制度では、片働き世帯も共働き世帯も、夫婦の標準報酬の合計額が同じであれば、夫婦二人でみた保険料負担も年金給付も同額なのだ。

しかも。第3号被保険者である主婦は直接保険料を納めていないが、夫が納める保険料は「共同で負担したものである」という基本認識に現行法は立っているのである。

一方、配偶者控除はもともと片働き世帯と共働き世帯との間の所得税負担の公平性のために導入さらたものだ。「所得税率が累進課税となっている現行税制では、同じ世帯収入の場合には片働き世帯の方が、共働き世帯よりも税負担が重くなる。そこで、配偶者控除の存在によって、片働き世帯の税負担が若干緩和される」(増田氏)というわけだ。

このように、世帯単位で見ると現行制度は不公平とは言えない。不公平論は結局、世帯単位の仕組みを個人単位でとらえようとするところに発する誤解(詭弁?)に過ぎない。

なお、この点で現行制度をマスコミが主婦への「優遇措置」などと称するのも正確とは言えない。これが誤解を増長してきたことは否定できず、表現を改めるべきであろう。

ともあれ、税や社会保障の世帯単位の仕組みの解消論は正当な論拠に乏しい。そればかりか、現下の策動の本質は夫婦別姓などの民法貝瀬とワンセットの、ジェンダーフリー社会を目指したまぎれもなき「家族解体政策」であることを強く訴えたい。(引用終)


先月内閣改造が行われましたが、小宮山厚労相は留任されました。歪んだ家族観を持つジェンダーフリー論者の小宮山氏を留任させたということは、野田総理は家族を解体し、国家の破壊を目論む国賊であることに相違ありません。一部保守の論客の方の中に野田総理を持ち上げる方々がいますが、野田総理は断じて保守ではありません。
このような総理、このような極左政権の元では、日本の再生など望むべくもありません。一日も早く退陣して頂きたく、切に願います。

※小宮山氏については以前の記事でも取り上げたのでご覧下さい。
(↓のタイトルをクリックして下さい)
『幼保一体化』

※ジェンダーフリー(男女共同参画)については、こちらの記事で解説しておりますのでご覧下さい。
『「男女共同参画」はお国を壊す第一歩』



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龍


謹んで新年のお慶びを申し上げます。

報告が遅くなりましたが、先月の14日に葉山ハートセンターでペースメーカーの交換手術を行い、28日に無事退院することが出来ました。まだ時折傷口が痛むこともありますが、お陰様でまずまずの体調でお正月を迎えることが出来ました。

今回の手術を通して、無事に日々を過ごせることがいかに有難いことなのか、改めて知る機会となりましいた。

私の尊敬する教育者で、東井義雄(とういよしお)先生という方が、以下のような言葉を残されています。

「ほんとうは平穏無事の日(それは一番多くのものが恵まれた日)をこそ、もっともっと本気になって大切にしなければならない」

今年はこの言葉を胸に、日々感謝の心を忘れず、公のために私に出来ることをやっていく所存です。

それでは、今年も宜しくお願い致します。


spiral 拝

追伸 拙ブログをずっと読んで下さっている方には既知のことと思いますが、記事冒頭の画像は、稚拙な出来ですが、私が作った干支です。
長い間更新が滞ってしまい、申し訳ありません。私は今月11日より葉山ハートセンターに入院しています。
といっても、容態が悪くなったのではなく、ペースメーカーの電池が少なくなってきたので、その交換手術のための入院です。手術は14日に行われ、お蔭さまで無事終了しました。
手術後は少し大変でしたが、前回の手術のような大掛かりなものではなかったので、今は院内を自由に歩けるまで回復しました。
このまま順調に行けば、来週中には退院出来ると思います。
退院後、落ち着いたら、必ずブログを再開しますので、またお読み頂ければ幸いです。

spiral 拝
以前、拙ブログで大阪市にある塚本幼稚園で教育勅語を子供たちに暗唱させていることを紹介しました。

■今こそ教育勅語に学ぶとき
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-204.html

今回は、日本創新党が同幼稚園に視察に行った時の動画がyoutubeにアップされていたので紹介します。園児たちが君が代を歌い、一生懸命教育勅語を暗唱する姿には感動を覚えます。こうした素晴らしい教育が、この幼稚園だけでなく、全国でも行われることを切に願います。



kosakaeiji さんが 2011/10/18 にアップロード
大阪市内の私立塚本幼稚園視察の際に撮影。朝礼で園長先生と地方議員の挨拶をしっかりと聞いたのち、いつも通り、国歌斉唱、教育勅語と五箇条の御誓文の暗踊、体を動かし、その後瞑想と続きました。素晴らしいの一言です。
 お兄さん、お姉さんの見よう見まねで、2歳児もしっかりと朝礼に参加してました。
 (平成23年10月14日 日本創新党 地方議員会 視察にて)

■塚本幼稚園 http://www.tukamotoyouchien.ed.jp/



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道端のコスモス
※数日前、近くの道端に咲いていたコスモスです。画像をクリックすると拡大します。


今回は「れいろう」平成23年10月号より、篠浦伸禎(しのうらのぶさだ)氏の論文を引用します。私自身が今心療内科へ通っていることは、前回の記事に書きました。現在のような日本社会では、私と同じように精神的不調に陥る方も多いと思いますので、今回はそれに関連した、脳機能やアイデンティティーについて書かれた論文を引用します。

■周りの人々を幸せにする脳の使い方
―脳の司令塔のレベルを高める

都立駒込病院脳神経外科部長
篠浦伸禎(しのうらのぶさだ)

昭和33年(1958年)、愛媛県松山市生まれ。東京大学お学部卒業後、富士脳障害研究所、東京大学医学部付属病院、都立荏原病院、茨城県立中央病院、国立国際医療センターにて脳神経外科医として勤務。平成4年、東京大学医学部医学博士号を取得。12年から都立駒込病院脳神経外科医長、21年に同部長に就任。脳の覚醒下手術でトップクラスの実績を持つ。著書に『人に向かわず天に向かえ』(小学館)、『脳は「論語」が好きだった』(致知出版)、『脳にいい5つの習慣』(マキノ出版)などがある。



■憂慮すべき脳機能の低下

今やわが国は高齢者が人口の二三パーセントを超す「超高齢化社会」です。老後を幸せに、家族や仲間と楽しく元気に暮らしていくためには、加齢に伴う脳機能の低下を防ぎ、認知症になりにくい生き方をする必要があります。

またストレスが多く、人のつながりも薄くなっている現代社会では、うつ病や神経症などの精神疾患、脳梗塞やくも膜下出血などに悩む人々も増えています。こうした心や脳の病気は、なんらかの理由で脳の機能が低下し、自分らしい生き方を見失ったり、ストレスを乗り越えられなかったりすることから発症します。

加齢による脳機能の低下を予防し、厳しい競争社会を生き抜いていく強くたくましい脳をつくるためには、自分の脳をコントロールし、バランスのとれた総合的で安定的な生き方をする努力が求められます。戦前の日本は封建的な社会だったかもしれませんが、地域や家族という共同体が基本であり、共に生きていくための倫理観や価値観もきちんとしていました。共同体を守るためのsy快適な規範があり、それを伝え、教える環境も整っていました。学校だけではなく、親や近所の大人たちが、子供たちに人間としてどう生きるべきかを教えてくれたものです。

ところが今は、そうした社会的な価値基準を持たない”タガ”の緩んだ社会になってしまいました。基本的な生き方を身に付ける機会を持てず、大人になってからも人間関係に悩んでいる人がたくさんいます。ストレスに押しつぶされる人も増えています。

自分らしさを打ち出せず、壁にぶつかるとすぐくじけてしまうのは脳機能が低下している証拠です。脳がイキイキと活動していれば、どんな環境にあっても人間は心や脳の病気を患うことがありません。

貧しかった時代には家族が支え合い、一緒に暮らせるだけで幸せを感じ、苦労があってもそれを克服するエネルギーが自然にわきだしてきたものです。人々は元気に働き、仲良く暮らしていました。今、そうして元気に生きていくことができない人が増えているのは、脳の司令塔である"自我(考え行動する主体としての自己)"のレベルが低下し、バランスを崩してしまっているからにほかなりません。

最近、fMRI(ファンクション・エムアールアイ)やトラクトグラフィーという新しい検査法によって、人の活動と脳の部位との関係性が分かるようになりました。それとともに明らかになってきたのが、脳の中央部で司令塔的役割を果たす"自我"の存在です。うつ病や認知症は、この異常による脳機能の低下が原因で発症する病気なのです。脳の老化や機能の低下をやわらげ、病を防ぎ、イキイキと人生を全うする上では、この自我をどれだけ強くでき、それだけうまく使えるかがポイントになります。

■アイデンティティーは脳が決める

脳の覚醒下(かくせいか)手術(意識がある状態で脳を露出させて行う最先端の手術)をしていると、手術による脳機能の低下をカバーするために、左脳や右脳が防衛反応を示すことが分かります。言語を使って過去を定着し、未来に向けて合理的に考える左脳は、機能が低下すると不機嫌になり「攻撃的」になります。一方、現在起こっていることに対して周囲の人と調和し、現実に注意を集中して対応する右脳は、機能が低下すると眠くなるなど「逃避的」になります。健常者でも、強いストレスがかかると眠くなったり腹を立てたりすることがありますが、それは機能低下を完治した左脳や右脳が自動的に防衛反応を示すからです。

数多くの臨床例を観察した結果、自我の使い方によってその人のアイデンティティーも決まってくることが分かりました。
図:脳の成長過程
脳をピラミッド構造に例えると↑図を参照して下さい。クリックで拡大します)、最底辺にあるのは一次元の「自立」であり、これをコントロールしているのは動物脳です。そして上位レベルには二次元、三次元の人間脳があり、脳はピラミッドの頂点にある四次元の「強い自我」を目指して成長・発展していきます。「強い自我」とは、どんな厳しい状況に置かれても乗り越える脳の使い方を指します。

自立した脳が成長して二次元に到達すると、左脳は「信念」という合理主義精神を発揮するようになり、右脳は「感謝」というキーワードを持つ共生機能を強めて活動するようになります。そして三次元レベルに進むと、左脳は未来をめざす「志」の確立に向かい、右脳は空間領域を拡大する「情熱」というエネルギーを燃やします。

その成長過程で決まるのが個々人のアイデンティティーです。ですから育った風土やジェンダー(文化的・社会的に形成される男女の差異)によって傾向は違ってきます。大まかに分けると、西洋人や男性は「二次元左」から「三次元左」へ、東洋人や女性は「二次元右」から「三次元右」に向かって進化するようです。

例えば日本人男性は、武士道に代表されるアイデンティティーが強く、「三次元左」の「志」をめざす傾向にあり、日本女性は、やまとなでしこ型で「二次元右」の感謝を大切にします。それを見て、左脳と右脳のバランスが取れた日本人は精神的・文化的に優秀だと言われてきたのです。ただし現代日本では、残念なことにそうした素晴らしいアイデンティティーは薄れつつあります。

しかし、アイデンティティーが過剰になると信念や情熱が暴走を始めることがあります。「二次元左」の「信念」が過剰になると宗教的な原理主義や民族浄化の優生主義に走りがちですし、「三次元右」の「情熱」が過剰になると帝国主義的・独裁的になります。ヒトラーやアラブ原理主義者は、自らのアイデンティティーである「二次元左」の「信念」にブレーキをかけることができなかったのです。ナポレオンのロシア遠征や豊臣秀吉の朝鮮侵攻は、「二次元右」の「感謝」を忘れ、「三次元右」の「情熱」による拡大路線に走った事例です。

現実社会を見ても、中東の宗教・民族紛争は「二次元左」の脳の異常がもたらしていること、欧米発の金融危機は「三次元左」の脳の異常がもたらしていることが分かります。このように、人間社会のあらゆる問題は自我によってコントロースできなくなった脳の異常によって引き起こされているのです。

人間は「強い自我」をめざして努力をしなければなりませんが、「過ぎたるはなお及ばざるが如(ごと)し」というのも世の中の真理です。グローバル化した競争社会で、日本人が存在感やアイデンティティーを発揮していくためには、武士道精神にも通じる「三次元左」を強化する一方で、「二次元右」の敷島(しきしま)の大和心を大切にするというバランスのとれたアイデンティティーを追及し続けていかなければなりません。

さらに、老いてなお周りの人々を幸せにできる人生を過ごすには、脳の司令塔である自我をバランスのいい状態に保つことも必要です。

自分らしさ(個性やアイデンティティー)を形成するのは強い自我です。自我を上手に使いこなせないと、脳は機能を低下してうつ病や神経症、そして認知症を発症します。その予防のためにも、自分は脳のどの部位を使っているのか、活動の基準としている価値観は何かということを明確に認識し、強い自我を確立していくことが求められているのです

■ストレスは自我を強くする

心の病気、脳の病気は、強度のストレスによって引き起こされることが分かっています。とはいえ、生きてるかぎりストレスは付いて回るものですから、今の脳科学ではストレスを悪者扱いしないで、むしろ人間的成長の糧になるものと考えるようになりました。ストレスから逃げるのではなく、ストレスは自立するために欠かせない一種の通過儀礼だと考え、前向きに受け止めていきたいものです。

人間はストレスを経験することによって今までとは違う脳の使い方を身に付け、脳のレベルを高めることができます。大病を経験して初めて感謝の心を持てるようになった人もいれば、病気を克服した喜びを仕事のエネルギー源としてその後の人生に成功した人もいます。ストレスに直面してもそれを克服し、より次元の高い自我に到達できるのが人間です。「艱難汝(かんなんなんじ)を玉にす」ということわざがあるように、ストレスは脳の使い方を転換したり、次元を高めるきっかけをつくります。

歴史上の偉人たちは、どんなに厳しいストレスに見舞われてもそれを克服し、偉業を成し遂げてきました。

徳川家康は、幼いころ人質にとられましたが、家臣団の助力によって頭角を現し、戦国時代に終止符を打って三百年近く続く江戸幕府をつくりました。「狸おやじ」という異名は、相手や状況に応じて脳の使い分けができた稀有(けう)の人だったことを示唆しています。

渋沢栄一は農家の出身でしたが、幕末に渡欧する機会を得て近代資本主義の洗礼を受け、日本初の株式会社をつくっただけでなく、五百近い会社の創立にかかわりました。著書の『論語と算盤(そろばん)』を読むと、儒教の「仁(じん)・義(ぎ)・礼(れい)・智(ち)・信(しん)」を大切にする人だったことが分かります。

「経営の神様」といわれた松下幸之助も、「水道哲学」を唱えて家電製品の普及に尽力するなど世の中に尽くすことで成功した経営者です。

一方、合理的な左脳を使って天下を取ったものの、人の情を解しなかった織田信長は本能寺の変で非業の最期を迎えました。幕末の志士たちも志を掲げて活躍しましたが、包容力という右脳の働きで明治維新を成し遂げた西郷隆盛は、時代の変化に適応する合理的な行動がとれずに西南戦争で命を落としてしまいました。

脳の狭い部分しか使っていないと、英雄や偉人といえども晩節を全うすることはできないのです。一部の部位の脳の使い方に優れていたとしても、時代や環境の変化に適切な対処ができなくなってしまうからです。

とはいえ、人間は全部の次元の脳を一度に、そしてパーフェクトに使いこなすことはできません。人間にはアイデンティティーがありますから、左脳にはついけれど、右脳には弱いとか人によって違いは必ずあります。ですから、仕事でも事業でも人と共同で何かを行う場合は、自分のアイデンティティーの強みと弱みを把握した上で、補完してくれるような相手を組むことも必要でしょう。"世界のホンダ"を創った本田総一郎は自分とはまったく別のアイデンティティーを持つ藤沢武夫とコンビを組んで本田技研を大きく育てたのです。

■自我を高めるのは人間学

普通の人の場合は。脳全体をバランスよく使っていないと、時代や環境の変化についていけずに認知症を発症したり、脳梗塞や脳出血になる確率が高くなったりします。脳外科で手術をした患者さんたちの例を見ると、西遊の脳の使っていないほうの脳に脳梗塞が多く、よく使う脳の方に脳出血が多いようです。

特に脳をバランスよく使う上で重要なのは、脳機能のベースである一次元脳です。人にあったら挨拶するなど、ただ見たまま、聞いたままの情報で判断・反応するのが一次元脳であり、ここがうまく機能しないと、社会生活上の儀礼や人への礼節を欠き、たとえ高度な三次元の脳を使えても、孤独な生活を余儀なくされます。

脳をバランスよく使える人とはつまり、その一次元をベースに、人生という時間に耐える、レベルの高い使い方をしている人と言えます。そこで欠かせないのが、社会の役に立つような生き方です。人間の大脳の内側には、食欲や性欲、快感といった生物としての本能的な情動をつかさどる"動物脳"があります。人間が強いストレスを受けると、この動物脳が反応しますが、そこで動物脳がうまくコントロールできないと、自暴自棄な行動に走ったり、認知症や病気になったりします。動物脳をコントロールすることは、言い換えれば、いかに人としての「私」の部分を抑え、人のため、社会のためという「公」に向かって生きるか、ということです。人間の脳は「公」をめざさないかぎり、働かないようにできている、と言っても過言ではないでしょう。

坂本竜馬をはじめとする幕末の志士たちが、「サムライ」として尊敬され続けるのは、彼らが動物脳を完全にコントロールし、大義(公)のためという「志」に生きる脳の使い方をしていたからにほかなりません。

彼らが自身を向上させるうえで、深く学んだのが「人間学」です。人間学とは一言でいうと、動物脳をコントロールするために、どのような心構えで生きていけばよいかを教えてくれるものです。

人間学の代表である『論語』では、儒教の五つの徳目「仁(思いやりの心)・義(人として正しいことを行う心)・礼(礼儀と感謝の心)・智(物事の善し悪しの判断力)・信(誠の心)」を兼ね備えた人のことを「君子」と言っていますが、その「君子」のあり方を脳科学的に分析すると、脳のあらゆる機能を高いレベルで使っている状態と言えます。ですから、一見すると古臭い『論語』も、実は「脳を一生徹底的に使い、向上していくことをめざす人間学」の原点なのです。脳科学ではいまだに『論語』の中の言葉がなぜ脳に有効に働くのか説明できませんが、精神的に健康な人のみならず、うつ病やストレスによる精神疾患にかかっている人を元気にする言葉がたくさん詰まっています。

良き人間学に学び、自分のことではなく、人のため社会のために「情熱」を注ぎたくなるような「志」を持つこと、それがいくつになっても、脳をイキイキとさせる秘訣といえるのかもしれません。東日本大震災の後、多くのボランティアが支援活動をしていますが、「公」のために尽くすことで、脳機能の司令塔である自我はさらに強くなり、脳は活性化します。

年を重ね、経験を積む中で、簡単にストレスに負けない自分を鍛えましょう。そうすることで人は最後まで幸せに生きられるのです。(終)


前回のブログで、病気のストレスに負けない強い心を養いたいこと、そのために「日本人の心」を改めて学び始めたことを書きました。
その後、この篠浦伸禎先生の論文を読ませて頂き、自分が考えていたことが間違ってないと分かり、嬉しく思いました。「志」を持つことや、「感謝」を大切にすること、「私」の部分を抑え、社会のため「公」のために生きることなどは、吉田松陰を始め偉人の方々が何度も何度も繰り返し言われてることです。そのような「日本人の心」を始め、人間としてどう生きるべきかを教えてくれるもの、篠浦先生は「人間学」と言われていますが、それを学ぶことで脳機能が高まり、ストレスに負けない強い自分を作ることができるというのを、医師の立場から述べて下さっているのは、大変心強く感じました。

思えば、私が病気になり、何度も生死の境を彷徨いながら、それでも生きて来られたのは、お天道様やご先祖様、英霊の方々、天皇陛下の国民への無私の祈りなどの目に見えない陰のお力と、家族や周りの人々の助け、拙ブログを読んで下さっている方々からの激励などに支えられてのことです。
そしてもう一つ、私自身が「この国難の時に『公』のため何もせずに死んだら。あの世でご先祖様や英霊の方々に詫びる言葉もない。だから必ず生き抜いて、この時代に生まれてきた者の使命として『公』のためにできることをするんだ!」という「志」を、強く強く心で念じていたことがあるかもしれません。そのことが、篠浦先生の言われるように脳の次元を高め、困難やストレスを乗り越える力になっていたように思います。

ですから、今自分に起きている精神的不調も絶対に乗り越えて、拙ブログは続けていきます。更新は相変わらずのスローペースになるかと思いますが、これからも宜しくお願い致します。


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葉山で見た富士山
※この写真は2010年1月に、当時入院していた葉山ハートセンターの病室から写したものです。入院中に写した富士山の写真の中で一番のお気に入りです。いつかブログに載せたいと思いながら、載せる機会がなかったので、今回載せました(画像をクリックすると拡大します)。


改めまして、長い間ブログの更新が出来ず、すいませんでした。毎年9月に入り、季節の変わり目になると、急に寒くなったり暑くなったりするので、それに体が順応出来ないのか、体調を崩してしまいます。日によっては何事もなく無事に過ごせる日もあるのですが、どちらかと言えば体調が悪い日の方が多い状況です。

今年の春ごろから心療内科にも通い始めたのですが、こちらの方は良い日が殆どなのですが、夜になると悪くなる日が時々あります。私自身、不安感が増して精神的に不調になるのは、自分の心が弱いからだと思っていたのですが、現在通っている循環器の方の主治医は、「長期にわたり病気を抱え、一時は生死をさまよったような方が、不安感を抱えるのは至極当然の反応です。決して心が弱いなどということではありません」と言って下さり、幾分心が軽くなりました。

とはいえ、心療内科に通うようになってから改めて、心臓病という、誰にも代わって貰うことの出来ない、自分自身が背負っていかねばならない「宿業」を抱えて生きていくにはどうすればいいのか、僕自身色々と考えました。そしてたどり着いたのが、「日本人の心」です。二千年を超える日本の歴史を振り返りますと、地震や飢饉など様々な天災もあった、戦争もあった、そうした艱難辛苦を越える中で培われた日本人の道徳観や自然観など、「日本人の心」を学ぶことが、生きる力になるのではないかと思うに至りました。

そこで、春先から始めたのが、毎朝「教育勅語」を音読することです。そして、致知出版から出されてる「偉人たちの一日一言」という本のシリーズがあるのですが、これを何冊か購入して同じく音読しています。

教育勅語については、以前拙ブログで記事にしましたので、未読の方は是非ご覧下さい。

■「教育勅語」の精神がこの国を健全にする
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-360.html

■今こそ教育勅語に学ぶべき
http://hepoko.blog23.fc2.com/blog-entry-204.html



「一日一言」シリーズは、これまで15冊刊行されています。↓のサイトに全巻掲載されています。
http://shop.chichi.co.jp/item_list.command?category_cd=ITINITIITIGEN

「一日一言」シリーズは、これまでに15冊刊行されており、私はその中から以下の本を購入しました(最後の森信三氏の本は、シリーズには含まれていないのですが、同内容のものです)。
吉田松陰一日一言―魂を鼓舞する感奮語録吉田松陰一日一言―魂を鼓舞する感奮語録
(2006/12)
川口 雅昭

商品詳細を見る


安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う
(2006/05)
安岡 正篤

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四書五経一日一言―志を高め運命を高める四書五経一日一言―志を高め運命を高める
(2008/02)
渡部 昇一

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東井義雄一日一言―いのちの言葉東井義雄一日一言―いのちの言葉
(2007/12)
東井 義雄

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森信三・魂の言葉―二度とない人生を生き抜くための365話森信三・魂の言葉―二度とない人生を生き抜くための365話
(2005/04)
寺田 一清

商品詳細を見る


数か月続けてみて、自分にはまだまだ人間として至らない点がたくさんあること、そして知らないことがたくさんあるということを再認識できました。そして学ぶことの意義、大切さを感じました。吉田松陰を始め偉人の方々の言葉は、年月を経ても色あせないどころか、日本人が「日本人の心」を忘れ去ろうとしている今こそ教訓とすべきだと思います。

今回、精神的な不調を体験させて頂いたことで、改めて「日本人の心」を学ぶ機会になったのは幸いだったと思います。

最後に、『吉田松陰一日一言』の中から一つ言葉を引用して終わります。今、日本は大変危機的状況にありますが、吉田松陰のこの言葉を胸に、私もできることを頑張ります。

 「偉人たちの一日一言」
   ~致知出版社が贈る人生を養う言葉~
              
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【神州(しんしゅう)必(かなら)ず滅(ほろ)びざるなり】

挫(ざ)するなかれ、折(くじ)くるなかれ。
神州(しんしゅう)必(かなら)ず滅(ほろ)びざるなり。


【訳】
途中で、挫けてはいけない。志を変えてはいけない。
日本は絶対に滅びないから。

                  『吉田松陰一日一言』より
                            



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